第十九話 搦め手

 

 熱狂に包まれた、第一次審査。

 午前中のうちに全ての参加者が土人形ゴーレムと戦い、200人いた者のうち残った者は約20名ほどとなっていた。


 そして当日の午後より、第二次審査が開始される運びとなっている。

 試合まで多少時間がかかるらしいのだが、実力が拮抗する者同士の戦いとするために、内部で協議を行いながら、人選を行っていくらしい。

 確かに力の差があり過ぎると、強者・弱者それぞれにとって実力を発揮しづらい展開となってしまうだろうから当然のことだ。


 そして俺とリリアは、二次審査に向けての作戦会議を行っていた。


 「良くも悪くも、大勢の人に注目されたね」

 「ちょっとやり過ぎてしまったみたいです……」


 いや、本当そのとおりだと思うよ。

 

 土人形は使い手にもよるが、総じてその「硬度」が倒す上で厄介なのだ。

 それをまあ、一見年端もいかぬ少女が、徒手空拳でコナゴナに叩き割ってしまったのだから、相当の注目を浴びたことだろう。


 だけどそれは悪いことばかりではない。


 「多分、近接戦闘に関しては、相手も対策してくるだろうね。

  けどさ、リリアの本職は火系等に秀でた魔法使いでしょ?

  それならやりようはいくらでもあると思うよ」


 恐らくだが、実力の拮抗する者同士の試合というならば、魔法使いと近接格闘使いを当たらせる可能性は割と低いと思う。

 闘技場のような、開けた障害物のない空間においては、魔法使いが圧倒的に不利となってしまうからだ。

 間合いを詰められれば、並みの魔法使いでは対処のしようもない。


 なので順当にいけば、俺の対戦相手は魔法使い、リリアは近接格闘使いになるだろう。


 「相手の出方を伺ってから、魔法と格闘を使い分ければいいってことですか?」

 「そのとおりだね。まあ後出しジャンケンだよ」

 「ジャンケン???」


 リリアは「ジャンケン」を知らなかったようで、頭に???を浮かべていた。


 え、まじで知らんの?

 そしたら、食事の最後の一口とか、嫌な仕事を押し付けられそうになったときとか、どうやって決着をつけていたんだろう。

 いや王族だからそもそも、そんな貧乏くさい真似はしなくてもどうとでもなるのか。


 咳払いして、簡単に説明しなおしておいた。


 「おほんっ……用はね、相手が嫌がることをすればいいってこと」

 「なるほど、勉強になります」


 ここから先は、実践経験がものをいう世界になる。

 どうすれば相手が不利になるか、逆に相手はどのように場面を展開していきたいのか、それが予想できなければ、相手の得意分野フィールドで戦うハメとなり、実力を発揮できずに負けることだろう。

 ただ、それがわかるようになれば、勝利も増えていくのだ。


 リリアには単純に経験を積んで貰いたかった。

 もし審査に落ちても、俺が受かっていれば全く問題ないしな。


 

 ……………………



 そして正午過ぎ、第二次試験が開始された。


 ルール説明によると、ギルドで割り振った対戦相手に2回勝利した者だけが第三次試験に進めるというものらしい。

 負けた時点で敗退決定というから、最終的に残るのは7〜8名くらいだろう。


 また、武器・魔法などの使用はなんでもありとのことだった。

 試合中であれば、罠を仕掛けて相手を嵌めるなんてことも認められている。


 一応貸し出し用の長剣ロングソードがあったため、リリアにはそれを装備させた。

 ここからは無手では少し厳しい可能性があったからだ。


 そしてリリアの対戦相手が確定した。

 今度は、リリアの方が順番が先だ。



 リリアフレア VS イレイン=フェトゥラトゥファ



 リリアの相手は、獣人(恐らく狼)の女の子だ。

 獣人と言っても、耳の位置とか、爪の鋭さとか、尻尾あるなしが少し違うだけで、その見た目は人間と大して変わらない、可愛らしい感じの女の子だった。


 獣人は、その血統が姿に如実に現れやすく、より野生に近い見た目の者の方が、族内での位が上だったり、身体能力自体も高かったりすると聞いたことがある。

 イレインに関して言えば、その血がそこまで濃い方ではないのだろう。


 「よろしくお願いします」

 「よろしくね〜〜」


 折り目正しいリリアと、どこか気の抜けたイレイン。


 かくして、両者の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。

 


 まず最初に仕掛けたのはイレイン。


 華奢な身体に似合わず、大剣クレイモア見事に振るっている。

 獣人族の特徴は、まさしく身体能力の高さにある。


 修行で得たものではなく、先天的に備えている能力が人の上をいっているのだ。


 その分、魔法や道具を使うのをそこまで得意としないため、武器術と闘気を扱うものが多く、しかもその大半が闘神流を使いこなしている。


 かくいうイレインもその口かと思ったのだが…………

 

 「えい、とお、やあ!」


 気の抜けた掛け声とはうって変わって、剣尖は鋭い。

 リリアの拳打にも恐れることなく、切れ間なく攻め続けていく。


 武器を狙う技術も巧みで、そこは明らかに一日の長があると見えた。

 ゴルンほどの実力ではないが、今のリリアにとっては部が悪いと言わざるを得ない。


 イレインは脅威的なバランス感覚を持っているようで、そのフサフサの尻尾活用して体制を変えながら、ありえない方向からの変則攻撃を仕掛けている。


 リリアは、その縦横無尽、飛ぶような剣戟を弾くことで精一杯という様子で、そこに織り交ぜられた蹴りや拳打に対応しきれず、徐々に被弾する数が増えていた。

 光神流の真骨頂でもある鍔迫り合いバインドも、動き回るイレイン相手では型なしになってしまっている。 

 

