第十四話 騎士の覚悟


 そこはキザイス王国より西北西に位置するイス平原。


 豊かな自然を有し、ここにしかいない生物や魔物・魔獣も数多くいるという。

 また遠くまで見通すことができる地形に加え、数百mもの幅のあるニール運河がたおやかに流れるその地理は『初級冒険者の楽園』とも呼ばれ、ここで野営をし修行に励む者も非常に多いそうだ。


 それに禁猟の時期に生い茂る花々の光景は圧巻なのだとか。

 ニール運河にかかる全長1kmにも及ぶ橋梁から見下ろす絶景は、多くの人々を虜にしている。


 


 ____花が乱れ咲く地に1羽と二人が降り立った____


 


 俺とオルフレッドはかなり疲弊していたのだが、騎士団の援護により、一息つくことができた。

 さすがにあの短時間で魔力までは回復しないが、体力はそこそこ戻った気がする。


 朱雀を見やれば、その炎の勢いが明らかに弱まっているのがわかった。

 いくらガリウス並みの力を保有していても、それが扱えなければ意味がないのだ。


 恐らくその姿を具現化するだけでも相当の魔力を消費しているはず。

 決着のときはそう遠くはないだろう。


 「ここでなら気兼ねなくやれるよ」


 まるで先ほどまでは手加減していたとばかりに、オルフレッドが首を鳴らした。

 ここにきて何とも頼もしいやつだ。



 そしてその言葉はまさにその通りだった。



 ……兎に角、速い……速いのだ。

 あまりの速度とその独特なその歩法により残像まで見える。

 

 闘気が使い手次第でここまで変わるものとは……


 ガリウスもまた達人だったが、このオルフレッドも単に武器術だけで言えば、同じ域にいるのではないかとさえ、思われた。

 上には上がいる、その言葉の意味がこの日はじめてわかった気がする。


 あまりの速度に翻弄され、朱雀もなす術なく、殴られるだけになっている。

 いやでもあれ、王女様だよな……やりすぎなんじゃ……



 と思ったが、油断は禁物だ。



 朱雀が翼を広げ、その膨大な魔力を解き放つと、あたり一面は火の海に飲まれた。

 花々が焼け落ち、一瞬にして死地へと変わる。


 オルフレッドは跳躍し何を逃れていた……が……

 

 その直後、朱雀の口元が輝くのが見えた。

 と同時に、オルフレッドに向けて、熱線ヒートレイを放ったのだ。


 通常であれば予備動作も読める直線の攻撃など、カスリもしないだろう。

 しかし、空中では避ける術が…………

 俺の抵抗魔法レジストも間に合わない……やべぇ。



 ……だがしかし、その心配はもすぐに杞憂に終わった。

 長剣でそれを巧みに反らし、見事に回避して見せたのだ。 



 「アルム、今のみた!? 流石に危なかったよ!」



 ハハハハと笑い声を上げるオルフレッドは狂人そのものだった。

 命のやり取りでハイになってしまったのか、騎士らしさを全く感じない。


 こんなやべぇやつ、絶対に敵に回したくないな。

 俺が心の中で誓った瞬間でもあった。



 ____しかし、非常にまずいことになった____



 朱雀は、その膨大な力を使いこなし始めていたのだ。

 荒れ狂う魔力の波もおさまり、その身に纏う炎も輝きを増している。

 魔力が削られたことで、ある種、洗練されてしまったのかもしれない。



 地を這う炎で敵を寄せ付けず、その隙に遠距離からの熱線を放つ。

 非常に厄介な組み合わせコンビネーションで、一つのミスが死を招く極限状態であった。

 


 この状況を打開するには……


 「オルフレッド、一つだけ策がある」


 ここにたどり着いたときからそれはわかりきっていた。

 

 

 朱雀こいつを運河へと突き落とす。

 


 それしか方法はなかった。

 俺やオルフレッドの持つ魔力だけでは最早、沈静化することはできないだろう。

 だが、膨大な水量を誇るニール運河であれば、やつを沈められるかもしれない。


 これもダメならもうこの国は滅びるだろう。

 まあその前に俺らが死ぬんだけど。


 俺たちの魔力が尽きる前に、何としても達成しなければならない。

 しかし、その距離は未だ遠いのだ。


 「アルムの魔法で押し切るしかない……ってことだよね?

  残念だけど、僕の膂力じゃできそうもないからね」

 「理解が早くて助かる……だけど少し時間が必要だ。

  …………お前一人でもやれるか?」


 死地に行け、と言っているようなものだった。

 それは成功するかもわからない無謀な賭け。



 ……だけどこんな時でさえ、オルフレッドは笑うのだ。



 「今度は僕がアルムを守る番だね。

  大丈夫、護るのは得意なんだ…………騎士だからね」

 「よし、任せた!」


 オルフレッドに全てを任せ、自身の魔力操作に集中する。


 東神流 『抜刀ー水ー』

 俺の持つ、最高威力・最高速度の一撃だ。


 だが、それを単に放つだけでは、斬り殺してしまう可能性があった。

 だから圧倒的な魔力の量、水魔法の束をぶつけて吹っ飛ばすのだ。


 身体中の全魔力を集中させ、魔法を構築していく。

 闘気は最小限、身体を多少覆う程度にしか使用していない。


 一撃食らえば即死だろうが、今日の俺には頼れる仲間がいた。



 『挑発プロヴォーク!』


 

