第三話 契約と決意の日


 「おぬしは考えすぎる癖があったり、はたまた思い切りがよかったり、チグハグじゃの。

  その決断、後悔するでないぞ」


 ガリウスは半ば呆れたような、それでいて少し楽しげな顔をしていた。

 俺は返事の代わりに、ただ一つ頷いて肯定して見せる。


 するとガリウスはこう続けた。


 「それでは早速じゃが、契約の儀を執り行う。おぬしとて、両親のことは早く知りたいじゃろうて」


 そう言って俺を手招きし椅子に座らせると、一枚の紙を差し出してきた。

 上質な羊皮紙のようで、文字を追っていくと、なにやら1〜4までの記載がある。


 「契約の儀ってなんですか?」


 そもそもこれがどういう性質のものか、それが疑問だ。


 ガリウスは俺の問いを少し考えた後に、顔をしかめながら答えた。


 「ふむ、一言で説明するのは難しいが、『お互いに制約を課して嘘をつけなくする』そんなもんかの」

 

 ……なるほど。

 それなら、ガリウスがこれから話す内容に偽りがないと保証されるわけか。

 まあ俺の方も嘘はつけなくなるということだけど。


 「おぬし、字は読めるかの」

 「はい、リミオス語なら」


 一般的に公用語として使用されているのが、リミオス語。

 その他にも、闘神語、魔神語なども存在するが、リミオス語さえ分かれば世界のどこへ行っても困らない、そう父から聞かされていた。

 世界の識字率はあまり高くないらしいが、父も母も読み書きができたので、そこで教わることができた。


 契約書とされるものには、次の事項が記載されている。


 ーーーーー


 1.両者の間に虚偽があることは許されない。


 2.契約主はアルム=フォルタリカに対し、その親類に関する情報を開示しなければならず、

   またそれに類する質問には全て答えなければならない。


 3.アルム=フォルタリカは契約主と師弟の契りを結び、その技術・権能を引き継ぐべく

   行動しなければならない。


 4.両者どちらかの死をもって、この契約は破棄される。


 ーーーーー

 

 内容にはなんら問題のないように思えるが、一つ気になることが……


 「これって約束を破ったらどうなるんですか?」

 「……死よりも辛い苦しみを味わうことになるであろう」


 ……ほんと先に聞いておいてよかった。

 話だけ聞いて逃げてしまえば……とも思ったけど、それだけはやめておいた方がいいみたいだ。

 

 それよりもガリウスは、そんな重要なことを、聞かなければ教えてくれなかったんだろうか。

 かなり意地の悪い爺さんだとも思ったけど、裏を返せば信頼されているということかもしれない。


 「……わかりました。お願いします」

 「うむ、それでは、手を出せ」


 二人が手をかざした瞬間、何の変哲もなかった紙が眩い光を放つ。

 そしてガリウスが口を開いた。


 「霊神サルミリオスの名のもとに、

  我ガリウス=フォルタリカ、汝アルム=フォルタリカの両名の魂をもって契りを交わす」


 ガリウスが腹に響くような声でそう告げると、一瞬にして紙が蒼炎に包まれ、中空でかき消えた。

 身体にはなにも変化はないが、無事に契約がなされたようであった。



 ……ってそれより! 今さらっとモノ凄い発言がなかったか?



 「……ガリウス=フォルタリカ……?」

 「ワシはお前さんの、うーんと昔のじいちゃん……ってことじゃ」


 これまたさらっと爆弾発言が出てきた。

 俺の爺ちゃん? うんと昔?


