第47話 ご当地アイドルさんは暇人と遊びたい。04

 

 中華の油っこくも香ばしい匂いが漂う街中を歩き回り、予約していた店に入る。

 店内に入るとすぐに個室へと案内され、俺と恋川は中華料理店特有の回転テーブルを挟み、向かい合って座った。


「わざわざ個室用意するって……。閑原さん、なんかエッチなこと考えてました?」

「ちげーよ! お前がアイドルだから念のため個室を予約しておいたんだよ!」

「あぁ、そういう」

「なのにお前ときたら、変装も必要ないとか言ってるし」


 恋川は一度は反対の席に座ったものの、急に立ち上がると、俺の真隣の席に座り直した。


「やっぱこっちにしよっと」

「おい、なんで」

「いーのっ。文句言うなら……」


 恋川はスマホのホーム画面を差し出してきた。

 何かと思って見ると、ホーム画面の壁紙がさっき門前で撮ったツーショットの写真になっていた。


「お前……卑怯な」

「安心してください。私も鬼じゃないですし、これで脅すのは今日限定にしてあげます」

「そういう問題じゃ」

「時間無制限なんですよね? なら、ゆっくりお話しながら食べましょ?」


 恋川は八重歯をチラッと見せて、小悪魔みたいな笑みを浮かべる。

 あぁ、これが昨日掲示板にも書いてあった、噂の恋川スマイルってやつか。(ライブパフォーマンスの)


 タッチパネルで恋川は次から次へと注文しながら、会話を続ける。


「閑原さんって、やっぱデート慣れしてますよね? 最初釣りに連れてかれた時は、根暗な陰キャオタと同じだと思いましたが」

「そりゃ、男なら誰だって女子と出かけるってなれば色々考えるだろ。まぁ、今回に関しては、単に俺が釣りしたかったのと中華街に寄りたかったからってのもある」

「はぁ? 私は二の次って事ですか?」

「強引に誘われて腹立ってたから、最初はそう思ってた。でも、意外とお前はただのビッチじゃなくて、普通に面白かったから、今はお前にも楽しんでもらえたらって思う」

「……あの、閑原さんって、やっぱモテますよね?」

「は? ないない。必要最低限の人間関係しか持たない人間がモテるわけないだろ」


 俺は自嘲しながら、水を一口飲んだ。

 俺みたいな惰性を貪りながら、当たり前のことをして、当たり前に生きてるだけの暇人に魅力なんかないからな。


「じゃあ、女子と付き合ったこととかないんですか?」

「……1回だけ。でも、色々あってすぐ別れた」

「へー、どんな娘だったんです?」

「それは」


 その時、注文したものが運ばれてきた。

 小籠包に、フカヒレ餡掛けチャーハン、あと肉まんとーーって。


「おい、お前一気に頼みすぎだろ」

「大丈夫ですよー、私結構大食いなんで」


 言いながら、恋川は小籠包の入った蒸籠の蓋を開けて、目を輝かせる。


「いただきまーすっ。わぁ、凄い肉汁……」


 恋川は桜咲ほどではないが味わいながらテンポ良く食していく。


「やっぱ、めっちゃ美味しいですよ閑原さん! 冷食のものとは全く違います」


 肉まんをハムハムしながら恋川は言った。

 にしてもこいつ、旨そうに食うなぁ。


「俺もいただくとするか」

「はいあーん」

「……いや、自分で」


 恋川はどこぞの御隠居の如くスマホを見せつけてくる。


「……こいつ」

「閑原さん、あーんしてくださいっ」


 恋川によって口元に運ばれた小籠包を、俺は致し方なく食べる。

 なんだこの屈辱的な気持ちは。

 恋川はそれを見ながら満足そうに笑っていた。


「うふふ。自分で食べれないなんて、閑原さん、赤ちゃんみたいでちゅねー」

「マジでここまでぶん殴りたくなったのは生まれて初めてだ」


 それはそうと、確かにこの小籠包、市販のものとは格が違う。

 ジューシーな上に、ただ溢れ出る肉汁の量が凄いだけじゃなく、その肉汁が旨すぎる。


「次はチャーハンでちゅよー」


 恋川は餡掛けチャーハンをすくったレンゲを差し出す。

 こいつ調子に乗りやがって。


 餡の瀞みといい、トロトロに煮込まれたフカヒレの味わいといい、これは病みつきになりそうだ。


 これを時間無制限で食べ放題、さらに予約なら2000円くらいで食べられるというコスパ、なんだここ、最高か?


 俺は恋川の強引な幼児プレイにも動じず、純粋な心で食と向き合う。

 やはりここに来て正解だった。


「あ、個室ってテレビも付いてるんですね!」


 俺が感動していると、恋川は部屋の片隅にあったテレビを見つけ、電源を入れて付けた。

 ちょうどこの時間帯はプロ野球の中継がやっていた。

 やっぱ横浜のファンも多いだろうし、野球見れるように付いてんのかな。


「閑原さんは野球、お好きですか?」

「あぁ。中学の時から暇人だったから、野球はよく観に行ってる」

「そうなんですか⁈ え、じゃあ何党ですか?」

「竜党だな。叔母が好きなんだよドラゴンズ」

「本当ですか⁈ 私もおじいちゃんの代から竜党なんです!」

「へぇ、G党がわんさかいるこの東京でまさか竜のファンに会えるとは」

「凄いですよね! あ、じゃあ今度、一緒に試合観にいきませんか?」

「別にいいけど、Gと竜の試合でいいか?」

「もちろんです! あー、楽しみだなぁ」


 恋川は我を忘れて興奮していた。

 野球の話になると人格変わる人間は確かにいるみたいだが、このご当地アイドル恋川美優もその1人だったようだ。


 その後も中華を堪能しながら、野球の話に花を咲かせた。


 ✳︎✳︎


 俺は支払いを済ませ、外で待つ恋川の元へ向かった。


「あの、ご馳走様です」

「いやいや、勝手に予約したのは俺だしいいよ」

「……ありがとう、ございます」


 恋川は俺の腕を取って、しがみついてきた。


「おい、なんだよ急に。離れろって」

「そういえば……釣りの勝負、勝った方の言うこと、なんでも聞くんでしたよね?」

「あ……それ」


 くそっ、もう忘れてると思ってたのに。

 気づかれたなら、仕方ない。


「……なんだよ、何か俺に、お願いでもあるのか?」

「あります。とっても、素敵なお願いです」


「"航くん"って、呼んでもいいですか?」


 こいつにしては案外、普通のお願いだった。


「なんだ、もっとえげつないものかと思ってた」

「わ、私のことなんだと思ってるんですか!」


 恋川は頬を膨らませて、俺の腕をひたすら叩いてくる。


「……あの、それでいいですか?」

「いや、なんでも聞くって条件だったし別にいいけど」

「……やった」


 星空の下、夜の中華街で、恋川はその純粋な笑顔を俺に見せてくれた。



 次回予告


「航くんっ。もし航くんが釣り勝負で勝ってたら、わたしに何をお願いするつもりだったんです?」

「えっと、そうだな……」

「あ……もしかしてエッ」

「桜咲とずっと仲良しでいて欲しいとか」

「……あの、一発私を殴ってください」

「は?」

「いいから!」


 次回『暇人は苦悩する。』

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