第68話 JKアイドルさんは映画に興味があるらしい。02
映画が終わり、周りの客は感動に包まれていた。
みんなが涙を流しながら退場していく中で、俺と菜子は特に感動するわけでもなく、ただ座りながらお互いの手を握っていた。
「おい、結局この映画しっかり見れなかったのだが」
「ご、ごめん」
菜子は、「キスシーン観てたらキスしたくなった」とか言っておきながら、キスシーンどころかあの後5、6回は暗闇の中でキスを要求され、その度に菜子の要求に応えていたらいつの間にか映画が終わっていた。
「菜子、キスしたくなるのはわかるが」
「こーくん……もう他にお客さんいないからキスを」
「ダメに決まってるだろ。……もう帰るぞ」
「むぅー!」
菜子を律して、ポップコーンのトレーを出口で返却し、菜子の手を引きながら映画館を出た。
ずっとこんなじゃダメだ。あまりにも分別が無さすぎる。
菜子がどれだけ可愛いからって、甘やかし過ぎな自分にも段々嫌気が差してきた。
「菜子、一ついいか」
「なーに?」
「……キスはさ、特別な時にするから意味があるんじゃないのか? そう何度も何度もしたがる気持ちはわかるけど、なんていうか……悪い癖がついたら、困るだろ?」
「だ、だって……」
菜子は顔を曇らせる。
「……ま、まぁ断らない俺も悪いんだけど」
「そーだそーだ!」
「お前が言うなっ。そもそもなんでそんなにキスしたがるんだよ」
「それは……」
「もしかしてキス魔だったのか?」
「違う! こーくんがわたしのこと嫌いになってないか心配で。ちゅーすれば、好きってことだから」
何歳児の発想だよ。
「俺たち付き合い始めてまだ5日だぞ」
「でも! ……わたしは心配になるの!」
「はぁ……?」
心配性にも程がある。
「ずっと一緒なんだろ? そう約束したのにお前のこと嫌いになると思うか?」
「……思わない、けど」
「?」
「好きだからこそ、ずっと密着してたいっていうか」
まぁ、俺にも似たような気持ちがあるから否定は出来ないが。
「今までは、友達みたいな距離感だったから、いざ恋人になるとその……何故か心配で、もっと近くにいたいなって」
「……そう、か」
「こーくんは、そう思ったことないの?」
「俺は……本当のこと言うと毎日思ってる」
「え?」
「お前は芸能界に身を置く人間で、その芸能界には俺なんかよりもっと魅力的な男が山ほどいるし、そういう奴らに菜子のこと取られないかなって……心配になる」
「な、ならないよ!」
「あぁ、わかってる。俺は菜子を信じてるからな」
「……こーくん」
「だからお前も俺を信じろ。俺はお前の事が大好きだ」
「……わたしも大好き。多分こーくんが思ってる10倍は好き」
「そうか、なら良かった」
「やっぱ50倍かな」
「そんな張り合わんでも」
帰り道の雑踏に紛れながら、手を繋いで寒空の下を歩く。
初々しい気持ちでお互いを思うからこそ、心配になるのだろうか。
彼女の手は少し冷たくて、どこか暖かい。
これは、体内に満ち溢れるアイドル特有のオーラなのだろうか?
