第七話 短くて長い休み

 

 死が日常の一部と化したことで精神が飛躍的に安定した。

 それを機に、魔力操作がかなり洗練されたようで、魔法と闘気の併用が格段に上達したのだ。

 

 ガリウスに聞くと、魔力と精神力というものは非常に密接に関係しているとのことだった。

 例えば、焦りや不安、恐怖、激しく感情が揺さぶられると、人間誰しも自分の思うように動けなくなる。

 精神は身体にそれほど大きな影響を及ぼすのだ。


 方法はどうであれ、ある種の悟りの境地に達し不動の精神を宿せば、魔法・闘気使いとして格段に強くなる。

 ガリウスが狙ってそうしたのかは定かではないが、地獄のような毎日が俺を格段のスピードで鍛え上げたのだ。

 

 かくして、ガリウスから課せられた条件である魔法・闘気の併用操作ができるようになった。

 そして得た力は、実践形式でこれから鍛えていくこととなる。



 最初の修行開始から3ヶ月もの月日が経過していた。

 ちょうど成長期に差し掛かっていたところで、背もかなり伸びた(ガリウスに 魔法〈 成長 〉を使われていたとを後で知ることになる)。



 ……長かった。

 思い返すと涙で前が見えなくなりそうだ。

 修行のために休むのか、休みのために修行をするのか、そろそろわからなくなっていた。


 ……だけどついに……ついに!この時がきたのだ。




____翌日____




 お休み。


 神は無慈悲だが、嘘だけはつかない。

 お小遣いだって、1日じゃ使い切れないくらい貰った。


 昨日の夜から楽しみのあまり眠れず、いつもよりも早起きしてしまった。

 今日は麓の村へ遊びに行くのだ。


 大して何かある訳でもないけど、村のみんなに会いたい。


 両親がいなくなってから、狩猟もうまくいかず飢えていた俺に何度もご飯をご馳走してくれた村長の一家。

 子どもの俺をちゃんと商売相手として見てくれて、狩猟した獲物を買い取ってくれた問屋のお姉さん。

 30人くらいのちいさな集落だけど、みんな心が温かいのだ。


 みんなの支えがなければ、とっくの昔に野たれ死んでいたと思う。

 改めて考えると、お世話になりっぱなしだ。


 ……そうだ!今日は恩返しする日にしよう!

 とりあえず、手っ取り早く鹿でも仕留めてお土産にもっていこう。


 みんなの驚く顔を思い浮かべるだけでも何だか楽しい。


 「 師匠にもお土産買ってきますね!それじゃあ行ってきます!!」

 「そんな気を遣わんでよい。まあ存分に楽しんでくるとよいて」


 それだけ言うと俺は、ガリウス見送りのもと洞窟を後にし、まず自宅へと向かった。


 俺の家(小屋)と洞窟はそれほど距離が離れていない。

 前に着替えを取りに帰ったときは、四半刻程度で行くことができたのだ。

 

 ……………………


 思っていたよりも早く、我が家に到着した。



 だいぶ留守にしていたが、物取りが入った様子もない。

 村に行く際、狩猟した獣やその品を持ち込むときは通行証が必要になるのでそれを持っていかなければならない。

 見知った顔だから入村を拒否されることもないとは思うけど、そこは親しき中にも礼儀ありということだ。


 準備万端、早速村へと向かおう。

 前は片道だけでも半日かかっていたけど、今はどうだろうか。


 足腰を中心に闘気を集めると飛ぶように早く動けるのだ。

 最初は人間離れした早さに動体視力が追いつかなかったけど、修行の中でもう慣れてしまった。


 休みなしで今のペースを保てば、およそ一刻くらいで着くだろう。

 