 攻めのイレインと、守りのリリア。

 集中力を切らした者が敗北するだろう。


 ……………………


 そしてその時は程なくして訪れた。

 

 やはり、ダメージの蓄積のあるリリアが不利だったのだ。

 イレインの猛攻に耐えきれず、ついに膝をついてしまった。


 そしてそれを見逃すほど、イレインも甘くはない。

 戦いというのは、一瞬の油断、隙、判断が勝負を決めるのだ。


 止めの一撃とばかりに、大剣がリリアに迫る。


 そしてその一撃で地面が大きく爆ぜ、砂塵が巻き起こる。

 当たる直前での寸止め、勝負があったかに思われた。



 ____しかし____



 砂塵がおさまったとき、そこにはイレインただ一人の姿しかなかった。

 そしてリリアは一瞬にして、闘技場の端の方まで移動している。


 驚くことに、リリアは闘気の身体操作『瞬動』を使用していたのだ。

 そして…………


 「ん〜〜! 動けない!!」


 イレイン渾身の一撃は、流砂とかした闘技場の地面に飲まれ、またイレイン自身も手足の動きを封じられ身動きが取れなくなっていた。


 そこで、リリアの声が響き渡る。


 「勝負ありです、大人しく降参してください!」


 いうや否や、火球ファイアーボールが突如として現れる。

 その大きさ、熱量、食らえばひとたまりもないことは想像に難くない。


 これには流石のイレインも青ざめるしかなかった。


 「ううっ……まいりました……」 

 

 こうして勝負は決した。

 リリアは初の対人戦闘にて、金星を得たのだった。


 それにしても見事な作戦勝ちだった。

 実力で劣っている相手に、あえて隙を見せることで油断させ、温存していた魔法で止めを刺す。

 見た目の可愛さに反する、容赦ない搦め手。この子はほんと末恐ろしいわ。


 それに『瞬動』

 あれも一度見せただけなんだけど、それだけで真似できるなら、ゴルンと並ぶくらいには戦闘センスもあるというところだろう。

 俺が追いつかれるのも、時間の問題かもしれない。


 

 そうこう考えているうちに、俺のいる控え席までトコトコとリリアが小走りで帰ってきた。

 傷だらけだが、その顔には満面の笑みを浮かべている。


 「アルム君、見てましたか? 私、勝ってしまいました。

  これも指導のおかげです! 相手の虚をつく……できてましたか?」

 「見てたよ、作戦勝ちだな。おめでとう!」


 俺でもあんなに機転の効いた対応はできない気もするけど……

 何はともあれ、弟子の初勝利は喜ばずにはいられない。



 これは俺も負けてられないな。

 

 

 傷だらけではしゃぐリリアをふん捕まえて治療していたときだ。

 対戦相手であったイレインが俺たち二人の側まで歩み寄ってきた。


 「リリアちゃん、強いんだねぇ。完敗だったよ〜〜」

 「いいえ、イレインさんの方が実力は遥かに上でした。

  私もまだまだ、修行不足です」


 負けても素直に勝者を称えることができる。イレインはいいやつだった。

 それに謙虚に答えるリリアも何だか微笑ましい。


 性格はだいぶ違うだが、二人は馬が合いそうだった。


 そんなことを考えていたら、イレインは俺にも話しかけてきた。


 「アルムくんって、リリアちゃんの仲間だったんだねぇ。

  それなら、リリアちゃんも魔法を使えるわけだ〜〜」

 「? 俺の名前知ってるんですか?」

 「いや〜、だって一次審査の魔法すごかったから。

  うちの周りにいた人たちも、結構、噂してたよ〜〜」

 「あー……ははは」


 やっぱりやりすぎだったのか。

 まさか、名前まで覚えられているとは思わなかった。

 ……これからは気をつけよう。


 それからやっぱり、イレインとリリアはお互いに気が合ったようで、次からの試合も一緒に見ることになった。

 お互い暇だということで色々と話していたのだが、そのうちに仲間パーティに加わる?なんて話もでてきたのだから驚いた。


 イレインも俺らと同じ駆け出し冒険者ということで、国を出てきたばかりで仲間もおらず、暇しているとのことだったからだ。

 俺もリリアも、もちろんこれには賛成。

 女の子同士でしか相談できない悩みなんかもあるだろうし、丁度よかった。


 「そしたらイレインさん、よろしくね」

 「イレインさんが仲間になってくださるなんて、すごく嬉しいです!」

 「うちもこんなにすぐ仲良くしてもらえるなんて思わなかったよ〜

  それに二人ともイレインでいいよ〜、これからよろしくね〜〜」


 俺と、真面目なリリアと、気の抜けたイレイン。

 ちぐはぐだけど、中々いい組み合わせなのではないだろうか。


 こうしていきなりではあったが、イレインが仲間に加わったのであった。



 そして次は俺の番だ。

 第二次審査の戦いの時が目の前まで近づいていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る