 いやいや、そもそも爺ちゃんがいるなんて話は聞いたことがない。


 あまりに重要な情報が錯綜して、頭の中がこんがらがる。

 全くもって信じられないが、これも契約がある以上、嘘ではないということなのだ。


 俺の唖然とした表情を見て、ガリウスは続ける。


 「そう焦らんでもよい。何せ時間はたっぷりあるからの……夜はまだ長い」

 「……まあ、それもそうかもしれませんね」


 そう言うと、ガリウスは囲炉裏に巻きをくべ、なにやら考え始めた。

 マイペースな人だな……と思ったけど、それにつられて俺自身も幾分か落ち着いてきた。


 二人の間に静寂が訪れた頃、ガリウスはゆったりと口を開いた。


 「……おぬしの両親のことを話す前に、まずワシについて話をせばならんかの」


 こちらの返事は求めていないようで、そう独り言つと、ポツポツと話しはじめた。



ーーーーー


 今から数百年ほど昔のこと、人の世には争いが絶えなかった。

 

 人族、亜人族、魔人族、あらゆる種族間で領土の拡大をめぐった戦争が繰り返され、何千何万もの屍が日々積まれていった。


 当時その中でも二大勢力を誇ったのが、人族と魔人族。


 人族はその数に物を言わせ、他の部族を取り込み奴隷とし、戦場で使役していた。

 個々の力では及ばずとも、他よりも発展した文明の利器、それらを利用した集団戦闘の巧みさで次々と戦場を支配していったのだ。


 対する魔人族は、それほど数は多くなかったものの、特異な能力を持つ者が多く、単騎での戦闘能力が高かった。

 一騎当千の実力を持つものも少なく、連携せずともその圧倒的な武力で戦況を優位に進めていった。



 また両部族には、大英傑とも呼べる者たちがいたのだ。



 類稀なる『天与』をもった者たち。

 天与とは神より授けられた特別な力のことだ。


 太陽の天与を一身に受け、不浄なる光で敵対するものを滅した英雄王レギオム

 

 月影の天与を一身に受け、深淵なる闇に全てを引きずり込んだ魔統王メルベア


 戦場で数々の武功を挙げ、敵味方では知らぬ者がいないほど、その地位を高めていった。

 


 両者の争いは特に激しく、山脈を抉り、天を切り裂き、それらを不毛の地へと変えた。

 三日三晩続いた争いはおさまることがなく、周りの者ですら静止することができなかったため、全人類の存続すら危ういところまで来ていたのだ。


 そんなときだった。

 調停者として、霊神サルミリオスが現れたのだ。

 魔導の祖であり、火・土・風・水の全てを司る、原初なる精霊の王。


 人の前に姿を表すこと自体が異例であったが、誰も止められなかった英雄王と魔統王の争いを見事に集結させてみせた。

 そして、とある提案をしたのだ。


 それは、各大部族の王なる者に絶対的な力を授け、世界各地の争いをおさめるというもの。

 抑止力より、争いの平定を目指したのだ。 



 そして人の身でありながらも神のごとき力をもつ存在が誕生した。



 人族        仙神 ガリウス=フォルタリカ

 

 小人ドワーフ族       炎神 ゴルド=プロメテウス


 獣人族       闘神 ネピトンステラ


 魚人族       海神 セイレネス



 既に人ならざる超常の者は、その力のままに神へと昇華されることとなった。


 龍族        天神 ヴェルファリオン


 魔人族       月神 メルベア


 人族        光神 レギオム


 死霊族       死神 ゾルフドーラ


 これら神々を調停するのは、霊神サルミリオス。


 神々は畏怖の念を込めて、九星柱ニネアストロスと呼ばれた。

 そして彼らは、九日に渡る対話の末に、大陸を当分し、神々の相互不可侵、また少数部族を虐げることのないよう各氏族をまとめ上げる、という取り決めが交わされた。



 怨嗟がただちにおさまったとは決して言えなかったが、世界には平和が訪れた。


 

ーーーーー

 

