第三章 少年期 魔法都市サルミリオス編
第十七話 束の間の平穏
夜明け前に、何とかキザイス王国首都パノヴィアを離れ、ニール運河にかかる、イスニル橋梁を渡りきることができた。
別に指名手配を受けているわけでもないが、他の貴族の目を逃れるためには、それが最低条件だと思っていた。
なぜなら国を出るためのこの一本橋で狙われる可能性が非常に高かったからだ。
それさえ抜け出してしまえば、後はどうにでもなる。
リリアも泣き言ひとつ言わずによく付いてきてくれていた。
「ここらで休憩しようか」
「はい」
道中、俺らの中でいくつかルールを決めた。
まずは、敬語不要。
お互い対等な立場になったということで、堅苦しいのは嫌だった。
もちろんリリアが使いたければ使っても全く問題ない。
二つ目は、遠慮しないこと。
言いたいことが言えなくてストレスを溜められたら、大惨事になりかねない。
まあ言いづらいこともあるかもしれないけど、普通に話せればそれでいいと思う。
そして三つ目が、身に危険が迫ったときは俺が囮となり、リリアは何としても逃げること。
俺一人なら何てことないが、戦闘経験がないリリアは逃げ遅れる可能性があった。
これにはしぶしぶ、納得してもらった。
話してみると、リリアは変なところで頑固なようで、出会ったばかりの頃のようなオドオドした感じではなく、どこか芯の通った女性という感じだった。
あんまり泣かないし。
まあそっちの方が今の見た目には合っている気もする。
街道から少し外れた林の中に、小さな窪地があったので
ここが今日の野営場所というわけだ。
元王女様をこんなとこに泊まらせていいか迷ったけど、本人は存外気にした様子もなく、むしろこういうの初めて!と言わんばかりにちょっとワクワクしているようだった。
「これから嫌ってほどすると思うけど、、、」
「こういうの少し憧れてて……ちょっと楽しみです」
顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
まあわからなくもない。
俺も小さい頃、家の外に父と泊まったときは何だかワクワクしたし、そのとき食べた飯がこれまた美味しい気がして、その後何度もねだったものだった。
「それより部屋同じで大丈夫だった?」
「平気です。その方が安心するから」
「ならいいけど……」
こっちがいろんな意味で大丈夫じゃないんだけどなぁ…………
でもまあ、いざ戦闘になったときは守りやすいか。
それに安心されるくらいには、無害に映っているのだろう。
そんなことはさておきだ、明日の準備はきっちりとしておかなければならない。
何せ道のりは長いのだ。
「それよりさ、足怪我してるでしょ。ちょっと見せて」
一瞬、驚いたような顔をしたけど、すぐに観念した。
長距離を歩いたせいか、履物の中に血が滲んでいる。
多分、ずっと我慢していたのだろう。
とりあえず、塗り薬と裂創に効き目のある野草で応急手当をしておいた。
「俺の師匠の言葉なんだけどね、治さない方がいい怪我ってのがあってさ。
その怪我は
「わかりました……我慢します」
我が儘も全然言わないし、本当に楽だ。
逆に俺より大人びた感じがするくらい。
そういえば……
「リリアって何歳なの?」
「今年で14歳になったばかりで……アルム君は?」
「えっ、俺と同い年?」
「!?!?」
多分、お互いに別の意味で驚いたんだと思う。
リリアはもうちょっと幼く見える。俺は、ふけすぎ。
だけどそこまで驚かれると、俺だってちょっと傷つくんだけど……
そんなこんなで眠るまでの間に色んな話をした。
俺の両親のこと、ガリウスのこと。
リリアの天与のこと、父のこと。
そこで、リリアの天与について思うところがあったのだ。
「リリアの
「そうなんですか? 」
彼女の力は一つの意思をもって、その暴威を振るっているように感じた。
その姿を見たときふと、ガリウスから聞いていた、ある話を思い出したのだ。
「さっきした、人魔大戦と
その人がね、ペットを飼ってたって話があって」
「ペット??」
「突拍子もない話なんだけどね…………」
霊神サルミリオスは当初、世界の争いを平定するために、自らの強大な力を分け与えた四匹の神獣を生み出し解き放ったのだ。
火を司る霊鳥
地を司る霊獣
風を司る霊龍
水を司る霊亀
そいつらは世界各地でかなり派手に暴れまわっていたそうだが、人々がそれらを畏れ、奉ることでいつしか大人しくなっていたという。
後の九神柱でも手を焼く存在だったらしく、ガリウス談では「青龍を相手にしたときは、山の形が変わってしまった」と懐かしそうに語っていた。
それが人族代表として力を認められるきっかけになり、神に選ばれたのだとも。
「その朱雀の力が私に与えられたってことですか?」
「断定はできないけど、可能性はあると思う」
人に取り憑いたなんて話はそのとき聞かなかったけど、あれ程の力を有するものがそうやすやすと居てもらっても困るのだ。
