第31話 終幕
宝石を盗み出した二日後、島津が部屋にやって来た。島津の顔は冴えなかった。
「菊野が面会に来ております。何でも、残り二つの宝石の件だそうです」
島津の顔から、これはあまりいい話ではないな、と予感した。
だが、王冠の宝石の話なら、避けて通るわけにはいかない。
「会いましょう。座敷に上げてください」
菊野と面会する。
ハルトの横にはオウラが控える。菊野の後ろには島津が座った。
菊野は頭を下げていたので声を懸ける。
「顔を上げてください。菊野さん。それで、私が捜している宝石をお持ちだとか。いくらでお売りしたいのですか?」
菊野は冷たい顔で告げる。
「今日は持参して来ておりません。また、売る気もありません」
面倒事の予感がした。
「でしたら、なぜ、当屋敷に来たのです? 宝石がないのでしたら用はないはず」
「ハルト殿に決闘を申し込みに来ました」
殺したいのなら、暗殺でも何でもすればいいのに、義理堅い人だな。もっとも、殺せるとは思えないけどね。
恨みなら、あちこちで買っている。だが、決闘を挑まれた状況は初めてだった。
菊野が相手なら、負ける気はしない。戦ってもいい。だが、島津の娘であれば、躊躇いもあった。
「決闘とは穏やかではありません。理由を聞かせてくれませんか?」
「決闘には私たちは宝石を二個、賭けます」
なるほど、そういう話か。菊野たちも王冠を欲しくなったわけか。金で満足しておけばいいものを。
力なき者が欲を掻くと死ぬのが、今の世の中だ。
「なるほど。それで、こちらには。王冠一個と宝石十を賭けろと提案するのですか? でも、それは少々、虫が良すぎる」
決闘をしても負ける気はしない。でも、明らかに損な取引はしたくないのが、心情だ。
菊野はハルトを見据えて打ち明けた。
「私の主、アーサー・ギブソンは世を照らす者。王冠の呪いを解くのを妨害する者です」
島津が鯉口を切ろうとした。ハルトはそっと首を横に振る。
菊野は敵だ。だが、ここで、斬られると宝石の手懸かりが途切れる。決闘で手に入るのなら、決闘したほうが楽でいい。
菊野は沈んだ顔で言葉を続ける。
「ですが、迷宮都市ごと多くの住民が魔界に落ちた事態により、状況が変わりました。王冠の呪いを解かねば、皆が魔界で暮らさねばならない」
何だ? 世を照らす者にしては理解があるな。
だが、腑に落ちない話でもある。なら、なおさらハルトに売りつけたほうが良い。
「そこまでわかっているなら、僕に宝石を渡しなさい。僕が王冠の呪いを解きましょう」
菊野は悲し気な顔で尋ねる。
「呪いを解いた後の王冠をくださる、と」
僕のいなくなった後の話だから、どうでもいい。でも、敵だった世を照らす者にやるのは、あまりしたくない。
それに、たった宝石二個で王冠と交換は
「いいえ。全能なる王冠は大勢いの人が欲しがっています。なので、呪いを解いた後は、奪い合いです。欲しければ、菊野さんも参加したらいい。千万石以上の所領が手に入りますよ」
「人は年に二石もあれば充分です。私は皆が地上に戻れれば、それでいい」
何だ欲のない人だな。島津の娘さんだから、欲のないところは父親似か。
「では、アーサーが王冠を欲しがっているのですか?」
菊野は暗い顔で打ち明けた。
「主は王冠を手にしたら、王冠の力を使います。もう、呪いが解けないように、人の手の届かないところに封印するつもりです」
王冠の力で王冠を隠すか。上手く行けば、呪いの効果と重なって、誰も手にできない場所に行くな。だが、街の人間も、ケルス聖王国の光の者も助からない。
「市井の人が犠牲になっても、ですか?」
菊野は悔しそうに語る。
「主は、光で目が潰れてしまった。もう、何も見えていない」
段々と話が見えてきた。菊野は使命を妄信するアーサーに愛想を尽かしている。
「つまり、賭けに乗ってアーサーを討ってほしい。そのうえで、街を救ってほしいと頼むのですね」
「悪い夢を見ているのなら、目も醒めましょう。ですが、光によって目を潰され、周りが見えなくなったのなら、救いがありません」
アーサーの野望は挫かなければならない。だが、街の人がどうのとか、菊野がどうのとかは、割りかし、どうでもいい話だな。
とはいっても、菊野は島津の娘である。島津には世話になっている。あまり冷たくもできない。