 いつもの山道でも、久しぶりに見ると全く景色が違うように感じた。

 ガリウスの再現した修行場の自然もすごいけど、やっぱり慣れ親しんだ場所が一番だ。


 ただ道中で鹿を見つけることができなかった。

 でも、まあまあなサイズの番のキジを仕留めることができたのはよかった。

 こんなときの魔法が非常に便利で、いとも簡単に撃ち落とせるのだ。


 そこから手早く、鮮度を保つための血抜きだけしておき、あとは村長の奥さんに渡すだけ。


 内臓を取り出して雑穀を詰め、窯でじっくりと焼き上げるのが最高に美味いのだ。

 香ばしい匂いに、弾力のある肉質。中からは肉汁をたっぷり吸った雑穀が出てくる。

 取り出した内臓もよく洗って串を打ち、炭火焼きにすると絶品だ。


 考えただけで腹が減って、よだれが垂れてくる。

 作ってもらうのが前提だけど、楽しみで仕方ない。


 逸る気持ちが抑えきれず、俺の速度が限界を突破した。



ーーーーー

 

 予想よりも早く、半刻ほどで村のすぐそばまでたどり着いてしまった。

 


 ……だけど、どこか様子がおかしいのだ。



 いつもの昼前のこの時間であれば、山の斜面で農作業をするひとがチラホラ見えるはずだが、辺りは妙に静まり返っていて、人の気配がまるでなかった。



 ……なんだか嫌な予感がする……



 茂みに身を隠し、慎重に村の入り口を目指すが…………



 悪い予感ほど、的中してしまうものなのだ。



 村の入り口付近に、うつ伏せで倒れている人がいるのが見えた。

 この村唯一の守衛のおっちゃん、ダロンだ。


 周りに誰もいないことを確認し、急いで駆け寄ると、彼の周りには血溜まりができている。

 人間の体内には、これほどの血が流れているのかと思うほど、おびただしい量の血に浸るダロンをみて、思わず気が遠くなった。



 もうダメかもしれない……と一瞬諦めかけたそのとき。

 見逃してしまいそうなくらい、ほんの僅かに背中が上下していた。



 俺はこのときのために、修行をしていたのかもしれない。


 

 急いで傷の位置を確認し、回復魔法の超級:蘇生リザレクションを唱える。

 傷はそこまで深くはないが、出血の量がかなりひどかった。

 

 助かる確率も五分五分かと思われたが、傷のあった箇所は順調に接合し、ダロンの意識も段々と戻って来た。

 ほんとうにギリギリだったんじゃないだろうか。


 

 「……んっ……何だここは……天国か?

  アルムの坊主が見えやがる……やっぱりお前も死んでたのか…………可哀想に…… 」

 

 どうやら間一髪、命を取り留めたようだが、ダロンはうわごとを話しはじめた。


 急いで近くの茂みまで運び、念のため体内の魔力循環を確認する。

 幸い、神経毒や致死毒の類は使われていないようで、時期に体を動かせるようになるだろう。


 「おっちゃんはまだ死んでないよ、それより何があったのか教えてくれ」

 「……やつらに斬られて死んで…………なかった!?

  しかも傷がいつのまにか塞がってやがる。どうなってるんだ?

  …………ってアルム! お前なぜこんなところに!生きてたのか!!」


 ダロンはいつもオーバーリアクションが売りのムードメーカーだ。

 そんないつもの彼が戻ってきた安堵で涙がでてきた。

 ほんとうによかった。


 だけど流石に今は悠長にやり取りもしていられないので、話しを戻す。

 

 「おっちゃん少し落ち着いて! 何があったのか教えてよ」

 「おっおう、悪かったな、いきなりで頭が馬鹿になってたわ。

  ……それよりもお前、今直ぐ逃げろ、盗賊どもがここに攻め込んできた」

 

 盗賊? こんな辺鄙な村までわざわざ来る意味があるのだろうか。


 「それって本当なの?」

 「ああ、間違いない。名前は忘れたが、人相書きでも見たことのあるやつらだったよ。

  不甲斐ないが、俺一人の力じゃどうにもならなかった、すまねぇ」


 胸が苦しくなった。

 そんな凶悪なやつらに一人でも勇敢に挑み、殺されかけてなお、俺に謝るなんて……

 

