第7話  【科学と魔法】





「な、本気で言ってるのか!?」




 村人達は驚き、聞き返す。

 しかし、パトは当然かのように返答する。




「はい、こうするのが最も最善の策です」




「なぜ、それが最善なのか、その理由を教えてくれ」




 村人達は動揺の動揺、それは無理はないだろう。

 殆どの村人がこの村で人生の大半を過ごし、この村から出て行った者たちに取っても、大切な故郷である。それはパトも例外ではない。

 だから、村を戦場にすることに対して反対する。

 もしも戦場になれば、村は壊れ、その形がなくなってしまう。




「壁外ではゴブリンに逃げ場が生まれます。少数でも逃げた村人達の方に向かわれれば、あちらの戦力では勝ち目はありません。それに村の中で戦えば、彼ら(冒険者)を救い、建物を利用して有利に立ち回る事もできます」




 村人達はパトの判断にざわめき始める。

 賛成する者、反対する者、どちらにも付くことが出来ず迷っている者。意見が割れ、それぞれが自分の意見を主張し、場が混乱する。




 パトはそれを静めるため、声を張ろうと一歩踏み出そうとする。

 しかし、それよりも先に一人の男が声を上げる。




「静かにしろ!! お前らの意見も分かる。だが、今は目の前の脅威をどう乗り越えるか。それを決める時だ。揉め合う時じゃない」




 マティルの言葉に、ざわついていた村人達は大人しくなり、意見の主張を止める。




「みんなも分かってるだろ! ガオやパトがこの村の為にどれだけ尽くしてくれているか。村を守るにはこれしかない。それぞれ思い入れもある。だが、思い出ならまた作れば良い!! パトを信じよう!!」




