第十五話 一難去ってまた一難去ってまた……


 人の歩く音で意識が覚醒する。

 すかさず飛び起きると、どうやら俺は寝ていたようだった。


 宿とは違う天井にベッド……ここどこ?

 枕元には、水桶と厚手布がおいてあった。


 「すみませーん、誰かいませんかー?」


 とりあえず大声で人を読んでみると、パタパタと急ぎ足で誰かがここに向かってくる。

 部屋の前で音が止んだが、一向に入ってくる気配がしない。

 様子を伺ってるのか?


 「すみませーーーん!誰かいま………」


 より大きな声で叫ぶ俺の声を遮るように、ドアを開く者の姿があった。

 そのちんまりとした姿には何処となく見覚えがある。


 ……奴だ!俺を爆撃した3爆トリオの一人。

 終始テンパってあわあわしていたやつ。


 だけど、トレードマークのキノコ頭は若干伸びて、その色も綺麗な緋色に変わっていた。

 いや、そういえば背もおおきくなってないか?


 「ええっと……どうも」

 

 呼んだはいいけど、別に話すことがあるわけでもない。

 単に状況が知りたかっただけで、まさかコイツが来るとは……


 妙に緊張感のある空間で、一つ深呼吸する音が聞こえる。

 そしてすかさず、元キノコ頭もとい王女様は俺に頭を下げたのだ。


 「こっこの度は、本当に本当にご迷惑をおかけしてしまって……」


 一瞬で顔を真っ赤にして、目からは大粒の涙を流している。

 それだけで、コイツが今回の騒ぎの元凶であることはすぐに理解できた。


 それにしても王女がそう軽々と頭を下げていいものなんだろか?


 「えーっと……顔を上げてください。あなたが無事でよかったです」


 本当によかった。

 これで俺の練兵場破壊の罪は不問とされるのだから。


 ……いや、ひと一人救えたのも嬉しいけどね?


 頭の中でセルフ言い訳をしていると、王女様が今の状況をポツポツと拙い声で話し始めた。


 俺が眠りにつき、目覚める間に起こったことだ。



 平原にグランスとその他が迎えに来て、ここまで運んでくれたこと。


 ここが王城内の、使用人にあてられる部屋の一室であること。


 丸一日、寝たきりの状態であったこと。


 荷物は別室で預かっていること。


 そして……オルフレッドのこと。




 オルフレッドはその化け物染みた生命力で辛うじて生きているらしい。

 しかし、全身の大火傷に加えて、表皮の一部が炭化しており、最早先は長くないだろうとのことだった。


 王女様は話している途中でしゃくりを上げて泣き出してしまった。

 まあ自分のせいで誰かが死ぬってのは、俺でもキツイものがあるし、ましてやこの気の弱い王女様には荷が重すぎたのだろう。


 ……でも、生きてさえいれば大丈夫だ。

 ベッドから降りると、足に力が入らなくてふらついたが、魔力は多少回復しているのがわかった。


 「すぐにあいつのところへ案内してもらえますか?」


 王女様は一つ頷くと、俺の側まできて、支えるように肩を貸そうとしてくれた。

 一瞬躊躇ったが、一刻を争う事態だからとそれに甘え、オルフレッドのもとへと急ぐ。



ーーーーー


 見るも無残な姿だった。


 身体中が焼けただれ、その中でも腕と体の正面は特にひどく、所々が真っ黒に変色してしまっている。

 あの爆発を一身に受け止めたのだ、原型をギリギリ留めているだけでも奇跡的だろう。


 「戻って来てください…………団長!」


 城使えの回復術師8名がオルフレッドを囲い必死で回復を試みていたが、命を繋ぎ止めることで精一杯という様子だった。

 そしてその疲労の色もだいぶ濃い。

 そりゃ代わる代わるでも、丸一日そんなことをすれば誰でもそうなる。


 「代わってください。俺が治します」


 魔力が足りるか微妙であったが、この人たちの魔法ではこれ以上は見込めない。

 俺がやるしかないのだ。


 術師たちは俺の姿に驚いたようだったが、後々考えれば、王女の肩を借りる不敬なやつとしての驚かれたのかもしれない。


 「君は…………目を覚ましたのか。だがこれを治せるというのは……」

 

 疑うのは当然だろう。これを治せるものはそれこそ、神級魔法の使い手と豪語しているようなもんだ。

 そして実際に俺は、その使い手の一人でもあったのだけど。


 「本当です。だけど、魔力が足りないかもしれません。

  …………協力してもらえませんか?」


 本来ならば、部外者の言葉なんぞ聞く者はいないだろう。

 だがしかし、このままでは助からないということを彼らはわかっていた。


 一瞬の逡巡を見せたが、すぐに決断したのだ。

 藁にも縋る思い……オルフレッドがいかに愛されているかが伝わってくる。


 「……わかった。責任は私が全て取ろう。団長を……よろしく頼む」

 「ありがとうござます。俺の合図で持てる全ての魔力を流し込んでください」

 