 俺の中に仄暗い感情がふつふつと湧いてくる。


 「俺に謝るなんてよしてよ。それより向こうは何人くらいいたの?」

 「おそらく15人前後だと思うが……

  ってお前! そんなこと聞いてどうするつもりだ?」


 ……どうってそりゃあ……


 俺の返事を待たずして、ダロンが矢継ぎ早に、苦しそうに口を開く。


 「いいか、悔しいが狩人と守衛一人じゃどうにもならねぇんだ。

  俺が隣町まで行って、必ず増援を頼んでくる。それまでは決して行くな」


 ダロンがふらついた足で立ち上がろうとしたため、急いで止める。

 全くもって現実的な案ではなかった。


 隣町までは早馬で駆けても、一日はかかるはずだ。

 それまでに相手が何もせずに大人しくしている保証なんてどこにもない。


 だけどそれ以外にはどうしようもなくて、この正義漢は行こうとしているのだ。

 一刻も早く、被害を最小限に抑えるために。



 俺はもう、我慢の限界を超えてしまっていた。

 

 絶対に許さねぇ。



 怒りを押し殺し、努めて冷静に、


 「おっちゃんはここで待っててね、すぐ片付けてくるから」


 それだけ一方的に言い、ダロンのことは丁寧に気絶させた。

 這いつくばってでも付いてきそうな勢いだったからだ。



 ガリウスを頼るつもりは毛頭ない。

 俺がそいつらに引導を渡す。


 

ーーーーー


 村に入る前に、火と水魔法を混合した、霧幕ミストを風で飛ばす。

 敵の視界を奪うこと、霧幕に触れた人の位置を確認することが目的だ。


 どうやら住民全員が村の中央広場に集められているようで、それを少し離れて取り囲むようにして、見張る者が7人いる。

 他も隈なく探すと、家屋を物色している奴らが6人、そして先程ダロンが倒れていた場所へと3人が向かっていた。


  ……16人……ダロンの言っていた数とおおよそ同じだ。

 だけどまだ、油断はできない。


 まずは離れて行動している者から排除することにした。

 ダロンが消えていなくなった現場を見て騒がれる前に。


 奴らが村の外へ歩み出すと同時に、闘気を足に込め、目の前まで一瞬にして間合いを詰める。

 相手はそれにも気づかないマヌケだった。


 3人まとめて殴り飛ばすと、声も出さずに失神した。

 手前の人間が血反吐を垂れ流していたが関係ない。

 それくらいじゃ人は死なないから。


 3人の首から下を埋め、地面を固めた。

 これで出ることができないはずだ。


 そして音を殺し、身を潜めながら村へと潜入する。



 ……………………


 

 広場の近くまで行くと、男の怒号が聞こえる。

 そしてその相手は村長であった。


 「急に霧が出るなんていったい何をしやがった!

  ……さっさと吐かねぇとてめぇの家族から刻むぞ」

 「……こっこんなことは初めてでこちらだってわからない。誓って嘘じゃない」


 必死に対応するが、男の態度は激しさをますばかりだ。

 体もかなり大柄で俺の倍くらいはあり、これ見よがしに大剣を背負っている。

 いつ牙を剥くか分かったものじゃない。


 目視にて確認できる場所まで来たが、見張りを含め、敵は全員武装していた。

 洋刀サーベルや短剣などが主で、飛び道具は持っていなかった。


 集団戦闘で飛び道具持ちがいないのは、よほどの馬鹿共か、魔法使いがいる証拠だ。

 おそらく後者だろう。

 だとしたら、霧幕を飛ばされるとこちらが一気に不利となってしまう。



 勝負は一瞬だ。

 


 体内で魔力を練り上げ発動する。

 

 土魔法:土円蓋ドーム


 突如として現れた土壁に、その場の全員がギョッとするのがわかった。

 その間に急いで形成していく。


 今回は不幸中の幸い、住民すべてが一箇所にまとめて集められていた。

 そのため、全てを半円形の土壁で覆い隔離することができた。


 

 ……なんとか、第一関門は突破できた。



 そう思った矢先、霧幕が吹き飛ばされた……まあ別にもう問題はないけど。


 すると息を切らしながらローブを羽織ったひょろ長い男が口を開く。


 「はぁはぁ……霧を起こした犯人はあなたでしたか。残念ですが、その術はもう……」


 話を終える前に殴り伏せた。


 「で? はっきり喋れよ」


 魔法使いを先に潰すのは常識だ、むしろ護衛も付けずに戦場に立たせるやつが悪い。

 

