第29話 キャメロンの願い

 攻城戦が開始される。

 街中を軍の荷馬車が行き交い、人々が不安な顔で屋内に隠れる。


 ハルトたちは死体の始末をしながら過ごす。

 ハルトは屋敷の縁側から、始末される死体を眺めていた。


 沈んだ顔のベルが寄って来た。ベルが話し懸けてくる。

「攻城戦が始まりましたね。攻城戦はしばらくないと思いましたのに」


「しかたないよ。敵が二つに割れて、仲間割れを始めたんだ。ケルス聖王国にしたら、今が攻め時さ。ケルス聖王国にしたって、馬鹿ではない」


 ベルが不安な顔で口にする

「城壁がつといいんですが」


 当然の心配だった。第三城壁が破られるのなら、まだいい。だが、第二城壁の中には、ダンジョンの入口と街がある。


「そう簡単には落ちないだろう」

 希望的観測な現実だとは理解している。


 だが、ここは謀反家臣団にがんばってもらうしかない。

 他人に任せてって展開はどうも好きじゃない。


 夜に来客があった。キャメロンだった。

 ハルトは座敷でキャメロンと会う。


 ないとは思うが、キャメロンは危険人物なので暗殺を警戒した。

 面会の場にオウラと霜村を同席させた。


 キャメロンはすこぶる機嫌がよかった。

「こんばんは、ハルト様。いい夜ですね」


 ハルトは警戒しつつも、気になる話題を尋ねる。

「いいかどうかわかりません。防衛は大丈夫なんでしょうね?」


 キャメロンの顔が幾分か曇る。


「正直に申し上げて、危険ですわ。昨日の内に、忠臣派の主流の三人は倒しました。ですが、日和見を決めている家臣もおります。ケルス聖王国と通じる貴族もいます」


 何だ? 足元はかなり悪いぞ。混沌王、もっとしっかりしてくれよ。

 ハルトの口から嫌味の一つも出る。


「がたがたですね。混沌王国」


 キャメロンが真剣な顔で意見する。

「そうです。混沌王国は今、権力の交代をして新しい風を入れないと、駄目になります」


 キャメロンが国民の生活を考えると思えない。国の未来だって怪しい。


 新しい王様は必要かもしれない。だが、賢王まで必要とはしていない。きっと、適当に凡庸な王が良いと思っているかもしれない。


「政権交代まで城はありますかね」


 正直な感想だった。

 キャメロンが弱った顔でお願いした。


「そこで、お願いです。呪われた王冠の力を使い、ケルス聖王国の軍を退けてください」


 キャメロンの態度は全くもって信用できない。そこに持ってきて、全くやりたくない願いをキャメロンは、してきた。


「無茶だ。二つに割れた王冠は手に入ります。ですが、宝石が全て揃っていない。呪われていて、なおかつ、不完全な状態の王冠では、何が起きるかわかりませんよ」


 危険以外の何ものでもない解決策だった。


 馬鹿げている。不完全な王冠を頼るなんて。良くて何も起きない。悪くすれば王冠の力で街が滅ぶぞ。


 キャメロンはなおも食い下がる。


「ですが、このままでは三日以内に、一番外側の第三城壁が破られます。すると、第二城壁を挟んでの場所が戦場になります」


 第二城壁近辺での戦争は、避けてもらいたかった。


「ダンジョンの入口が危なくなるのか。ダンジョンの入口をケルス聖王国に占拠されると、面倒だな」


 第二城壁はハルトの計画の生命線でもあった。

 キャメロンはここぞとばかりに不安を煽りに来た。


「そうです。第二城壁まで落ちれば、街中に光の者が入ってくる。そうなれば、ハルト様とて困るでしょう」


 やりたくはない。だが、やるしかないのか。他に手はないのだろうか。


「呪われた王冠の力を使い、ケルス聖王国を退ける。謀反を起こした家臣たちの総意ですか?」


 キャメロンが瞳を潤ませて頼む。非常に嘘臭かった。

「そうです。これは、国を救うための戦いです」


 国なんか、どうでもいいくせに。


 けれども、混沌王の軍は半分ほど壊れかけているからな。放っておいて、ケルス聖王国の一人勝ちも困る。


「呪われた王冠の使用は、いつ実行すればいいのですか?」


「今夜にでもお願いします。でなければ、誰かが内側から城壁の扉を開ける可能性があります」


 あ、こいつ、僕が願いを聞かないと第三城壁の城門を開ける気だな。やり方が汚いな。でも、そこまでして、なぜ呪われた王冠を使わせたいんだ?


