第9話  【洞窟へ】



 エリスは完全に逃げ場を失った。




 ここまで期待され、頼まれると、断りづらい。

 だが、エリス。この程度では諦めない。




「私も手伝ってあげたいのは山々なんだけど、あれだけ大きな魔法を放った後だと、魔力が回復するまで数日掛かるのよ。だから、ギルドへ向かうのをお勧めするよ」




 そう言い、逃げようとするエリスをパトは横目で睨む。




 実際に大災害(デザストル・トネール)は超強力な上級魔法。通常はフラスコの中で実験などに使う程度の魔法だと聞く。

 広範囲攻撃感覚で使うのはエリスくらいだろう。




 しかし、あれほどの規模の魔法を使えば、魔力を使い果たし、目眩や眠気などに襲われても、おかしくない。だが、エリスはピンピンしている。つまり、エリスは魔力は全然有り余っているということだ。




「そ、そうか、それは残念だ……」




 リトライダー達は立ち上がると頭を下げ、荷物を持つ。




「どちらにせよ。迷ってる暇はない。急ぐぞ」




 リトライダーに連れられ、ダズとミエも一礼し、荷物を持って出て行こうとする。




 荷物を持ち、旅立とうとする三人をパトほ引き留めようとする。

 洞窟の魔力にゴーレム。彼らの居た洞窟には謎の部分が多い。それらはもしかしたら、モンスター大量発生と関係があるかもしれない。


 しかし、そんなことはできない。

 パトには彼らを助ける力がない。権利もない。彼らを見送ることしかできないのだ。




 その時、扉が開く。




「待ちたまえ!! 冒険者達!!」




 玄関から声が聞こえ、振り向くとそこにいたのはパトの父親である、ガオ・エイダーだった。




「父ちゃん!? 帰ってきてたの!?」




 パトは立ち上がり、ガオの側へと駆け寄る。




「ああ、さっきな!!」




 ガオがコートを脱ぐと、パトとはそれを受け取り、玄関先にあるコートを掛けに掛ける。

 パトは心配そうにガオを見る。




「村長会議は……」




 もしかしたら、ゴブリン襲撃の騒ぎを嗅ぎつけ、会議を中断して帰ってきたのかもしれない。

 しかし、それは違った。




「ああ、それなんだが……。モンスター大量発生の発生源を突き止めることができた」




 ガオの言葉にパト、そしてエリスも驚く。




「それは…………一体……」




「プティ洞窟だ」




 それを聞いた、冒険者達三人、そしてパトとエリスは顔を合わせる。




「それって、リトライダーさん達の言っていた……」




「ああ、そうだ」




 ガオの言葉を聞いたエリスは発生源を突き止めた方法を知りたそうに、顔を睨む。

 エリスですら、知ることのできなかったモンスター大量発生の情報。その情報源が気にようだ。




 ガオは腕を組む。




「俺も詳しくは分からん。だが、あいつらが言うんだ……。否定は出来ない」




「あいつらって……」




「シルバの姉、コノエ・マーキュリー。そして六英雄の一人、カレン・ミアだ」




「な、なんでそんな人達が……」




 パト達は驚く。




