第二章 少年期 キザイス王国編

第九話 旅立ちと別れは突然に


 「もうワシからおぬしに教えることは何もない」


 それはあまりに突然のことで、理解が追いつかなかった。



ーーーーー


 ちょうど一週間前に東神流の免許皆伝を言い渡されたところで、今は魔法と東神流の技をどうにかして併用することができないか、模索していたところだった。

 ふと、斬撃を飛ばせたら面白いな……と思い立ち、魔法・闘気・技の三位一体を目指し、練習していたのだ。

 もちろん、基礎修行もずっと続けている。



 そんなときのことだった。

 ガリウスが戻ってこないのだ。



 今までにもちょくちょくといなくなることはあったが、昼頃にはいつも戻ってきていた。

 だけど夜になっても、その気配がない。

 ガリウスのことだから、外でくたばっているようなことはないと思うけど、さすがに心配になってくる。



 どうすることもできず、部屋の中を右往左往していたとき、偶然にそれを見つけた。



 ガリウスは、自分の書類に手をつけられるのを嫌っていたので、あまり干渉しなかったのだが、その書類の山の上には、明らかに俺に宛てたと思われる封筒が置いてあるのだ。


 意を決して封を開けると、中から2枚の紙が出てきた。


ーーーーー

 

 愛弟子、アルムへ


 もうおぬしに教えることは何もない。

 後はおぬしが、己が技術を研鑽し、高めるだけじゃ。


 それとな、ワシからの最後のお節介じゃが、魔導学園サルミリオスへの紹介状もつけておる。

 もし更なる発展を望むのであれば、そこで魔法の研鑽に努めるといい。


 おぬしはワシの一番弟子じゃ。誇るといい。


 それでは、さらばじゃ。


 ガリウスより


ーーーーー


 それから暫くは何も手がつかなくて、放心状態だったと思う。


 出会いも別れも突然過ぎだ。

 俺からも別れの言葉とか、お礼の言葉とか、伝えたいことがたくさんあったのに。


 そして最後まで、全てを見透かされていたのは正直参った。

 魔法のさらなる研鑽。

 俺のことなら、何でもお見通しなのだ。


 今の俺があるのは、間違いなくガリウスのおかげだ。

 恥ずかしくて口にすることはできなかったし、ガリウスもそんなことは別に聞きたくもなかっただろう。


 もう直接、恩を返すことはできないかもしれないけど、いつかまた出会ったとき、誇れるくらいには成長していたい。

 

 手紙はそれまで大事に取っておこう。


 そう思い、折りたたもうとしたとき、裏面に小さく文字が書いてあるのが見えた。


 『P.S おぬしの体が急激に成長したのは、ワシが成長魔法をかけておったからじゃ』



 ____ほんと最後まで自分勝手な師匠だ____



ーーーーー

 

 翌朝、早速だが出発することにした。

 この家はあまりに居心地が良すぎて、出る機会を永遠に失ってしまうことが怖かったからだ。


 ガリウス手製の教本、携帯食料、手紙と紹介状、ナイフ、着替えだけ荷物にまとめた。

 旅支度としては簡素だが、これくらいがちょうどいいのだ。

 路銀は見当たらなかったので、高く売り捌けそうな宝石を一つだけ持って行くことにした。


 装備はシンプルに、革の鎧、濃紺のローブ、刀と小刀を傍に差しただけだ。

 必要以上のものは、身に余る。


 

 いよいよ巣立つときが来たのだ。

 外に出れば快晴で、絶好の旅日和だった。



ーーーーー


 別れの挨拶くらいはしておかないと。

 そう思い、麓の村へ寄っていくことにした。


 最後に訪れてから1年半以上の時間が経っていたが、何一つ変わらない。

 いつも通りダロンに挨拶だけして、ズカズカと村の中へと入っていく。

 俺の顔を見るなり騒いでいたけど、その騒々しさも相変わらずだ。


 長居するつもりもなかったので、村長の家まで来たのだが……

 どうやら取り込み中だったようだ。


 ちょうど家から出てきたところに鉢合わせたが、その隣には板金鎧プレートメイルを身にまとい、腰に長剣ロングソードを携えた騎士二人の姿があった。

 騎士二人が俺の姿を見て訝しげな視線をぶつけてきたが、村長が慌てるようにして割って入る。


 「おう、アルムか。随分とまあ、久しぶりだな。

  この方々はな、あの一件の後から、定期的に村周辺を見て回ってくれているんだよ」

 