 参謀役のオウラに意見を尋ねる。

「随分と急ですね。オウラの意見はどうです?」


 オウラは思案しながら語る。


「難しいところですな。本来なら完成しない王冠を使うなど、めたいところ。でも、ここで街にケルス聖王国の人間が街に入れば、光の者が力を増します。さすれば、王冠を奪われる未来は必定」


 オウラでも迷うか。こういう時って、追い詰められて起死回生を狙うと、より困難な事態に直面するからな。いやあ、でも、ケルス聖王国も野放しにできないし。


 ハルトが迷っていると、キャメロンが悲し気な顔で頼む。

「お願いします。ハルト様、国を救ってください」


 キャメロンの願いを聞くと、騙されるようで聞きたくないんだよな。キャメロンは僕に呪われた王冠を使用させる。それで、混乱をこの国に起こすくらい、するからなあ。


「ちょっと、待て。今日は駄目だ。一晩じっくり考えさせてくれ」


 キャメロンが思い詰めた顔で頼む。

「一晩なら、どうにか城壁は保ちこたえられます。されど、第三城壁はいつ落ちてもおかしくないと、お考えください」


 キャメロンが帰ったので、混沌王に相談に行く。

「キャメロンが今日は頼み事をしに来ました」


「どんな用件を持ってきました。気になります」

「内容は呪われた王冠を使ってケルス聖王国の軍を倒せ、です。混沌王はどう思います?」


 混沌王は真剣な顔で教えてくれた。


「キャメロンの案は街が包囲された時から、ずっとありました。あまりにも危険なので中止していました」


 やはり、前から検討されていた案なのか。でも、今まで実行しなかったところを見るとリスクの塊なんだろうな。


「なら、やらないほうがいいのかな?」

「ケルス聖王国を都市内に入れれば、もっと酷い事態になると思われます」


「なら、やったほうがいいのか?」


「ですが――。と議論は、ずっと堂々巡りして結論が今日まで出ませんでした。ここはもう、誰かが決めるしかないのです」


 おい、そんな重要な判断を僕にさせるなよ。呪われた王冠の使用は僕にとって利益はほとんどないんだぞ。ケルス聖王国の攻勢だって、きちんと防衛すれば守れただろう。


 やりきれない感情はあった。だが、飲み込む。政権の座を追われた混沌王に言っても虚しいだけだ。


 それでも愚痴りたいので少しだけ愚痴る。

「決めるのは僕か。何か、重要な決定を一市民に求められているようで、困ります」


「ハルト殿の前世は我が父であるミルドラダス王。なら、直感で決めていいと思います」


 結局、僕が決めるのかよ。

「わかった。相談しに来て損したよ」


 どうするかなあ、どうしようかなあ、と考えるうちに眠ってしまい、朝になった。

 朝になっても結論が出ないと、朝食後に霜村がやって来る。


 霜村の表情は渋い。


「ハルトの旦那。防衛線はかなりまずいぜ。兵士の士気が悪すぎる。これは、いつ第三城壁が破られてもおかしくはない。第三城壁が破られれば、第二城壁もまずいぞ」


 霜村からの報告なので、信用できると思った。

「そんなに、士気が一気に下がったのか」


「ああ、かなり危険だ。誰か裏切り者がいて、工作活動をしている」


 本当にぼろぼろだな、王朝の末期だ。でも、こうしちゃおられん。混沌王国がなくなってもいい。だが、なくなるのなら、僕の願いを叶えた後にしてもらわないと困る。


「謀反人の次は裏切り者か。わかった。僕は決心したよ。呪われた王冠の力を使おう」


 ハルトはもう一つの体を起こす。ハルトはオウラと混沌王に会いに行く。


「決めたよ。混沌王。僕は呪われた王冠の力を使い、ケルス聖王国軍を混沌王国から追い払う」


 殺せと願わない。殺害を命じない理由は優しさではない。現状では王冠がどの程度の力を発揮するか不明。あまり、恐ろしい願いするべきではない。誤作動や反動も考えられる。


 混沌王は止めなかった。それどころか、ほっとした表情すらしていた。

「そうですか。危険な道を行かれるのですな」


「あまり決意が鈍るような言葉は、言わないでもらいたいな」

「それで、私に何の用ですか」


 オウラが知的な顔で要求した。