 オルフレッドは、相手の意識の全てを一手に請け負ったようだ。

 本当ならばただの自殺行為だが、今の状況では最善と言うべきも愚行だった。


 全ての闘気を解放したオルフレッドは、朱雀へと向かっていく。

 炎熱のダメージを少しでも抑えるためだろう。


 打撃を中心に翻弄していくが、致命傷にはならなず、激しい炎にさらされ続けている。

 だがしかしここで、オルフレッドが仕掛けた。



 『超連撃ラッシュ!!!』



 どこにそんな余力があったのか、神速の連打をお見舞いした。

 朱雀はなすすべもなく、殴打されるがままとなっている。

 もしそれが斬撃であれば、どんな敵でも細切れになっただろう。

 


 ____しかし、____




 オルフレッドを振り払うように朱雀が両翼を広げると、その体が黄金の煌めきに包まれた。

 それには、先ほどとは比にならないほどの魔力が込められている。



 それには、文字通り、決死の威力が秘められていた。



 平原の広範囲が消し飛ぶだろうその力の奔流に抗う術はないだろう。



 …………賭けに失敗したのだ。



 俺も、オルフレッドももう助からない。

 ……あと少し……あと少しで準備が整うところだったのに……


 いや、最後まで諦めちゃダメだ。

 現時点で練り上げた魔力の全てをぶつければあるいは……


 刀の柄に手を伸ばしたとき、それを制止するように手がかけられた。


 「アルムにできたのなら、僕にもできるかもしれない」


 オルフレッドの声が聞こえる。

 それは最早、賭けにすらならない無謀な試み。


 もうなるようになれ。

 …………目を閉じて全神経を集中する。



 刹那に響き渡る轟音、目を閉じていても瞼の裏を焼くほどの閃光が溢れた。



 その暴力の波動は、平原に炎の大輪を咲かせたのだ。



 


 ……………………







 俺は生きていた。

 焦土と化した死の平原の中、一部のダメージも食らわず、生存していたのだ。



 その眼前にはオルフレッド、と思われる姿がある。



 鎧はその大半が溶けており、長剣も最早原型を留めていない。

 ピクリとも動かないが、オルフレッドは最後まで膝をつくことはなかった。


 

 この騎士おとこの覚悟を無駄にするわけにはいかない。



 「……後は任せろ」



 一方的に言い放ち、俺は灼熱の大地を駆けた。

 それが確実に当たる距離まで。


 かなりの反動があったのだろう、朱雀の炎はこれまでにないくらいに揺らいでいた。

 これを逃せば次はない。


 神速の抜き打ちに、持てる全ての魔力を注ぎ込む………絶対にはずさねぇ!




 「いい加減目を覚ませ!!!この馬鹿王女がぁぁぁぁぁぁ!!!」




 それは膨大な水のうねりとなって、平原を満たす。

 全てのものが抗うことを許さない『青龍』のごとし一撃が地面を穿ちながら突き進む。


 それはまるで一つの川が具象したように、朱雀でさえも簡単に呑み下した。

 荒れた焦土も砂埃を上げながら汚泥となって流れていく。


 

 そしてその流れはついに、ニール運河へと合流したのだ。



 悲鳴のような、水の爆ぜる音が響き渡り、それと同時に大量の蒸気が河から上がる。

 流石に、大自然の流れにまでは逆らえないようで、暫くもがきを見せた後に、それは掻き消えていった。


 

 勝利もつかの間、渾身の体力を振り絞り、俺は運河へと飛び込んだ。

 ……王女が溺れる前に、引き上げないと……


 もう魔力は残っていなかった。

 それでも何かが俺を突き動かした気がしたのだ。


 激しい流れに揉まれながらも、水中に浮遊する人らしき何かを掴んだ感触があった。

 それは奇跡に近い確率だったのかもしれない。


 ……ここで死なせたら………シャレにもならねぇ。


 河の流れは強く、浮遊するだけでも精一杯だった。

 だけど握ったものは決して離さない。


 無我夢中で体をバタつかせる俺は、人が見たらさぞ滑稽だったろう。



 ……ああ、ガリウスとの修行を思い出す。

 あの頃はまだ弱くて、生きることに必死で、それでも頑張っていた。

 

 俺は無我夢中で泳いだ。



 ……………………



 気づけば河岸にいた。

 

 どうやら何とか生き延びることができたみたいだ。


 右手に掴んだ人らしき何かを必死に引き上げる。

 どうやら人で間違いないようだった…………が息をしていない。


 「……ああ……ま…じか……」


 一瞬でも気を抜けば意識が飛んでしまいそうだった。

 回復魔法なんて使えるわけもない。


 極めて原始的な方法をとるしかなかった。

 

 「……もど……って……こい」


 心肺蘇生法。

 胸骨を圧迫し、肺に無理やり空気を送り込む。

 半死半生の俺がやってどうにかなるものでもないのかもしれない。


 視界は滲んで、頭の中もぼやけていた。

 だけど、それをやめるわけにはいけなかった。

 ここまでの苦労が……一人の男の覚悟が……全て無駄になってしまう。



 精も根も尽き果て、時が悠久に感じるその先。


 

 ____ぐぶぉ、ごぼぼ____


 

 水を吐き出す音が聞こえる。

 その後、すぅすぅと空気が少女の体を循環し始めたようだった。


 「……よか……っ……」


 もう我慢の限界はとうに超えていた。

 体から急速に力が抜けていく。


 今回ばかりは俺も頑張った……よな……

 


 俺はそのまま意識を手放した。

 たった今上がったばかりの水中へと沈んでいくように、深い深い眠りについた。

 

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