第40話 JKアイドルのお父さんは駄菓子屋に興味があるらしい。

 

「今日はこの後、彼と歩くから」


 一成さんは、そう運転手に言って、ホテルに停まっていた迎えの車を帰す。


「あの、俺と歩くって……」

「閑原くん。菜子と同じようにわたしにも"暇つぶし"を教えてもらえないかな?」

「そう言われましても」

「頼むよー、この通りっ!」


 一成さんは、深々と頭を下げて懇願してくる。


「わ、わかりましたから、頭下げるのはやめてください!」

「うん。君なら断らないと思ってたからね」


 いや半強制的だったのですが。

 もう色々と緊張の連続で胃が痛い。

 一成さんと一緒にとりあえずホテルを出て、街に出る。

 同級生のお父さんと暇つぶしのために街を歩くという異様な光景。


「君はいつも菜子と、どんな話をしているのかな?」

「えっと……次行きたい場所とか、食べたいものとか。まぁだいたい話してるのは菜子さんで、俺はそれを聞いているだけなんですけど」

「あぁ、やっぱり。菜子はおしゃべりだし、君も苦労するだろ」

「あ、別にそうでも無いです。菜子さんの話は面白いので」

「そうか。ならいいが」


 その後も一成さんは何かと、桜咲が粗相をしてないか俺に聞いてきた。

 桜咲は自然体でいてくれる方がこちらとしても接しやすいので、特に問題はないと伝え続けた。

 逆に俺は、ずっと気になっていたことを一つ伺った。


「……あの、菜子さんを厳しく育てたって何度もおっしゃってましたが、それで菜子さんがグレたり、反抗期になったことってあるんですか?」

「反抗期か。あの子は厳しいことが当たり前だと思って社会化をしてきたようなものだから高校生になるまではほとんど無かったね。だからこそ、高校生になって急にあの手紙を渡してきた時は驚いたよ」

