第六話 弄ばれる生死(修行)


 ガリウスの修行は、全く対人で想定されていなかった。


 魔力を枯渇させては、強制的に回復さられ、魔力の総量を底上げするために限界以上の魔力を注ぎ込まれ、体は健康な筈なのに、精神がどんどんすりおろされていった。


 幾度となくおびただしい量の血反吐を吐き、4、5回ほど死にかけたが全て蘇生された。


 苦しみから逃れるために逃げようとすると、契約の効果により、死より辛い苦しみが待っていた。

 

 ……真面目に修行を受けていても、死ぬほど辛い目に合うわけだが。



 そんな常軌を逸した修行に一月も耐えた頃、身体には目に見えるほどの成長があった。



 まず、日常生活の中でも常に一定して、体中に闘気を纏っていられるようになったことだ。

 魔力量もかなり増え、最近では倦怠感を感じることも少なくなってきた。


 そして当初の目的である、武器に闘気を纏わせることにも成功した。

 

 薄く鋭く闘気を研ぎ澄ませ、刀に纏わせていく。

 すると刀の性能とも合わさり、大岩くらいであれば力なく両断できるほどの切れ味・威力となるのだ。

 ただこちらは精度と持続力がそこまで高くないため、引き続いての修練が必要だ。


 ガリウス曰く、常人であれば生活の全てを捧げたとしても、ここに至るまでに2年以上はかかるだろうとのことだ。

 ガリウスはそれとなく褒めるのが結構うまい。

 ただ、俺はそれを聞いても素直には喜べなかった。

 一ヶ月で2年分も老け込んだ気がして、ちょっぴり複雑な気持ちになった。



ーーーーー


 そしてここでいよいよお待ちかねの魔法について学ぶこととなった。

 主に四大元素〈火・土・風・水〉、その他の〈回復・解毒・成長〉について。


 属性それぞれにコツがいるらしく、得意な属性をひたすら伸ばし、補助的に他属性が使えれば問題ない、というのが一般常識らしい。


 そもそも魔法使いは単騎での戦闘は想定しておらず、対多数でその本領を発揮する。

 複数学んだ末に器用貧乏となってしまうくらいなら、一つの秀でた武器を手にする方が理に叶っているというわけだ。

 確かに、他の属性が欲しければ、それに特化した者を足せばいいだけだしな。


 だけどガリウスの考えは勿論ちがう。


 「そんなもの弱者の甘えじゃ。死ぬ気になればできぬことなどない」

 

 この人の死ぬ気は、人が死ぬんだ。

 蘇生できるから死んでも平気という無茶苦茶な理論だ。

 

 「師匠、俺もう死にたくないです」

 「バカいえ、あんなもの死んだうちに入らん。

  いくらワシでも本当の死人を蘇生することなど叶わんからの」


 俺の悲痛な叫びも虚しく、すでにガリウスは殺す気満々のようであった。

 一線て一度越えてしまうと、二回目以降のハードルが低くなるよなぁ……


 「最初の威勢はどうしたのかのぉ。おぬしはその程度の男か?」


 追撃のごとく、ガリウスはあからさまに俺を煽り立てる。

 

 ……そこまで言われたら、俺だってやられっぱなしじゃない。

 魔力の総量だって飛躍的に増えたし、何より闘気の操作もかなり上達している。


 大抵のことには対応してみせる自信がある!……ほんのちょびっとだけ。

 それならば……

 

 「望むところです! 師匠、早く次に進みましょう」

 「ほほう、では口だけではないと見せてみよ!」


 ここまで来るとガリウスもなんだかノリノリだ。

 実は、この一ヶ月で修行の成果以上に、ガリウスと仲良くなれたのが嬉しかったりするのはここだけの秘密。



ーーーーー


 魔法の修行方法は至ってシンプルだ。


 力尽きるまで魔法をぶっ放し続けるというもの。

 ガリウス曰く、属性ごとのコツさえつかめば、超級くらいまでは余裕で使いこなせるとのことだ。

 

 修行に入る前にガリウス自作の教本を渡された。

 ギリギリ片手で持てるくらいの分厚さがあり、その中には図解された魔術理論と呪文が記載されていた。

 絵の文字で見る、これがまた非常にわかりやすい。



 ただ一番最後に書いてあった、著者の自画像はむかついたのでやぶり捨てておいたけども……



 まずは教本を見ながら魔法を使うことにした。

 最初は火魔法だ。

 これは圧縮した魔力を解放するイメージで使用する、とのことだ。

 試しに、初級:火球ファイアーボールを唱えてみる。


 手をかざし魔力供給を行った箇所に火の玉が現れ、みるみるうちに巨大な火球へと転じた。

 それを放出すると、先にあった巨木が豪炎に包まれ、あっという間に焼け朽ちた。


 ……あれ、初級でこの威力?

