第3話  【日向ぼっこソムリエ】




「………………ぅ、うぅ、寒っ」




 冷え切った体を震わせて、パトは目を開ける。




「寝ちゃったのか……」




 一人残されたリビング。

 窓の外から差し込む朝日を見つめ、パトは“昨日の出来事“を思い返す。






 ──昨日は“夢“のような一日だった──






 “科学文明“の“アンドロイド“。『ヤマブキ』に出会い、命を救われた。




 その後、村に戻り、村人全員の前で“ヤマブキ“を紹介し、村に住むことを伝えると、村人は心良くヤマブキを受け入れてくれた。

 簡単に承諾してくれるとは思ってなかった。しかし、村人たちはヤマブキを“信じる“、パトを“支える“と言った。






 ──村のみんなには、感謝しないとな──






 パトは今まで以上に、この村にふさわしい“村長“になろうと、“決意“を強める。




 そして昨日は、ヤマブキに搭載された“科学文明“の装備について聞くあまり、“村長日誌“を書くことを忘れていたことを思い出す。

 “忘れられない出来事“だらけだが、だからこそ、忘れないように早めに書き留めておきたい。




 パトは“村長日誌“の置いてある、自身の部屋の扉を開けようと、ドアノブに手をかける。




「ん、………ああ、そうだ」




 手をかけたところで、“ヤマブキ“に部屋を自由に使って良いと、に伝え、貸したことを思い出す。




「昨日は、俺が質問責めして、遅くまで起きてもらっちゃったからな……。起こさないようにしないと」




 ゆっくりと扉を開け、中に足を入れる。




「…………失礼しま〜す」




 しかし、部屋には科学文明(アルシミー)に関する“本“や“資料“が無造作に置かれているだけで、“誰もいない“。




「あれ? どこかに出かけてるのかな?」






 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 サージュ村には最も日当たりの良い、最高の日当たりスポットが存在する。

 そこは村を一望でき、気持ちの良い風を浴びる事ができる、芝生のベッドがある。




 村にある丘の上、東側の斜面。

 今日もそこに、井戸水で顔を洗い、小さな“お弁当箱“を持った一人の男が軽快に向かっていた。




「うぅ〜ん、今日も絶好の日向ぼっこ日和のようだなァッ! ん、あれは?」




 その男は、日向で気持ち良さそうに座る、二人の少女の姿を目にする。




「うぅぅ〜ンッ! そこにいるのはァ! ヤァァァマブキ君に、リィィィーラちゃんではないかァ!」




 男はヤマブキとリーラの前に立つと、両手を広げ、風の流れに身を任せるように体を回転させる。




「うぅぅ〜ンッ! 私よりも先に、このサイコォォな! 日当たりスポットに行くとはァ! もしや、君たちも、日向ぼっこソムリエなのではァ!」




 男は体全身で踊り、日向ぼっこ仲間を見つけた喜びを、伝えようとするが……。




 ヤマブキは無反応。リーラは不満そうな顔をして、男を睨み付ける。

 男はその鋭い目線に気づき、踊りを止めて、リーラに手を伸ばし、その視線について問う。




「うぅぅ〜ンッ! どうしたのかァ! りィィィ〜ラちゃん」




「……えっと、その、ヤナックさんで日陰になって、しまって…………」




 ヤナックの影が日を遮り、リーラの日向ぼっこの邪魔をしていた。

 ヤナックはそれに気づくと、一歩下がり、頭を下げる。




「あァ! ああ、すまなァ〜い。私としたことが、影を作ってしまってたようだ。本当に、申し訳ない」




 二人に日が当たるように移動する。そしてお弁当箱を開き、中に入っているサンドイッチを二人に差し出す。




「良かったァァァらァ! お一つどゥォォォォォうぞ!」




 リーラはサンドイッチを差し出され、戸惑う。




「え、……良いん、ですか?」




「ああァ! お浴びと言ってはなんだが、自称サンドイッチソムリエである僕の作ったサンドイィィィッチだ、味は保証するよ」




「……ありがとう、ございます」




 リーラはサンドイッチを二つ取り、一つをヤマブキに渡す。




「はい、……ヤマブキさんも、どうぞ」




「アリガトウゴザイマス」




 リーラはヤマブキが、サンドイッチを食べる始めるのを確認してから、小さな口を開き、一口食べてみる。




 中に入っているのは、シンプルにハムと卵なのだが、何か隠し味が入っているのだろうか、スパイスが効いている。

 口は止まらず、気がつけば、小さく形を変え、サンドイッチはいつの間にかなくなっていた。




「美味しい……」




 リーラの言葉に、ヤナックは誇らしげに胸を張る。




「だろ。何せ、このサンドイッチソムリエの僕が作ったァァんだからね。ヤァァマブキ君はどうかな?」




 リーラよりも先に食べ終えていたヤマブキにヤナックは聞く。リーラもヤマブキの感想が気になり、ヤマブキの方を向くが、ヤマブキは何もなかったかのように立ち上がると、丘の下へと歩き出す。