「島津。お前の意見を聞きたい。この賭けを受けるべきだと思いますか?」
島津は渋面で答える。
「畏れながら、そのような賭けは受けるべきではないと思います。
アーサーがどれほどの腕前かは知らない。だが、島津一人で充分だと思った。
不安なら島津に霜村を付けてやれば、万が一にも討ち漏らす心配はない。でも、それでは菊野を裏切る。
島津はよく働いてくれたなからなあ。島津には感謝している。また、本当かどうか知らないが、全能なる王冠も欲しいとは思っていない。島津の働きに対する報酬が刀一振りでは、割りに合わない。
「島津よ。ならば菊野の父として尋ねたい。父としては、菊野の願いを叶えてやりたいですか?」
島津は難しい顔して考え込む。
「どうした? 遠慮せず申せ?」
「父らしい振る舞いは何一つしてきませんでした。ここで娘が頼むのなら、聞いてやりたいところです」
島津の親心はわからない。だが、叶えてやりたいと申告するなら、僕にも考えがある。
「わかった。ベルコニアをここに呼べ」
オウラが答える。
「少々お待ちを」
ベルコニアが来たので命じる。
「以前に預けた天地神命があったな、天地神命を出してください」
「いいぜ、ハルトの旦那。ちゃんと取ってある」
ベルコニアが金庫を呼び出す。
金庫の中から天地神命を出したので、菊野の前に置く。
「抜いて見てください。きっと気に入ると思いますよ」
菊野は天地神明を抜いて驚く。
「良い刀です。これをどうしろと?」
ハルトは素っ気なく言った。
「上げますよ。もし、僕が決闘に負けたら天地神明でアーサーを斬りなさい。貴女が自分の手で王冠の呪いを解くのです」
菊野はハルトの言葉に、大いに驚いた。
「私に、主を斬れと命じるのですか」
「事態がここに至っては、力なき理想は無力。故に力を授けましょう。菊野さんは自分の信じる道を行ったらいい」
本心から出た言葉だった。
菊野に力を与え、全能なる王冠の争奪戦に参戦を許す。島津に与えられる権利を娘に渡した。
刀を見ながら、菊野が滅多に見せない怖い顔をする。
何だ? 主を斬る決断に躊躇があるのか? だが、いいや。僕はやるだけの努力をした。
ハルトは菊野に軽い調子で伝える。
「決闘の日時、場所については後で島津を通じて知らせます。今日はお帰りください」
「わかりました、知らせを待ちます」
島津が菊野を送って行き、会談は終わった。
自室に戻ると島津がやって来た。島津は改まった態度で申し出る。
「この度は、娘に過分な計らいをしていただき、感謝のしようがありません」
「別に、下心がないわけでありませんよ。結局のところ僕は呪いが解ければ、それでいいんです。あまり気分がよくないですが、僕以外が呪いを解いてもいいんです」
本音だった。決闘とは表現している。だが、賭けている物が呪われた王冠である。
アーサーがどんな手を使ってくるかも、わかりはしない。予想しなかった方法で、呪われた王冠を奪われる場合が、あるかもしれない。
想定外の事態を刀の一振りで防止できれば、安い物だ。
「某の娘は保険のようなものですか?」
「気を悪くされましたか」
島津は温かい表情で頭を下げた。
「いいえ、評価していただき、感謝しております」
二日間が経過する。ケルス聖王国の攻撃は激しく、第三城壁が陥落した。
戦場は第二防壁を挟んでの戦いになっていた。
ケルス聖王国のやつら、水がなくて焦っているな。窮鼠、猫を噛む、か。
早く宝石を手に入れねばと思っていると、島津とオウラがやって来た。
「決闘は明朝十時に当屋敷で行います。決闘は一対一です。向こうの見届け人は菊野を含む五人です」
随分と少ないな。もっと何十人と連れてきて、最後は乱戦になると思った。
これは、どこかに兵を潜ませてくるな。それで負けたら、合図をもって分捕りに来る気だ。
オウラが澄ました顔で質問する。
「一つ、質問です。決闘でハルト様が負けた場合は、どうしますか?」
ハルトは呪われた力を六個も所有している。なので負けはないと思った。されど、戦いであり、相手は聖なる力を所有している。万一の敗北も考えられた。
「この一戦は負けられない戦いだ。僕が負けたら、幹部全員で攻め掛かれ。向こうとて、負けて素直に宝石を渡してくれるとは限らない、総力を挙げて懸かってくると心得よ」