 俺の動きを追える者はいなかった。

 ただ一人、リーダー格の大剣の大男を除いては。


 俺を見ると、しゃがれた大声で笑い始める。

 

 「ダハハハァ、こんな強えつえぇ坊主は初めて見たぜ。

  てめぇ、今の動きはなんだ? それに魔法まで使えるのか?」


 微塵の隙もなく油断のない構え、背負っていた大剣はいつの間にか手に収まっていた。

 言わずもがな、それだけで敵の力量が垣間見える。


 そして奴にはまだ手下がいる。

 土円蓋を狙われれば、長時間は持たないだろう。



 覚悟を決めろ。

 自分を鼓舞し、刀を抜く。不殺を貫いている場合ではなくなった。


 

 気配を察知したのか、大男が声を張り上げる。

 「お前らは手を出すな! こいつは俺がやる」

 

 そして俺へと向き直った。

 「待たせたな。それじゃあやるか」


 隙があれば斬り込むつもりだったが……嫌味なやつ。


 手下共もただ待つだけじゃなく、土円蓋の破壊を心見ている。

 あまり時間はない。


 そんな俺の気持ちを無視して、大男が悠長に話かけてきた。

 

 「俺の名はゴルン。てめぇも名乗れ」

 「死人に名乗る名はないな、おっさん」


 それが戦闘開始の合図だった。


 ゴルンは、一気に間合いを詰めると馬鹿でかい大剣を神速で横薙ぎする。

 周囲の大気を切り裂く轟音が耳元に迫る……


 ……が、何とか跳躍し体を捻ることでギリギリ避けた……さすがに肝が冷える。

 

 「今のを躱すとはやるじゃねぇか! それならこれはどうだ?」


 そう言葉を残すと、一瞬にして姿をくらませた。

 否、俺の背後へと回ったのだ。


 そして直上からの一閃。横に受け流すことで精一杯であった。

 大剣の触れた先の地面が大きく爆ぜ、砂煙りが上がる。



 ……そもそも俺にはまだ実践の経験がない。

 それをギリギリ、闘気の扱いで補っているだけだ。



 それにこのゴルンという男は信じられないことに、闘気を使用していた。

 かなり野卑で荒さが目立つが、そのスピードと破壊力は申し分ない。


 「驚いたか? お前の技の真似をしてやったんだぜ?

  受けるだけじゃなくて攻めてこいよ!」


 あからさまに挑発してくるがその手には乗らない。

 冷静さを欠いた方が…………


 「はぁ、これならさっき門の前にいたやつの方がまだマシだ。

  まあ所詮、力のねぇただのカスだったから切り捨ててやったけどな」

 「もうお前、黙れ」


 全力の闘気を込めた一刀を振るう。

 だがこれは完全に読まれており、簡単に払い落とされてしまった。


 体制を崩した俺に、ゴルンの凶拳が迫る。

 回避が間に合わず、脇腹を打ち抜かれ、民家に叩きつけられた。


 間一髪、闘気での防御ができていなければ、絶命していただろう。

 

