第十話 静まり返る練兵場


 イライラする。


 人生の門出ともいえるときに、これ程までに不幸が重なる人間はどれくらいいるのだろうか。


 不審者同然の扱いで半ば強引に連行され、荷馬車で吐くほど揺らされ、着いた先には仇敵がいて、そいつと再戦することになった。


 神様、俺なにか悪いことしましたっけ?

 肝心なときは見てるだけ、人に課す修行は非人道的、お休みを全然くれないのが俺にとっての神様像だったが、無慈悲に不幸を与えるという項目が新しく追加された。


 心の中でふつふつと沸き上がる怒りに悶々としていると、グランスの呼ぶ声が聞こえる。


 「アルム殿、それではこちらへどうぞ」



 ____キザイス王国の練兵場は三つある____



 一つが、集団での戦闘訓練を行うための最も広大な第一練兵場。

 小国でありながらも、キザイス王国騎士団の指揮系統は非常に優れているという。

 また騎士団に所属する一人ひとりの能力もさることながら、団員同士の連携がうまいのだ。

 その連携力・継戦力を支えているのがこの施設なのだろう。



 二つ目が、魔法使いが戦闘訓練を行うための第二練兵場。

 魔法の遮断効果の高い、アダマンタイトをふんだんに用いて作られているらしい。

 魔法都市サルミリオスの隣国でもあるということもあり、魔法への指導は非常に熱心に行われているらしく、王族の中には、魔導学園へと通うものもいるのだとか。

 現王キザイス五世も、一昔前には『稀代の魔法使い』と称され、魔法の開発と発展に大いに貢献した人物だそうだ。



 三つ目が、騎士団の個人技を鍛えるための第三練兵場。

 騎士団員が個人技を研鑽するための場所である。

 同時に何組かが試合を行えるくらいの広さはあり、使い勝手は良さそうだった。

 

 これらそれぞれが長い通路で繋がっており、俺が最初に通された応接の間からも近かった。

 他にも宿舎や療養施設なども完備されており、この国の騎士達がよい環境で質のいい訓練を行っているのがわかった。



 全くわかってないんだよなぁ……

 本当の訓練てのは、断末魔の響き渡る逃げ場のない地獄で行われるんだよ。

 何度も死に目に遭いながら、その地獄から這いずり上がった奴だけに、修行の成果ってのは現れるんだ。

 


 こんなボンボン剣術に負けるわけにはいかない。

 ……今までの修行が無意味になってしまう、俺の精神が保てなくなってしまう気がするから。



 そうこう考えているうちに、第三練兵場に到着したようだ。

 そしてその中央には、すでに奴が立っていた。


 ゴルンは先ほど身につけていた板金鎧プレートメイルは脱いでおり、その代わりに訓練着のようなものを身に纏っている。

 そして相も変わらず馬鹿のように大きい大剣クレイモアを背中に背負っていた。

 しかしその剣は木剣製だ。


 これは単純な殺し合いではなく、所謂、剣士同士の決闘なのだ。

 そのため、仕切りをグランスが行うことになった。


 グランス曰く、ゴルンは騎士団の上位陣にも劣らない実力を持っているらしい。

 一度勝っているからといって、決して油断しないほうがいい……という丁寧なアドバイスまでいただいてしまった。


 周りをみるといつのまにか、練兵場の半分が騎士達でほぼほぼ埋まっていた。

 ゴルンの相手はどんな奴かと、見定めに来たのだろう。

 もちろん、俺を連行したいけ好かない二人組みの騎士も見に来ている。


 負けられない闘いがそこにあるのだ。 



 まずは決闘のルールについてグランスから説明があった。



 ルールは簡単、相手に『参った』と言わせるか、気絶させたものの勝利。

 士道に悖る卑劣な行為や、相手を殺めることは禁止されている。


 得物は、大剣、長剣ロングソード細剣レイピアの三種類の木剣の中から選ばされた。

 俺は、細剣を選ぶことにした。

 装備は自由とのことだったが、俺は変える必要がない。


 大なり小なりの歓声が上がる中で、ゴルンと相対する。

 意外なことに以前のような驕りは感じ取れず、豪快さは鳴りを潜め、その鋭さが増しているような気がした。


 「両者構え!!!」

 

 グランスの号令で、お互いに木剣を構える。

 戦いの火蓋は切って落とされたのだ。


 

 先行はゴルン、横薙ぎの一閃だ。

 前の戦いをなぞっているのか、不敵な笑みを浮かべていた。


 今の俺には造作もない、余裕をもって跳躍し回避した。


 ここで恐らくゴルンも気づいたであろう。



 その技量は両者ともに前と比べられないものとなっていることに。



 ゴルンが大口を開く。 


 「よぉ坊主、おめぇ強くなったじゃねぇか。秘密の特訓でもしてたか?」

 「そういうお前こそ、田舎臭い我流剣術から足洗ったのか?」


 グランスは顔を顰めていたが、口は挟んでこなかった。

 ギリギリ、士道の範疇ということだ。



 だけど俺はここですでに、気づいてしまっていたのだ。

 ゴルンがもう、俺の敵ではなくなっていたことに。



 別に油断している訳でもなく、驕りもない……と思う。

 最初の一太刀を躱したとき、こんなに弱かったのか?と、純粋に疑問を感じてしまったのだ。



 ガリウスの剣技はすさまじかった。

 東神流の他にも、古今東西の武を修めており、見ても受けても学ぶところしかないのだ。

 剣尖の鋭さ、技の豊富さ、相手の虚をつく兵法、どれを取っても一級品。



 そんな修行を1年以上も続けていれば、色んな意味で普通じゃいられなくなる訳だ。



 そんなことを考えていたその刹那、ゴルンの姿が音もなく消えた。

 前に俺の使った闘気での脚力強化、『瞬動』とでも呼ぼうか、それを使っているようだった。

 しかもその練度もかなり上がっている。

 

