下級悪魔
起きた。知っている天井だ。
横には疲れたのか、座ったまま寝ている母親がいる。
何故こうなったかを思い出そうとする。
「確か狩りをしていたら化物にあって…ギリギリの所でようやく左腕を切り落として・・・どうなったんだっけ。」
記憶が無いわけではないがぼんやりとしか思い出せない。となると・・・。
「実は持っていた秘められたチート能力が暴走して倒せたのか!。」
そうだ!ついに俺にも凄い能力が目覚めたのか!っと興奮して立ち上がろうとした瞬間に全身に激痛が入る。
激痛に蹲っていると。隣の部屋にいたのであろう父親が入ってきた。
「無事に生き残ったことは嬉しいが。何を言っているんだお前は。」
苦虫を潰したような顔で父親がそうつぶやいた。
「いやですね。あの怪物を倒したことだしで実は自分には隠された素晴らしい力があるのではないかー!っていう期待に胸を膨らませていたのですよ。」
「何言ってるんだ。ほぼ俺が倒したぞ。」
……え?。
「偶然森の近くを通りがかっていたら近くで炎が上がってな。一応確認に行ったらお前が襲われていたからそのまま助けたんだ。」
なるほど、最後の悪あがきのおかげで助かったのか。やはり諦めないということは大事だな。
「しかしあれはなんなんでしょうか?…あの森で狩りをしてたけど一度も見たことないんですが。」
「あれは下級悪魔と言われるやつだな。知能がほぼ無くあまり強くない。」
アマリツヨクナ…強化魔術の万能感で慢心していたのだろう。
そんな現実に打ちのめされて唸っている俺に対して、父親は追撃をかけてくる。
「そしてリーシェ。お前魔術を使ってたな?。」
ヤバイ・・・ヤバイ…。
独学でやったとか言ったらマジでやばいし、知り合いの魔術師なんているもんじゃない。
「ぐ、偶然出るんじゃないかってやったら出たんだよ!」
「なるほど。リーグの頭を貫通できるような矢を撃てるのも偶然と」
バレタ。
いっつもは血抜きをして解体し、首の下だけを持って帰っていからばれなかったが、流石にこれは言い訳できない。
俺には前世の知識があることを伏せることとした。話しておきたいが話したとして信じてもらえるかも不明。信じられたとして気持ちがられるかもしない…。
ふとした拍子に魔術が発動してしまった。魔術の学校に通うためには大金が必要だから隠していた。
そういう設定でやることにした。
そして怒られた。死ぬほど怒られた。怒られるような危険なことをしていたのだ。
でも嬉しかった。心配してくれて嬉しかった。
馬鹿やって親の気を引こうとする子供の気持ちが分かったかもしれない。
きっと俺の前世はロクなやつじゃなかったんだろうな。
寝る直前。俺は星を見ながら今後のことを考えていた。
最強の魔術師を目指すという目標は絶対に目指したい。目指さなければ最強に挑戦する権利すら得れない。
けれど不思議とこの家から出たく無いのだ。
そもそも何故俺は最強の魔術師を目指しているのだろうか。俺でも魔術が使えると分かったとしても、まるで子供のような夢だ。
実際にその夢を考えたのは子供どころか赤子の時ではあるが、それにしても色々と不可解だ。
ただ分かる。俺は世界で一番強い魔術師になりたい。前世の俺ははきっと無謀な夢を持って挑戦できなかったのだろう。
考えなくても脳で感じる。オレという存在は魔術師になるため。強くなり多くの魔術を学び、様々な魔術を使ってみたい。きっとそれが二度目の人生に対する期待。
いつか家を出ないといけないのは理解している。けれどもう少しだけ・・・もう少しだけこの幸せを堪能してもバチは当たらないのではないだろうか。
そんな妥協をして良いのだろうか。駄目だろう。でも今から学校に入学なんて途中からだし無理だろう。
今年中ぐらいは魔術の練習をしながらこの幸せを堪能するとしよう・・・。
そうして俺の人生のターニングポイントともなる壮絶な一日が終わったのだった。
翌日。朝食を食べ素振りをしていると父親から呼ばれた。
昨日のことをまた怒られるのか。なんて思っていたら近くの空き家に連れてこられた。
そこには二人いた。