「ダリアから聖なる王冠を取り出す手助けをしてほしい」


「わかりました。ダリアの記憶を呼び覚ましましょう」

 コリーンの部屋に行く。コリーンは六畳の部屋にいた。


 不安に揺れる瞳で、コリーンがハルトたちを見る。

「いったい何の御用でしょうか?」


 混沌王が呪文を唱えると、コリーンは若き日のダリアになった。

「ダリアよ。呪われた王冠の片方を、僕に返してくれ」


 ダリアは不安な顔でハルトに尋ねる。

「力が全て集まったのですか?」


「まだだ。だが、ケルス聖王国の連中が迫っている。ここで彼らを追い払わないと、僕の夢が潰える」


 ダリアは悲し気な瞳でハルトを見て諭す。

「今、ここで呪われた王冠の力を使っても、さらなる悲劇を呼ぶだけでしょう」


 ここまで来たら、決心を鈍らせる言葉は言わないでもらいたい。

「もう、決めたんだよ。ケルス聖王国の連中に好き勝手にさせない」


「わかりました。なら、王冠のもう片方を渡しましょう。ですが、一つ、お願いがあります」。


「何だ? 言うだけ言ってみろ。聞くかどうかは、それから決めます」

「私は今後、コリーンとして、あなたの最期を見守る振る舞いを、お許しください」


「そんな些事か。いいぞ。ここまで来たのなら、気になるだろう。最後まで見て行け」


 ダリアはコリーンになる。コリーンは両手を差し出した。

 コリーンの手の上に、王冠の片割れが現れた。


 ハルトは王冠の片割れを受け取る。王冠は体の中に吸い込まれた。

「よし、あとはキャメロンを待って、ダンジョンの最下層に行くぞ」


 夜になると、キャメロンが屋敷にやって来た。

「僕は決めた。呪われた王冠の力を使い、今晩にでもケルス聖王国を追い払う」


 キャメロンは素直に喜んだ

「英断です。ハルト様。なら、これをお持ちください」


 キャメロンは胸元から虹色の宝石を取り出した。ハルトは宝石を手に取る。

 宝石は手の中で溶ける。体がぽかぽかと温かくなる。呪われた六つの力が揃った。


 あとは聖なる力が三つか。本来なら、王冠の力は残り三つの聖なる力を手に入れてから使いたかった。だが、ない物ねだりは、しても仕方ない。


「よし、行くぞ。もう一つ体を伴って、ダンジョン最下層に」

 キャメロン、オウラ、シャーロッテ、ベルを連れて屋敷を出る。


 本当は全員で行きたかった。だが、霜村は諜報活動がある。島津には屋敷を見てもらわねばならない。


 転移門からダンジョン最下層に飛ぶ。途中、ガーディアンがいるはずの部屋がある。


 だが、キャメロンが一緒にいるせいか、出現しなかった。

 封印の直前に来る。


 オウラとシャーロッテが、封印の解除に掛かる。

 封印の解除の最中にキャメロンが話し掛けてくる。キャメロンの表情は柔らかい。


「今回は呪われた王冠を使うだけです。でも、ハルト様は残り三つの聖なる力を集めれば素晴らしい未来がある。神さえも従える王冠の力を得られますわね」


 キャメロンが持ち上げて来る時は、用心が必要だ。

 心中を隠し、素っ気なく答える。


「そうだな。でも、僕は世界をどうこうしようとは思わない」


 キャメロンが興味深気に尋ねる。

「どうしてですの? もっと世界を面白くしたいとは考えないのですか?」


「ぼくは、この世界を面白いと思った覚えはないよ」

 ハルトにとって無になる未来に突き進む以外、世界は灰色だった。


 キャメロンは微笑み、語る。


「面白くない理由はわかります。思い通りしたほうがいいものと、思い通りにならないほうがいいものの、線引きができないからですわ」


「全てが思うがままになっては、つまらないのかい?」


 キャメロンが素っ気なく告げる。

「そんなの、面白くありませんわ」


 キャメロンの人生観だな。僕とは違う。


 だが、キャメロンは、キャメロンの人生観から多くの人の人生を狂わせてきた。憎くもあったが、今はどうでもいい。


「僕にはわからなくていい話だな」


 キャメロンが明かるい顔で提案する。


「ねえ、よろしければ、世界の楽しみ方を教えて差し上げましょうか。無になるのは世界を楽しんでからでも、遅くはないですわ」


