第2話  【村への滞在を許可します】




「…………システム異常ナシ、メモリー破損ナシ、起動オブジェクト正常、コレヨリ通常運転デ“再起動“ヲ開始シマス」




 少女の目が開き、“紅い瞳“がパトの姿を映し出す。




「“保護対象“『パト・エイダー』ヲ確認。コレヨリ“平和プロジェクト“ヲ開始シマス」




 少女はその場で立ち上がる。

 少女とパトの鼻が擦れ合い、二人は“目“を合わせる。




「君は……一体…………なんで、俺の名前を……?」




 一度も見たことのない少女。しかし、少女はパトの“名前“を確かに言った。

 そしてパトはその“疑問“と同時に、その少女の“瞳“に吸い込まれるような“不思議“な感覚を覚えた。




「私ノ名前ハ『ヤマブキ』。“カナル様“の命二ヨリ、パト、アナタヲ“主人“トシ、“守リ“マス」




「俺を“主人“として、“守る“……?」




「ハイ、イツデモ、アナタ(パト)ヲ“保護“デキルヨウニ、アナタノ家ヘノ、“居住“ヲ希望シマス」




「な、な、なぁ!?」




 パトは驚きながら、三歩下がる。




「何を言ってるんだ!! 君は!!」




「何カ、問題デモアリマスカ?」




「問題ありありだ!! なんで、見ず知らずの人間を、家に泊めないといけないんだ!!」




 ヤマブキは“表情“を一つも変えないまま、首を傾げる。




「駄目デスカ」




「駄目というか、……そうだなぁ〜、困っているなら力を貸してあげたいが、まだ素性の分からない君を、“村長代理“である俺としては、簡単に“村“に入れることはできない…………」




 パトは焦りながらも、冷静に村長代理としてヤマブキを“警戒“する。しかし、ヤマブキに“敵意“を向けるわけにはいかない。

 “敵意“を向ければ、向こうからも“敵意“を向けられるかもしれない。警戒し過ぎれば、向こうからも強い“警戒心“を持たれるかもしれない。




 出来る限り穏便にことを進め、相手について知る必要がある。パトはまずヤマブキについて“情報“を得ようとする。




「ヤマブキさんは、どこから来たん、ですか?」




 素朴な質問。だが、それがとても重要である。この質問への回答次第で、パトはヤマブキに対する行動を変えなければならない。




 だが、パトのヤマブキが答えようと口を開くと同時に、後ろにいたライトが大きな声で叫んだ。




「パト君や!! “モンスター“じゃ!!」




「なっ!? 本当ですか!? ライトさん!!」




 パトは即座に槍を拾い、構える。




「ど、どこですか!!」




「その娘の後ろの、草むらの奥じゃ!!」




 パトはヤマブキの後ろへ移動し、ヤマブキを守ろうと立ち塞がる。




「ガルルルゥゥ!!」




 低い唸り声と共に、草が揺れ、“影“が蠢く。




「…………そこか」




 パトは“影“に槍を向ける。




「グルルゥゥ、ガゥウ!」




 草むらから“白い獣“が、牙を剥き出しにしてパトの首元に飛び込んでくる。

 パトは槍を横に持つと、槍を獣に噛ませて攻撃を防ぐ。押し倒されそうになりながらも、何とか耐えて獣を振り払う。




「はぁ、はぁ、……ハ!?」




 獣を振り払うと同時に、パトとヤマブキを囲み、四方の草むらも揺れ出す。




「な、まさか……」




「パト君や!! 一匹じゃない、五匹じゃ」




 ライトの言う通り、草むらから残り四匹のベアウルフが姿を見せる。




「…………これは……」




 【ベアウルフ】。

 “狼“と“熊“の『魔素』を核にし、“モンスター“と化した魔素の『集合体』。群れを成し、陣形を組みながら人間や動物を襲う。

 しかし、“ベアウルフ“は狼や熊の多く生息している、大陸の北東にある“エルノム山“に多く発生する。サージュ村の周囲で発生するのは極めて珍しい。




「…………これも、“モンスターの大量発生“と関係があるのか……」




 五匹のベアウルフは、二人にゆっくりと迫ってくる。完全に囲まれた状態で、二人が“無事“に逃げるのは難しい。




 ガオに村を任されたパトは命に変えても、村と村人を“守る“と決めていた。パトはライト、ヤマブキを“守る“ため、“決死の決断“をする。




「……一度しか言いません。聞いてください。ヤマブキさん」




 パトは槍を強く握りしめる。




「俺が道を作って、時間を稼ぎます。その間にライトさんと一緒に“逃げて“ください」




 ベアウルフたちがゆっくりと、二人との距離を詰めてくる。

 パトは一匹のベアウルフに狙いを定めて、槍を投げる!!