「……マティルさん」




 村人達は静かに頷き、作戦に賛同する。




 村には思い出や歴史が詰まっている。何年、何十年と積み上げてきた時間が、ここまで作り上げてきた。

 だが、全てを守ることはできない。守る為には何かを犠牲にしなければならない。

 分かってはいるが、辛いことだ。




 人が居れば意見をまとめるのは難しい。それにこんな話、誰の反対もなく進むのは普通ならば不可能だ。

 だが、意見は固まった。




 人によってはまだ迷っているかもしれない。反対の気持ちがまだ強い人がいるのかもしれない。

 でも、例えそうだとしても、彼らは信用する。村と村人達のために、全てを尽くす人達を知っているから。

 どんな結果になっても、彼らの決断なら後悔はしない。そう思えるから。




 パトは敬意を払う。それは誰に対してと決まったものではない。村人に、この村に、そしてこの暖かい村を作った歴代の村人と村長に対して。深い感謝と尊敬を込める。

 そしてその暖かい信頼に全力で期待に応えられるよう、全てを尽くすと誓う。




「では、エスは西門を、ルンバさんは北門を、ニントさんは東門を閉めてきてください」




 パトは村の中でも運動能力に優れた三人に、閉門の指示する。

 指示を聞いた三人は活気溢れる声で返事をすると、それぞれ門へと走っていく。




 三人が離れたところで、パトは次の指示を出す。




「他のみんなは村の中でマティルさんの指示に従って先頭の準備をしてください。その間に俺がゴブリンたちを誘導します」




 パトの指示を聞き、その場にいる人達は全員固まる。




 ゴブリンを誘導するということは囮になるということ。

 つまり、パトは自分から一番危険な役割をやろうとしているのだ。




 マティルはパトに駆け寄り、肩を掴む。




「パト、お前が囮役になる必要はない。それなら俺が!!」




「マティルさんには俺の出来ない、指揮能力と戦略を練る力があります。俺が指揮を取るより、マティルさんに任せる方が被害を最小限に抑えられるはずです」




「だとしても!!」




 マティルはパトを説得しようと試みるが、パトの目を見てそれは不可能だということに気付かされる。




 それは決意の目。学生時代にも何度か目にした、不敗の目。マティルはこの目をした者が負けるところを見たことがない。

 全てを尽くし、全力でやり遂げる。

 今の自分の出来る最善をやり通し、成功させる。




 パトには不安も恐怖もない。それには一点の曇りもない。




 マティルはパトの肩から手を離すと背を向ける。




「…………分かった。絶対に生きて来いよ!!」




「当然です。父ちゃんとの約束ですから」




 マティルはパトを残し、村人を引き連れる。




「よし、じゃあ、みんなついて来い」




 村人達はパトを心配しながらも、何も言わずにマティルに付いて行った。

 最初はみんな、パトを囮にすることに反対だった。しかし、それぞれマティルとは違うところから、パトの覚悟を理解した。

 呼吸、言動、経験、深く関わってきたからこそ、パトの気持ちが村人達に伝わった。




 全員が村の中へと入ったことを確認すると、パトは深く息を吸う。




 村を任せられる。

 それは次期村長を目指すパトにとって、将来の自信と未来への期待を感じることの出来る明るく有意義な時間だ。

 嬉しいことも、楽しいことも、大変なことも、全てを含めてこの経験が将来村長になる日に役立つと信じて、夢を持って過ごす。




 だが、それと同時に強い責任感も感じる。




 人の命や思い出がパトの行動に簡単に消えてしまうこともある。軽はずみな行動はできない。いつも体に重りをつけられている感覚に陥る。




 今回の作戦もそうだ。

 冒険者を助けたい。全員無事でいて欲しい。そんなパトの行動が村を戦場にした。

 息苦しく感じる。吸った空気が喉から肺まで届いていない。村を背負う責任。




 だが、負けるわけにはいかない。

 ガオとの約束がある。そして将来村長になるという夢がある。




 パトは吸った息をゆっくり吐き出す。




「全部守り抜いてみせる」




 パトは生まれ付き、魔力貯蔵量が少ない。その為、魔力が足りず殆どの魔法は使うことが出来ない。




 だから、努力してきた。




 日々村の為に、知恵を付けて、体を鍛えた。

 今のパトにはゴブリンから村を守る自信がある。




「ゴブリンは足の速いモンスターじゃない。ギリギリまで引き付けて、冒険者達から遠ざけ、村の中に誘導する」




 パトが走り出そうとした時。

 後ろからこちらに向かって足音が、近づいてくるのが聞こえる。




 気になり振り向くと、そこにいたのはすでに避難していると思っていたヤマブキであった。




「な、なんで……ヤマブキさん!?」




 ヤマブキはゆっくりとパトに近づいていく。




「なんで、残ってるんだ。ヤマブキさん。パキスと避難したはずじゃ……」




「ハイ。シカシ、避難ハ断リマシタ」




「なっ!? なぜ…………」




 ヤマブキはパトを通り越し、ゴブリンに向かい合う。




「私ニハアナタヲ守ル。使命ガアリマス」




「使命……俺も守るってやつか。俺なら大丈夫だ!! だから避難を……」




 パトはヤマブキを避難させようと右腕を掴むが、ヤマブキはそれを払い、そのままその腕を横に真っ直ぐ伸ばした。




「イイエ、ソレハ出来マセン。アナタ世界二必要ナ存在デス。必ズ守リマス」



 決して強く払われたり、強い口調で言われた訳ではない。しかし、ヤマブキのパトを守るという使命感の強さに圧倒され、パトはその場から動けなくなった。




 ヤマブキはパトを、その場に置き去りにし、ゴブリンの群れに向かって足を進め出す。




「パト、アナタノ作戦ノ成功確率ハ低クハアリマセン。シカシ、アナタヲ守ル確率ヲ上ゲルノナラバ」




「ヤマブキさん!! 何を!?」




 ヤマブキは右手を前に出す。




 その体制はベアウルフを粉々の肉片に変えた機関銃を放った姿勢。




「まさか……、や、やめろ!!」




「彼ラノ命ハ、アナタト比ベレバ、価値ハ無イ」




 ヤマブキの右手が音立てて変形し、機関銃へと形を変える。




「戦闘システムB0008。機関銃……」




 パトはヤマブキを止めるため、ヤマブキの背中に抱きつくようにタックルをし、押し倒そうとする。

 しかし、ヤマブキは微動だにせず、銃口をゴブリン達、そして冒険者に向ける。




「存在価値が無いなんてことはない。人は精一杯生きてるんだ。その命を簡単に奪って良いものじゃない」




 パトはヤマブキを止める方法はないか、必死に頭を回し考える。

 しかし、ヤマブキは気に留めず、機関銃を発射しようとする。




「…………発射」




 ヤマブキが攻撃を開始しようとした時、パトらヤマブキの言葉を思い出す。




 ── 彼ラノ命ハ、アナタト比ベレバ、存在価値ハ無イ──




 もしも、ヤマブキの目的が本当にパトを守ることならば、パトが射線上に飛び出せば、攻撃を中断するかもしれない。




 しかし、一瞬でも送れれば、昨日のベアウルフのように肉片になってしまう。

 人を簡単に殺そうとする人間だ。パトを守ると言っているが、信用できるとも限らない。




 だが、やるしかない。




 パトは勇気を振り絞り、ヤマブキの前に飛び出す。




 ヤマブキはパトが飛び出してきたことに気づき、瞬時に機関銃の発射を止める。




「…………パト、何ノツモリデスカ?」




 ヤマブキは銃口を下げず、そのままの質問する。




「ドイテクダサイ」




「退かない」




 パトはヤマブキを睨む。




「ナゼ、邪魔ヲスルノデスカ?」




「俺は彼らを知らない。だが、彼らを見捨てることは、俺を信じてくれた村の人達を裏切ることになる。そんなことはできない」




「理解デキマセン。アナタモ、村ノ方々モ、ナゼ自分カラ危険ナ道ヲ選ブノデスカ」




 なぜ、危険を犯すのか……。

 そんなの決まっている。




「後悔させない為だ!!」




 パトはヤマブキの腕にある銃口を両手で握り、押さえる。

 ヤマブキは振り払おうと振るが、ガッチリと掴んでパトは離さない。




「もしもここで彼らを見捨てれば絶対に後悔する。そんな事はしたくないし、させたくない。犠牲の上にある平穏なんて気持ちの良いものじゃない」




「…………」




 ヤマブキには納得出来ないようで、一歩も下がろうとしない。

 いや、パトはヤマブキに分かってもらおうとは思っていない。ただ、この件はパトが村人達と話し合い、そして考え合った結果、この作戦に至った。

 ここで諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら、ヤマブキは冒険者を見殺しにする。それはパトを信じた村人達を裏切る事になる。