 回復魔法 神級:生命還元ライフリダクションの詠唱を始める。


 これは使い手が失われつつある喪失魔法ロストマジック

 生命の危機に瀕する者がいたとき、自身の魔力と、それが足りない場合には生命力すら分け与えてしまう危険な魔法であった。


 全開状態であれば俺一人の魔力だけでも訳ないのだが、誰かに協力してもらえなければ、現状の魔力と体力では俺の方が死んでしまうだろう。

 不安はあるが、これしか方法はないのだ。



 「……………………今です!!!」



 詠唱が終わるその瞬間、ありったけの魔力を一気に注ぎ込む。

 全員分の術師の魔力が還元され、オルフレッドの体を徐々に癒していく……が……


 このままでは魔力がすぐに底をついてしまう。

 オルフレッドの受けたダメージは想定を遥かに超えていた。

 

 そんな体で戦い続けていたんだからほんとうに無茶苦茶な男だ。


 ……もう、俺の命を削る以外に方法はないかもしれない。



 そう覚悟を決めたときだった。



 緋色の髪が側で揺れるのが見えた……その直後に流れ込むのは膨大な魔力の奔流。

 この少女は、あの戦いを経て今なお、この魔力量を有しているのだ……もはや反則すぎるまである。

 

 魔力暴走を心配したけど、顔を見てわかった。

 この人は、誰かのためであれば道を踏み違えるような過ちは絶対に犯さない。


 これなら足りる、後はそれを制御しきればいいだけだ。

 ここから先の魔力操作は、俺の大得意分野である。


 誰の命を欠くこともなく、この騒ぎが収束できることを確信した瞬間だった。 

 

 

ーーーーーー


 それから丸一日が経過しただろうか。

 オルフレッドが目を覚ました。


 そして第一声。


 「やっぱり!生きてさえいればアルムが治してくれると思ったんだよね」


 その場に俺はいなかったが、噂伝いに聞いたときには、流石に勘弁してくれ……と思った。

 こんなヒヤヒヤする戦いはもう真っ平ごめんだよ。



 そして後で会いに行ったときにも……


 「最後の大技見たかったなぁ…………

  アルム明日ひま? ちょっと平原まで行って見せてよ!」

 「お前はもう休んどけ」

 「アルム殿の言う通りです。団長にはすぐにでも復帰してもらはないと困ります」


 はしゃぐオルフレッドを俺とグランスで終始なだめすかしていた。

 コイツは俺よりガキなんじゃなかろうか。


 ……………………


 それから今回の件について三人で会話する機会があった。


 まず一番の朗報は、この騒動で死人が0で済んだこと。

 これは騎士団全員の迅速な誘導が理由だろう。

 もちろん俺とオルフレッドが頑張った点も評価してもらいたい。


 そしてお姫様も、うまく立ち直れたようだった。

 助けられた直後は、身体的には外傷が擦り傷以外になかったというから恐ろしい。

 だが、精神的にかなり不安定で、騎士団全体でもかなり緊張感があったらしいが、そこをグランスがうまく回してくれたみたいだった。


 俺への看病を仕事として割り当てたことで、少しでも罪悪感を軽減し、尚且つ余計なことを考える暇を与えないようにしたんだとか。

 看病はありがたいけど、利用された感が満載なのが解せぬ。

 それでもまあ、しょっちゅう布を新しい物に変えてくれたり、寝る間も惜しんで慣れない看病に奔走してくれたらしかった。

 後でお礼を言わねば。


 そして城の修繕について。

 元々が城の離れのような場所だったらしく、人の出入りも少ないらしい。

 そこを王女様がしょっちゅう利用していた(多分ジメジメとしていたのだろう)らしいんだけど、それが幸いしたというわけだ。


 その他、城の花やら木やらは熱波と水魔法の応酬で大半が根こそぎダメになってしまったようだった。

 まあ内部の被害としては、それくらいとのことだ。



 そして、イス平原。

 ここが最大の被害と言える状況であった。

 広大な平原の4分の1が焦土と化し、そして極め付けが俺の水魔法。

 広範囲をえぐり取ったことで、大地が湿地帯のようにぐちゃぐちゃになってしまっているとのことだった。

 もうすぐ見頃を迎える花々も、今年、いや来年まではお預けだろう。


 「あれが人の争いで起きたと説明しても誰も信じないでしょう。

  もはや、天変地異ですよ」


 というのがグランスの談だった。

 いや大袈裟な……と思ったけど、その目が本気マジだったので謙遜することすら憚られた。


 今後の課題は、これらの被害をどう補填していくかというところで、貴族連中と王が連日、会合を設けているらしいが、それに関しては悪いが知ったこっちゃない。

 まあうまくやってくれればいいなとは思うけどね。



 かくして、全てが無事に?とはいかないまでも、落ち着きを見せはじめたのだ。

 俺も魔力・体力ともに充実してきた頃合いだった。



 そんなときだった。

 それを見越したように一枚の便箋が届けられる……それもグランス直々に。


 いやーな予感がするけど、無視するわけにもいくまい。

 恐る恐る中身を読むと、それは単なるお食事のお誘いであった。



 ____王の直筆で。____

 


 意外と筆まめだなぁ……何て思いつつも快諾するほかないだろう。

 それはまあまあ急な話なのだが、明日の夕刻だった。


 なぜだろう……とても光栄なことなのに涙がとまらないんだ。

 一難去ってまた一難去ってまた………………



 それを俺の嬉し涙と勘違いしたグランスは、意気揚々と去っていったのであった。


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