第37話 JKアイドルさんは花火大会に興味があるらしい。04

 

「こういうの、やったことないから上手くできるかな」


 俺は、動揺していた。

 何度も撫でてるから女子の髪の長さとか、柔らかさはなんとなくわかっていたけど、なかなか寄せるのが難しい。


 それに何故かわからないが、桜咲はずっと唇を尖らせてるし。

 とりあえず左前髪を横に寄せ、俺は手の中にある髪留めを使う。


「よし……できた。桜咲、目開けてくれ」


 桜咲の瞳がゆっくりと開いた。

 いつの間にか、お互いの距離が近くなりすぎていたことに気がついた。


「……閑、原くん?」


「桜咲……その、ちょっと早いけど誕生日、おめでとう」


 桜咲のために選んだ、桜の髪留め。

 桜咲はその手でその髪留めを触ると、いきなりキュッと口を噤んだ。


「閑原くん……わたしのために、これを?」

「あ、あぁ。できるなら15日に渡したいと思ってたんだけど、忙しそうだったから。ちょっと、早いけど、って、桜咲?」

「閑原くん……!」


 突然桜咲に、抱きつかれる。

 桜咲の顔が目と鼻の先まで接近し、高尚な香りが鼻腔をくすぐった。

 こんなに近い距離で桜咲の顔を見たことは無い。

 見れば見るほど、その可愛らしさに引き込まれていく。

 桜咲って、こんなに……。


「ありがとう、嬉しいよ閑原くん」

「さ、桜咲……ちか」

「やっぱりズルイなぁ、閑原くんは。そんなことされたら……わたし……っ」


 桜咲の頬から涙が伝う。


 でも桜咲は……笑顔だった。


「一生大切にする。……ずっと閑原くんを感じていたいから」

「桜咲……」


「……ねぇ、今度は閑原くんが目閉じてて」


 言われるがまま、俺は目を閉じる。

 すると、桜咲の小さな手が俺の顔を包み込み、その瞬間、頬に柔らかい感触がした。


 目の前が真っ暗でも、花火の音だけが鮮明に聞こえる。

 そして、桜咲の甘い吐息が頬を撫でた。

 そして、もう一度柔らかい感触がして、今度は時が止まったかのようにずっとくっついて離れない。


 ふと、目を開けると、俺の頬に桜咲の唇が当たっていることに気がつく。

「……っ⁈」


 俺が目を開けたことがバレて、桜咲は色っぽい音を立てて唇を離すと、再び甘い吐息を溢す。


「もぉ、目開けちゃダメでしょ? ばかっ」


 桜咲は耳元でそう呟いて、やっと元の距離に戻った。


「さ、桜咲」


 俺は頬に手を当てる。

 桜咲の……唇が、さっきここに….…。


「……めん」

「へ? 桜咲?」

「ご、ごめん! 嬉しすぎて変な気持ちになっちゃったっていうか! もう止まらなかったというかぁ!」

「お、落ち着け桜咲! ほ、ほら、高揚感でハグするのとかと同じだろ⁈」

「お、おお同じ同じ! だから! 深い意味は無いっていうかなんて言うか!」

「そ、そそ、そうだよな!」


 よくわからないけど何故か、お互い必死になっていた。

 桜咲はペットボトルのお茶を一口飲んでから気持ちを落ち着かせ、話始めた。


「……これからもずっと、隣にいてくれる?」

「あぁ、お前がそれでいいなら……」

「わ、わたしは閑原くんがいい! 閑原くんともっと色んなところに行きたいし、色んな景色を見たい!」

「……分かった。じゃあ今は……」


 俺は桜咲の小さな手を取って、指と指を絡ませた。


「花火、観るか」

「うんっ!」


 花火はお互いの赤らんだ頬を隠すのには十分だった。

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