 かなり息が苦しい……

 口の中で濃い鉄の味がする。


 「おい、今ので死なねえのか? ますます面白れぇ!」


 ……はぁ、こっちは面白くねーよ。せっかくの休みの日なのに。

 本当なら、今頃美味しいご飯でも食べながら……


 本来、戦闘中に集中を切らすなど御法度のことだが、ゴルンは最早俺のことを舐めているようだった。

 そしてこの一瞬が戦いの流れを変えることになる。


 痛みでふと我に返った。


 何してるんだ、俺。 


 そもそも思い違いをしていたのだ。

 冷静なつもりでも、あからさまな挑発に乗ってしまうほど、頭に来ていたのだ。



 ……ああ、完全にゴルンのペースに飲まれてたのか……



 相手の土俵で戦うのではなく、自身の分野フィールドまで奴を引きずり込む。

 極めて単純な話だ。


 ゴルンは純粋な剣士だが、俺はそうじゃない。

 狭くなっていた視野が、一気に広がった気がした。



 俺の変化に気付き、ゴルンは一気に間合いを詰めてくる。勝負を決める気だ。

 「何だか知らねえが、やらせねぇぜ?」


 ……だがそれももう遅い。



 水球ウォーターボール 



 何百何千発と撃ってきた水球。

 その構築速度は、ゴルンの移動速度の比ではなかった。


 そしてサイズ。

 ゴルンどころではない、民家一棟を丸々覆えるくらいの大きさだ。


 力任せに大剣を振ったところで、水球の両断までは到底無理だった。

 ……そしてまだ魔力操作は手放さない。


 切られた側からゴルンの体を覆い、水球に体の全てを取り込んでいく。

 ゴポゴポと何かを発して暴れていたけど、無駄だ。そこからは出られない。



 俺はそれを遥か上空へと撃ち飛ばした。 

 


 いかな剣士といえども、空中では身動きが取れない。

 ましてや、水の中に閉じ込められていればなおのことだろう。


 それに落ちてくるまでには時間がある。

 その間にゴミ掃除だ。


 幸いなことに、手下共は自分らのボスがやられて唖然としていた。

 それを全て殴り倒し、地面に埋めて捕縛する

 

 俺自身の体への治療を終えた頃、ようやく落ちてくるゴルンの姿が見えてきた。

 すでに意識はないようで、大剣も手放してしまっている。


 そのまま地面に叩きつけられれば死ぬだろうが、そうはしない。

 落ちてくるであろう場所にぬかるみをつくり受け止めた。


 あとは簡単だ。


 決して油断だけはしないように、拘束していく。

 並みの拘束だけでは解かれてしまう可能性があったため、手足の腱は切っておいた。


 こいつにはそれくらいの罰が必要だろう。

 というよりも、殺さずにおいたことを感謝すべきだ。


 

 こうして敵を全て鎮圧することができたが、本当にギリギリの戦いだった。

 こんな体たらくをガリウスに見られでもしたら、ドヤされていただろう。



 ……まあその中でもいくつか収穫があったし、それでよしとするか。


 

ーーーーー

 

 全ての処理をした後、土円蓋を解いた。

 中にいる村人たちは、訳が分からず怯えた様子だったが、一塊にまとめられている悪党どもを見て、安堵したようだった。


 だがそれも束の間、俺のことを見るや否や、住民たちの熱が一気に増した。

 特に、村長。


 「もしかしてアルムか! ?

  何ヶ月も連絡をよこさずにどこに行ってたんだ!

  村のみんなが心配してたんだ、山の小屋まで見に行ったやつもいるんだぞ!!」


 村長がすごい剣幕で怒りだすと、その後ろの方からも「そうだそうだ!」と声が聞こえるようだった。

 たった今まで自分たちがひどい目に遭わされていたのに……この人たちは本当に優しいのだ。


 「村長さん、ごめんよ。だけどこうして無事だったんだからさ……」

 「……まあそれもそうかもしれんな。それはそうと……これはお前がやったのか?」


  一旦落ちつきを取り戻し、再度現状が確認できたようだった。

  俺が頷いて返すと、すでに何となく察しはついているようだった。


 「……そうか。

  アルム、いやアルム=フォルタリカ殿。

  此度は村の窮地を救ってくださり、何とお礼を申せばいいことか。感謝する」


 村長は住民を代表し、俺に対して改めて礼を述べた。

 

 ……なんだかそれがむず痒くて、耐えられそうにない。


 「いや! そんなお礼なんていいよ!

  えっと……そうだ! それよりさ、キジをとってきたからみんなで食べようよ!」


 何とも場違いな発言に静寂が訪れたが、それも一瞬、どっと笑いが起きる。

 そこでみんなの緊張も完全にほぐれた気がした。


 「お前は全然変わらないな……よし、みんな今日はもう仕事はなしだ。宴の準備に取り掛かろう」


 さっきまでの争いが嘘のように、村長の一声で一気にお祭りムードになった。

 ……キジも2羽じゃ足りないな……後で捕ってこよう。


 何せ、積もる話はたくさんあるのだから。



 こうしちゃいられない、俺もさっそく準備に取り掛か…………あっ!



 村の外にダロンを忘れたまんまだった、いっけね。

 急いで村の中に連れて運ぶと、また歓声が上がった。


 

 ここでようやく、短くて長い俺の休日がはじまったのだ。



 

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