第10話  【骸骨】



 悪臭を放つ虫型のモンスターの集団は群れを成して、こちらへ向かってくる。




 キャファールを見たリトライダー達は口を開け、驚愕の顔を浮かべる。




「最悪っす!! キャファールっすよ!!」




「あんなのに襲われた日には何回お風呂に入っても匂いが取れなくなるじゃない!!」




「うぁぁぁっ!! どうしよう!!」




 そして頭を抑え、焦り暴れ回る。




 そんな中、エリスは小さな声で「めんどくさいな〜」と呟き。杖を構えると、




「ここは私に任せなさい」




 と前に出る。珍しく自分からやる気を出してくれるのはいいが、エリスがやろうとしていることに気づいたパトは、急いでエリスを止める。




「待て待て待て待て!! 何する気だ!!」




「そんなの決まってるじゃない。適当にドバッとやっちゃうのよ」




「まさか! あのゴブリンに使った魔法を使う気だろ!」




「まぁ、そんな感じね」




 エリスの回答に、パトは首を激しく左右に振る。




「あんな魔法こんな小さな洞窟で使ったら、息埋めるなっちゃわ!」




「大丈夫よ。あなた達には防御魔法付与してあげるから」




「ダメだ! 俺たちがこの洞窟に来た目的を忘れたわけじゃないだろ!!」




 パトはそう言い、エリスを退げらせる。




「ここはあの人に任せよう」




 パトはそう言い、隣に立つ青髪の女性に目を配る。




 そう。ここにはある文明技術を持った人間がいる。パトは彼女に期待している。




 ヤマブキはパトの期待に答えるように頷く。




「ハイ。ココハ…………………私………二……」




 しかし、ヤマブキはキャファールを目をやると、動きが鈍くなり、いつしか動かなくなる。




 そして独り言をぶつぶつと唱え始める。




「…………虫、虫、虫……虫」




「や、ヤマブキさん?」




 ヤマブキは目を閉じる。




「異常事態発生、コレヨリシステムヲ、ダウンシマス」




「え…………」




 その場にいる者たちの動きが止まる。




 ヤマブキはその場に立ち尽くしているが、目を動き眠るように動かない。

 パトは助けを求めるようにエリスに目を配る。




「なぁ、エリス。今から攻撃って間に合う?」




「もう近すぎね」




「…………」




 沈黙。頭の中が真っ白になる。そして一つの答えを導く。




「…………逃げるぞ」




 パトはヤマブキを抱え、来た道を指す。

 パトの判断にエリスは頷き、リトライダー達は息を呑む。




「よし、…………急げ!!」




 パト達は全力疾走でキャファールから逃げる。




「や、ヤマブキさん!! 大丈夫ですか!!」




 パトはヤマブキを抱え、頬軽く叩いてみる。しかし、ヤマブキはぴくとも動かない。




「ヤマブキさん!! 何があったんだ!!」



「その子。虫がどうのこうのって言ってたっすよ!!」




 走りながらエリスは冷静に考える。そして




「虫が嫌いなんじゃない?」




 走っていると分かれ道に出会う。




「曲がるぞ!!」




 パト達が曲がり隠れると、キャファールの大群は真っ直ぐ洞窟の入り口へと向かって行き、どうにかやり過ごす事ができた。



 どうにか逃げ切った事に安堵するリトライダー達。




「た、助かった〜」



「ま、まぁ、私にかかればあんなの余裕だけどね」




「ミエさん。キャファールの群れを追いかけるっすか?」




「それは嫌よ」




 パトはヤマブキを床に寝かせる。




「パト、あなた、科学文明(アルシミー)について調べてるんだから、なんだか分からないの?」




「いや、機械が虫嫌いなんて初めて聞いたよ……。いや、それ以上にあの時の……」




 パトがヤマブキの顔を凝視していると、ヤマブキの目が突然開く。




「システム復旧。破損データナシ。通常運転デ起動シマス」




 ヤマブキは何事もなかったかのように目覚める。




「何カ問題デモアリマシタカ?」