一人は黒いローブに髪を隠すほどに大きい黒い三角帽子。見るからに魔術師と言わんばかりの小柄の女性。
もう一人は金髪で傷が目立つ。薄着で筋肉が凄い大柄の男性。
この二人は確か前に父親に紹介してもらった、父親が冒険者をやっていた時の弟子たちだった。
この二人の前につくと、女性の弟子が疑り深い目でこちらを見ながら言う。
「この子が本当に下級悪魔を追い詰めたんですか?。」
すると父が答える。
「ああ、俺が来たときにはかなり傷を負っていたぞ。」
「自分は瀕死でしたけどね。」
すると男性の弟子が飽きれたように言う。
「まあ破天荒な師匠の子どもですからね。素手で下級悪魔を倒したと言っても信じちゃいますよ。」
下級悪魔。肉体が強靭だが知能が低いために強くはあるが、ある程度強い騎士や冒険者などなら単独でも討伐可能な怪物。
とは言っても一応は少女な俺にとっては十分な脅威でもあり、一瞬で殺されなかっただけでも十分凄いといわれる。それぐらいには実力差のある相手だ。
さて、父親が弟子さん相手に俺のあることないことの自慢話をしているのでそれを止めるとする。普通に恥ずかしいし何より・・・今回はきっと訓練をしてくれるのだろう。
多分片方は魔術師。魔術師の戦い方や魔術というのを学べる良いチャンスだ!。
「お父様。自分をここに呼んだのは何かしらの理由があってのことなのではないでしょうか?。」
「ああそうだ、完全に忘れていた。」
忘れんな。
「リーシェを今から魔術学校に入学させたいと思うんだ。」
この幸せを堪能する決意は一体なんだったんだ。
しかしどの道家を出て魔術を学ばなければならない。
この世界の魔術学校というのはよくわからないが、おそらく魔術に関する色々な知識がある場所だろう。
ならばここで家を出るのはちょうど良いタイミングだと思う。
父が推薦してくれているということもあるし。
驚ている女性の弟子さんが師匠に色々聞き、それが落ち着いた表情で父が受け答えている。
女性の弟子さんと父との会話を聞くに、魔術というのは基本的に貴族が使うモノであり貴族の子供は幼き時から英才教育を受けているそうだ。
この辺は本でも読んだ。この世界の貴族とは”国に忠誠を誓う強力な魔術師の家系”となる。
過去の大戦で成果を上げた者に貴族の名が送られ、国からの支援金を貰えるが有事には国のために戦う。そんな存在。
この世界における領主は戦を初めとして、一定の成果を上げた”魔術師でない者”に贈られる称号。領民を持つことを許され、所謂村長に近いポジションとなる。人と共に村を作るか、既にある村の領主となるパターンだ。
ちなみにうちは前者であり、元冒険者仲間とその家族などが村人となっている。
そして魔術学校は貴族が通う前提なために金がかかる。しかも周りが貴族ばかりなために独学でしかない俺ではかなりきついらしい。
昔測った時(他人の魔力量は特定の道具を使わなければ測れない)には俺の魔力はかなり多く、このレベルの魔力では同年代に1人2人しかいないレベルらしい。
「確かにリーシェちゃんの魔力はかなり強力です。けれど珍しいと言っても即保護!なんてぐらいに桁の違う魔力ってわけではありません。」
「同年代に数人しかいない魔力ですが、逆に言ってしまえば”同年代に数人もいる”でしかないわけです。」
「国と対立しても戦えるほどに強力な魔力でもなければ、魔術面に関しても独学」
「才能はありますが、今更魔術学校に行ったとしても貴族の子どもたちの方が魔術師としての能力は高いです」
才能はあるが技術や基礎能力が足りない。そしてその差をひっくり返るほどにチートレベルの才能は無い。
今更魔術学校に行ったとして、良い結果になる可能性はあまり高いとは言えないだろう。
けれど…父が期待してくれている。
前世の影響なのか、それとも肉体に引っ張られた影響で精神が安定していないのか。俺の考えは色々とおかしい所々で矛盾している。
父の期待。そして俺自身がなると決めたのだ。ああ頭が痛い。これ以上深く考えるのはやめるとする。
「自分・・・自分は魔術学校に行きたいです!」
そう高らかに宣言する。