滅びる国が一つや二つどころじゃすまなくなる。
「まあ話半分に聞いといてもらえれば。
俺も自分で言ってて、しっくり来ないところもあるし」
「……わかりました。
でも仮にそうだとしても、アルム君と一緒にいれば止めてくれますもんね?」
とってもいい笑顔でそんなことをいうリリアに思わず絶句した。
……いやいや、もうあれだけは勘弁してくれ。
それから一頻り、二人で笑っていた。
最初は一人旅よりも大変かなぁと思ってたけど、話相手がいるのも悪くない。
こうして、冒険初日を無事に終えたのだった。
ーーーーー
翌朝、いや昼になっていた。
意外に疲れが溜まっていたのかもしれない。
リリアは俺よりも先に目覚めていて、すでに食事の支度までしている。
いや、本当に便……勤勉だなぁ。
心の声をかき消しながら、用意してもらった食事をとることにした。
こういうときの魔法が便利で、土魔法を使えば、簡易的な椅子もテーブルもすぐに作れる。
朝食兼昼食は、パンと干し肉だ。火で温め直すだけで食べれるし、腹持ちもいい。
肉を挟めば、パンが肉汁を吸って美味しくなるのもたまらない。
食べたらすぐに出発だ。
このままのペースで歩けば、一週間程度で魔法都市ルミリオスに到着するだろう。
リリアを抱えて走れば二日あれば余裕で着くけど、それでは彼女のためにならない。
この歩く時間でも修行はできるはずだ。
「リリアって魔法どのくらい使える?」
「四大系統なら初級まで使えます。火系統なら上級も」
なるほど、それだけ使えれば魔法は後回しにしても問題なさそうだ。
「闘気は使えたりしないよね?」
「ないです……魔法使いには不要なのでは?」
「それはあくまで、集団戦闘の場合だけだよ。
そもそも魔法って限られた人しか習ったりできないからね」
「なるほど……じゃあそれをこれから?」
「そういうこと」
闘気の修行方法は、魔法に比べれば簡単だ。
言ってしまえば、魔力操作を体内で循環させればいいだけだから、魔法使いなら誰でも身につけられる難易度であることは間違いない。
一週間もあれば、使うだけ使えるようにはなるだろう。
後はその練度をどこまで高めるか、戦闘においてはそれが一番重要なのだ。
この間のオルフレッドの戦いを見て気づいたことがかなりあった。
それは闘気の強弱の切り替えの早さ。
魔力操作に緩急をつけることで、あんなにも戦闘能力が跳ね上がるのだ。
そして『
恐らくあれは、闘気使用の延長にあるものだと、俺は予想している。
闘気をあそこまで極めることができるのは奴が天才だからだと思うけど、そんな戦い方からも学ぶことはたくさんあるのだ。
ガリウスに叩き込んでもらったのは基礎だということに初めて気づけた。
世界は広い、俺もまだまだだということだ。
「リリアには、移動中は常に魔力操作を行っていてほしい。
それも、体内で循環させるイメージで行うことが大事なんだ」
「やってみます……」
とりあえず、移動しながらの修行生活が始まった。
俺もリリアも、もっと強くなる必要がある。
ーーーーー
結論から言うと、リリアは天才だった……それもかなりの。
まず闘気の扱いについて、まだまだ荒削りだが、三日で身体強化の域にまで達した。
おそらく武器纏い、部位強化なんかもこの分ならすぐに習得してしまうだろう。
そういえば武器術に関しては、オルフレッドやグランス、近衛騎士に習い、光神流の剣術を体得しているらしい。
いや、何でも器用にこなしすぎよ、この子は。
そして肝心の闘気と魔法の平行使用。
これに関しても、コツを掴みつつあるのだ。
俺もガリウスには天才とか褒められてたけど、これを見たら恥ずかしくて言えない。
王も稀代の魔法使いと称されていたが、まさにその娘ということだ。
「魔力を留めるのと放つのを一緒にやろうとすると、どちらかの力が崩れてしまいます」
「うーん、魔法の練度が追いつかなくなってきたのかも。
後は、闘気を意図的に使うんじゃなくて、常に纏うようにすること。
それが日常の一部になったら、リリアなら魔法と闘気の併用はすぐできると思うよ」
「勉強になります、師匠!」
ここ最近はすっかり打ち解けて、冗談も言えるくらいの関係にはなってきたのだ。
だけど、師匠って恥ずかしいな。ガリウスもこんな気持ちだったのか……
それから後の道中は、基本的に走りながら移動することが多くなった。
魔法も闘気も、戦闘を想定して使用できなければならない。
敵の攻撃を避けながら、身を隠しながら、味方の援護をしながら……動作が加わることで一段と難易度も増してくるのだ。
だけど彼女ならば、街に着く前には容易に習得できていることだろう。
ーーーーー
王都パノヴィアを出発してから5日後の夜だった。
こうして俺たちは無事に魔法都市サルミリオスに到着したのだ。
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