「グゥワァ!」




 しかし、槍は簡単に避けられ、ベアウルフたちは“一斉“に襲いかかって来る。

 パトは“槍を避けたベアウルフ“に駆け寄り、飛びかかって口を塞ぐ。




「逃げて!! ヤマブキさん!!」




 パトは一匹のベアウルフの動きを止め、ヤマブキを逃がそうとする。




「早く!!」




 しかし、ヤマブキはその場から“一歩も動かない“。




「ヤマブキさん!?」




「防衛システム起動。コレヨリ“殲滅“ヲ開始シマス」




 ヤマブキの胸元にある“宝石“が蒼く光、身体の中で何かが動き、回転しセットされる。

 そしてヤマブキの背中が扉の様に開き、そこから円柱状の何かが姿を覗かせる。




「戦闘システムR0005。追尾型拡散ミサイル発射」




 爆発音と共に、円柱状の何かが火花を散らし、ヤマブキの背中から外へと放たれる。

 それは空中で半円を描きながら、四匹のベアウルフ達に降り注ぐ。




「こ、これは!? ……まさか!? 《ミサイル》かぁ!?」




 ベアウルフ達は避けようと、草むらに飛び込むが、“ミサイル“は軌道を変え、ベアウルフを追跡し、“確実“に一匹一匹仕留めていく。




 五秒も経たず、四匹のベアウルフは駆除され、残りはパトの押さえるベアウルフのみ。




「す、凄い……」




 パトが“ヤマブキ“、そして“ミサイル“に見惚れていると、ヤマブキは背中の扉を閉じ、パトの方へ右手を伸ばす。




「ん?」




「戦闘システムB0006。機関銃発射準備」




「…………」




 ヤマブキの腕が音を立てながら、変形し、穴の開いた鉄の塊になる。

 パトは嫌な予感がして、ベアウルフから手を離し、草むらに飛び込んで姿勢を低くする。




「……発射」




 光を放ち、連続で発せられる爆音。ヤマブキの腕から飛ばされた小さな鉄の弾は、ベアウルフを無残な肉の塊へと変えていく。




 やがて、光と爆音は止み、ヤマブキの腕から現れた鉄の塊は体の中へと戻っていく。




「敵対反応消失。防衛システムヲ終了シマス」




 パトとライトが腰を抜かし、動けずにいると、村の入り口の方から誰かが走って来る。




「おーい!! パト!! ライトさん!! 大丈夫か!? 今、凄い音が聞こえたが!!」




 医者を呼びに行ったエス。そしてサージュ村の女医ザミーネ。その娘のリーラだ。

 三人は完全に討伐されたベアウルフの姿を見て驚く。




「こ、これは……ベアウルフ!? 襲われたのか!?」




「ああ、でも、ヤマブキさんが助けてくれた」




 パトはその場に座りながら、エスの質問に答える。




 まだ心の底では“動揺“しているが、村人たちに“不安“を与えないように、“冷静さ“を失うわけにはいかない。




 三人は同時にヤマブキを見る。

 ヤマブキも三人の視線に気づき、三人に顔を向けるが、表情は全く変わらない。




 ザミーネは右目を掛かった前髪を耳に掛け、ヤマブキに近づく。

 リーラはその母親の後ろで隠れながらヤマブキを見つめる。




 ヤマブキの目の前に着くと、長身であるザミーネは膝を曲げて、目線を合わせる。




「ありがとね。えーっと、名前は……」




「『ヤマブキ』デス」




「ヤマブキちゃん。パト君とライトさんを守ってくれたのね。感謝するわ」




 ザミーネは本当にヤマブキがベアウルフを倒したか半信半疑のようだ。

 しかし、状況やこの場にいる人間を見て、ヤマブキ以外にベアウルフを退治できる者はいないと判断した。




 そしてそれが善であれ悪であれ、同じく村に住む者を救ってくれたことに感謝をしている。




 しかし、ザミーネの言葉にヤマブキは反応することはない。

 その場にまさに石の銅像であるかのように、“無表情“で立ち尽くす。




「…………あ、………」




 母親の後ろに隠れながら、リーラは顔を覗かせ、ヤマブキの顔を凝視する。




 ヤマブキもリーラの視線に気づき、体を動かさず、顔を下に向ける。




 リーラは小さな声で、顔を赤くし、恥ずかしがりながらも、ヤマブキに質問する。




「…………その、……ヤマブキさん…………は、“冒険者“なんです?」




 しかし、ヤマブキは“否定“する。




