第30話 悪魔との取引
空から月と星が消えた。異常は起きている。
されど、夜の闇に閉ざされた街では、何が起きているか詳細は一切わからない。
ベルが魔法の灯りを点す。
「ハルト様、こう暗くては無暗に動くのは危険です。一度、屋敷に戻りましょう」
「そうだな。屋敷が無事か気になる」
屋敷は無事だった。島津が出迎えてくれた。
「地震の被害はどうです?」
島津は不思議そうな顔をする。
「揺れはありましたが、ごく小さなものがしばらく続いただけでした」
「空から星が消えた。迷宮都市に異変が起きています。注意してください」
「心得ました」
自室に行くが、倒れた物などはなかった。
空の変化だけならいい。だが、星が消えるなんて、尋常じゃないからな。
一時間ほどすると、オウラがベルコニアを伴ってやってきた。
オウラは真剣な顔で伝える。
「詳しい状況は朝にならないとわかりません。ですが、ベルコニアより報告があります」
ベルコニアは明るい顔でうきうきと話した。
「ハルトの旦那。こいつは悪魔的には面白い事態になったぜ。迷宮都市が魔界に転移したぞ」
迷宮都市は大きな都市である。迷宮都市が魔界に移動するなんて普通は起きない。
ハルトはベルコニアの言葉をにわかに信じられなかった。
「魔界に都市が転移するなんてあり得るのか?」
「普通はあり得ない。だが、全能なる王冠を呪われた状態で使ったんだろう? だったら、起こり得るぜ。呪われた王冠でも魔界に都市を転移させるくらいできる」
恐れていた副作用が出た。地上から迷宮都市がなくなれば、ケルス聖王国も撤退するしかない。だが、現状は望んだ結末ではない。
「元に戻す手段はないのか?」
早く元に戻さなければ街が死ぬ。街の機能が停止すれば、王冠の呪いを解くのが難しくなる。幸いダンジョンは一緒に転移してきた。だが、街がおかしくなれば捜索は難航する。
ベルコニアはしれっとした顔で教える。
「あるぜ、呪われた王冠を全能なる王冠に戻すんだ。そんで、願いを唱えればいい」
全能なる王冠にできないから困っていた。それなのに、現状で全能なる王冠が要るとなれば、八方塞がりだ。
「まずいな。まだ王冠にはまだ三つの宝石が足りない。全能なる王冠の復活はいつになるか、わからないぞ」
ベルコニアはいとも簡単に言ってのけた。
「宝石の行方ならわかっているさ。俺だって千年財団に身を置く身だ」
ハルトは怒った。
「なぜ、わかっていて黙っていた。呪いを解いてから使っていれば、こんな面倒な事態にはならなかった」
ベルコニアは微笑み宥める。
「それは、俺にも事情ってもんがある。俺は人間の喜悲劇を見なきゃならない」
ベルコニアにはベルコニアの事情がある。人間の悲劇を見たい――を理解したうえで、仲間に入れた。であるなら、ベルコニアをあまり批難できない。
「そうだったな。宝石の在り処を隠していた罪は不問にする。だから、残りの宝石がどこにあるか、教えろ。今、すぐにだ」
「まず、一つはケルス聖王国の陣中の中だ。おっと、心配するな。ケルス聖王国軍も魔界に飛ばされた。だから、回収は可能だ」
ケルス聖王国とて魔界に飛ばされるとは思っていない。混乱に乗じて陣中に忍び込めば宝石の回収は可能に思えた。問題は残り二つ。
「残り二つは、どこにある? 手に入れられる場所にあるのだろうな?」
「そう慌てなさるな、残り二個は冒険者が持っている。宝石を持つ冒険者は迷宮都市にいて、一緒に飛ばされてきた。だから、こっちも入手可能だ」
ベルコニアは残された宝石の情報を、かなりの精度で持っていた。
魔界に閉じ込められて王冠の呪いが解けなくなる心配はなくなった。
だが、もたもたしていると、宝石の行方がわからなくなる。
「王冠の呪いを解くのは可能だな。とすると、あとは時間との戦いか。オウラ、水や食料の備蓄はどれくらいある?」
オウラが澄ました顔で申告する。
「食料はまだ五か月分ありますが、井戸が涸れました。水は四日分くらいでしょうか」
水涸れがまずいな。おそらく、市中の水も使えなくなっている。
ダンジョンの水が使えるかもしれない。
でも、街中がパニックになれば、宝石が人から人へ移動するかもしれない。
「水が問題か。ダンジョンまで行って汲むとなると大変だ。街も混乱するだろう」
ベルコニアが笑って教えてくれた。
「水や食料の心配はしなくていいぜ。混沌王国には水や食料を悪魔の王様が補給してくれる」
悪魔の王様はキャメロンとぐるではないかと、疑いたくなる
「親切心からではないだろう。悪魔の王様も全能なる王冠が欲しいのか?」
悪魔の王様が全能なる王冠を欲しがっているなら問題いない。だが、呪いを解かせたくないなら、大いに困る。
ベルコニアがこにこして語る。
「悪魔の王様は全能なる王冠を
嘘には思えなかった。
「水や食料の供給は観戦料ってわけか」
ベルコニアが当然のように語る。
「悪魔はタダ見をしない。だが、光の者は嫌いだから、ケルス聖王国に補給はしない」
オウラが澄ました顔で見解を述べる。
「水がないとなれば、光の者は明日から、城壁攻めに必死になるでしょう。これは壮絶な戦が予見されますな」
ベルコニアは非常に愉快そうだった。
「だろう、楽しそうだろう。なんたってケルス聖王国は失敗すれば死だからな」
