第3話 組合所

 バッサバッサと両翼をはためかせ、俺とアルジェントはウーヌム村の竜狩り組合所の停留地に降り立った。


 流石は竜狩りたち御用達の停留地だ。周りは姿も様々なら鱗の色も様々な竜たちが、大人しく鎮座している。皆アルジェントより二回りも三回りも大きい。こうして見ると、アルジェントがまだ幼い子竜である事が良く分かる。


 俺がアルジェントから降りると、組合のお姉さんがすっ飛んでやって来た。


「あなた、どこの竜狩りですか!?」


 栗毛を首の後ろで結んだお姉さんは、ちょっと怒っていた。


「え? どこのって?」


 言っている意味が分からず、俺が首を傾げていると、お姉さんが他の竜の首を指し示す。見れば竜の首には首輪が付いていた。


「竜狩りの竜にはああやって組合の首輪を付ける習わしなんです! それを付けずに空を飛ぶなんて、周辺国からの空襲だと思われてもしょうがないんですよ!」


 そうだったのか。それで父はまずウーヌム村の竜狩り組合に行けと言ったのだな。もしこのまま真っ直ぐ王都に向かっていたら、敵襲だと勘違いされて、王都の守備隊に撃墜されていたかも知れない。


「あの俺、竜狩りになって初飛行だったもので、そんな事とは知りませんでした。スミマセン!」


 俺が素直に頭を下げると、お姉さんも納得したのか、「今回だけですよ」と許してくれた。



「え? あなたあのブレイドくんなの? ランデルさんの所の?」


 組合所で竜狩りの登録をしていると、お姉さんに驚かれた。


「ええ、まあ」


 愛想笑いをしながら俺は書類に名前を記入していく。


「大きくなったわねえ。今何歳?」


「十五です」


「へえ。これから組合員としてよろしくね」


「いや、俺直ぐに王都に行くんです。父に王都の学校に通うように言い付けられて」


「学校!?」


 俺の事を、当然この村で竜狩りとして働くのだろうと、お姉さんは思っていたようだが、俺が王都に行くと聞いて驚いていた。いや、学校に通う事に驚いていた。


「分かってる? 学校ってお金が掛かるのよ?」


「そうなんですか?」


 それはそうか。学校で勉学を教える教師たちにだって生活があるのだ。お金を稼がなければ生活が立ち行かない。


 今更ながらそんな当然の事に気付き、ウチにそんなお金があっただろうか? と思案していると、後ろから笑い声が聴こえて思考が中断された。


「ぷ、ばはははははは。そんな事も知らずに王都に行こうとしてたのかよ! これだからお子様は世間知らずでいけねえ」


「全くだ。あの竜もどこで手に入れたのか知れねえし、さっさと竜と契約解除して、山に引き籠っていた方がいいんじゃないか?」


 振り返って見てみれば、大人が数人集まって、昼間から酒盛りしている。


「気にしちゃダメよ。あれであいつらそこそこ強いんだから。最近狩りがうまくいってなくて、誰彼構わず絡んでるのよ」


「はあ」


 お姉さんはそう言って聞き流すよう助言してくれたし、俺も余り気にしてはいなかったが、俺はその男たちを観察していた。それは単にウチは両親共に酒を嗜まなかったので、酒を飲んでいる大人が珍しかったのだが、そうしてじろじろ見られるのは、向こうとしては気にくわなかったようだ。


「何見てんだよ!」


 グループの一人が、飲んでいた酒の入ったジョッキをテーブルに叩き付けて席を立つ。


 男は相応の巨体で、肩を怒らせながら俺に近付いてきた。眼前まで来ると俺の頭二つ分は大きい。見上げていると睨み返してくる。


 次の瞬間にはブンと男の拳が俺目掛けて振り抜かれていた。お姉さんの「ひっ」と言う短い悲鳴を聴きながら、俺はそれをしゃがんで避けて男に足払いする。酒を飲んでいたからだろうか、男はそれだけで仰向けに派手に倒れた。


「てめえ、何しやがる!」


 と男と飲んでいたグループの男たちが一斉に立ち上がった。


「何しやがるも何も、先に殴ってきたのはそっちだろ?」


「うるせえ! 新入りが生意気言ってんじゃねえ!」


 そう言って男たちは腰に下げていた剣を抜いた。仰向けに転んだ男も、体勢を立て直して剣を抜く。逃げる暇もなく俺は男たちに囲まれてしまった。


「ちょっと止めなさいよ!」


 お姉さんがテーブルカウンターの向こうで姿勢を低くして怒鳴るが、男たちに睨まれると直ぐにカウンターの下に隠れてしまった。


「おいガキ。俺たちをコケにしたんだ。相応のもん支払って貰うぞ」


「相応のもん?」


「金出せって言ってんだよ!」


 そう言えば最近狩りがうまくいっていないと、お姉さんが言っていたな。金が無いなら酒なんて飲まなければ良いのに。


「あんたらに奢る金は無い」


「何だと?」


 金は多少は母に持たされたが、それは王都で困った時の為で、ここで酒代を払う為ではない。


「だったら、手足の一本や二本覚悟出来てるんだろうな?」


 そう言って男たちは剣を光らせる。これは相手をしないと収まらないかも知れない。俺はそう思って腰の剣を抜いた。


「ぷ、ばはははははは!」


 俺が剣を抜いて構えると、男たちから爆笑が起こる。だがそれはそうだろうと俺も思った。何故なら俺が構えている剣は父の手製の木剣だからだ。護身用に持っていけと渡されたが、本物の剣と木剣ではやはり迫力に欠ける。


「お前まさかそれで俺たちとやり合おうって気か?」


「そうだけど?」


 今度は組合所全体から笑いが沸き起こった。


「はっ、本当に世間知らずのようだな。木剣で真剣に敵う訳ねえだろ!」


 言って男の一人が、真剣を上段から俺目掛けて振り下ろす。


 ガキンと金属音が響いた。俺が木剣で真剣を防いだからだ。


「バカな!?」


 驚く男たちが次々真剣を俺へ振り回してくるが、俺はそれを全て木剣で受け流す。


「バカな!? その木剣、何で出来てるんだ!?」


 驚く男たちだが、バカはそっちだ。木剣なんだから木で出来ているに決まっている。俺が木剣で真剣を受け止められるのは、木剣の硬度を母直伝の錬金術で高めているからだ。だからこんな事も出来る。


「うわっ!?」


 俺が木剣を一閃すると、男たちの衣服に切れ目が入った。それだけで男たちは俺から一歩後退る。


「まだやるか?」


 俺が男たちに視線をぐるりと回すと、苦い顔を浮かべる男たち。これで引いてくれれば楽だったのだが、酒の勢いなのだろうか、男たちは互いに目で合図を送り合い、一斉に俺に襲い掛かってきた。



「迷惑掛けてごめんなさいね」


 アルジェントの首に、組合の首輪を付けていると、組合のお姉さんが男たちの代わりに謝ってくれた。


「いえ、お姉さんが謝る事じゃないですし」


「それはそうかも知れないけど、組合としてはああ言うバカを放っておいた監督責任があるから」


 そう言うものなんだろうか? 六年も人里離れて山小屋暮らしをしていたせいで、俺も世間から疎いからなあ。


 ちなみにあの男たちは、俺にのされた後、事情を聞き駆け付けた村の守衛に連行されていった。しばらくは檻の中らしい。


「それじゃあ、俺はもう行きますから」


「ええ、道中気を付けてね」


 俺は組合のお姉さんに別れの挨拶を済ますと、アルジェントに跨がり、大空へと飛び出していった。

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