 あの一件とは、盗賊の襲撃事件のことだろう。

 こんな辺境の村に盗賊が!?とたちまち噂が広がり、それもあってか周辺の町・村でも警備体制が確立されつつあるらしい。


 「それでお前、いきなりどうしたんだ?」

 「いや、旅に出ようと思ったからさ、最後に挨拶だけしておこうかと思って」


 そう、本当に挨拶だけしてさっさと行こう思ってたのに……

 我ながらいつもタイミングが悪いな。


 悪い予感はやっぱり的中し、案の定呼び止められた。

 

 「この方は? 村の方ではないようですが……」

 「ああ、すみません。この先の山に住んでいる狩人です。

  昔から獲物なんかを卸してもらっていて、まあ顔なじみです」


 村長の話を聞いてもあまり納得した様子はなかった。

 猜疑心の強い顔つきで、騎士というより尋問官の方がお誂え向きではないだろうか。


 「ふむ、それで『あの件』ということは、この方も関係者なのですか?」

 「えーっと、いやーなんというか……まあそうです」


 いや村長さん、そこで吃っちゃうと疑わしさが増しちゃうよ!

 いつもはあんなにハキハキとしているのに……


 多分、忙しい俺のために、村のみんなが口裏を合わせて、事実をいいように隠しておいてくれたのだろう。

 まあ、今更黙ってても仕方ないし村長を困らすのも悪いので、あえてこちらから名乗ることにした。


 「俺の名前は、アルムって言います。

  ちょうど1年半くらい前でしたね、あの盗賊たちを拘束したのは俺ですよ」

 「それは本当ですかな? まだお若いようですが……」


 嘘つくメリットないけどな。

 それくらいわかってほしいけど、仕方がない。


 「今年で14になります」


 あっ!……いっけね。

 ガリウスの魔法のことをすっかりと忘れてた。


 俺が14歳というのは確かに間違ってないが、おそらく納得してもらえないだろう。

 というよりも、疑いを強めてしまったかもしれない。


 見た目が明らかに、年齢に比例していないからだ。

 相手の騎士二人は、疑いが確信に変わったようだった。

 

 「そうですか。

  もしよろしければ、我々と一緒に来ていただけませんか?

  賊には懸賞金をかけていましたので、お支払いするものもありますから」


 もっともらしいことを言っているが、連行する気満々だった。

 断れば角が立つし、村の皆が嘘をついていたということも、こいつらが戻ったときにどう報告されるか分かったもんじゃない。


 「……わかりました。そういうことなら行きましょう」


 俺は大人しくついていくことにした。

 この程度の連中ならまあ問題ないだろう。

 

 「村長、行ってきますね。

  行き先も同じだからちょうどよかったですよ」


 不安そうに俺を見つめる村長に一声だけかけておいた。

 別に村長のせいでもないし、身から出た錆というやつだ。


 そんなこんなで早速、村を出発することになった。


 俺が自分の馬を持っていないと言うと、荷馬車を引いてもらえることになった。

 と言っても粗末な物で、前に村で使われていた骨董品だ。

 

 俺が走った方が早いんだけどなぁ……

 めんどくさいし、まあいっか。


 こうして不本意ながら村に別れを告げることとなった。


 人生初めての冒険は最悪の門出となったのである。



ーーーーー

  

 結局、キザイス王国の首都パノヴィアに着いたのは、2日後の昼だった。

 