 「ワシはそのとき人の身であったが、長年の修行によって仙人と呼ばれるまでに至っておった。

  そこに霊神が目をつけて、まあスカウトされたというわけじゃ。

  だからワシには寿命というものがなくての、退屈で仕方がないが、何百年と生きておる」


 もう自分の歳なんて忘れたがの、と冗談を交えながらガリウスは話した。


 ……スケールが大きすぎて話について行くことで精一杯だった。

 それこそ神話のような物語の当事者が目の前にいるなんて、完全に理解の範疇を超えている。


 「それで本題の話じゃが、ワシはこれでも神での。

  自分の氏族の安否くらいは把握できるというわけじゃ。

  肝心の居場所までは、流石にわからんがの」

 

 こうしてガリウスは話を締めた。

 

 ここで一つ整理がしたい。

 いま目の前に入るガリウスは仙神と呼ばれる存在で、俺を助け、しかも両親の安否まで教えてくれた。

 かなり俺に都合のいい話であった。

 

 だけど一つ疑問が残る。

 寿命のないガリウスが俺を弟子にする意味なんてあるのか?


 それこそガリウスは世界で九柱しかいない至高とも呼べる存在だ。

 それが数百年経った今、弟子をとるなんてどんな理由だろうか。


 「今の話はわかりました。だけど、どうして今さら俺を弟子にしようと思ったんですか?」

 

 どうやら確信をついた質問だったようで、少し驚かれた。

 驚くと眉の端を上げるのがガリウスの癖のようだった。


 「おぬし、なかなかの慧眼じゃの。それもこれから話そうと思っておったのじゃが」


 いや、忘れてたわけじゃないよ? と言わんばかりの態度を見せるガリウス。

 もはや第一印象の鋭さは失せて、幾分か親しみ易さすら感じてきた。


 「最近、他の種族の動きがどうもきな臭くての。

  ワシらは相互不可侵であるから手を出せぬのだが、その子孫は違う。

  一部の連中が近年、力をつけ始めておるようじゃ」


 話がだんだん怪しくなってきた。


 ……つまり話をまとめると、代理戦争のような状態になっていて、そのために俺を鍛えたいということ?

 俺一人の力でどうにもならないような気もするけど。


 ぐだぐだと考えていると、ガリウスがすかさず訂正した。


 「別におぬしを戦わせようなんて思っておらんよ。

  ただ、ワシの子孫がそのまま滅ぼされるのを見ているわけにはいかんからの。

  それに、今回の動きとおぬしの両親の失踪は決して無関係とは思えんのじゃ」


 それは俺も薄々感じていた。

 わかるやつなら、俺の父母がガリウスの子孫であることは容易く見抜けるはずだ。


 それでは何故、村長は両親はすでに死亡していると俺に伝えたのか。

 理由としては二つ考えられる。


 村長自体が間者であり、敵であるか。

 父と母が村長に対して、そのような言伝を頼んだか。


 おそらく後者だ。

 前者であれば、俺も無事ではなかったはずだから。



 真実は異なっていた。



 両親は死んだわけでも、俺を見捨てたわけでもなかった。

 俺を守るために、目の前から去っていったのだ。


 目頭が熱くなる。

 父母が生きていること、俺を思っての行動であるということが純粋に嬉しい。



 ……だからこそ、俺の家族を、平穏を、全てを奪い去った連中を許すことができなかった。


 

 そんな俺の様子を見たガリウスが口を開く。


 「これからワシがお前さんを鍛えてやる。

  強くなりたければ、これから課す試練を乗り越えろ。

  さすれば、修行後に手に入る強さは、ワシが保証しよう」


 この老人はどこまで見通しているんだか……

 神の名も伊達ではないみたいだ。



 俺はもうすでに腹をくくっていた。



 「どんな修行でも乗り越えてみせます。だから俺に、両親を救うだけの力を与えてください」

 「うむ、その意気やよし。それでは明日より、修行を開始する。」



  この先に何が待っているかは、全くもってわからない。

  だけど、今の行動は確実に未来へと繋がっている。

  自分の無力を嘆くのは今日で終わりにしよう、この日俺はそれを固く誓った。


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