 六英雄、カレン・ミアとは、70年ほど昔、地上に大災害をもたらしたドラゴンを倒し、人類を救ったとされる大英雄。

 しかし、ドラゴンとの戦闘後、姿を消し、伝説のみが受け継がれてきた。




 そしてコノエ・マーキュリー。シルバ・マーキュリーの実の姉であり、国一番の科学文明(アルシミー)の研究家。

 だが、コノエはシルバと仲違いし、その後行方不明だった。




 そんな二人がなぜ、同時に現れ、モンスター大量発生を知っていたのか、教えてくれたのか。理由は分からない。

 だが、一つだけ言えることがある。その二人が言ったと言うことは、信憑性が高い。




「あいつらの目的がなんなのかは分からない。だが、俺としては発生源の可能性がある場所が分かった以上、その原因を突き止めたい。だから、ちょうど良い機会だ」




 ガオはパトを示す。




「パト、お前が行ってこい」




 ガオの言葉にパトは戸惑う。




「な、お、俺が!?」




「ああ、お前が村長になるための良い経験になる。人助けは俺たちの使命みたいなもんだ。モンスター大量発生とその冒険者達の件。二つとも片付けて来い!」








 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






「よし、それじゃあ、行ってくる」




 ガオに言われ、プティ洞窟に行くことになったパト達は洞窟に向かって進んでいた。




 三人の冒険者達に案内され、その後ろをパトとヤマブキ、エリスの三人が付いて行く。




 パトが洞窟に行くということになったら、エリスとヤマブキが付いてくると言ってきた。

 実際二人がいるのは心強いのだが、あまり無茶をして欲しくないのが本心である。とはいえ、パトだけでは自衛手段も頼りなく、天才魔法使いのエリスと、科学文明の武器を持つヤマブキがいた方が、モンスターに襲われたとしても問題はない気がする。




 エリスが魔力探知で警戒してくれているとはいえ、村の外に出る機会の少ないパトはマティルさんから預かった槍を大事に抱え、用心深く進んでいく。




 草原を超え、森を抜け、しばらく進むと何の変哲もない洞窟に辿り着いた。




「ここだ。ここがプティ洞窟だ」




 冒険者達は装備を整え、早速洞窟に入ろうと準備をする。

 しかし、




「待って」




 エリスが冒険者達を止める。

 そして真剣な眼差しで洞窟の奥を警戒する。




「何が来る」




 エリスの言葉でこの場にいた全員が、武器を取り警戒態勢を取るが、中からは何も訪れない。

 冒険者は首を傾げ、不思議そうに洞窟を覗くが、暗さもあり何も発見できなかったようだ。




「何が来るのかしら? エリスちゃん」




 ミエは杖を握りながら、エリスに尋ねる。エリスは無言のまま、返事をしない。




 一時の沈黙。

 この場でエリスしか分からない。何かが起きている。しかし、それが分からない以上、下手な行動も推測もできない。

 それでもこの場にいる誰もがエリスの言葉を、冗談などとは考えていなかった。この中で一番優秀な魔法使いは間違いなくエリスだ。魔力探知で探れる範囲もどこまでか想像もできない。