「イイエ、私ハ、“平和プロジェクト“用アンドロイド『三号』デス」




 その回答はこの“世界“では聴き慣れない言葉。この場にいるほとんどの人物は理解することはできなかった。ある一人の人物を除いて。




 アンドロイドと聞き、パトは驚き立ち上がる。




「まさか、ヤマブキさん……君は、“科学文明“から生まれたのか……」




 ヤマブキは否定をしなければ、肯定もしない。




「もし、そうであるなら、お願いがある」




 パトはヤマブキに近づき、頭を下げる。




「俺にその“技術“を見せてくれ!! 俺は科学文明(アルシミー)が一体どんな“技術“と“力“を持っていたのか……それが“知りたい“んだ。頼む!!」




 パトがさらに深く頭を下げる。




 今までずっと、“科学文明(アルシミー)“を調べてきた。だが、この機会を逃せば、もう二度とヤマブキ(科学文明と繋がりがある人物)のような人に出会えないだろう。




 本来なら、家にヤマブキが住む事も許してしまいたい気持ちのパトであるが、それは村長代理として許されない。






 ──それでも──






 その時、ライトがパトの肩を叩く。




「それなら、これはどうじゃ? 理由は分からんが、ヤマブキ君はパト君の近くで暮らす必要があるんじゃろ。じゃったら、そうすればええ。パト君もヤマブキ君について知りたいなら丁度ええじゃろ」




「それは……」




 パトは迷う。まだヤマブキについて何も分かっていない。盗賊のスパイだったりしたら、村を危険な目に合わせることになる。




 しかし、この機会を逃せば、もう二度と……。それに、この人(ヤマブキ)は……




「パト君や…………君はヤマブキ君をどう思うんじゃ?」




 頭の中では“信用“できていない。正直なところ、パトはヤマブキに危険な目に遭わされた。

 少し遅れていれば、ベアウルフと同じ運命を辿っていただろう。




 だが、そんな事も気にならないほど、パトの“心“には残ったものがある。




 それは二人が初めて“目“を合わせた時。






 ──瞳の中に、“鎖に繋がれた少女“の姿を見た──






 パトの“心(たましい)“は、その少女に引き寄せられる。……元のところに帰るような。不思議な感覚を覚えた。




 それは自分の“器“。自分と言う物を入れる専用の“器“。“この世に一つしかない“はずの、自分の“器“が二つ存在し、“波長“している。




 遠くであり、近くである。

 左右反転した物ではなく、“完全“に一致した。

 “別“の物……。






 ──ヤマブキさんは危険ではない。いや、危険とか、そう言う問題じゃない。“ヤマブキ“さんは“俺“、俺自身──






「…………でも」




 それでも、パトはヤマブキを村に入れるわけにはいかない。




 ガオとの“約束“がある。

 一人の意見や考えで、村を危険に晒すわけにはいかない。

 それが“村長代理“である者の定め。




「良いんじゃよ。パト君や、やりたいようにやれば。いつも、君や、君のお父さんの頑張りは知っておる。わしらのやりたい事をいつも手伝ってくれたじゃろ。今回はわしらがパト君を支える番じゃ」




 ライトはそう言い、みんなに相槌を求める。

 それに反応して、エスが答える。




「まぁ、俺は構わない。村長たちの頑張りは知ってるし……」




 続いて、ザミーネとリーラが答える。




「ええ、ライトさんの言う通り。いつも頑張ってるんだから、たまには私たちが支えるわ。他の村人たちも同じ意見だろうし」




「……はい。私も…………パトさんは、いつも頑張ってますし……。それにこの人、……悪い人じゃなさそう」




 ライトは次に、ヤマブキの方を向いて言う。




「お主も、この村でみんなと一緒に暮らす。それに異論はないじゃろ」




「ハイ。問題アリマセン」




「そう言う事じゃ、パト君や。後は君の意見に任せるぞ」






 ──俺の、意見──






「…………ヤマブキさん……」






 ──みんな──






「君の村の滞在を許可します」






 ──ありがとう──






続く

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