すると女性の弟子さんがこっちを向く。顔から戸惑いの表情が消えた。
「分かりました。それならば軽い試験を行います。」
「試験?」
「はい。何事も挑戦することは大切ですが限度というものがあります。あなたはその年から魔術を習う価値があるのか。それを模擬戦にて試させていただきます。」
子供に対してなんて現実的なことを言うんだ。まあここは現代日本じゃない。うちの村は領主である父親の関係で識字率が高く、殆どの人は字を読むことができるしある程度生活に余裕がある。
しかし他の村や街などではこうはいかない。字を読めなく明日の食べ物にも困る。そこまではいかなくとも字は読めなく暮らしに余裕はない。そんな人間は普通にいる世界だ。
うちだって裕福ではあるが、可能性の無い子を金のかかる道には進ませれないだろう。
ただしこれは逆に言えば、可能性さえあればその道に進ませてくれるということでもある。
父は認めてくれた。次は女性の弟子さんを認めさせる番だ。
お互いに身を構える。模擬戦が始まろうとしているのだ。
距離は7レール半(15メートルほど)。普通に考えれば魔術師の間合いだろう。
しかしこれは殺し合いではない、あくまで模擬戦となる。女性弟子さんはあくまで俺の実力と可能性を見るだけだから本気では来ないだろうし、初撃は俺から来てよいと待ってくれている。
息を整える。決めるは速攻!
一瞬で脚に強化魔術をかける。集中強化魔術だ。他の部分に強化魔術を回せない分、集中した部位の強化性能をより上げることができる。そして前に走り出す。
「前に!」
自己奮起の意味を込め叫ぶ。女性弟子さんは俺の動きを見ているのか動きもしない。
左子腰にかけてある剣の柄を持つ。直後女性弟子さんは右手をこちらに向け。
「水よ!」
と言った。すると右手の前に魔法陣が現れる。
魔術だ。しかも俺の手探り魔術と違う本物の魔術。
しかし俺はそれを予想していた。魔法陣が現れた瞬間に左前に進行方向を変え、そのまま女性弟子さんまで一気に距離を詰める。
女性弟子さんは余裕を持った表情でこっちに反応する。
「ハァッ!」
鞘を少し引き、抜刀と同時に相手に切りかかる。
しかし女性弟子さんは後ろに下がりつつ、魔法陣を剣の軌道上に魔法陣を生み出し剣を止めようとする。
ガキン!と金属に当てたような音がした。しかし魔力を通した剣ならば余裕で壊せる。
斬るというよりは叩き割る、に近い感じで魔法陣を破壊する。しかしほんの一瞬程度とはいえ足止めをされてしまい、姉弟子さんは後ろに下がろうとしている。
「火よ!」
左手から放たれる追撃の火炎の槍。至近距離で爆散すると危ないため、火炎の槍を発射すると同時に俺は後ろに飛ぶ準備をする。
火炎の槍が女性の弟子さんに接近する。直後魔法陣が発生しそこから大量の水が生み出させる。
こっちに向かってくる水弾は火炎の槍を飲み込み消火し、そのまま俺に直撃した。
下級悪魔の一撃ほどではないが強烈な一撃。1メールほど飛び、その衝撃で俺は剣を離してしまいそのまま地面に倒れた。
痛い、が耐えれないほどの痛みではない。下級悪魔の時はすぐに気絶してしまったので、これがこの世界で初めて受ける大きなダメージとなる。
剣を離してしまったのは痛いがやりようはいくらでもある。俺は左手をつき軽く体勢を整え、そのまま立ち上がろうと構えそのまま土魔術を発動する。
土魔術。地面に手をつけ魔力を込めることによって石や土を生み出す魔術。物理的な攻撃が可能な反面、地面や壁と隣接した部分にしか出せない上にめちゃくちゃ燃費が悪い。
俺の前から石がうめくように飛びだし、槍となり相手を貫く。
その状態のまま、俺は腰につけてある弓矢を右手で3本取り風魔術を付与し上に投げる。風魔術によって操作された弓矢は少し離れたあと一直線に素早く相手を突き刺すように飛んでゆく。
二種の攻撃を放つが、女性弟子さんは余裕なのか一歩も動かずに迎え撃とうとする。
一撃目の石の槍は指で止められた。正確には指の前に極小の魔法陣を生み出して止めている。あの魔法陣はただの攻撃術式ではなく、防御用にただ硬いだけなのだろうか?
