第2話 出会い

 百合亜は19歳の誕生日を迎えた。

 友人と食事に出掛けお祝いをしてもらってから、1人帰路を歩いていた。

 自宅に向かうにつれ、足取りが重くなる。

 ―――家には誰もいない。

 両親は昨年事故で亡くなった。近しい親戚もない百合亜は、両親と過ごした家に1人で暮らしている。

 高校を卒業してから仕事を始めたので生活に苦しむ事はないものの、やはり誰もいない家は寂しい。特にこんな日は、優しい両親の思い出が心を締め付ける。

 ―――帰りたくない。

 すぐ近くの河原で足を止め、灯りの付いていない自宅を見つめた。

 冷ややかな風が吹いた・・・。

 その風に乗って声が聞こえた気がしてあたりを見回した。

「うっ・・・、くっ・・・」

 河原の少し開けた所に少年がうずくまっていた。

 その場所は春になると一面シロツメクサでいっぱいになる、百合亜の大好きな場所。

 今は秋。枯草の上を夜の闇が支配している。

 少し警戒しながら百合亜はその少年に近付いた。

 15~16歳の少年。泥だらけの服。肩を震わせ、声を押し殺して泣いている。

「どうしたの?」

 百合亜は声を掛けた。

「母さんに・・・、殺されそうになった!」

「え!?」

 嗚咽しながら答えた少年の言葉に、百合亜は驚いた。

「あ、あの、えっと、本当に? どうしよう?」

 切羽詰まった少年の様子に嘘とも思えず、百合亜はどう声を掛けていいのか悩んだ。

「家は近いの? 家族はお母さんだけ?」

「・・・え?」

 今度は少年が驚いて顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔には困惑の色が浮かんでいる。

「家・・・? 家族・・・? 僕の・・・?」

「そう、あなたの家。ここから近いの?」

「・・・わからない。」

「・・・え?」

 2人の間に風が吹いた。

「あなたの名前は?」

「名前・・・? ヒロ・・・。そう呼ばれてた気がする・・・。」

「じゃあお母さんは? どんな人なの?」

「・・・わからない。顔も思い出せない。でも、僕を殺そうとした・・・!」

 少年の瞳からまた涙がこぼれ落ちた。

「記憶喪失・・・、なのかなぁ?」

 少年は何もわからずにただ泣いている。

「うーん、取りあえず落ち着こう? 私の家、そこなんだ。おいで。一緒にあったかいものでも飲もう。」

 百合亜は少年の背中を撫でて立ち上がらせると、自分の家に招き入れた。

 ―――とりあえずココアを入れて、お風呂を沸かして、さっぱりさせよう。記憶喪失だと警察かなぁ? それとも病院?

 そんな事を考えながら家に向かう足取りは心なしか軽かった。

 しばらく冷え切っていた家に人を招き入れる事に、少しだけワクワクしていた。

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