 ヤマブキの寝ぼけたような発言に、パトは困惑する。




「い、いや、何も……」




 ヤマブキが目覚めた事に気付いたリトライダーは、先を急ぐように促す。




「よし、何があったかは知らないが、無事みたいだな。先を急ぎたい。行くぞ」




 そう言い、リトライダーが一歩踏み出した時。

 突然地面が揺れだす。




「な、なんだ!?」




「まさか、リトライダーさん!!」




「いや、俺がそんな強く足踏みできないか!!」




 そう、リトライダーが地面を踏んだだけで、こんな揺れが起こるはずがない。こことは別で何かが起きている。




 揺れにより洞窟が崩れ始め、地面や壁にヒビが入る。

 パトはこのままでは危険だと考え、まずは密集するように指示する。




「みんな、集まってくれ!!」




 しかし時すでに遅し。

 洞窟の床は崩れ、パト達は下層へと落ちてしまった。






 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳





 頭が重い。体が怠い。落ちた衝撃で意識が飛んだ。




 パトは重い体をゆっくりと動かし、立ち上がる。

 



「みんなは……」




 周りを見渡すが、暗くてよく見えない。




「おーい!! みんなー!!」




 とりあえず叫んでみるが、返事がない。




 近くに誰はいない。




「まずは合流しないとな」




 パトは壁に手を当て、手当たり次第に洞窟を進んでみる事にした。

 暗闇の中、同じ所をグルグル回っている可能性もある。動かないのも一つの手ではあるが、このままジッとしているのは耐え難い。

誰かが助けを求めているかもしれないのに、落ち着いていられるはずもなく、パトは焦燥感を抑えきれず、ソワソワしながら進んでいく。




 しばらく進み、暗闇の奥に一筋の光が現れる。

 出口か、それとも誰かが放っている灯りか。どちらにしろ。パトはこの光を目指すしかない。




「おーい!! 誰かいるのか!!」




 パトは光に向かい駆け出し、叫ぶ。

 すると、光は揺れ動く。




「良かった。無事だったか」




「ハイ」




 そこにいたのはヤマブキ。ヤマブキは胸にある宝石を光らせ、光源にしていた。




「他のみんなは?」




「分カリマセン」




「どこにいるか。分かるかな?」




「近クニ生体反応ガアリマス。案内シマスカ?」




「ああ、頼む」




 パトはヤマブキに連れられ、洞窟を進む。

 しばらく進んだところで、ヤマブキは足を止める。




「此処デス」




 そう言い、ヤマブキはある方向に光を翳す。

 そこには地面に倒れ込んでいるエリスがいた。




「エリス!!」




 パトはエリスに駆け寄る。

 意識を失っていたエリスはゆっくりと目を開ける。




「ん……ここは……パト。それにヤマブキさん………」




 エリスは周りを見渡すと、すぐに状況を理解したようで、その場に座り込む。




「つまり私たちは、さらに洞窟の奥に落とされたってことね」




 エリスは冷静に状況を分析する。




「ああ、後はリトライダーさん達と合流出来ればいいんだけど……」




 パトの言葉にエリスは賛同する。




「でも、合流するのもだけど。なぜ、突然洞窟の床が崩れたのか。それも調べないとね。あれだけの揺れよ。相当強力な力が働いてる」




 エリスは立ち上がると、早速洞窟の奥へと進む。




 しばらく進み、パトはあることをふと思う。




「この洞窟、自然にできたにしたら形が整っているよな」




 そう、かなり複雑に入り組み、迷宮のようになっている洞窟だが、急激に段差があるわけでもなく、道幅や高さは常に一定のものになっている。




「ハイ。私ノ分析デモ、人工物デアル可能性ガ、高ク推測サレテイマス」




 人工物であるとなると、魔術師があるという可能性の面がより強くなる。大昔に探索し尽くされ、何もない洞窟には誰も人は寄り付かないだろう。そうとなれば、魔術師にとってこの洞窟は絶好の隠れ家となる。




