第38話 JKアイドルさんは花火大会に興味があるらしい。05
花火大会の余韻に浸りながら、俺と桜咲は帰路を歩く。
人混みに紛れながら、はぐれないように手を繋いでいた。
「閑原くん、次会うのは学校始まってからになっちゃうけど……今まで通り電話はするから!」
「あぁ。でも疲れた時は無理するなよ」
「ううん。疲れてる時こそ、閑原くんの声が聞きたいから……」
まさか……俺の声ってヒーリング効果でもあるのか……?
「閑原くん」
「ん? どした?」
「……や、やっぱなんでもない」
「そうか?」
「……うん」
名残惜しいのかな?
まぁ、でも仕方ないこともあるし。
いつの間にか、駅前に着いていた。
俺たちは改札を通り、ホームへと向かう。
あっという間だったな、楽しい時間も今日はここまで……か?
繋がっていた桜咲の手の握りが強くなる。
離そうとしても桜咲は握り返してくる。
それは、桜咲の合図のように感じられた。
「なぁ、今日は暗いし家まで送るよ」
「……いいの?」
「あぁ、だから安心しろ」
俺は桜咲と同じ車両に乗る。
満員の電車の入り口で桜咲をドア側に、俺は他の乗客と桜咲の間に立ちながら吊り輪を握った。
車窓を傍観しながら、たまに桜咲を見下ろす。
何か言いたげな目をしていたが、口元は笑っていた。
時折、桜咲はあげた髪留めに触れて微笑む。
そんなに喜ばれると、逆になんだか照れる。
大きな駅も含め、何駅か過ぎると乗客も一気に減った。
すると、桜咲はやっと口を開いた。
「閑原くん、次の駅で降りるからね」
「あぁ。分かった」
そういえば、桜咲の家がどこにあるとか聞いたことなかった。
その後は、桜咲に案内されながら桜咲を家まで送った。
桜咲の家は、古風なお屋敷で、少し驚いた。
結構イメージとは逆だな。
「閑原くん、送ってくれてありがと」
「いいって。じゃあ俺は帰るから」
「……うん」
桜咲の笑顔は優しく、そしてどこか寂しそうだった。
俺は踵を返し、駅に向かって歩みを進める。
次会うのは夏休み明け。
それまで会えないのが、桜咲にとって苦しいことなのかもしれない。
「ちょっと待ってください、閑原さん」
突然、背後から知らない声が俺を呼び止める。
振り返ると、そこには桜咲の隣に立つ着物姿の女性がいた。
「閑原さん、ちょっと待っていただけますか?」
「……えっと」
俺は戸惑いながらもまた、桜咲の元へ戻る。
「閑原くん、こっちは私のお母さん」
「菜子がいつもお世話になっております。菜子の母、桜咲蜜です。以後お見知り置きを」
「い、いえ! こちらこそ菜子さんにはいつもお世話に…………な、なってます」
「その間はなんなの閑原くん!」
「いやぁ、だってさ……」
「もーっ! 何その反応!」
俺は桜咲のお母さんにお辞儀をしながら、桜咲といつもの調子で話してしまう。
そうだ、桜咲の親って色々厳しいんだっけ。
もしかして、怒ってるのでは。
「あ、あの。娘さんを遅くまで……本当に申し訳ございませんでした!」
「いえいえ、そのことは全く気にしてません。というか……むしろもっと遅くなるものかと」
「ちょっとお母さん!」
「私はアドバイスしたのですが、この調子だと」
「へ? 何のことだ、桜咲?」
「それはいいの! 閑原くん、おやすみなさい!」
「お、おう」
桜咲は顔を真っ赤にして、家に入って行ってしまった。
なんなんだよ、まったく。
その後俺は、桜咲のお母さんと二人きりになる。
何だこの展開……。
「閑原さん。立ち話で申し訳ないのですが、一つ、短い話なので聞いてはいただけないでしょうか?」
「え、は、はい! 大丈夫です」
「ありがとうございます」
お母さんは一呼吸置いて、独特の間でゆっくりと話し始めた。
「ご存知かと思いますが、菜子はかつて子役、今はアイドルとして芸能活動をしております。私たち親はあの子を、多くの人様の目に映る人間として恥ずかしくないよう厳しく教育して参りました」
「……はい、桜咲……な、菜子さんはとても立派です。それもこれもお二人の素晴らしい教育の賜物かと。羨ましい限りです」
「いえ、それは違います」
「え?」
お母さんは一歩踏み込んで距離を詰めてくる。
「あの子にとって、親はずっと闇でしかありません。私たち親はあの子に対し、物事を制限させて縛ることしかしてきませんでした」
「お、お母さん……」
「でも、あなたのおかげで菜子は変わりました。きっと、あなたという光が救ったのでしょう」
桜咲のお母さんは俺に1通の手紙を手渡した。
中には四つ折りになったよくわからない高校のチラシと、桜咲の字で綴られた手紙が入っていた。
「これは、5月の初めに菜子が私に渡してきた手紙です。内容は、通信の高校に転校したい……というものでした」
「あの桜咲が……本当ですか⁈」
「はい。さらにアイドルの方も、辞めたいと」
「桜咲……」
確かに、最初に会ったときの桜咲は今とは全く違っていた。
あの時は……そこまで追い込まれていたのか。
「でもある日、あの子は笑顔で高校から帰ってきて、その手紙を無かったことにして欲しいと言ってきました。ぬいぐるみを抱えながら」
「それって……初めて会ったときの」
「……きっと、その反応からしてあなたと菜子が出会った日だったのでしょう」
……桜咲のやつ、そんなに嬉しかったのか、あの日。
俺はただゲーセンに案内しただけなのに。
「あなたの存在が、どれほど菜子を救っていたのか日を重ねるごとに感じておりました。そして菜子に、閑原さんのお話を聞いた時からお礼を申し上げたいと思っておりました」
「い、いやその……むしろ! 娘さんを色んなところに連れ回してしまい申し訳ございません!」
「謝られては困ります。私のような親はそれすらできないダメな親だったのですから」
「そ、そんな! ダメなんかじゃないです! 俺なんかが言うのはおこがましいのですが、今の無邪気で可愛らしい菜子さんを育ててくれたのは間違いなくお母さんとお父さんです。ダメだなんて言わないでください!」
俺は、自分でも何を言っているのかよくわからないまま必死になっていた。
「ふふふ。……閑原さんは、いつも菜子が言ってるようにお優しいのね。夫にもあなたのこと伝えてあります。近々、お会いしたいと」
「……あの、俺何かしちゃいましたかね?」
「ふふ。悪いお話ではありません。ですから、都合の良い日をまた菜子の方にお知らせください」
「あ、はい」
なんか大事になってきているような。
「閑原さん呼び止めてしまい、申し訳ございませんでした。では、おやすみなさい」
「はい! 失礼します!」
俺はあまりの緊張でパニックになりながらも歩き出した。
高校入試の時と同じくらい緊張した。
それにしても桜咲のお母さん……めっちゃ美人だったな。
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