「こーくん、このまま帰るのも味気ないしちょっとどこかへ寄り道しない?」
「寄り道?」
「うん! わたし、あそこに行きたいなって」
「?」
俺が首を傾げていると、菜子が率先してその場所に向かって歩き出すので強引に手を引っ張られる。
一体どこへ……なんて思いながらもどこへ向かっているのか、ある程度想像できた。
『ゲームセンター』
そう書かれた汚い看板が今日も店には掲げられている。
それは、俺たちの始まりの場所だった。
✴︎✴︎
相変わらずのこじんまりとした店内に足を踏み入れると、店の奥で椅子に座りながらタバコを蒸す店長の視線を感じる。
「なんか、凄い久しぶりだね」
「だな」
俺は前に預けた菜子のメダルを引き出して来て、ゲームコーナーに向かう。
菜子はプッシャーマシンの前と同じ席にすわり、機械の中を傍観していた。
「となり、座って」
「あぁ」
あの時は少し恥ずかしかった。でも、今は何の恥じらいもなく、堂々と菜子の彼氏として隣に座れる。
「始まりは、ここからだったもんね」
菜子は慣れた手つきでコインを入れる。
「わたしね、実は最初に話したあの日の前からずっとこーくんのこと気になってた」
「そうなのか?」
「うん。周りの男子とは少し違う。自分を持った男の子なんだなって、少しカッコいいと思ってたの」
まさか、現役JKアイドルさんに興味を持たれる暇人がこの世にいるとは。
全国の高校男児の諸君、まだまだ青春は捨てたもんじゃないぞ。
「でも、正直に言うと最初は友達感覚で、理想の友達像に近い存在だったし、この関係がずっと続けば……なんて思ってた」
何百枚もあるコインを菜子は、話しながら次々に入れていく。
思い出を振り返りながら、ジャックポットチャンスを俺は待っていた。
「でも、本気で恋心が芽生えたのは……たぶん動物園の帰りだと思う」
「帰りって……あの、少し言い合いになった時か?」
「うん。こーくんが、わたしのこと本気で考えてくれてるからこそ、あれだけ慎重になってくれてるんだって、感動して……そうしたら、いつの間にか、こーくんのこと好きだなって」
あの時はまだ自分が炎上しないかとか、菜子に被害が及んだらとか、危機感ばかりが募っていて恋とか考える余裕もなかった気がするが、菜子がそう受け止めてくれたなら、良かったのかもしれない。
「わたし、あの日こーくんに話しかけて良かった」
「……俺もあの日、菜子と出会えて本当に良かったと思ってる」
「……ねぇ、こーくん」
「なんだ?」
「まだ早いって思うかも知れないけど……わたし、高校卒業したらこーくんと一緒に暮らしたいなって」
「……っ」
ジャックポットチャンスが始まる。
高鳴る鼓動を抑えきれない俺はそれを見つめながら菜子の言葉の意味を紐解く。
一緒に……暮らす。
「一緒に?」
「うん。二人暮らし……したいなって」
「……す、する! お、俺もしたい!」
「ほんと?」
「あぁ!」
変に興奮しながら答えたので少し自分がキモく思えた。
なんでそんな興奮してんだよ俺!
「良かった……。じゃあ、2年後こーくんは大学生、わたしは芸能のお仕事しながら3LDKの部屋で二人暮らしかぁ……なんか楽しみだね」
「どうしても俺のヒモ感が抜けないような気もする」
「いーの。こーくんはわたしが養うからっ」
「マジでその台詞だけはやめてくれ! ひ、ヒモになっちまう!」
菜子は今日一くらいの笑顔を見せた。
それは単に面白くて出たものか、安堵から漏れたものか……どちらにしても、俺は嬉しかった。
「俺も色々頑張るよ。立派な人間になって、菜子と……あと、その」
「?」
「しょ、将来的には、こ、子供も含めて……支えられるように、頑張る」
「こ、こどっ⁈」
その刹那、ジャックポットからメダルが溢れ出した。
俺はこの時、少しだけいやらしいことを想像してしまったことを反省した。
「っていうか、このプッシャー、ジャックポット開き過ぎじゃないか。流石にメダルの回収面倒だな」
「わたしの運が良いからだよっ」
これがアイドルラックってやつなのか。
なんともガバガバなプッシャーマシンからメダルを回収し、店主に全部預けた。
いつぞやの紐きりを二人でやって、前とはまた違うぬいぐるみを落とし、菜子の満足そうな顔を見ながら俺たちはゲーセンを出た。
「菜子、今日は楽しかったか?」
「うん! 映画館でたくさん食べたり、ゲーセン行って遊べたし満足っ」
「映画館は食べるのがメインではないのだが」
「あと、キスもたくさん出来て幸せ……」
頬を真っ赤に染めたのは、夕日のせいか、また別か。
キスの味をまた思い出す前に、自然と菜子の唇を奪っていた。
不意打ちに、菜子は動揺しながらもそれに抵抗は全くしなかった。
いつもの人気のない学校の帰り道で、重ねる唇は、特別な感覚に支配された。
「っぱぁ……っ。こーくん、好き」
「……菜子、これからもずっとお前の隣にいていいか?」
「……うん。この先の未来もずっとわたしと歩いて欲しい」
「……あぁ」
抱擁しながら、お互いの温もりに包まれてそう交わした言葉と共に、俺たちは一生の幸せを願ったのだった。
次回予告
「こーくん、起きてー。朝ご飯出来たよー」
「……あのさ、朝ご飯は俺が作るっていつも言ってるよな」
「今日はお仕事休みだからわたしが作ってあげたの。いつもこーくんに頼りっきりだとダメだからねー」
「……料理に関しては遠慮せず頼ってくれ」
次回「元JKアイドルと元暇人の夫婦の最終回。」
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