「……お母さんから聞きました。確か、転校の」

「あぁ。その時はすごく驚いた。わたしは仕事ばかりであの子が孤立していたなんて思いもしなかった」

「俺も、初めて菜子さんと会って、話した時に驚きました。芸能活動してるならきっと友達も多いものかと思ってたので」

「まぁ、わたし達男には分からない価値観があるのかもしれないな」


 その時、急に一成さんはある店の前で足を止めた。


「閑原くん、わたしは昔からこのような店に憧れていたんだ」


 一成さんが指し示したのは駄菓子屋だった。

 都内のビルが立ち並ぶ大通りの人気のない道に入ってすぐの場所にその店はあった。


「駄菓子屋、ですか」

「あぁ。閑原くん、色々と教えてもらいたい」

「え、でもお父さんの口に合うかどうか」

「いいからほら、菜子と同じようにエスコートしてはくれないか?」

「わ、わかりました」


 とりあえず店内に入って、店をぐるりと見渡す。

 至って普通の駄菓子屋で、懐かしの駄菓子が其処彼処に並んでいる。

 店主のご老人は、突然来た客に少し驚きながらも、笑って「いらっしゃい」と言った。


「……これが、駄菓子屋か。どの菓子も破格の値段で売っているという」

「まぁ、そうですね」


 一成さんは店に入るやいなや、店内の品々に目を輝かせながら、見て回った。


「閑原くん、これはなんだ?」


 まず最初に一成さんが興味を示したのはとあるゲームだった。


「あぁ、これは駄菓子屋によくある商品券を獲得できるゲームですね」


 10円を左上から入れ、右左のバネをレバーを引いて動かし、途中の穴に落ちないよう弾くことで、下にあるゴールを目指す、というゲームだ。


「商品券?」

「はい。ゲームで勝てばこの店で使える50円分の商品券が貰えたり」

「50円? たったの50円のために皆これをやるのか?」

「子供からしたら10円でやって、50円になったら嬉しいんですよ」

「へぇ……で、これはどうやるんだい?」


 俺は財布から10円を取り出してゲームを始めた。


「こういう感じで入れた10円を中で弾いて、ゴールの穴に入れるんです」

「ほうほう」


 俺は慣れた手つきで淡々と下へ下へと10円を進める。


「閑原くん、あとはゴールの穴に入れるだけだな」

「はい。でも、これが結構難しいんです」


 集中して、最後の難関を前に10円を弾いた。

 最後の最後で10円はゴールとは別の穴に吸い込まれてしまった。


「まぁ、こんな感じです」

「よし、わたしも……….閑原くん、お恥ずかしながら、わたしカードしか持たない主義でね」


 なんとなくそんな気がしていた。

 俺は財布からまた10円を取り出すと一成さんに渡した。


「この借りは今度1万倍で返すから安心してくれ」

「要らないですから! 高校生相手になんちゅう大金渡そうとしてんだこの人」


 一成さんは子供のように無邪気な顔で、ゲームに没頭していた。

 実際のところは分からないけど、きっと一成さんは幼い頃から駄菓子屋に憧れていたのだろう。

 親は子供のためを思って色々なものを制限する。

 でも、それはその子供の自由な選択権を奪ってしまっていることを忘れてはいけない。

 俺は親がいなかったから自由に生き、自由に選び、自由気ままな生活を今もしている。

 でも、そうじゃない人もたくさんいて、そのことを、桜咲や一成さんを見て俺は学んだ。


 一成さんがこのゲームをやり始めて10回目。


「閑原くん! ついに最後のところまで来たぞ」

「慎重に、ですよ」

「了解だ」


 一成さんが弾いた10円は、見事、ゴールへと吸い込まれた。


「うおっしゃー!」

「お父さん、凄いですよ!」


 駄菓子屋の隅、男二人で喜びを噛み締める。

 これ、側から見たらどんな風に見られるのだろうか。


「閑原くん、この50円の商品券の重みがよくわかったよ」

「そ、そうですか」


 まぁ、これ取るのに倍の値段かかってるのだが。

 その後もお父さんは新鮮な反応を見せながらも駄菓子屋を楽しんでいた。

 日が暮れるまで、まるで子供のように遊んでいたのだった。


 ✳︎✳︎


「あのルーレットで狸か狐のどっちが出るか当てるのが一番ハラハラしたな。あとはあの身体に悪そうな色した小さな餅。あれは今度箱買いしたいレベルで美味かった。それとそれと」


 帰り道も一成さんは童心に帰ったまま、子供みたいにはしゃいでいた。

 そういう所もやっぱ桜咲と似てるっていうか、一成さんの遺伝子なのだとなんとなく分かった。


「閑原くん、今日は楽しかったよ。まるで、息子と一緒に遊ぶ父親になった気分だった」

「……お、俺も。父親がいたらこんな感じなんだろうなって」

「……君が自分の息子になってくれる日を待っているよ」

「お父さん……」


 会話をしているうちに駅に着いた。

 一成さんは既に来ていた迎えの車に乗り込み、車窓を開けた。


「また今度、付き合ってもらえるとありがたい」

「あ、はい。分かりました」

「あと……世間知らずで、子供みたいな娘だが、これからも菜子のことよろしく頼む」

「……はい!」


 車は走り出し、重苦しい1日もやっと終わった……と思った。


「ひ・ま・は・ら、くんっ」


 脇を誰かに擽られ、俺は咄嗟に振り返る。

 するとそこにはいつものジャージ姿に伊達眼鏡の彼女がそこにいた。


「お父さんの位置情報見てたらここだから来ちゃった」

「……桜咲」


 今度はこいつか。


「夏休み中はもう会えないって言ってから寂しそうにしてるであろう閑原くんを思って来てあげたんだけど?」

「あぁ、それなら大丈夫だ。俺は疲れたしもう帰」


 桜咲は俺の腕を無理矢理引っ張って、歩き出す。


「レッスンの後だし、甘いもの食べたいなぁー」

「おいおい、ったく今日も強引だな……」

「そりゃそうだよ!」


 桜咲は俺と向かい合う。


「本当は……寂しくなっちゃったの、わたしの方だし……」


 桜咲は俯きながら、そう呟いた。

 それを聞いて、俺はため息を溢しながらもスマホで検索を始める。


「閑原くん?」

「この辺の甘いものだろ? 今から探すから待ってろ」

「……うん!」


 やっぱ、さっき見た笑顔によく似ていた。


(夏休み編終了)


 次回予告


「お父さんと何話してたのー?」

「いや、まぁ色々男同士の話とか」

「えーなになにー?」

「……む、息子がどうのこうのって」

「男同士……息子……ひ、閑原くん、お父さんとそんな卑猥な話を」

「とりあえずお前は早く思春期を抜け出した方がいい」


 次回『JKアイドルさんは学校でも話したい。』

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