朝になる。魔界にも太陽があった、理屈はわからない。
太陽が出ると、朝でも気温が三十℃ほどまで上がった。
ハルトたちがいる場所は魔界でも湿気がない場所だった。
三十℃でもそれほど不快ではない。
屋敷の庭に出ていると、辺りが騒がしくなった。
空を見上げれば、万の悪魔が荷物を背負ってやって来た。
悪魔たちの一団は、散らばって街に降り立っていく。
ハルトの屋敷にも身長三mの屈強な悪魔が、樽を担いでやって来た。
ベルコニアが愛想よく悪魔を迎えて、金を払う。
金を受け取ると、悪魔は荷物を下ろして帰って行った。
「金は払うんだな」
ベルコニアは機嫌もよく教えてくれた。
「運んできた奴には手間賃を渡さないとな。だが、渡すのは物でもいい。街の人間も支払いには困らないはずさ」
悪魔は二時間たらずで街から消えた。
昼前には霜村がオウラとやって来て、渋い顔で語る。
「街は不安になりすぎて、逆に静かになった。本当は騒ぎ出したいが、騒いだ奴から死んで行くとでも思っている。みな、恐怖を押し殺して静かだ。城も表向きは平静だ」
オウラが知的な顔で推論を述べる。
「悪魔が混沌王国にのみ補給する話は、城に伝わっていたようですな」
城の人間には闇の者もいる。悪魔とどこかで繋がっていたのだろう。
「何か大きな陰謀の片棒を担がされた気がする。ケルス聖王国はどうだ?」
霜村が厳しい顔で告げる。
「こっちも今は静かだが、直に
「戦はどうなる?」
オウラが知的な顔で予測を語る。
「ケルス聖王国が猛攻に出るでしょう。ケルス聖王国は、水を奪わねば死ぬのですから」
「ならば、ケルス聖王国の連中が焦っている間に、奴らから王冠の宝石を盗み出そう」
霜村が真剣な顔で問う。
「ベルコニアから聞いたぜ。宝石については不確定情報だが心当たりがある。司令官のクリストフのテントにある。どうやって、盗み出す?」
「僕が霜村を取り込んで影となり、移動します。霜村が宝石を盗んだところで、僕が敵陣で暴れ出すから。霜村は宝石を持ち帰ってください」
霜村は慎重だった。
「ハルトの旦那が宝石を持ち帰っちゃ、駄目か?」
僕の心配をしてくれる心情は嬉しい。だが、仕事には適性がある。
「影になれるこの体は便利だ。だが、聖なる力を持った宝石が受け入れられない。僕の影には宝石が入れない」
「わかった。なら、陽が沈んだらさっそく動こう」
霜村の決断は早かった。
昼に三十五℃近く上がった気温だった。
だが、陽が沈むと途端に冷える。気温は十℃を下回った。
夜はやはり星も月も出ないので、真っ暗だった。
霜村を影に取り込む。ハルトは城壁に張り付くようにして、するすると上がった。
城壁に上がると一面の闇が見えた。ただ、城から三㎞向こうには多くの灯りが見えた。
陣中の魔法の灯や焚き火がよく見えた。これなら目的を誤る失態もないだろう。
影になり壁を伝わり、ゆっくりと下に降りる。
霜村はそこで一度、影から出てケルス聖王国軍の兵士の格好をする。
「よし、準備OKだ。司令官のテントへは俺が誘導する」
霜村はハルトの影に再び入った。
闇の中を黒い影になって移動する。霜村の指示に従い目的地を目指す。
立派なテントが見えた。テントは直径十mほどだった。テントの周囲を一周する。
テントを囲むように十六人の見張りがいた。
影になっているハルトは、テントの裏からこっそりテント内に侵入した。
テント内に寝台があり、一人の男が寝ていた。
霜村が顔を確認して頷く。司令官のクリストフだと思った。
テント内にはテーブルがあり、弱い明かりを放つランプが置いてあった。
テント内は薄明るかった。
灯りがあるのは幸運だな。暗いと、いくら霜村でも作業に支障が出る。
寝台の隣に宝箱があった。霜村がハルトの影から抜け出る。
霜村はたっぷり三分を掛けて、宝箱の罠を外す。
クリストフは苦しそうな顔で寝ている。深く眠っていないようで嫌だった。
鍵を開けると、霜村はゆっくりと宝石を取り出した。宝箱に蓋をして鍵を掛ける。
よし、ここまでは成功だ。あとは、逃げるだけだ。
霜村が寝台の下に隠れた。ハルトはテントの外に出る。
ハルトはテントの周りにある篝火に影を伸ばして攻撃する。
魔法の灯りを点す球体も攻撃した。
ハルトはクリストフのいるテントの周りの灯りだけを狙って攻撃していった。
クリストフのテントの周りが暗くなっていく。兵士が異変に気が付く。
危険を知らせる笛が鳴らされる。暗い場所に兵士が集まってくる。
「敵襲、敵襲、司令官を護れー」
霜村の声が響く。
ケルス聖王国軍の動きが慌ただしくなった。
混乱は充分と思ったので、影から影へとジャンプして陣地を後にした。
屋敷に帰ると、霜村がまだ戻って来ていなかった。
いつ戻って来てもいいように、もう一つの体を起こしておく。
ハルトから遅れること二時間で霜村が戻ってきた。
「ハルトの旦那、やったぜ。宝石を盗んできた」
もう一つの体で黄緑色の宝石を霜村から受け取る。
すーっとする感覚がして、体内の聖なる力が強くなったと感じた。
「よし、あと、二個だ。早急に宝石を所持する冒険者を探さないとな」
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