第8話 【洞窟】
パトはゴブリンに追われていた冒険者リトライダー、ダズ、ミエの三人から事情を聞いていた。
「それでその洞窟で何があったんですか?」
彼らの話ではあのゴブリンの群れが現れたのは、ある洞窟かららしい。
モンスター大量の何かヒントになるかもしれない洞窟。その洞窟で何があったのか。村の危険を減らす為にも話してもらいたい。
すると、リトライダーと名乗った金髪の男がゆっくりと口を開く。
「ああ、最初はなんの変哲のない洞窟だった。ガーラ師匠が何をそんなに焦っているのか。俺たちには全く理解できないほどに……」
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「この洞窟なんて名前なの?」
洞窟内は薄暗く、ミエの光魔法(エクレレ)をランプ代わりにして辺りを見渡す。
森が近いからか、洞窟の壁や天井には木の根が諸所で姿を見せている。
「プティ洞窟っすね」
「ふ〜ん」
ミエは自分で聞いておきながら、興味なさげに返事をする。ダズはそんな素っ気ない反応をされ、肩を落として軽く落ち込む。
洞窟に入ってからガーラの姿は見ていないが、近くにいると信じ切っている三人は安心してどんどん洞窟の奥へと進んでいく。
「また分かれ道か……どうする?」
しばらく進むと、洞窟に入ってから数回目の、分かれ道に遭遇した。
道は三本。右の道はさらに下へと続いているようだが風のような音が聞こえる。左の道は道幅が狭く人一人通るのがやっとの道だ。真ん中の道は木の根が道を塞いでいるが通れないことはなさそうだ。
「じゃあ、私は右ね」
「俺は左っす」
我先にミエとダズは自分の進みたい道を決めて、その道を指差す。
「あ……じゃあ、真ん中」
最後に残ったリトライダーは余り物の真ん中を選ぶ。
それぞれが道を選んだら、三人は顔を円陣を組むように集まる。
そして右拳をそれぞれ前に突き出すと、
「ジャンケン!! ポン!!」
三人は大声を上げ、ジャンケンをした。
ミエとダズは拳を握りしてグー、リトライダーは手を開いたパーである。
「俺の勝ちだ!! 真ん中だな」
リトライダーがドヤ顔でジャンケンに勝った手を上に掲げると、ミエが横目で睨む。
「納得いかないのよね」
「何が? 俺の勝ちは勝ちだろ?」
「今、後出ししたでしょ」
ジャンケンの勝敗に文句をつけてきた。
実際にリトライダーが拳を出すタイミングは一瞬遅れた。しかし、それは誤差の範囲。後出しをしようだなんて考えてもいない。
「そんなことするわけないだろ!! 証拠を見せろ! 証拠!!」
「そうね……証拠は私たちよ!! ダズ!!」
ミエはダズに相槌を求める。ダズは突然のミエの振りに驚き何も考えずに適当に「ああ」と頷いてしまう。
「という訳で、さぁ、右の道に行きよ!」
「お、おい!! そんなの証拠じゃ…………」
リトライダーは納得していないようだが、ミエは話を聞かず、右の道へと進んでいく。
こんな調子で洞窟の奥へと進むリトライダー達だが、しばらく進んだところで足を止める。
道の先が木材の壁で封鎖されている。木材は道を完全に塞いでおり、侵入を拒むようになっているが、古くからあるのか腐っており、所々穴も開いている。
「なんっすかね〜?」
「あれじゃない? この先にお宝でもあるんじゃないかしら?」
ミエは嬉しそうに穴の隙間から、奥を覗いてみる。しかし、明かりもない状態で洞窟の奥が見えるはずもなく、すぐに覗くのをやめる。
奥は見えなかったものの、奥にお宝があると勝手に解釈したミエは二人に先に進むことを提案する。
「ねぇ、この先に進んでみない?」
ミエはそう言いながら杖を木材の壁を叩いてみせる。
すると、杖は木材の壁に当たるやゴムに当たったように不思議な力に弾かれてしまう。
「なっ、何よ! 結界魔法!?」
ダズは不思議な力で跳ね返された杖を興味深そうに見つめる。
「結界魔法っすか? なんか、凄そうっすね」
「やっぱり、この奥にお宝があるってことじゃないかしら!!」
ミエは嬉しそうに、もう一度、壁に開いた穴を覗き込む。だが、やはり中は暗く何も見えなかったようだ。
「ねぇ、ダズ。この結界を壊してよ」
「え、これ壊せるんすか?」
「まぁ、だいぶ古いものっぽいし、ちょっと強い力をぶつければ壊れるはずよ」
「そうなんすか。でも、これあんまり壊さない方がいい気がするんすけど……」
「大丈夫よ!! それより何? お宝が欲しくないの?」
「それは欲しいっすけど」
「じゃあ、やりなさいよ」
ミエに言われダズは肩を狭くし、仕方がなさそうに右手に魔法陣で展開する。
数秒後、魔法計算を終えると、ダズの拳に身体強化の魔法が付与される。
「やるっすよ!!」
ダーズは強化された拳で、結界魔法ごと木材の壁を打ち壊す。
「うん、これで進めるようになったね。行くよ」
三人はなんの警戒もなく、ドンドン洞窟の奥へと進んで行く。
「ん、なんか、灯りが見えないか?」
しばらく進むと、道の先に光が見える。
「外かしら?」
ミエは光に興味を示す。
リトライダーは人差し指を舐め、濡れた指を立ててみる。
「風…………。外と繋がってるな」
リトライダー達が残念そうに戻ろうとすると、後ろから誰かがこちらに向かって行くのに気づく。
それは重たそうな鎧を着て、金属の擦れる音を鳴らし、全力で走ってくる。
「おい!! お前らこれ以上進むんじゃ無い!!」
それは赤い鎧を纏ったガーラ。
ガーラは強面の顔をさらに鬼のようにし、リトライダー達を睨んでいる。
「あれ? どうしたんすか? ガーラ師匠?」
「どうしたじゃない。ここはヤバいんだ。さっさと応援を呼んで…………」
ガーラは三人を連れ帰る為に追いかけてきた。
しかし、三人はガーラの忠告を理解できていなかった。
「なら、こっちが出口だな!! 風も感じるし!!」
「おい!! そっちは出口じゃない!!」
三人は光の見える方向へと足を進める。
そしてそこに広がっていたのは、天井に大きな穴の開いた空間。とてもじゃないが、外までは高すぎて登ることは出来そうにない。
外は森なのだろうか。外からはツタが垂れ、穴のそばには木の根っこのようなものが、所々から見られる。
「ねぇ、あれ見て!!」
天井に目を奪われていたリトライダーとダズであったが、ミエは一人空間の奥にいるある生き物に気を取られていた。
ミエに言われ、リトライダーとダズもそれに気づく。それは青いフードを被った人型の何か。壺を持ち、洞窟の奥へと進んで行く姿が見えた。
「なんだ? 今のは?」
リトライダー達はその姿に気を取られ、いつの間にか追いかけるように広場へ降りていた。
それは一瞬の出来事。
「危ねぇッ!!」
ガーラの叫びに頭上を見上げると、天井の光は闇に曇る。
リトライダー達は何が起こったのか理解できず、動くことができずにいると、頭上で硬い何かが衝突する。
それは爆発が起こったような強烈な音を鳴らす。
見上げると巨大な岩の塊をガーラがオノで弾いている。
「ガーラ師匠!?」
ガーラはオノで岩を弾くと地面に着地し、広場にある人型の巨大な銅像にオノを向ける。
「ガーラ師匠……何が……」
「ゴーレムだ」
ガーラの言葉に反応したかのように銅像は動き出すと立ち上がる。
「で、デケぇ」
その身長は約3メートル半。
肩から伸びた腕はダラリと伸ばしただけで、地面に付いている。
「…………」
ゴーレムは冒険者達を見下ろすと長い腕を高くさらに高く、上へと伸ばす。
「来るぞ!!」
ガーラが叫ぶと高く伸びたゴーレムの腕が振り下ろされる。
しかし、それは攻撃というよりも、ただ振り下ろしているだけに近い。
「《身体強化》!!」
ガーラは素早く魔法陣を展開し、魔法計算を行うと自身に身体強化の魔法を付与する。
そしてオノを振ってゴーレムの腕を弾き返す。
「お前ら、早く逃げろ!!」
「えっ!?」
リトライダー達は驚く。
「なんで!! ガーラ師匠なら、あんなゴーレム……」
「俺じゃ勝てない」
ガーラの予想外な言葉に、リトライダー達は大きく口を開く。
「な、何言ってるんですか!! ガーラ師匠!!」
「俺の《身体強化》込みのフルスイングで、ヒビすら入ってないんだ。いや、それ以上に…………」
ガーラのオノの刃にはヒビが入っている。
「ッチ、ディアモンクラブの殻を使った特注品だぞ。コイツはァ……」
ゴーレムは再び、腕を伸ばすと攻撃の体制になる。
「早く撤退しろ!! ここは俺が食い止める!! 急いで増援を呼んでこい!!」
ゴーレムの振り下ろされる腕をガーラは同じように弾き返す。
「でも、ガーラ師匠を置いてくなんて出来ないっすよ!!」
「そうよ!!」
三人は武器を手に取り、戦闘の構えを取る。
「俺たちも戦います。四人なら、なんとかなるはずです!!」
「おい!! バカなことをするんじゃ……」
ミエは魔法陣を展開すると、リトライダーとダズに《身体強化》の魔法を付与する。
そして二人は魔法の付与が終わると、ゴーレムに向かって無鉄砲に飛び出した。
ゴーレムはリトライダー達に気付くと、両手を横に広げて、体を回転させる。
「な、なんだ!!」
その巨体から繰り出される攻撃はまさに岩石の竜巻。
竜巻は周りの当たるもの全てを粉砕しながら、リトライダー達に近づく。
「そんな回転攻撃。簡単に避けられる!!」
移動速度はさほど速いわけではない。身体強化の付与されているリトライダー達は余裕とばかりに避けようとする。
だが、ゴーレムの攻撃はそんな単純なものではなかった。
リトライダー達がゴーレムの攻撃を避けようと跳躍するため、地面を蹴ろうとした。その時。
ゴーレムは突如、回転を止め、両腕を地面に叩きつける。
「なんっすか?」
「なんだ!?」
ゴーレムの一撃で地面が揺れる。それにより、リトライダー達は飛び上がることができず、その場で軽く尻をつく。
そして地面とゴーレムの腕が当たった衝撃で、砂埃が舞い上がり、一気に視界が悪くなる。
リトライダーとダズは何が起きたのか分からない。
何も見えない中、何かが風を切る音だけが聞こえる。その音は最初は近くにあったが、遠くへと行き、そして再び、こちらに向かってくる。
砂埃の中、突然体を吹き飛ばされる。
しかし、それは攻撃というよりも、たくましく、強く、そして優しい……。
「ガーラ師匠!!」
ガーラがリトライダーとダズに突き飛ばし、砂埃から押し出す。
「はっ!?」
そして次の瞬間、鎧の砕ける音と一緒に、ガーラの体が砂埃の中から吹き飛ばされる。
そしてガーラは壁に叩きつけられた。
「ガッバァ!」
ガーラは口から血を吐き、その場に蹲る。
「このやぁ……ろっ……。ハァ……ハァ…………鎧を……砕きやがった」
ガーラの鎧は粉々に砕け散り、まるで粘土であるかのように、ボロボロに剥がれていく。
「…………師匠」
ガーラはリトライダー達が無事なのを確認すると、オノを支えにしてふらつきながらも立ち上がろうとする。
「お前ら、…………俺の弟子になりたいんだよな」
ガーラはまともに立つこともできない。
それでも、リトライダー達に弱っているところは見せまいと、ゴーレムに向かってゆっくりと歩み寄る。
「なら、こいつは試験だ……。お前らは無事に帰還し、援軍を呼んでこい。それが出来たなら……」
ガーラは彼らの顔を振り返ることはせず、ゴーレムにオノを向ける。
「弟子にしてやるよ……」
その後、リトライダー達は素直にガーラの言うことを聞き、援軍を呼ぶ為に洞窟を引き返すことにした。
洞窟の出口に近づいてきたところで、ゴブリンの群れが現れ、どうにか洞窟を抜けたリトライダー達は現在に至る。
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話し終えたリトライダーは、その場に立ち上がる。
「だから、頼みたい!! ガーラ師匠を助けてくれ!!」
リトライダー達はすがる思いでパトに助けを求める。
話を聞いたエリスは呆れた表情でリトライダー達に答える。
「なら、ギルドに行って、冒険者組合に援軍を要請すればいいじゃない。こんな村なんかに頼むんじゃなく」
リトライダーは少し飛び上がり、理解する。
「あっ!! そう言われれば、そうだ!!」
その隣に座っていたダズとミエも今理解したようでぽんっと手を叩く。
「そうっすね。そういえば、そうっす」
「ま、まぁ、私は分かっていたけど……」
「何言ってるんすか? 声震えてるっすよ。ミエさん」
「はぁ、うるさいよ。デブ」
「ひどいっすわ〜」
パトとエリスは顔を合わせ、悠長に喧嘩を始める冒険者を呆れた様子で見守る。
言い合いをしているミエとダズを他所に、一人考え事をしていたリトライダーが立ち上がり、嬉々とした声を上げる。
「そうだな!! よし!! これからギルドに向かおう!! ガーラ師匠を助けるぞ!!」
リトライダーが右手を突き上げて、奮起に満ちた声を叫ぶ。
それを様子を見ていたミエとダズも立ち上がり、右手を突き上げる。
「うぉぉぉぉ!! やっすよ!!」
「私もやるよ!!」
やる気に満ちた三人の姿を見ていたパトは、申し訳なさそうにあることを告げる。
「それが……この村にはギルドがないんですよ」
それを聞いた三人の表情は一瞬曇ったが、すぐにリトライダーがならばとパトに聞く。
「なら近くにギルドのある、村か、街を教えてくれ!! 俺たちはすぐに師匠を!!」
リトライダーの提案にミエとダズも一瞬表情が晴れかけていたが、パトの言葉で全てが無に返された。
「この近くにはありません。一番近いのはルガル村にありますが……この村からルガル村まで、丸一日かかります」
その言葉に冒険者達は下を向く。
「そ、そんな……そんなに時間がかかったら、師匠は……」
しばらくの沈黙。
そして沈黙の間、リトライダーがあることに気づく。
「そういえば、さっきのゴブリンの群れを一掃したのは、そこのお嬢ちゃんなんだよな?」
エリスは嫌な予感がしたようで、目を逸らす。
面倒臭がりなエリスのことだ。こんなことには巻き込まれたくないのだろう。
しかし、もう遅かった。
「え!! あの強力な魔法を放ったのが、こんな可愛らしい女の子だったっすか」
「嘘でしょ!! 凄い!!」
エリスの体がゆっくりと三人から離れて行く。
「あそこまでの魔法が使えるのは、冒険者でもそうそういないよ。ギルドに助けを呼びに行くよりも、この子に手伝ってもらった方がいいんじゃないの!」
ミエの言葉により、完全にエリスの逃げ場がなくなった。
「そうだ!! そうだよな!!」
「お願い、エリスちゃん!! 私たちに手を貸して!!」
続く
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