 他の騎士達もこれには驚いた様子だ。

 どうやらゴルンは、日頃からその真の実力を隠しているらしかった。

 


 だけど今の俺にとっては少し遅い。



 第一、殺気がだだ漏れで、どこを狙っているかが丸わかりなのだ。

 少しかがんだところで、俺の後ろ髪を木剣が轟音を立てて掠って行った。


 だが、ゴルンの剣技はそこからが非常に見事だった。

 足の運びを工夫することで、技の継ぎ目を感じさせない、連撃に転じたのである。


 以前のような粗さは消え、闘神流の威力と速度を兼ね備えた技の応酬。

 それはまさしく、剣舞を思わせる流麗さであった。



 だけど、俺にとってはただそれだけのことだ。

 


 以前であれば、完全に敗北していただろうその技術も、今となっては剣を抜く必要すら感じない。

 ゴルンの攻撃の起こりを読み、その剣の通る道を闘気を纏わせた手の平でいなしていく。

 東神流『流刀』の応用だった。


 全てを無手で捌ききったとき、練兵場の中は声一つなく静まり返っていた。

 


 力の差は十分に見せつけた。もう終わりにしよう。


 

 大剣を跳ね上げ、体制を崩したところに、闘気を込めた掌打を放つ。

 鳩尾を打ち抜かれたゴルンは膝から崩れ落ち、ピクリとも動かなくなった。


 グランスがここで試合終了を宣言する。


 「やめい! 勝者、アルム殿。手の空いている者は、急いで担架を持ってきてください」


 完膚無きまでに叩きのめしたけど、胸はスカッとしなかった。

 実力さが大きすぎたのだと思う。

 それはもう対等な試合ではなく、相手を蹂躙することとなんら変わりないのだ。


 ただし、得るものがなかった訳ではない。

 ゴルンに感じていた、劣等感・トラウマは、これで綺麗サッパリなくなったから。

 それだけでも、十分な収穫はあった言えるのかもしれない。



ーーーーー


 場所は練兵所の隣の療養所。


 半刻も掛からずに、ゴルンは目を覚ました。

 手加減したつもりはなかったけど、さすがの耐久力タフさである。


 念のため、回復魔法 初級:治癒ヒールだけはかけてやった。


 「また、おめぇに負けちまったのか。ちくしょうが」


 ゴルンは力なく言った。

 以前俺に負けたゴルンもまた、負い目やトラウマを抱えていたのかもしれない。


 「あんたも腕を上げたんだな。

  まあ俺の地獄の特訓に比べたら大したことなさそうだけど」


 つい軽口を叩いてしまった。

 なぜか前のように、心の底から憎むことができなくなっていたのだ。

 

 武人として対等な立場での決闘だったから?

 それとも強さに差がついて余裕ができたから?

 わからない。



 それから、ゴルンはグランスに話した。



 「以前、俺を負かして捕まえたのは、間違いなくこの坊主だ。

  誰も信じるやつはいなかったが、今日のでわかっただろ?」

 「ああ、どうやら本当のことのようだね」


 グランスもそれを認めざるを得ないようだった。


 「アルム殿はどちらで修練を積んでいたのですか?

  腰に下げている剣も、あまり見たことがありませんが……」


 聞かれる気はしてたけど、一番答えづらい質問だった。


 「それはまあなんというか……秘密の特訓です」


 我ながら苦しい言い訳だが、仙神から修行をつけてもらっていました!なんてことは言えるはずもなかった。

 まあ言ったところで、信じる人なんて誰もいないだろうし、東神流なんて流派も知らないと思うけど。


 「それは残念です。もしかしたら貴方の強さは団長にも匹敵するように思えたので」


 しつこく聞いてこないあたりが、さすが騎士道を歩むものというところであろうか。

 それよりも団長の話が気になった。


 「今日、団長さんはいないんですか?」


 そこまでオーラのある人間はいなかったように思うけど。

 

 「いえ、決闘のときには来てはいましたよ」


 まじか!?

 全く気づかなかった。

 グランスより強いといえば、そこそこ目立ちそうなものだが……


 世の中の強者にも、様々な種類があるということか。

 気配を消すのがうまいとか、自分を弱く見せるのがうまいとか。

 東神流の技は見せなくてよかったかもしれない。


 そんなことを考えていると、グランスが続けていった。


 「挨拶もせずにすみません」

 「いえいえ、私はお尋ねものでしたから……」


 はははと冗談を言ったつもりだったけど、グランスが恐縮してしまった。

 こういうことは言う相手は選ばないといけないのだ。

 少し反省した。



 それから少し会話を交わした後に、本題へと移った。

 ゴルン捕獲の報奨金についてだ。



 これについては、1日ほど待ってほしいとのことだったので、了承した。

 その間の宿代は持ってくれるというのだからグランスは太っ腹だ。

 ご飯も付いてくるらしく、それがちょっと楽しみ。


 詳しくはまた明後日に話すということで、宿を待ち合わせ場所とし、その日は解散した。

 すでに自由行動も認められていたの、街を色々見て回るつもりだ。

 


 明日はどこへ行こうか。

 とりあえず、今日の疲れを癒すため、俺は宿へ向かったのだった。


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