神を屠るその日まで 〜スパルタ神様の弟子となった俺は、地獄の修行で血反吐にまみれながら強くなります〜
白黒 なまこ
第一話 プロローグ
「よく慣れた山の中ほど、神経を研ぎ澄まし、最新の注意を払って行動しなければならないよ」
それが父、ガイル=フォルタリカの口癖だった。
フォルタリカ家は、いわゆる猟師で生計を立てていた。
山に住み、罠を仕掛けて獲物を捕ることもあれば、弓矢を手に山狩りに出ることもある。
そうして捕った獲物を解体し、自分たちで食べる分を除く肉や毛皮を麓の村へ定期的に売り収入を得ていたのだ。
そして今日、俺は、父の言葉のほんとうの意味を知ることになる。
日課の、罠と獲物の回収を目的に外に出たところであったが、その日は運が悪かった。
一昨日仕掛けた罠には確かに獲物がかかっていた。
しかし、それは無残にも喰い散らかされ、辺りには鮮血と臓物を撒き散らしていたのだ。
その側には、体長3mを優に超える、魔獣タイラント・ベアの姿があった。
一般的に、人間に害をなす危険な生物や珍しい生態系をもつものは、「魔獣」「魔物」などと定義され、それを駆除・討伐・捕獲すると、場合によってはかなりの報酬が貰えることがある。
そしてこの
発達した前足には、鈎のような鋭い爪があり、抉るようにして地面へ突き刺さっている。
その口から覗く牙は、血に濡れ肉が挟まっていた。
体を覆う漆黒の鎧のような毛皮は、並みの刃物ではたちまち刃が欠けてしまうだろう。
隠密には自信があったが、自分の匂いまでは隠せない。
罠に近づき濃厚な鉄の臭いを感じたときにはすでに遅く、相手はすでにこちらへ向けて、ゆっくりと歩みを進めていた。
この熊は非常に縄張り意識が高く、自分の獲物を横取りするものがいれば、容赦はしない。
不届きものの喉笛を引き裂くまで、執念深く追い回すのだ。
俺は
背を向けて逃げても、足の速さでは到底敵いそうもない。
木に登ったとしても、鋭い前足で、すぐに引きずり下ろされてしまうだろう。
死肉をも喰らうこの熊には、死んだふりも通用しないのだ。
…………戦うしかない。
手持ちの武器を確認する。
山道で枝葉を切るための鉈、獲物に止めを刺すための短弓、獲物を解体するためのナイフ。
役に立ちそうなものはせいぜいこのくらいだろう。
心もとない武器、だけど不思議と恐れはなかった。
死ねば山の一部となり、自然の環に組み込まれるだけだと、ある意味、諦めの感情があったのかもしれない。
徐々に距離を詰めてくる熊に向けて矢を番える。
歩く相手であれば、まだ機会はあるかもしれない。
狙うは、目玉。
今の武器で、刃が通りそうな部位は唯一そこだけだった。
____狙いを定めて極限まで弦を引き絞り、渾身の矢を放つ____
……狙いは悪くなかったが、相手が一枚上手であった。
アルムの攻撃の気配を感じた熊が突如として走り出したため、矢は左肩に当たり、いとも簡単に弾かれてしまう。
それがかえって激情を煽ってしまったようで、より速度を増した巨体が一直線に向かってくる。
地鳴りを錯覚させる足音、唸りを上げる口元、死がそこまで迫っていた。
それは眼前にまで来ると後ろ足で立ち上がり、丸太のように太くて凶悪な右前足を横に薙いだ。
『あ、これ死んだ』
間一髪、腰に掛けていた鉈での防御が間に合ったが、その膂力には雲泥の差があった。
脇腹に爪が食い込んだだけでなく、体ごと吹き飛ばされて空中を回った。
人生で初めて走馬灯を見ることとなったが、まだ12歳だし、思い出はそんなに多くなかった気がした。
近くの巨木に叩きつけられたようで、重力に逆らえず地面に落下した。
どうやら頭を強打したようで、意識が朦朧として手足にも全く力が入らない。
どこで間違ったのだろうか。
後悔ばかりが脳裏を埋め尽くすが、霞む意識の中では思考すらもまとまらない。
こんなとき、父ならばどうするのだろうか、そう考えれば考えるほど悲しみが頭の中を支配していく。
そのうち世界は暗闇に染まり、意識は深い谷底へと沈んでくようだった。
薄れゆく意識の中で最後に感じとったものは、誰かの足音だった。
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