直後くる三発の弓矢も、まるでダンスを踊るように華麗に避けられた。
「さて…これはどうしたものか。」
圧倒的実力差を見せつけられた現状、今の手札で何を切れるかを考えるが何も思い浮かばない。
それならば剣を取り、近距離戦で強引に決めよう。そう決め剣のある方向を向こうとした直後
「ありがとう。それじゃぁ次は私の番ね。」
そうつぶやいた女性弟子さんは生み出した魔法陣をデコピンの要領で弾く。
その瞬間、俺は空を飛んでいた。
正確には下から巻き上げるように吹いている豪風によって俺は空を飛ばされていた。
圧倒的実力差を見せつけられた後に圧倒的実力差を更に見せつけられた現実。正直辛い。
頑張れはああいうことができるとポジティブに考えたい所ではあるが、そもそも合格なのかすら分からない。
「ということでまずは反省会だ。」
女子弟子さんが俺を降ろしてくれたあとに発せられた父の一言。
「リーシェは対人はおそらく初めてだろうが、初めてとしては十分及第点となる戦い方だった。」
「ですね。強化魔術、集中強化魔術共に見事な使い方でした。追撃の仕方やその後の攻撃にしても良い動きだったでしょう。」
男性弟子が褒めてくれた。エッヘン。
「しかし経験不足も目立ちます。剣士の間合いで無いのに強引に積めたこと。メリッサ(女性弟子さんの名前だ)が手加減をしてたから良いものの、並以上の魔術師ならばあの時点でやられていました」
あれは魔術で牽制するべきだったのだろうか。しかし剣士の間合いなのか、ちょっと気になったのでどれぐらいまでなのか聞いてみよう。
「ちなみに何ですが。剣士の間合いってどれぐらいまでなんですか?」
「良い質問だが。まあ言ってしまえば個人によるとしか言いようが無い」
「人によって詰められる距離が違うから、一概にこの距離と決めてしまうのは危険。ってことでしょうか?」
「その通りだ。例えば今のリーシェならば六レールが剣士の間合いだろう。メリッサはこのことを考えて距離を取っていたんだな、」
なるほど、1アクションをできるできないのギリギリの範囲が剣士の間合いの限度って感じだろうか。
「ちなみにお二人はどれぐらいが剣士の間合いなんですか?」
「測ったことはないですが、大体二十五レーン(大体50メートル)ぐらいでしょうか。」
「俺は分からん。測ったことも細かく考えたことも無かったしな。」
家では割と知的な感じだったので予想もつかなかったが。実は父は戦闘に置いては割と脳筋なんじゃないか?。
恐らくはかなりの強者とはいえ、50メートル以上離れていないと魔術が使えないとは。剣士恐るべし。
「とはいっても、一概に一瞬で間合いを詰めれるからと言ってその全てが剣士の間合いってことではありません。」
「例えば私が反応したみたいに、実際に詰められる距離であろうとそこで対処したり下がって魔術を使ったりできるわけです。」
女性弟子さんが剣士の間合いについて補足してくれた。あくまで一つの目安程度として考えておくのが良いだろう。
「あとは何点かあるが、一番の問題は剣を離したことだ!」
そりゃそうだ。結果的には弓矢による追撃ができたとはいえ、その後の選択肢として剣を選べなかったのは大きいしもしも追撃がきたら対処できなかった。
「戦いに置いて剣士が剣を離すのは死ぬときだけだ。それ以外では死んでも気合で握りしめろ!」
根性論はあまり好きではないが是は正しい。俺は魔術が使えるからマシとはいえ、剣士が剣を無くしてしまえば後は徒手空拳ぐらいしかないだろう。
父ならば徒手空拳でも勝てるだろうが、普通の剣士は徒手空拳で戦うのは厳しい。
「そういえば驚いたんだが、リーシェって術式無しで魔術を発動できるんだな。」
その他もろもろの反省会を行っていた途中で、男性弟子が衝撃の事実を告げた。
まさかこの世界、魔術は術式展開無しでは発動できない世界なのではないか?。つまり術式展開無しで魔術を使える俺はチート能力保持者ってことだろう。
「いや、あれはただの強い生活魔法ですね。」
別にそんなことは無かったし割と衝撃の事実をさらっと言われた。
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