 もっと可愛らしいサイズの火球がでるかと思ってた。

 質量・威力の設定が明らかにおかしいような……


 

 えっとまあ、気をとりなおして……



 次は土魔法。

 これは魔力を練り上げて形を作り上げるイメージらしい。

 試しに、初級:土壁ウォールを唱える。


 地面がせり上がり、突如として硬質の巨大な土壁が出現した。

 俺の背丈の三倍は優に超す高さで、これまた規模が大きすぎる。

 ただこれを改良すれば、足場作ったり、敵を分断し閉じ込めたりと、用途はかなりありそうだ。



 お次は風魔法。

 魔力拡散させ、全体大気を掴むように放出するイメージとのこと。

 これも初級:風斬ウィンドスラッシュを唱える。


 手をかざした広範囲で突風が巻き起こり、次々と木を切り倒していく。

 もはや、カマイタチと言えるほどの威力であった。

 風魔法は無形であることから、他の属性と比べて扱いが難しいが、範囲攻撃に特化しているらしく、その威力は絶大だ。

 ぜひとも身につけておきたい。



 四大魔法のうち、最後の水魔法。

 魔力を流動させ、思うように変化させるイメージとのこと。

 

 俺は、水魔法に適正があるようで、初級:水球ウォーターボールを唱えたとき、最初からその質量・威力を調整し、放出することができた。


 俺個人の感覚だが、流動・変化させて使用する魔力と、定型がなく絶えず流れる水は似ている気がする。

 そのせいもあってか、魔力の水魔法への変換はかなり楽だった。



 ここまでは順調だったが、ここからが非常に難しい。

 〈 回復・解毒・成長 〉の魔法だ。



 まずは回復魔法だが、これは生物の自己治癒能力を極限まで高め、怪我人と俺自身の魔力を糧に高速治癒させるというものらしい。

 なので、死人が生き返ったりはせず、また欠損した身体のパーツが生えてくるなんてこともない。

 ただし、欠損部位がその場にあればくっつけるくらいわけないそうだ。


 ここで注意しなければならないのは、魔力操作。


 純粋な魔力の塊というものは、人それぞれに波長があるらしく、人にとっては毒にもなりうるそうだ。

 回復魔法の極意は、魔力の波長変化にあるらしい。

 

 現代の回復魔法では、魔力の波長変化をある程度パターン化しており、その型どおりに使用すれば重症者くらいならば治癒はできる。

 だが、欠損部位の接合や瀕死の状態となったものの回復まではできないらしい。

 

 ガリウスは、ここまでの水準にいたったこと技術体系そのものが素晴らしい……とめずらしくベタ褒めしていたけど。


 そして俺は、一般教養レベルと、それ以上の魔力操作を学ぶことになったわけだ。

 手本といってガリウスが見せてくれたが、俺が火球ファイアーボールで炭のように焦がした巨木が見事元どおりになった。

 正直、能力に差がありすぎるとあまり参考にはならない……


 

 解毒魔法の原理は回復魔法とそう変わらない。

 相手の魔力の波長を見極め、それを乱すものを魔力をもって相殺・中和するというものだ。

 予想通り、これも回復魔法同様にある程度はパターン化されているようだが、未知の混合毒などへの対処まではできないということだ。

 


 そして成長魔法。

 これは強制的に対象の生物を成長させる魔法で、より高度な生き物を成長させるときほど、魔力の消耗も著しく増える。

 一般的には植樹、魚の養殖等で使われることが多いそうだ。


 燃費も使い勝手も非常に悪いため実践的ではないとのことだが、回復・解毒の魔法を納めれば、ある程度使えるようにはなるだろうとのことだ。

 

 他にも〈 結界 〉や魔法陣といったものもあるが、今の俺の頭じゃ理解仕切れないだろうということと、一人で使用することがあまり想定されていない分野という理由で、修行からは除外された。

 


 「知識として蓄えるのもよい。

  じゃが、おまえさんのように若い者なら何度も反復し、身体に覚えこませた方が早い」

 「……なるほど」

 「あ、それとの、どの魔法も身体に闘気を纏った状態でやるように」

 「えっ!?」


 思わず声がでた。

 それ冗談じゃ…………ないですよねぇ…………はい。


 魔法と闘気は、根本的な魔力操作は似ているが、行き着く先は全く違う。

 魔法は魔力を放出するのに対し、闘気は魔力の循環を身体・武器に留める技術だ。


 こんなの左腕と右腕同時に別の動きをしろ、と言われているようなものだ。

 

 ただ、この頃にもなると俺のガリウスへの理解はかなり深まってきてい、渋っても結局はやらされる、むしろ渋った分だけシゴかれるのは火を見るよりも明らかだった。

 

 結局はやるしかないんだ、漢にはやらねばばらぬときがあるんだ、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ……

 自分で自分を追い詰めるのが最近のマイブーム、ご褒美は戦闘能力の向上だ。


 そんな俺の顔をみて、ガリウスはどん引きしていた。

 後で聞くと、どうやら、釣り上げて焼かれる前の川魚と同じ目をしていたらしい。


 これを不味いと思ったのか、焦った様子のガリウスが取り繕うように俺に言った。


 「ええっと……そうじゃな。

  それでは修得できるようになったら、1日休みをやろう。もちろん小遣いもな」


 1日の休みもなく修行を続けてきた俺にとって、人生に一筋の光明が差した瞬間であった。

 ……やすみ?ヤスみ?……! 休みか!!!

 そんなもの考えもしなかった! しかも小遣いももらえるって?

 

 久しぶりに麓の村にでも行こうかな〜〜



 今までの環境の異常性に気付いていないくらい、俺の感覚はイカれてしまっていたのだ。

 そしてこのことがある事件のキッカケになることは、まだ誰も知らなかった。


 

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