「どこォォに、行くのかい?」




「パトガ起キタヨウナノデ、私ハソロソロ戻リマス」




 二人を背にヤマブキはパトの居る、村長の家へと向かう。

 ヤマブキの後ろ姿に、リーラは立ち上がり、大きく手を振る。




「また一緒に、日向ぼっこしよう」




 活発な方ではないリーラであるが、この時は珍しくヤマブキに聞こえるように大声を出して、自身の気持ちを“伝える“。




 その声は村全体に響き渡りそうな大きな声であったが、ヤマブキは何も答えず、一度も振り返る事もなく、その場から姿を消した。




「それェェにしても、リィィィーラちゃんが、ここまで外から来た人と仲良くなるのォォはァ! 初めて見たなァ! 何かあったのかい?」




 ヤナックはそう言い、リーラに尋ねる。

 リーラは小さな頃のトラウマがあり、外から来る人間を極度に避けてきた。

 しかし、ヤマブキには心を開けているように見えた。




「……分かりません。でも、ヤマブキさんからは、パトさんに似たものを感じて……」




「パト君と…………」




 ヤナックは親指で顎を擦り、少し考えて続ける。




「正直、僕も同じことを感じィィたよ。ヤァァマブキ君からは、パァァァト君に近い何かを感じィィィる。だからなのかな? 昔から知っていたかのよォォに、彼女に違和感を感じないのォォは……」






 ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎ ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎






 “村長日誌“を書き終えたパトは、部屋の掃除を始めた。とは言っても、毎日欠かさず掃除はしている。

 その為、目立った汚れがあるわけではない。だが、お客さんが来ている以上、どんな些細な汚れでも見落とすわけにはいかない。




 雑巾を片手に、窓の淵や、棚の裏、部屋の隅々まで磨いていく。

 掃除を終え、そろそろ外にいるであろう“ヤマブキ“を探しに行こうと、道具の片付けをしていると、玄関から扉を開ける音が聞こえる。

 パトは部屋から顔を覗かせ、玄関を見る。




「あ、ヤマブキさん!!」




 パトは手に持っていた雑巾とバケツを棚の上に片付け、ヤマブキの元へと駆け寄る。




「すみません。昨日は遅くまで起こしてしまって、それに部屋も汚いままでしたし…………。今、掃除が終わって、ご飯の準備を始めるところなので、適当に休んでてください」




「ハイ……」




 リビングにあるテーブルの椅子を引き、ヤマブキを座らせる。

 パトは朝食の準備を始めるために、井戸から持ってきた水で手を濯ぐ。




「あ、もし良かったらですが、朝ごはんを食べ終わったら、村を案内しますよ。昨日は俺がヤマブキさんに色々聞きましたし、今日は俺が村について教えます」




 パトは“村“のことなら、誰よりも分かっているつもりだ。現役の村長であるガオにも負ける気はしない。

 だからこそ、この村の“良さ“を知っている。そして“外“からやって来た人達に伝えたい。パトの自慢の出来る“家族(村)“を……。




「デハ、オ願イシマス」




 手を洗い終わったパトは、壁にかけてあるエプロンを身につけ、




「任せてください!!」




 パトは嬉しそうに、返事をする。




「まぁ、その前に朝ごはん……。少し待っててください。すぐ出来ますから」




 パトはキッチンに立ち、朝食の準備を始め、フライパンと卵を手に取る。




「ヤマブキさんは何か、食べたい物とかありますか?」




 パトが聞くと、ヤマブキは少し考える。




「……アリマセン」




「そうか、じゃあ、有り合わせですが、適当に作ります」




 パトは棚の上から、手のひらサイズの四角い石を取ると、石をテーブルの淵に叩き、刺激を与えてから、暖炉の下にある薪の中に投げ込む。投げ込まれた石からは火花が散り、火が起こる。




 小さな火であるが、徐々にその炎は強くなり、その上にフライパンを置き、調理を開始する。

 キッチンの端に置かれた木箱から卵を取ると、額に卵をぶつけて、フライパンの中に黄身を落とし、作り始める。




「さぁ、次は……」




 パトが次の品に取り掛かろうとした時、玄関の扉がリズム良く叩かれる。




「あらあら、パトくーん!! いるかしら〜?」




 村人が訪ねてきたようだ。口調から急ぎではなさそうだ。

 パトはフライパンをそのままにし、玄関へと向かう。




「はい!!」




 扉を開けると、緑の天然パーマが特徴的な、ぽっちゃり体型のおばさんと、その後ろにもう一人誰かがいる。

 しかし、その誰かはおばさんの影に隠れてしまい、うまく見えない。




「アマルさん、おはようございます」




「あらあら、おはようね〜、パト君」




 村一番の噂好き、アマル・ルリィ。パトの隣の家に住む奥さんだ。




「どうしたんですか?」




「いやね〜、それがね〜、さっき“懐かしいお客さん“が来たのよ〜」




 アマルは嬉しそうに、右手で何もない空中を、連続で叩き続ける。




「それでね〜、あなたの家に寄りたいけど、久しぶりで忘れちゃったって言うから、連れてきてあげたのよ〜」




 パトは誰だろうと思い、首を横に伸ばし、覗いてみる。




 アマルの後ろに居たのは、紫色のマントにとんがり帽子を被った、“魔法使いの少女“。




「久しぶりね。パト」




 少女はパトに向かって、“爽やかな笑顔“を見せる。




「エリス!?」




続く

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