 だが、そんなエリスだから、そしてそんなエリスの言葉だからこそ、疑うことは死に直結すると思える。




 無言の時間に重い空気が漂う。鼓動が直に聞こえ、次の瞬間起こる出来事に恐怖を感じる。




「…………っ」




 パトが唾を飲んだ。その時、




「来る……ッ!! みんな避けて!!」




 エリスが叫ぶと同時に、地響きが洞窟の中から聞こえ、こちらに近づいてくる。




「なっ!!」




 エリスは周りを見渡すと、近くにあった草むらに飛び込む。

 パトも近くにいたヤマブキを引き連れ、急いで近くにあった草むらに飛び込む。




「…………おい!! お前らも早く!!」




 草むらに隠れたパトは冒険者達に叫ぶ。




「りょ、了解っす!!」




「ああ……」




「そうね……」




 冒険者達は急いでパト達の隠れる草むらに駆ける。

 リトライダー、ダズと草むらに入り、残るミエが間に合えば安心というところで、





「きゃっ!」



 焦ったミエが杖に足を引っかけ転んでしまう。

 ミエは地面にうつ伏せに倒れ込む。




「ミエ!!」




「ミエさん!!」




 リトライダーとダズがミエを助けに行こうとするが、エリスに止められる。




「もう来る!!」




 足音は入り口付近まで近づいてきていた。

 それはもう誰が聞いても明らかだ。




 現段階で飛び込んでもリスクが上がるだけ、それら彼らだって分かっている。

 しかし、それでも仲間を見捨てられないのが冒険者だ。




 リトライダーとダズはミエを助けに行こうと、飛び出そうとする。

 しかし、それよりも早く。




「パト!?」




 パトが草むらを飛び出していた。




 パトは倒れているミエを抱えると、洞窟から大量のゴブリン達が猛ダッシュで駆けてくる。

 パトはミエを抱え、間一髪のところで草むらへ飛び込む。

 もう少しでゴブリン達の下敷きになるところだった。




 パトは安心のあまり、力が抜けて尻をつく。




「あ、危なかった〜」




「それはこっちのセリフよ。何やってるのよ」




「そりゃー、危ないところだったから」




「それはそうだけど……。お人好しもいいけど、自分の心配もしなさいよね」




 エリスはパトの行動に叱咤する。

 リトライダーとダズはミエに抱きつき、「無事で良かった良かった」と泣きついている。

 ミエは苦笑しながら二人を宥めると、パトに感謝を伝える。




「ありがとう。助かったよ」




「ああ、無事で良かった」




「でもあんなこともう二度としないでよ。これでも私だって冒険者の端くれよ。村人に助けられたんじゃ、冒険者の恥よ」




 ゴブリン達は洞窟を出ると、森の奥へと走っていったため、もうその姿は見えない。

 ゴブリンの姿が見えなくなったのを確認し、パト達は草むらから出る。




「それじゃあ、先を急ぎましょう」




 パト達は洞窟に入って行く。




「光魔法(エクレレ)」




 ミエが光魔法で光源を作り、辺りを照らす。

 薄暗かった洞窟は、小さな光源に照らされ、彼らをより奥へと導く。




「そうね。確かにこの洞窟、異常ね」




 エリスは辺りを見渡すと一人でに納得する。

 パトは首を傾げ、眉をひそめる。




「どう言うことだ?」




「普通、魔素はある一定量が貯まると、突然変異を起こしてモンスター化するの。でも、これだけの魔素が漂っているのにモンスター化しない。いや、そうじゃない、特定のタイミングでモンスター化する。これは明らかに異常な事態よ」




 パトは息を呑む。




 確かにエリスの言っている通りだ。魔素がある程度あるなら、それはモンスター化しているはずだ。だが、そうはならず、あるタイミングで爆発するようにモンスター化している。

 異常だ。自然にはこうはならないだろう。人の手が加わらない限り……。




 パトは静かに心の奥に潜む、燃えるような怒りを抑え呟く。




「やはり魔術師なのか……」




「そう考えるのが妥当ね」




 さらに洞窟の奥へと進む。

 奥に進むにつれて、洞窟入り組み、分かれ道が増えて行く。

 最初は一度この洞窟に来たことのあるリトライダー達を頼ろうとしたパトだが、




「確か……ここは左だな」




「違うよ。この時は私がジャンケンで勝って、真ん中選んだでしょ」





「二人とも記憶力大丈夫っすか? この時は右っすよ」




「あぁ? ダズ!! 今なんてった?」




「そうよそうよ! リトライダーはともかく、私の記憶力は完璧よ!」




 こんな調子で分かれ道になるたびに喧嘩を始める。彼らに痺れを切らしたエリスは、魔素の流れを頼りに、彼らの言葉を無視して進んでいくことにする。




「…………下ね」




 パトは彼らよりはエリスの方が信用できるし、ヤマブキもエリスの選ぶ道に異論はないようだ。




 順調に深層に進み、太陽の光が少し恋しくなってきた頃。先行を歩いていたエリスが足を止める。




「また何か来る……」




 エリスの魔力感知に再びモンスターが引っかかったようだ。

 それにヤマブキも続ける。




「大量ノ生命反応ガ接近シテキマス」




 リトライダー達はうろたえる。




「な、またっすか!?」




 入り口出会ったゴブリンとは足音が違う。カサカサと這い回るような、小さな足音が無数に近づいて来る。




「先程ノモンスターヲ遥カニ超エル。接近反応デス」




 冷静な口調だが、ヤマブキもどこか焦っている風に感じる。




 無数の足音は洞窟を這い回り、羽を鳴らす。

 暗闇に同化した暗黒の身体は、紅瞳を強調し輝かせる。

 紅瞳は洞窟という夜空に浮かぶ、星々を思わせる。




「ま、まさか!! あのモンスターは!?」




 黒い胴体から生えた六つの細い足。どこかで見たことがあるような虫の体。

 ゴミだろうが、同胞だろうが食らう。その虫は多くの物から嫌われ、恐れられている。




「キャファールだぁ!!」




 それはゴキブリが巨大化したモンスターだった。





 続く

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