オウラが当然の事態として聞いてくる。
「承知しました。では、ハルト様が勝った場合はどうします?」
「転移門を屋敷の地下に開き、ダンジョン最下層と繋げろ。混沌王とコリーンを連れて、始まりの樹の前に行く」
オウラが少し意外に思ったのか、確認してくる。
「コリーンには最期を見せる約束ですが、混沌王はなぜ連れて行くのですか?」
「念のためだ。この体で呪いが解けなかった場合。ミルドラダス王の首と胴体を繋げて復活した状態で、呪いを解く」
「わかりました。では、そのような手筈で決闘を行います」
明朝、十時。屋敷の庭で決闘が行われた。ハルト側は幹部六人を含む二百人が見守る。
ハルトのもう一つの体も、廊下側に隠すように潜ませておく。
敵が二百人もいるのに、アーサーたちは六人で堂々と現れた。
アーサーは白く光る甲冑で全身を固めていた。背中に赤いマントがなびいていた。腰には立派な剣を
対するハルトは、黒いローブを着て、腰から一振りの剣を佩いただけの軽装だった。
ハルトは名乗りを上げた。
「千年財団総帥のハルト・クロウだ。アーサー・ギブソンだな。決着を付けよう」
敵の認識と名乗りを上げた効果で、呪う力が二段階、強くなった。三段階目に呪いの力が上がらなかったので、アーサー・ギブソンは本名ではない。
なるほど、名前を隠して対策をしていたか。甲冑のヘルムも特別製と見た。呪いの視線を弾くな。相打ち作戦は使えないか。
開始線にハルトとアーサーが移動する。ハルトは太陽を背にしていた。
互いの距離は八m。
島津が真剣な顔で声を上げる
「これより決闘を始める。始め」
アーサーが先に動いた。剣を抜き、光を反射させてハルトの目に浴びせる。
ハルトが怯んだ一瞬に、一気に距離を詰める。ハルトは体を影に変えて、アーサーの影にジャンプして背後を取る。
呪われた力を込めた手刀で、背後から首筋を突いた。ハルトの手刀は、アーサーの鎧の継ぎ目を貫通する。アーサーの首筋が切れた。
アーサーの鎧は思ったより柔らかかった。
攻撃は浅く、絶命には至らなかった。だが、攻撃が成功したので、呪われた力を一段階強化する行為に成功した。
アーサーは距離を取って治癒呪文を唱える。
ハルトはゆっくりとアーサーの血を舐める。呪いの力がさらに一段階、強化された。
アーサーが斬り込んでくる。斬撃は鋭く速い。
ハルトは思考の加速化で見切る。体の前面に影を張り付ける。影を棘状にして一気に伸ばした。
何本ものハルトの影がアーサーの鎧を貫通した。致命傷を与えたはず。でも、アーサーは死ななかった。
アーサーが、なにごとか呟く。アーサーとハルトを捉えた光の柱が立った。アーサーの自爆攻撃だった。
強烈な衝撃が、ハルトを下から上に突き上げる。だが、ハルトは耐え切った。
取得してきた力の差だった。ハルトは呪われた力を六つ取得している。
対してアーサーは、二つしか聖なる力を取得していない。力の差は大きかった。
光の柱が消えた時に、アーサーの体はなかった。ただ、中が空洞の鎧だけがあった。
世を照らす者に踊らされたアーサー、哀れだな。
ハルトの目の前に、黄色と水色の宝石が浮かぶ。
島津が宝石を回収しようとする。アーサー陣営から鞭が伸びてきて宝石を掴んだ。
アーサー陣営の四人が武器を抜く。宝石を鞭で回収した盗賊は菊野に背後から斬られた。
菊野の離反に、アーサー陣営に隙が生まれた。島津と霜村は隙を見逃さなかった。
島津と霜村が飛び出し、菊野以外を殺害した。
菊野は宝石を拾い上げて島津に渡す。島津は険しい顔で宝石を受け取った。
もう一つの体を動かし、島津から宝石を受け取る。
すーっとした感覚がして、体に力が入り込む。
「オウラよ、力の回収は終わった。すぐに、転移門を開け」
屋敷の地下に幹部六人と混沌王とコリーンで移動する。
オウラが転移門を開いていると、女忍者が駆け込んでくる。
「棟梁。世を照らす者に扇動された者が迫っています。敵の数は千名」
世を照らす者め、やはり勢力を隠していたか。
男の忍者も駆け込むんでくる。
「棟梁、第二城壁を破られました。市中にケルス聖王国が入ってきます」
こっちも、危険水域に入ったか。まずいな、間に合うかな。
ベルコニアが顔を歪めて意見する。