 力尽くでもパトを引き剥がそうとするヤマブキにパトはしがみ付き、どうにか振り払われないように踏ん張る。




 そんな事をしているうちに、ゴブリン達は近づいてきている。

 ゴブリン達の接近が後ろを向けているパトからも分かる。荒い息を吐き、地面を勢いよく蹴り飛ばす。

 その荒々しい小鬼達の接近に、パトはこのままではマズいと焦り出す。




 そんな時、村門から一人の少女が顔を出し現れた。




「ねぇ、お茶まだ?」




「…………え」




 村から顔を出したのは、ヤマブキと同様に避難していると思っていたエリス。




「エリス!?」




「ん、ゴブリンの大群じゃない。そー、だから、騒がしかったのね」




 エリスはゴブリンの軍勢を見ても、全く焦る事なく一人で納得し、パト達のいる村の外へと歩いてくる。




「エリス、お前も早く逃げろ!!」




 パトはエリスを心配し逃げるように促すが、エリスはヤレヤレと気怠そうに答える。




「なんで私が逃げないといけないのよ。めんどくさい。あんなのさっさと倒しちゃえば、終わりじゃない」




 エリスはそう言うと、左手を上に伸ばす。

 すると、左手に魔法の杖が突如として現れ、エリスの手に収まる。




 魔法について疎いパトであるが、エリスがこれから何をしようとしているのか。なんとなく理解する事ができた。




「エリス!! あそこにはまだ人が!!」




「大丈夫よ。私を誰だと思ってるの?」




 エリスはその場で杖を前に倒し、冒険者達に向ける。




「まずは……《極守(パルフェ・ブウクリイェ)》」




 エリスは冒険者達に防御系魔法を付与する。

 走る冒険者達の体は蒼く光るが、彼らは必死で逃げているため、魔法が付与された事に気づいていないようだ。




「よ〜し、それじゃあ……」




 エリスが杖を掲げると、エリスの体から大量の魔力が漏れ出す。




 普通ならば、魔力は目に見えるものではない。しかし、エリスの膨大過ぎる魔力はそれすら可能にしてしまう。




 エリスならば、この漏れ出す魔力をコントロールすることも余裕だろう。しかし、エリスはめんどくさがり、余分な魔力を適当に放出させる。




 しかし、この漏れ出した魔力ですら、エリスの力の一部にも満たない。




 パトが空を見上げると、晴れていた空は、いつの間にか雲に覆われ、今にも破裂しそうな音を唸らせている。




「まさか……いや、エリスならやりかねない」




 魔法というものは本来、魔力を消費し、魔法計算を行った元で使えるものだ。

 しかし、エリスは今までの魔法計算を全て暗算で行なった。杖を転送させた転送魔法、冒険者達に付与した極守(パルフェ・ブウクリイェ)。どれもレベルの高い上級魔法である。

 そしてレベルの高い魔法になればなるほど、高度な魔法計算が必要とされる。




 どれだけの計算式を頭の中だけで計算しているのか。もうそれは誰にも想像できるものではない。




 エリスは杖を振り下ろす。




「大災害(デザストル・トネール)」




 村より巨大な雷が、一瞬のうちに何十本とゴブリン達に降り落ちる。

 雷の直撃したゴブリンは悲鳴を上げる暇もなく、黒こげになり消滅していく。




 数秒のうちに全てのゴブリンは全滅した。ゴブリンを討伐したエリスは適当に杖を振り、上空に作り上げた雲を払う。




「はぁ〜、終わった終わった」




 ゴブリン大群のいた場所は、クレーターが出来上がり、全てが灰になっている。

 あれだけの雷を落としながら、村や周りの森には被害は出ていない。なの雷一つ一つをコントロールし、他への被害を減らしていたのだ。




 エリスの力を知っているパトであるが、その威力と精密さは想像を大幅に上回っており、驚き声すら出す事ができない。




 騒ぎを嗅ぎつけたマティルや他の村人達が駆け寄るとあたり一面に広がる灰に言葉を失う。




「こ、これは………」




「これはエリスちゃんが…………やったのか」




「さすがはエリス!! 村一番の天才だ!!」




「ああ、俺たちの誇りだ!!」




 エリスは村人達が到着する前に、杖を隠して自身の仕業ではないように見せようとした。

 しかし、この状況を作り出せるのは、この場にいる中で一人しかいない。




 エリスは村人達の声にすぐには反応せず、一呼吸の間を置き振り返る。




 パトは、その間の感じから、振り向くのがめんどくさかったんだろうな〜と理解したが何も言わずそのままにして置く。




 その後、冒険者達は村人達の手により、灰の山から救出された。





続く

 

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