第一章 少年期 修行編

第二話 少年と老人


 目覚めたときに感じたものは痛みだった。

 刺すような痛みではなく、鈍く後を引くような痛みが体のあちこちで続いている。


 「うっ……いててて」


 煌々と燃え続ける焚き木の眩しさで、意識が徐々に覚醒してきた。



 …………あれ、俺生きてるのか?



 馬鹿でかいタイラント・ベアに襲われて吹っ飛ばされたところまでは覚えている。

 だけど、その後の記憶があまりない。

 頭を強く打ったような気もするけど、脳内明瞭でむしろ普段よりも調子がいいくらいだった。


 身体を起こして周囲を見渡すと、どうやら洞窟のような場所にいるらしい。

 いや、洞窟というにはあまりにも小綺麗で、岩壁が四角く綺麗に切り取られたような空間に、調度品の数々が配置してある。

 木製のテーブルに椅子、たくさんの本が詰まった棚、囲炉裏、そして俺が寝ている場所も、藁でできた簡素な寝具の上だった。



 誰かが俺のことを助けてから運んだ?



 だけど、タイラント・ベアを倒せる人間なんて麓の村にもいないはずだ。

 それこそ、熟練の冒険者が名工の武具を使って初めて勝算があるくらい危険な魔獣だ、と父から聞かされていた。


 そんなことを頭の中でごちゃごちゃと考えていると、当然背後から声をかけられた。



 「具合はどうだ?」



 …………心臓が口からまろび出るところだった。

 いや、何で俺の背後にいるんだ?


 一つしかない入り口から目を外したつもりはなかったし、この狭い空間内で俺の目を逃れて背後に立つなんてありえない。


 「体が少し痛いけど、大丈夫そうです。助けていただいてありがとうございました」


 動揺を押し殺せただろうか。

 振り返り礼を言うと、銀の長髪に鋭い眼光を携えた初老の男が立っていた。


 土色のローブに身をつつみ、その下の服装も黒を基調とした自然になじむ色合いだ。 

 年齢を感じさせない、しなやかな身体からはどこか強者の風格のようなものを感じる。


 「いや問題ない」


 こちらを一瞥して答えると踵を返し、なにやら鍋のようなものを囲炉裏で温め始めた。

 

 「あの……聞いてもいいですか?」

 「なんだ」

 「さっきのタイラント・ベアはどうしたんですか?」

 「ワシが仕留めた。今煮込んでいるから待っていろ」


 ……仕留めた? 煮込んでる?


 それが本当だとしたらとんでもないし、肉を食べるつもりで使うなんて勿体ない。

 討伐難易度が高いものほど高く売れる、それこそあのクラスなら半年以上は働かずに暮らしていけるだけの金が手に入るはずだ。


 あれだけの魔獣を仕留めておきながらそんなことも知らないのか?

 ……あー、もったいない。


 そうこう考えているうちに、何やら美味しそうな香りが漂ってくる。

 老人が木製の椀にスープを盛り、こちらへと差し出してきた。


 「食べるといい。身体が温まる」

 「……それじゃあ遠慮なく……いただきます」


 熊肉なんて食べたことなかったが、スープは白濁し、かなりいい出汁がでているように見える。

 もったいない、もったいないけど、うまそうなのだ。


 椀の中にはクタクタに煮込まれたキノコに、山菜、そしてホロホロと今にも崩れそうな肉が入っていた。

 それを意を決して口に含んだ瞬間、体を衝撃が走る。


 「……うっんまい! こんな美味しいスープに肉、初めて食べました!!」

 「まだまだたくさんある」

 

 味付けはシンプルに塩のみだけど、素材の旨みや肉の脂がとけだして極上のスープに仕上がっている。

 よく考えると半日以上なにも口にしていなかったため、腹が減っていたことも相まって、結局2杯もお代わりしてしまった。

 肉を売却していたら一生味わえなかった味かもしれない。


 ひと息ついて食事の余韻に浸っている俺の様子をみて、老人が声をかけてきた。


 「おぬし、名はなんという」


 そういえば、まだお互いに名乗っていなかった。 


 「アルム=フォルタリカです」

 「フォルタリカ? 両親は?」


 ……ん?そんな珍しい名前だろうか。

 べつに答えても問題ないけど。


 「えっと、父がガイルで、母がメリサと言います。お知り合いでしたか?」

 「そのようなものだ。両親は息災か?」

 「いえ、2年前に死別しました。といっても実際に亡骸を見た訳ではないですが」

 「それでは何故死んだとわかる?」


 この人ぐいぐい聞いてくるな。

 そんなに人の親の生き死にが気になるか?

 

 「麓の村の村長さんにそう聞かされたので。

  現に、両親は二人で出掛けたまま2年も帰ってきませんし」

 「…………そうか」


 一瞬、考えるような間があった。

 同じ山にいるから、会ったことがあるとか、そういう話だろうか。


 「おじさんのお名前は?」

 「ガリウスという」


 聞いたことのない名前だった。

 そもそも父から、この山には人がいるなんて聞かされたことがない。

 ましてや、父や母と交流のある人なんて、麓の村にも数名程度の筈だ。


 ……父の死に何か関わっている?


 俺の中でひとつの疑念がわいたところで、何かを察したようにガリウスが口を開いた。


 「おぬしが思うようなことはなにもない。ただ……」

 

 まるで俺の考えを読んだかのような牽制。

 逆に怪しさが増すばかりだが、ガリウスは続けてこう言った。



 「……ただひとつ言わせてもらえば、おぬしの両親は生きておるぞ」



 ____父も母も生きている?____



 頭を殴られたような衝撃が走る。

 だけどそれは到底信じられものではなかった。 

 

 「……助けてもらったことには感謝してます。

  だけど、会ったばかりのあなたの言うことをどう信じろと?」

 「ワシは嘘はつかんよ。直接関係しているわけではないから詳しいことはわからんがの」


 感情的にならないよう、冷静に聞き返すも、あっさりとかわされてしまった。 

 そんなことを知っていたら、関係者だと自白しているようなものだ。

 この老人はそれが分からないほど耄碌しているとも思えない。


 「じゃあなぜ、生きていると断言できるんですか?」

 「……うむ。その質問に答えるには、ひとつ条件がある」

 

 ガリウスは悪びれる様子もなく、俺の質問に交換条件を突きつけてきた。

 両親を出汁にされたことは腹立たしい。

 


 だが不思議と、俺にはこの老人が嘘をついているようにも思えなかったのだ。

 そう思いたくないだけかもしれないけど。 



 「条件を飲むかは別として、聞くだけ聞いておきます。」



 助けられた恩もあるし邪険にはしない。


 それに真偽は別として、条件ひとつで両親の情報をもらえるならいいのかもしれない。

 なにしろ、ここ2年間で手がかりすら掴めなかったのだから。


 ガリウスも俺の即答にはやや驚いたようで、少し考えるような姿勢をとる。


 ただ迷いのない俺の目を見ると、何かを決心したように口を開いた。



 「お前、ワシの弟子にならんか?」

 「いいですよ」 



 二つ返事の思い切りのよさに、ガリウスは今日初めて大きく表情を変えた。

 ようやくこの老人から一本取れたような、そんな気がした。


 俺は初めからどんな条件でも断る気はなかった。

 だって両親の安否に勝るものなんて、何一つなかったから。


  

 このときの選択が後の人生を大きく変えることになったのは間違いない。

 だけどそんなことは、今の俺にとって、まだ知る由もなかった。


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