第十一話 必殺技の代償
翌日、最高に目覚めのいい朝だった。
当たり前のことだが、やっぱり寝床に入った方がぐっすりと眠れるのだ。
荷馬車なんて寝れたもんじゃない。
それに、このベッド、最高の寝心地なのだ。
綿の詰まった分厚くフカフカな寝具の上には、絹でできた柔らかなシーツがかけてあって、さわり心地も寝心地も至上のものだった。
俺がいつも寝ていたのは石床に藁をもっさりと敷いたものだったけど、もしかしたらあれは人間が寝所とは言えない代物なのかもしれない。
グランスが手配してくれた宿は、街の中でも上等な場所だったようで、身なりの整った者の姿もちらほらと見える。
田舎者丸出しだが、都会すげーと思った瞬間だった。
そして朝食。
これもまた格別なのだ。
ふっくらと焼き上がったパン、色とりどりの野菜がたくさん入った黄金色のスープ、そして肉。
鶏肉を燻製したものなのだが、上質な薫香が口から鼻へと抜けていく至上の味わいだった。
燻製なんて肉の保存のためとしか思っていなかったけど、これからはやり方を考えてみるか。
後でこっそり聞いて、自分でも作ってみよう。
デザートには、キザイス王国領内で栽培されている特産品『アプル』という果物が出てきた。
シャッキリとした歯ごたえに、甘い密がたっぷり入っていてこれもまた美味い。
朝晩の二回、食事が出してもらえるそうで、夜も楽しみだ。
ーーーーー
大満足で食事を終えた後、街を散策することにした。
それよりも、手持ちの金がないのが不便なんだが。
グランスに無心しようと思ったけど、さすがに惨めなのでやめておいた。
どのみち、明日もらえるしな。
そんなこんなで街を歩いていたのだが、いくつか思ったことがある。
人族以外の人種が結構多いのだ。
ガリウスに昔の人族の話を聞いてから、なんとなく人族は全体的に排他的で他種族からも嫌われていると思っていただけに、共存している姿には心底驚いた。
そういえば、この国の王族は魔導学園へ入ることが慣習となっているみたいな話を聞いたけど、そういうところも関係しているんだろうか。
学園は、全種族を平等に扱うことをその方針としていると聞くし。
お金たんまりもらったら、すぐ移動しようかなー。
ーーーーー
その後もフラフラしていたけど、金がなければ買い食いもできないし、欲しい物も買えない。
お金に貧しいと心まで貧しくなりそうだ。
何だかすぐに飽きてしまって、昼過ぎには練兵場の方まで戻ってきた。
そういえば見学していいとか言ってたっけ。
部外者を入れて問題ないのか?と思ってグランスに聞いてみたけど、団長がそれを許したそうだった。
団長が勝手に決めていいのかとも思ったけど、そこはもう口に出さないでおいた。
第二練兵場まで来たが、どうやら訓練の真っ最中のようだ。
邪魔にならないよう端の方で見ていると、何だか揉める声が聞こえてきた。
「あんた魔力込めすぎなのよ!」
「お前が弱すぎるだけだろ!
そんな威力じゃ、範囲型魔法にならないだろ」
「ふっ二人とも落ち着いてよ……三人で揃えないと形にならないよ……」
長い赤髪の気の強そうな女の子と短髪で魔法使いらしからぬガタイの男が言い争う中、見るからに気の弱そうなキノコ頭のちっちゃい女の子が仲裁に入る。
どこからどう見ても新米らしい三人組は、複数人で発動させる範囲型魔法の練習をしているようだが、うまくいってなさそうだ。
ガリウスの教本によれば、範囲型魔法というのは上級クラスの難易度らしい。
「じゃあもう一度いくわよ!…………
赤髪が音頭を取り、もう一度魔法の発動を試みる。
強大な炎の塊が発生したが、徐々にその大きさが縮んでいく。
それに伴って炎の煌めきがどんどんと増していき、気づけば真円の球体となっていった。
まさしくエネルギーの塊だ。
口喧嘩している割には見事な連携だった。
感じる魔力も申し分ない。
そしてその煌炎を解き放ったのだ。
…………俺の側に。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?!?
俺が気配を消していたせいで、見えていないらしかった。
今になって気づいた3人組は俺と同じくらい驚いていたけど、魔法の制御はすでに手放してしまっている。
もうすぐ爆発するだろう。
……や、やばい、やばい、こここんなところで死ぬのか。
相殺しようと思ったけど、さすがに3人の魔力と並ぶ出力を一瞬にして出すことは不可能だろうと、一瞬のうちに諦めた。
時間が圧縮され引き延ばされる感覚……ガリウスとの戦闘でよく見た走馬灯だった。
だけどその走馬灯の中に、一瞬、何かが見えた気がした。
望みがあるとしたら一つだけ、助かる方法があるかもしれない。
真円の煌炎はその力を解き放ち、衝撃と熱風を伴う爆発が襲いかかってくる。
それ以上は考えるより先に身体が動いていた。
____東神流奥義『抜刀』_____
そこに水魔法の威力を込めた、神速の一撃。
爆風は真っ二つに裂け、俺の身体のすれすれをかすっていった。
ものすごい量の砂塵が巻き起こる。
まともに喰らっていたら、全身が丸焦げになっていただろう。
安堵感から力が抜けて、へたり込んでしまった。
……た……たすかった……
風魔法で練習したときには失敗していたのだが、どうやら俺は追い込まれると力を発揮するタイプの人間らしかった。
……だけどまあ疲労感と手汗がすごい。
だけどこの瞬間、俺にとって初めての必殺技 東神流 『抜刀ー水ー』がついに完成したのだ。
これはあのガリウスでも驚くんじゃないだろうか。
三人組もこれには腰を抜かしたようで、指をさして、魚のように口をパクパクさせていた。
特にキノコ頭の子なんて、真っ白に燃え尽きたような様相だ。
____ん?____
何かがおかしい。
三人組を見ていると、視線の方向が微妙に違うのだ。
どちらかというと、俺ではなく、俺の前方を………………
……ああ、嫌な予感がする。これ絶対ダメなやつだ。
恐る恐る、三人組の見る方向に目をやると、全身を雷に打たれたような衝撃が走った。
わっわわ……割れ、てる……壁と天井が割れてる!!!