「早くリトライダーさん達と合流して、ガーラさんを救出。魔術師についても調べないと……」




 しばらく進むと、少し開けた空間にでる。

 暗く、うまくは見えないが何か壺のようなものが並んでいるようにも見える。




「なんだこれ?」




 パトが気になり、壺に手を伸ばすと、横から何かに伸びてきて、パトの腕を掴んだ。




「騒がしいと思えば……何者だ貴様ら……」




 男の声。それも今にも攻撃を仕掛けてきそうな、険しい声色。




 パトは手を振り払おうと左右に振ってみるが、ガッチリと握られていて振り払う事ができない。




「何をしに来た……」




 男の掴む力が強くなる。

 触った感覚から細い腕だが、力は強い。




「それは俺たちの台詞だ。ここで何をしている」




 パトの言葉に男の声は一瞬退く。




「研究所だ……」




 男が指を鳴らすと視界が突然明るくなり、手で目を覆う。




「な……」




 目が慣れると、男の正体に驚愕する。




 それは青いフードを着た骸骨。言うなればスケルトンだったのだ。




「が、骸骨!?」




 パト達は驚きの声を上げるが、そんな事は気にせず。骸骨は真剣な声色で脅迫する。




「さぁ、今度はこっちの番だ。何をしにここに来た?」




 緊張感が漂う。




 喋るモンスターは初めて見た。魔素から生まれたモンスターが感情を持ち、敵意を向けている。

 これは大発見であり、そして危険を示していた。




 下手をすれば、殺される。エリスやヤマブキも骸骨に向け、いつでも反撃できるようにしているが、近くにいるパトには骸骨の攻撃を防ぐ手段も、攻撃方法もない。




 だが、このような事で怖気付くパトではない。

 大切な村のためなら、命すらも使う。その覚悟と勇気がある。




 パトは勇気を振り絞り、強い口調で言い放つ。




「調査だ」




「調査?」




 骸骨は疑問符を浮かべる。




「最近この地域でモンスターが大量発生している。その原因を調べに来た」




 パトは骸骨を睨みつける。

 その眼差しに骸骨は一歩退く。




「まさか、俺がその犯人だと?」




「それ以外に誰がいる。モンスター!!」




 骸骨は何を言われているのかわからず、しどろもどろする。




「モンスター? 俺が? 何を言ってるんだ!?」




「モンスターだろ。自分の顔をよく見ろ。骸骨!!」




 骸骨の掴む力が弱くなり、パトは腕を払い除け、近くにあった壺を開ける。

 壺の中には水が一面に広がっており、光が反射して鏡のようになっている。




「ほら!!」




 パトは骸骨に壺を押しつけ、水面を見させる。




「…………」




 水面に浮かぶ、白骨の顔に骸骨の時間は止まる。




「ギャァァァァヤァァァッ!! 骸骨ゥゥ!! モンスターだ!! なんでこんなところにスケルトンが!!」




 骸骨は驚き、叫び回る。

 それを見たパトは思わず。




「それはお前だよ!!」




 骸骨の反応に同じような声量の大声を出して、パトはツッコんでしまう。




 「どうして俺がモンスターにぃ!?」




 自分の姿を見て困惑する骸骨。

 そんな骸骨の姿を見て、エリスが冷静に攻撃的な口調で言う。




「あなたがモンスター大量発生の原因ね。さぁ、何が目的か、洗いざらい話してもらおうじゃない」




 骸骨は混乱していて、そんな話が耳に入らない状態かのように思えたが、モンスター大量発生という単語を聞き、少し冷静さを取り戻したようだ。




「モンスター大量発生? なんのことだ?」




「惚けないでちょうだい。あなたが全ての元凶だって証拠は全て出揃っているのよ。この魔術師!!」






 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 ゴーレムと死闘の末、傷を負ったガーラは物陰に隠れ、ゴーレムから身を潜めていた。




「なんて強さだ。……あのゴーレムは……」




 ガーラは物陰で傷の手当てをしながら、危機感を感じる。




「ゴーレムでさえあの強さだ。あれを使役する術者はそれよりさらに上か……。俺じゃ厳しいか」




 弱音を吐くことの少ないガーラであるが、この時は珍しく弱音を吐いた。

 いや、それは正しくはない。最近弱音を吐かなくなったガーラが久しぶりに弱音を吐いた。




「しかし、あいつら……無事に援軍を呼んでくれたんだろうな。せめて俺と同等、それ以上の実力を持つ冒険者じゃないと、歯が立たないぞ」




 鎧も砕け、武器も失ったガーラにはゴーレムに対抗する手段はない。

 今はただ、リトライダーたちを信じて応援を待つしかない。




「…………本当にあいつら、大丈夫だろうか」





続く





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