第39話 JKアイドルのお父さんは暇人を気に入っている。
夏休みも終わりに差し掛かった8月下旬、都内某ホテルの17階で、俺は脂汗を流しながら目の前に座る人物と目を合わせた。
目の前で優雅に紅茶を口にするのは、桜咲の父親、桜咲一成さん。
藍鉄のスーツに身を包むお父さんに対し、俺はなんとなく着てきた高校の制服。
桜咲に暇な日を伝えていたが、まさか高級ホテルに呼び出されるとは思いも寄らず、着て行く服を用意してなかったせいで、無難に制服を選んだ俺。身につけているものからしても住んでる世界が違うと感じさせられる。
「まぁまぁ、そう固くならず。実はわたしも、こういうところには慣れてないんだ」
「……え、そうなんですか?」
「お恥ずかしながら。わたし自身、幼い頃から習い事ばっかりでね。大人になれば遊びを知れると思ったんだけど、なんとも仕事仕事って急かされる世の中だからね」
桜咲のお父さんはどっかで見たことのあるような笑顔を見せる。
やっぱ家族なんだな……桜咲の笑顔によく似てる。
「それに、大学ではまともに遊びを知らないもんだからバカにされてね、いつの間にか研究が友達になってたよ」
お父さんは自嘲の笑いを浮かべ、また一口紅茶を飲んだ。
「わたしの話をしても仕方ないな。今日は菜子と君の話を聞きにきたのだから」
「あの……まずは、その。娘さんを連れ回してしまい、本当に申しわ」
「いいっていいって。それ妻にも言ったらしいね。先日君が来た時頭下げてばかりだったと笑っていたよ」
「で、でも俺は、娘さんの教育方針に背く様な事を煽動した張本人といいますか」
「やはり、君は立派だな」
「え……」
お父さんは俺に顔を上げるよう言ってから、さらに続けた。
「勉強もでき、家事もでき、さらに社交性もある……菜子から聞いているよ」
社交性は多分無い。
桜咲はこれまで俺の何を見てきたんだ。
「羨ましい限りだ。きっと君のご両親も立派な方なのだろう」
「……両親は、いません。俺が3歳になった日に、事故で他界しました」
「……閑原くん、すまない。知らなかったもので」
「いえ、このことは菜子さんにも言ってないので」
「そ、そうか……じゃあ、今はご親族の方と暮らしているのかな?」
「はい。叔母と二人で暮らしてます」
「……きっと、素晴らしい方なのだろう」
「はい、とっても」
俺は暗い過去にまた蓋をする。
話を変えるために今度は俺の方からお父さんに気になっていたことを聞く。
「あの、菜子さんはなんで芸能の仕事を始めたんですか? 子役もやっていたと伺ったのですが」
「あぁそれは、前にわたしの部下だった者が退社してから芸能プロダクションを立ち上げてね、そいつが菜子をぜひ子役として芸能界にって聞かなくて」
「へぇ、そんなご縁があったんですね」
「菜子自身はあまり乗り気ではなかったのだが、徐々に仕事が増えてしまったものでやめるにやめられなくなっていたんだよ。その後、新しいプロジェクトでアイドルグループを作るって時も、菜子がその中心として組まれたもので……」
「でも、今の菜子さんは楽しそうですよ。電話のたびに仕事の話をしますし」
「そうか……ならいいのだが」
「?」
「閑原くんは今の話を聞いて、わたしを軽蔑しないのかね?」
お父さんは眉を寄せ、深刻そうな顔でそう問いかけた。
「妻とわたしは、菜子から自由を奪った。他者からの評価を重んじるばかり、菜子に優等な道ばかり選ばせようとした。そう……いつの間にか大切な娘を自分たちの『人形』のように思ってしまっていたんだ」
「あの、お父さん……」
「君のように、あの子を本当の笑顔に導くことが出来なかった」
「…………」
先日会った、桜咲のお母さんもそれを悔やんでいた。
俺は返す言葉が見つからない。
「閑原くん、大人気ないが、君には心底、嫉妬してしまう」
「そ、そんな……やめてください俺なんて」
「いや、謙遜はしないで欲しい。される方がわたしは辛い」
この言葉も先日お母さんが言っていたことに酷似していた。
お父さんもお母さんも同じ気持ちだったということなのか。
「そんな君に、菜子のことをこれからも幸せにしてやって欲しい」
お父さんはテーブルすれすれの位置まで頭を下げた。
「……へ? ちょ、お父さん! やめてくださいよ! そもそも俺は菜子さんと」
「君が納得のいく時でいい、その時に君がまた、わたしに会いにきてくれることを願っている」
なんか色々と飛躍しすぎだろ。
……ってか、なんでそんな桜咲家から信頼されてるのか全く理解できないのだが。
色々と桜咲の話が終わり、お父さんとアフタヌーンティーと共に談笑をした。
そして、その後からが問題だが。
「閑原くん、このゲームのやり方を教えてほしいのだが」
お父さんとの謎デートが始まる。
次回予告
「閑原くん、君は菜子とどこまで行ったのかな?」
「えぇ……どこまでっていうかそもそも俺と桜咲は」
「菜子はキスまで行ったと自慢してたが」
「はぁ⁈ あ、あのお父さん! キスとかしてないです、本当に」
次回『JKアイドルさんのお父さんは駄菓子屋に興味があるらしい。』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます