第28話 謀反

 スカーレットの死から、七日後。朝食を摂っていると、オウラが入ってくる。

オウラの顔は少し強張こわばっていた。


「霜村より火急の知らせがありました。城で謀反が発生しました」

 ダンジョン最下層で話していたキャメロンの言葉。本気で混沌王を失脚させる気だったのか。


 だが、迷宮都市が囲まれた状況で混沌王を排除するのはまずい。

「混沌王はどうした? 討たれたか?」


「詳しくはわかりません。ですが、何があるかわかりません」

 キャメロンたちが王冠の呪いを解こうとしている。


 なら、コリーンが必要になる。

 キャメロンの計画の全貌が見えない。キャメロンにコリーンを渡すのは危険に思えた。


「コリーンはどうしている? キャメロンたちの手に落ちると、少々まずいぞ」

「シャーロッテに迎えにやらせています」


 さすがオウラだ。動きが早い。

「屋敷はどうする。捨てるか?」


 オウラが聡明な顔で進言する。


「屋敷を捨てる決断は早うございます。ですが、万一の時は屋敷の地下に転移門を開きます。ダンジョンと屋敷を繋げて、ダンジョンに逃げます」


 逃げられるに越したことはない。されど、逃げ回れば負けになる可能性もある。

「二段階の籠城策か。宝石がまだ見つかってない段階で籠城はしたくないな」


 昼過ぎにオウラが再びやって来る。オウラは困っていた。

「少し面倒な事態になったかもしれません」


 王冠の片割れの情報が頭に浮かぶ。

「どうした? コリーンの身柄を押さえるのに失敗したか?」


「いえ、コリーンは当屋敷にかくまっております。問題は混沌王です。混沌王が単身で当屋敷に助けを求めに参っています」


 想定していなかった事態だった。

「何だと? それでどうした?」


「判断に困りましたゆえ、ハルト様に指示を仰ぎたく聞きに来ました」


 差し出すにも、匿うにも、迷うところだった。ここで負けるほうに着けば、後が苦しくなる流れが目に見えていた。


 どれだけの兵が混沌王を支持するかがわからないと、決断のしようがない。


 混沌王さえ無事なら挽回できるのか? それとも、もう反乱は抑えきれない場所まで来ているのか? どっちだ? 


「とりあえずは秘密裏に匿え。霜村の情報を待って、追って裁定を下す」

 混沌王め、よりによって僕の屋敷に逃げ込んでくるとは、どういうつもりだ。


 時間は淡々と過ぎるが、追加の報告はない。


 オウラからの報告が入らない。情報が錯綜して分析に時間が掛かっていると思えた。


ハルトは島津を呼ぶ。

「当屋敷に混沌王が逃げ込んで来ている。話がしたいができますか?」


 島津は神妙な顔で頭を下げる。


「オウラ殿から誰も近づけるなと命じられています。ですが、ハルト様なら、いいでしょう。こちらです」


 島津に連れられて、屋敷の奥にある四畳半の部屋に行く。

 部屋には混沌王が一人でいたので島津に命令する。


「二人だけで話がしたい」

 島津は廊下に下がっていった。


 混沌王の顔には不安も、感謝の色もなかった。

「混沌王、いや、エドワードと呼ぼうか、謀反に遭った気分はどうだ?」


 ハルトは少々あてつけがましく言ってのけた。

 混沌王は穏やかな顔で静かに語る。


「少しは父の気分がわかりました。信頼していた者に裏切られると、辛いものですな」


「昔の話をぐちぐちと話すのは好きじゃない。僕の前世はミルドラダス王だった。だが、今はハルトだ。訊きたい情報はダリアの話だ。コリーンはダリアなのか?」


 昔は昔、今は今。きっちりと区別を付けて計画を進めていかないと、野望が潰れる。


 過去の出来事は変わらない。手にすべきなのは未来だ。

 混沌王は諦めた顔で白状した。


「もう、そこまでお調べなのですね。コリーンはダリアです。ただ、記憶を操作してコリーンと私の妻の身分を使い分けています」


 やはり、そうか。霜村と僕の苦労が報われた。

 コリーンの身柄を確保して、ハルトは気分をよくした。


「また、思い切った対策を採ったものだな。だが。コリーンは我が手中にある。もう一つの王冠の片割れも貰うぞ」


 混沌王に勝ったと思った。もう、混沌王は心情的にも勢力的にも敵ではない。

 混沌王はさらりと発言した。


「いいでしょう。城の謀反人たちも、父上に王冠が戻る状況を望んでいます」

 僕の元に王冠が戻る事態を願う、だと?