まさか自分が人生でこんなにあわあわする日が来るなんて思ってもみなかった。
その一撃は練兵場を大きく斬り裂いたのだ。
そしてその大きな隙間から見れば、空の彼方の雲まで真っ二つに割れている……ような気がした。
騒ぎを聞きつけた騎士団一同がこぞって駆けつける。
それに少し遅れて、グランスが到着した。
その隣には、細身の男が立っている。
そして沈黙を割くように、グランスの声が練兵場内に響きわたった。
「誰か!負傷したものはいますか?」
幸いにも怪我人は出ていないようだ。不幸中の幸いだった。
それからグランスの隣にいる男が口を開いく。
「んーと、これやったの誰?」
怒ってる様子はなく、純粋に好奇心で聞いているようだった。
「ほー、このアダマンタイトの壁をこんなにしたか、やるなぁ」なんて呑気な発言をして、グランスに諌められている。
容疑者は四人だったが、そのうち三人が俺の方を指差した。
「いや、俺だけど俺じゃないんです。
グランスさん、信じてください……」
形振り構わずにすがりつく俺にグランスも困り果てたようで、とりあえず容疑者四人は全員連行されることとなった。
俺の最後の抵抗で三人組を巻き込むことに成功したのだ。
いや、なんなら、そもそも俺が被害者だろ!と言いたいくらいだし。
こうして凸凹トリオと狼藉者が、応接の間へと連行されていった。
ーーーーー
応接の間には、グランスと、細身の男(おそらく団長だろう)の二人だけが一緒に来た。
他の騎士達は、現場の封鎖と被害状況の確認をとっているところらしい。
かくかくしかじか説明は俺から行なった。
断じて嘘はついていない。
「……それで、あのようなことになったわけですか。
あなた達は、もっと周りをみて行動しなければいけません。
アルム殿でなければ、人が死んでいたところですよ」
少し怒り気味にグランスが説教をかましている。
当の三人は反省しつつも「なんで私たちが……」と悲壮感を漂わせていた。
それから少ししてグランスが下がるようにいうと、赤髪と短髪は去り際に俺の方を睨めつけながら、部屋の外へ歩いて行った。
キノコ頭は終始、あうあうと声にならない声を出しながら消えていった。
そんな新米を尻目に、団長と思わしき男は、目をキラキラさせながら、俺に話しかけてきた。
「よっ、アルム殿。キザイス王国騎士団団長 オルフレッドと申す。
それよりさっきのあれ、どうやったんだ? あんなの見たことないぞ」
オルフレッドは好奇心の塊のような男だった。
見目も成人してからそんなに経っていないような若さがあり、それとどことなく犬っぽい。
「団長、おやめください。
それでなくても、明日の王への謁見の予定には頭が痛いのですから……」
「いやーだって凄いじゃんあんなの!」
もうこのやり取りだけで、グランスが苦労人であることがわかった。
しかしどうしたものか……
「うちの三人のせいで大変な目に遭わせてしまい申し訳ございません。
ですがこの件はすでに、王にそのまま伝わっています。
貴族たちも犯人が部外者のアルム殿と知ったら……どうなることやら……」
国王キザイス五世は、色んなものに口を出すタイプのようだった。
もともと第二練兵所を設計したのもキザイス五世とのことで、この件については、明日には直々に話があるだろうとのことだった。
ただ国王はよっぽどのことでない限りは、貴族たちには声をかけないそうで、今回のこれが『よっぽど』に含まれるかはわからないそうだ。
逃げないでくださいね?と釘をさされた。
いや、逃げないよ?と思いつつ、心の中ではどうしようかと揺れていた。
「そんなことよりさ、どうやったか俺にも教えてくれよ!」
まだうるさいやつがいた。
……ったく……
いい加減黙ってくれと思ったけど、ふとあることを思いついた。
グランスがちょっと目を離したすきに、オルフレッドに耳打ちする。
「……ごにょごにょごにょ……」皆まで言い切らずに、「いいよ」とだけ返事をもらえた。
オルフレッドの性格からして断ることはないと思ったけど、まさかここまで即答するとは……
だがそのおかげで、俺の企みはグランスにも気付かれることはなかった。
結局そのあと、グランスの愚痴が止まらなくて長話に付き合わされたのだが、結局のところは明日にならないとわからないらしく、解散する流れとなった。
ーーーーー
その日の夜。
王の側に影が一つ。
何者かが王と密談していたのだ。
誰も気付くことは叶わない。そこは二人だけが知る、秘密の隠し部屋だったのだ。
こうして、それぞれの思いが錯綜しながらも、夜は更けていく。
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