 嘘偽りを重ねるキャメロンだが、楽しみ方を教えるは、本当に思えた。


 ここでハルトが同意すれば、強力な力を持って暴君が誕生しただろう。だが、世界は救われる。


 ハルトにとって、悪政も楽しみもまた不要なものだった。

「止めておくよ。詰まらない時間を重ねるのは苦痛だ」


 キャメロンが詰まらなさそうに応じた。


「ハルト様と私の考えは、相入れないもの。でも、共通するものもありますわ。本当に退屈って嫌になりますわ」


 シャーロッテが声を上げる。

「ハルト様、封印の解除が終わりました」


 封印がなくなった通路を、ハルトは進もうとする。

キ ャメロンが不安な顔でお願いしてきた。


「シャーロッテさん、オウラさん、お願いがあります。私とハルト様が通った後に、封印を張り直してくれませんか」


 シャーロッテが冴えない顔で、キャメロンに訊く。

「ケルス聖王国の邪魔を気にしているんですか?」


「そう。どこで邪魔が入るか、わかりませんからね」


 シャーロッテは困ってハルトに判断を仰いだ。

「どうしましょう、ハルト様?」


「大丈夫だ。僕にはベルがいる。もう片方の体もある」

 オウラは不安そうな表情をしたが、ハルトに同意した。


「わかりました。退出だけが可能な封印を、早急に張り直します」

 シャーロッテとオウラに見送られ、奥に進む。


 三分ほど下り坂を進んだ。直径百m、高さ二百mの広い円柱状の空間が広がっていた。


 空間には大きな高さ百mの樹が生えている。

 あった始まりの樹だ。始まりの樹の前に石の寝台があり、横には宝箱がある。


 宝箱の中身はわかる。ミルドラダス王の首だ。今は宝箱の中身に要はない。


 ベルが始まりの樹の大きさに驚く。

「大きな樹ですね」


「ベルは後ろに下がっていてくれ」

 ベルはハルトの指示に従ってキャメロンの背後に移動する。


 意図を察してくれたな。これで、キャメロンにおかしな動きがあっても、ベルが止めてくれる。


 ハルトは始まりの樹を前にする。もう一つの体と並んで立った。

 左手でもう一つの体と右手を掴む。体の中を弱い電流が流れる。もう一人のハルトとハルトが重なる。


 ハルトは一人のハルトとなった。ハルトは両手を掲げる。聖なる力が嵌った光の王冠の片割れが、右手に現れる。呪われた力が宿った闇の王冠の片割れが、左手に現れる。


 王冠を一つにして被る。

「全能なる王冠よ。我が願いを叶えよ。迷宮都市の外にいる、ケルス聖王国の軍を追い払え」


 ダンジョンが激しく震えた。

 立っていられないほどの震動だった。ダンジョン内で地震なぞあり得ない。


 ベルが青い顔で叫ぶ

「何これ? ダンジョンが震えている」


 王冠が頭から落ちると、二つに割れた。ハルトの体は、聖なる体と歪な者の体に分離した。


 慌てて、それぞれの体で、対応する王冠を拾った。

 王冠の片割れはそれぞれの体に回収された。影を伸ばして体を支える。


 揺れは五分も続いた。

 揺れが止まった。何か恐ろしい事件が起きたと思った。


 ただ、キャメロンは邪悪な笑みを浮かべていた。

 何だ? キャメロンのやつ、何が起きるか、わかっていたのか?


 オウラとシャーロッテが走ってきた。

「ご無事ですか、ハルト様?」


「僕は無事だ。でも、何が起きた? ケルス聖王国が地割れにでも飲み込まれたか?」


 シャーロッテが緊迫した顔で尋ねる。

「ハルト様は何を願ったのですか」


「ぼくは、ただ、王冠にケルス聖王国を追い払えと頼んだ」


 オウラが真剣な顔で提案する。

「とりあえず、外に出て確認しましょう」


 外では地震がなかったのかのよう静かだった。

 だが、夜空にあるはずの星が全て消えていた。


 代わりに、真っ暗な空が広がっていた。

 外に出てきて気付く。


 一緒に転移門を使用して外に出たはずのキャメロンの姿が見当たらなかった。

 キャメロンめ、何をした?

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