 キャメロンたち家臣団の動きが入ってきていない。混沌王は知っているのか?   知っているのなら、吐かせないと危険だな。


「なぜ、家臣たちが反乱を起こしたか、心当たりはあるのか?」


 混沌王は真剣な顔で告白した。

「私の体は、首から下はミルドラダス王のものです」


「何だって? なぜ、そんな真似をした?」

「王冠の繁栄は父に与えられたものです。私には恩恵が及びませんでした」


 首を刎ねられた後の話は御伽噺でしか知らない。まさか、息子のエドワードに恩恵が及ばず、政権が行き詰っていたとは知らなかった。


「体に魂だけを入れようとしなかったのか?」

 魂だけを丸ごと移してエドワードの体を取り置けば、あとあと便利だ。


 ミルドラダス王の体に何かあっても、エドワードに戻れる。なぜ、エドワードの首から上をミルドラダス王に移植する危険な手術に踏み切ったのか、謎だった。


「魂だけ移す方法も、考えました。ですが、魂だけを入れる案に家臣が反対しました。それでは、王の魂が体に戻ろうとした時に、妨害が難しいからです」


 ハルトは知った。謀反を起こした家臣たちはミルドラダス王の復活を何よりも恐れていた。また、復活が可能なら、家臣の中ら裏切り者が出るとも予測していた。


「ミルドラダス王の首はどこにある?」


 混沌王は暗い顔で告げる。

「ダンジョン最下層の始まりの樹の前にあります」


「家臣たちはモルガーヌの封印が解け掛けていると知った。この機に混沌王の体からエドワードの首を刎ねる。次いで、ミルドラダス王の首を体に繋げる気か」


 ミルドラダス王の体を元に戻す。ハルトが呪いを解けば魂は無に帰る。そうすれば、ミルドラダス王が戻ってくる心配はない。あとは、ミルドラダス王の体に好きな人間の魂を入れればいい。


