第48話 暇人は苦悩する。01

 

『閑原くんっ』


 日曜の夜、家に帰ってから桜咲の電話に出ると、桜咲はやけに上機嫌だった。


「お前、今日はやけに機嫌がいいな」

『えへへー、実はね、私が出演する映画が今日クランクアップされて、12月に公開なんだよー』

「へぇ、映画か。作品の名前は?」

『『君との恋から始まる僕の恋愛史』って作品でー、めっちゃ感動するんだよー!』


 桜咲が映画か。

 少し興味があるな。

 その作品のことを聞きながら、映画の公開記念ということで漫画アプリで原作が無料で読めると桜咲に教えてもらい、俺は電話が終わってから少しこの作品を読むことにした。


 恋愛を知らない主人公の一夏の恋愛を描いたなんとも量産的な作品だった。

 タイトルからしてそんな感じはしていたが……まぁ、最近の若者からしたら同じような内容でもキュンキュンすれば何でもいいのかもな。


 そう思いながら5巻まで傍観していると、俺の目にとあるシーンが飛び込んできた。


「……っ!」


 主人公とヒロインが身を寄せ合い、濃厚なキスをしていた。

 それはもう、全年齢対象とは思えないくらいのシーンだった。


「き、キスシーン……」


 ……このキスシーンって、もちろん桜咲の出るっていう映画でも、あるんだよな。

 もしかして、桜咲がこのシーンをどこの馬の骨かも分からない主演俳優と……。


 いや、待て。

 これは桜咲にとっても仕事でのことなんだ。

 俺はアイドル桜咲菜子には再三興味が無いと言ってきた筈だ。


 ……でも。

 桜咲のやつ、上機嫌だったな。


 自分と俳優とのラブシーンを俺に見せつけたかったのか……?


「桜咲……」


 ✳︎✳︎


 結局、昨夜は一睡もできなかった。

 ずっと隣にいた桜咲が、誰かとそういうシーンを撮っていることに謎の憤りを覚えながら、俺は高校に着くなり、机に突っ伏していた。


 すると、背中を突かれ俺はゆっくりと身体を戻す。


 七海沢か?


「おはようございます。航くん」


 なんだ恋川か…………恋川⁈


「わぁ、航くん目の下のクマが酷いですよ!」

「そんなのはどうでもいい! 隣のクラスのお前がなんで……」


 時すでに遅し。

 クラス中の目線が俺に寄せられてしまっていた。


「……ちょっと来い!」


 俺は恋川の手を引いてクラスから出る。

 桜咲がまだ来てないだけ、良かった。


 とりあえず、教室を出てすぐに階段を上り、屋上まで来た。


「学校では話しかけてくるなって」

「あ、その。つい……」

「昨日といい、お前は自分のこと過小評価する癖があるみたいだが、お前だって立派なアイドルなんだ。気を付けろ」

「ご、ごめんなさい」


 ……なんで俺は朝からアイドルに説教せねばならんのだ。


「航くん、なんか今日機嫌悪いですか?」

「は? なわけ」

「寝不足みたいですし、口調も……ちょっと怖いというか」

「…………それは、ごめん。俺、少し悩み事があって、モヤモヤしてるというか」

「悩み事?」


 恋川は首を傾げる。


「桜咲が、仕事で……その、ラブシーンを」

「……あぁ、だからそんなにムカムカしてるんですね。納得」

「少し鼻につく言い方だが。まぁ、今回ばかりはお前の言う通りなのかもしれない」

「航くんはやっぱり嫌なんです?」

「いくら仕事とはいえ、なんていうか桜咲がそういうシーンを演じるのは……やっぱ少し嫌な感じがして」

「あれ、菜子ちゃんの仕事って、今度やるっていう映画のやつですか?」

「あぁ」


 恋川は少し考えるそぶりを見せる。


「面白そうだから黙っとこ」

「ん、何か言ったか?」

「いえいえ。……あの、それはしっかり菜子ちゃんと話し合うべきかと!」


 恋川は半笑いでそう言った。

 人が真剣に悩んでるのに、やっぱこいつに相談したのは間違いだったな。


「航くんは、やっぱり菜子ちゃん一筋なんですね」

「……誰だって、隣にいる異性が他のやつに靡かれてたら嫌にもなるだろ」

「そーんなこと言ってー。航くんにNTRの耐性が無いという貴重なデータが取れたし私は満足ですよっ」


 やっぱ無性に腹立つなこいつ。


「私も気をつけるので……。あ、それより早く戻らないと朝のHRに遅れちゃいますっ」

「もうそんな時間か」

「いいですか、しっかり菜子ちゃんと話し合ってくださいね」

「……お、おう」


 まぁなんだかんだで恋川はアドバイスをくれた。

 話し合う……か。

 なんて言えばいいんだよ……。

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