 道中はそれはもう最悪だった。

 人を運ぶことを想定してない荷台はまあ揺れる。

 終始、乗り物酔いに苦しめられ、うっぷうっぷと嗚咽が止まらなかった。


 もはや客人として扱われていないのは明らかだ。

 唯一よかったことといえば、街に入る際の税が免除されたことくらい。


 かなり腹が立っていたけれど、それを見たとき、怒りなんて全て吹き飛んでしまった。


 荷台から街の中を見渡すと、その隅々にいたるまで、石畳で綺麗に整地されている。

 山暮らしの俺には、全てが未知の光景だったのだ。


 所狭しと家々が並び、中には武器の店や酒場、宿屋も見える。

 中には、店先で食べ物を提供しているものもあるから驚きだ。


 めちゃくちゃ香ばしい匂い。

 店の前でタレ漬けの肉を焼く煙が風に乗って俺を誘惑してくる。


 だが残念なことに俺は無一文、しかも半拘束状態なわけだ。

 一刻も早く潔白を証明し、懸賞金もたんまりともらって豪遊せねば……


 そう俺が新たに決意したところで、目的の場所に着いたようだった。

 どうやら王城のすぐそばにある練兵場のようだ。


 通常は罪人であれば、即刻、刑務所まで移送されるそうだが、別に俺は悪いことをしたわけでもない。

 恐らく判断が難しい立場であったため、ここまで連れてきたのだろう。

 見た目の怪しさに加えて、色々と隠すから話がこじれてしまった訳だ。


 ……………………


 応接間のようなところに通されて待っていると、そいつらは現れた。


 一人は、板金鎧の騎士だったが、俺を連行した奴らとは明らかに格が違う。

 装備品もそれなりに上等そうであった。


 そしてもう一人にはまあ驚いた。


 やつだ、ゴルンだ。

 こいつも同じく板金鎧を身につけているが、全く似合っていない。

 こういう野卑な野郎は、毛皮とかボロ布を着せておけばいい。


 「何でこいつがここにいるんですか?」


 俺の敵意剥き出しの態度など、少しも意に返すことなく、隣の騎士が答えた。


 「それは私から説明しましょう。

  失礼、私はキザイス王国近衛騎士団副団長、グランスと申します。

  以後、お見知りおきを」


 理由はこうだ。

 年々マンネリ化してきている兵士たちの訓練に新たな技術、戦闘経験を得させるために、ゴルンの腕を買って登用したとのことだった。

 条件としては、本人及びその部下への刑罰の恩赦があるとのことで、本来であれば即刻打ち首レベルのゴルンが今こうして生きているのは、その恩赦のためだということ。


 「そんなこと許されるのですか?」


 全く納得がいかなかった。

 こんな男を野放しにするなんて、イカれている。


 グランスは何てことない、といった風に俺の問いをはぐらかすように答えた。


 「別に罪が許された訳ではないのです。

  あくまでも、一部の条件つきでの恩赦です。

  現に、許可がなければ、口を開くこともできません」


 さっきから黙り続けてると思えばそういうことか。


 「ふーん、じゃあどうしてコイツもわざわざ連れてきたんですか?」


 この質問を待っていたかとばかりに、すかさずグランスが反応する。


 「単純に確認を取るためです。

  ゴルンを負かした人間があなたで間違いないか、ということです。

  彼の発言の許可を頂けますか?」


 この流れでそれは断れないだろうに。

 このグランスという男も食えないやつだ。


 俺が頷くと許可がなされたようで、ゴルンは口を開いた。


 「んー? こんなガキとやった覚えはねぇなぁ」


 ……こいつ。

 意地でも敗北を認めない気か。

 でかい図体の割にやることが姑息なんだよ!


 「まあ確かに、ガキンチョにやられる盗賊団のボスなんて形無しだもんなぁ。

  もっと否定してくれたっていいぞ? 

  今じゃあ大手を振って街も歩けないだろう?」


 あっ、もともと街なんて歩けないか!

 と煽ったところでゴルンがぶち切れた。


 が、それをこともなく諌めるグランスはやはり只者ではないようだ。


 「お二人ともおやめ下さい。真偽は別にしても、争うことはないでしょう」


 いいやあるね、コイツはそれだけの事をしでかしたんだ。

 

 「じゃあ、どうすれば納得しますか?

  またこの男を叩きのめせばいいですか?」


 そう言い返した瞬間、明らかに前の二人の目の色が変わった。

 ……しまった……と思ったけど、もう遅かった。


 「それもそうですね、そうしますか」


 グランスは即答。そして……


 「泣くんじゃねぇぞ? 坊主」


 最高に腹の立つ顔でゴルンが言い放った。

 


 完全に嵌められた。



 容易に、再戦が決定した瞬間であった。

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