 混沌王は澄ました顔で語る。


「ミルドラダス王の体を蘇らせ、王冠を戻す。王冠は正統なる所有者の元で、最大限の力を発揮するでしょう」


 全能なる王冠を所有した強大な王の誕生だ。だが、ハルトは元の体を玩具のように扱う家臣たちが不快だった。


「何と、どこまでもミルドラダス王をもてあそぶ逆臣たちよ。罰を与えたいところだ」


 混沌王は悲しみを帯びた顔を伝える。


「家臣たちの行動はある一面では仕方ないのです。私の首から上の体と魂は若返りの限界を迎えています」


 ここでハルトは、混沌王の体が現在どうなっているか気になった。

「エドワードの元の体はどうした? 保管してあるのだろう? 元に戻せばいい」


「首を斬ったエドワードの体はうに失われました。ミルドラダス王の体と繋いだ首から上だけが辛うじて残っている状況でございます」


 謀反人の末路とは哀れだが、ハルトは冷たく言い放つ。

「同情は一切しないよ。前世の僕をダリアとエドワードは裏切ったのだからね」


「わかっております。事態がここに及んでは、すがるとしかいいようがないのです。我が父よ。建国の王よ。王冠の呪いを解き、国を救っては、くださいませぬか」


 ミルドラダス王は息子の育て方を間違えたと、切に思った。強い王は他人には頼らない。また、後継者はきちんと選ぶものだ。


 だが、混沌王を批難できないと思った。なにせ、ミルドラダス王も後継者選びでは失敗した。さらには家臣にも謀反を起こされた王だ。


 血なのかな、と漫然と思った。だが、これで、見えた。反逆を起こした家臣たちは全能なる王冠を欲する僕の協力者だ。


 少々腹立たしい。されど、前世の家臣たちに体はくれてやれ、だ。ここで味方が増えるのなら、嬉しい。


「僕はミルドラダス王じゃない。僕はハルト・クロウだ。国の将来に責任は負わない」


 ハルトは冷たく混沌王に告げると、部屋を出た。

 部屋の外にいた島津に命令する。


「オウラに僕の自室に来るように命じてください」


 自室に戻るとオウラがやってくる。


「混沌王から情報を聞き出した。混沌王とコリーンを護って、城の謀反勢力に協力する。謀反に協力しなかった混沌王の忠臣たちが、混沌王を強奪に来る。備えよ」


「畏こまりました。当屋敷でどれだけ持ち堪えられるかわかりません。ですが、門を固く閉じて防衛に努めまする」


 夕方になる。そろそろ食事時かなあと思う。屋敷の中が慌ただしくなってきた。

襖の向こうで霜村の声がする。


「ハルトの旦那。混沌王の忠臣が混沌王の奪還に兵を動かした。六百名の兵が屋敷に向かっている」


「謀反勢力はどうだ? 援軍に来られそうか?」

「岩波が助けを呼びに行っている。だが、まだしばらくは掛かる。どうする?」


 戦うしかない。それにこの度の戦いは援軍がくる戦いだ。籠城の価値がある。

「屋敷の者、全員に武器を取らせろ。僕も先頭に立って戦うぞ」


 屋敷の門は閉じられた。

 オウラ、霜村、島津、シャーロッテ、ベルを始めとする幹部が揃った。


 険しい顔のオウラに尋ねる。

「味方の数は? どれくらいだ?」


「当屋敷に詰めている者は二百名でございます」

 敵の数は三倍。楽に勝てる数ではないが、守り切れない数でもない。


 門の外に兵士が結集してくる気配がする。

 静かにしていると、門の外から怒鳴り声がする。


「ここの屋敷の主は、すぐに門を開けて出て来い」


 島津が怒鳴り返す。

「今日は日が遅く、また主は留守ゆえ、明朝に出直されよ」


 どん、どん、どんと、門が激しく叩かれる。

 門は開けない。塀を越えて敵兵が侵入して来ようとした。


 矢と魔法が、乗り越えてくる敵兵を捉える。戦闘が開始された。

 次々と敵兵が塀を乗り越えようとする。敵兵を水際で防ぐ財団員との戦いになった。


 敵兵は矢と魔法にやられながらも、塀を越える。

 だが、下に待機していた侍や戦士たちがすかさず、槍で剣で敵兵を倒す。


 ハルトも影を自在に伸ばして敵兵を殺す。

 対処しきれるように思えたところで、忍者が跳んでくる。


「裏門が苦戦。侵入されそうです」

 オウラが険しい顔で指示する。


「霜村、ベル、裏門を頼む」

 霜村とベルが手勢を連れて救援に行く。


 がん、がんと門を叩く音がして、門が揺れる。

 敵兵が丸太を正門にぶつけている音だった。


 塀からの敵兵の侵入が一度は止まる。敵は門を壊しての突入を試みていた。

 屋敷の庭にはすでに五十を超える死体が転がっている。だが、敵はまだ二倍以上いる。


 ばきっと音がして、閂が壊れた。敵兵がなだれ込んでくる。

 戦いは乱戦になった。ハルトは敵兵だけを的確に見分けて影で斬っていく。


 島津やオウラも奮戦した。ハルトも敵を斬りまくる。

 時折、味方も斬りそうになる。


 だが、以前の戦争での経験が、役立った。ハルトは味方を斬るヘマをしなかった。

 敵兵は次から次へと出て来る。額に汗して敵兵を斬っていると、敵兵の流れが止んだ。


「どうした? これで終わりですか? 六百は斬っていませんよ」


 敵兵の服で刀の血を拭いながら、島津が語る。

「まずいですな。裏門に回ったのかもしれませんな」


 裏門に助けに行きたかった。

 だが、ハルトは主戦力である。下手に動くと、今度は正面が突破されそうだった。


 妖精の財団員が飛んで来る。

「裏門は死者を多数、出しましたが防衛に成功しました」


 オウラが冴えない顔で伝える。


「まずいですな。敵も増援を待って一気に押し切る気でしょう。こちらは閂が壊れたゆえ、正面からの大人数で乗り込まれたら苦戦は必死です」


「どっちらに援軍が先に来るかな」

 日は落ちて暗くなっていた。敵は来ない。来てもいいように篝火を焚かせた。


 煌々と燃える篝火を前にしていると、大勢の人間の足音がする。

 敵かと思い、戦いの準備をする。


 相手の姿が見える。赤い鎧に身を包んだキャメロンだった。

 キャメロンの後ろには数百のアンデッドがいた。


 相手はキャメロンか。こいつは、敵か味方かわからんからな。

 キャメロンは微笑みを湛えて命令する。


「ハルト様、混沌王陛下を護っていただき、ありがとうございます。混沌王陛下はこちらでお預かりします」


 キャメロンは以前に謀反勢力だと申告している。だが、言葉の上だけ、ともとれる。


「その前に訊こう。キャメロンよ。お前は混沌王に謀反を起こして呪いを解かんとする者か。それとも、王を支持して呪いを解く妨害をする者か」


 キャメロンは優しい顔で、やんわりと述べる

「私はミルドラダス王の体を戻し、呪いを解く者です」


 嘘は感じられない。だが、キャメロンほど嘘が上手い女性も知らない。

「ならば安心せよ。混沌王の身柄は、呪いを解くその日まで僕が預かります」


 信用できない人間に混沌王を渡したくなかった。

 ここでキャメロンが混沌王の忠臣だったら、また面倒になる。


 ハルトが断ると、キャメロンは残念そうな顔をする。

「ここで、渡していただけないのですか?」


「僕はお前を信用していない」

「わかりました。なら、混沌王陛下を守ってください」


 キャメロンが、そのままあっさりと引き下がった。

 キャメロンがいなくなると、一人の男が駆け込んでくる。


 男はオウラに緊迫した顔で告げる。

「申し上げます。ケルス聖王国に動きあり。明朝より城攻めが開始されます」


 城で謀反が起こった情報を、ケルス聖王国がキャッチしたか。明日は大戦だな。

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