「こいつはまずいぜ、ハルトの旦那」
霜村が険しい顔で忍者二人に指示する。
「この門を死守せよ。我らの悲願はもうすぐだ」
転移門が開いたので中に入る。
ダンジョン最下層には通路を埋め尽くすアンデッドが待っていた。
霜村が毒づく。
「何だ、この数は? 軍隊並みの規模だ」
「よくおいでくださいました、ハルト様」
何もない空間から、赤い鎧を着たキャメロンが現れる。
ハルトは心底、腹が立った。
「キャメロン、最後の最後で、僕の邪魔をするか」
「いいえ、逆です。ミルドラダス王が消える前に、最後は臣下らしく振る舞おうと、馳せ参じました。ここは私が守りますゆえ、どうぞ呪いを解いてきてください」
キャメロンは金色の鍵を渡してきた。
「ミルドラダス王の首を手に入れるための鍵です」
「鍵を僕にくれる、だと」
アンデッドが整列して、人が一人だけ通れる分の道を空ける。
オウラが戸惑って尋ねる。
「どうしますか、ハルト様?」
通路を半ばまで進んだところで襲われる不安はあった。
とはいっても、キャメロンの部隊と戦っている時間はない。
ベルコニアが急かす。
「おい、早く決めろよ。時間がないぞ」
背後からは千名の敵と軍隊が迫っている。
「行こう。もう、あまり時間がない」
キャメロンを信用したくはない。だが、悲願達成のためにキャメロンを信用した。
アンデッドが犇めく通路を抜ける。
封印の前に来る。シャーロッテとオウラが封印を解除する。
下り坂を進み、始まりの樹の前に行く。
やっと、ここまで来られた。僕の悲願まで、あと一歩だ。
ハルトともう一人のハルトで両手を掲げる。
呪われた王冠の片割れを、それぞれ出現させた。王冠を合体させて一つにする。
ハルトともう一人のハルトは手を繋ぎ、一つとなる。
呪われた王冠を被った。声も高らかに宣言する。
「全能なる王冠よ。王冠に懸けられた呪いを解け」
王冠の呪いを解くには、王冠の力を使うしかなかった。
ばちん、と音がして、王冠が二つに割れた。ハルトも二人に戻った。
ベルが慌てる。
「どういうこと? 呪いが解けない」
「慌てるな。まだ手はある」
シャーロッテが緊迫した顔で尋ねる。
「ミルドラダス王の体を使うのですね」
ハルトは始まりの樹の前にある石の寝台と、横にある宝箱の前に行く。
キャメロンから貰った金色の鍵で、宝箱を開く。
中にはミルドラダス王の首が入っていた。
「混沌王。いや、エドワードよ、体を返してもらうぞ」
混沌王は観念した顔で承諾した。
「わかりました、父上。王国の行く末を見られないのは残念ですが、体をお返ししましょう」
「島津よ。混沌王の首を刎ねるのだ」
「御意」
混沌王が座り、首を差し出す。島津は闘神無双を抜くと混沌王の首を刎ねた。
ハルトは、混沌王の体とミルドラダス王の首を、石の寝台の上に乗せる。
「オウラ、シャーロッテ。今こそ、ミルドラダス王を蘇生させよ」
オウラとシャーロッテがミルドラダス王の遺体の前で蘇生魔法を唱える。
ハルトの魂がミルドラダス王の中に引き込まれた。
ハルトはミルドラダス王として復活した。
「僕は永遠と繁栄を求めた。結果、全能なる王冠は呪われ、呪われた王冠となった。だが、今、全てが終わる」
ハルトは地面に転がる王冠を拾い上げる。王冠は一つとなり、淡い輝きを放った。
ハルトは王冠を被る。
「全能なる王冠の復活の時だ。さあ、全能なる王冠よ。我が望みを叶えよ。王冠に掛かっている呪いを解け」
眩い光のあと、闇があった。ハルトは、眠りにも似た心地よい感覚を覚えた。
運命神の恨みがましい声が聞こえる。
「本当に王冠の呪いを解いてしまったね。これで、死は永遠の真実となるよ」
「生き返るのは苦痛ですよ。死は、こんなにも優しいのなら、これでいい。喜びも、悲しみも、怒りも、楽しみも、苦しみも、ない。死よ、世界に満ちよ」
ハルトの意識は消え、最後にはただ無が残った。
ハルトの人生が幸せだったのかはわからない。だが、ハルトは全力で生き、望み、最期に消えた。たとえ、世界にハルトが必要とされなくても、ハルトには悔いはなかった。
【了】
呪われた王冠の物語 金暮 銀 @Gin_Kanekure
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