第25話 牢獄の子供たち

 茶色い石でできた通路が見えた。

 通路の上部には魔法の灯りがついているので、暗くはない。


 だが、どことなく、陰鬱な空気が漂う空間だった。

「何か地下牢みたいな場所だな」


 シャーロッテが微笑み語る。


「ここの区域は牢獄なんです。モンスターが牢の中から不意に出現する展開もあります。また内側か鍵を掛けて休むこともできます」


「ダンジョンの牢獄区域で育ったって前に教えてくれたよね。ここがシャーロッテの育った場所」


「そうです。汚い場所ですが、運さえあれば、生きていける場所です」

 シャーロッテが足取りも軽く進んで行く。


 時折、ダンジョン内を走り回る足音が聞こえた。

「モンスターが走り回っているのかな?」


 随分と騒がしいモンスターだと思った。

「いいえ、おそらく浮浪児ですね」


「ここはダンジョンの中だぞ」


「ここのダンジョンには食べ物や着る物が湧くんです。だから、他人より先に見つけて回収しようとしているんですよ」


「なるほど。運があれば、子供とて生きているわけだ」

 走ってくる足音が近づいてくる。シャーロッテが魔法を唱える。


 通路の先から子供が飛び出した。シャーロッテは熱線の魔法で子供を焼いた。

「子供にも容赦ないんだな」


 シャーロッテは笑って答える。

「これは、人間の子供ではありません。モンスターです」


 シャーロッテが近くに行って子供を蹴とばす。子供は鬼の顔をしていた。


「ここでは、子供に化けたモンスターが襲ってくるので、用心が必要です。また、子供が成長して悪漢になる場合もあります。悪漢は殺さねばなりません」


「その線引きって、どこでしているの?」


「このダンジョンで生きていれば、おのずとわかりますよ。わからない子は死にます。子供のほうでも、近づいて良い冒険者と悪い冒険者を見分けられないと、生きていけません」


 ダンジョンにはダンジョンの暮らしがあるか。

「過酷な生活だね。でも、間違って冒険者が子供を殺す状況もあるだろう?」


 シャーロッテは、さらりと告げる。

「それはありますよ。そんな時は心の中で、ごめんなさいって謝って、終わりですね」


「随分とあっさりしているね」

 シャーロッテの顔には哀れみも怒りもない。ただ、微笑みがあった。


「いいんです。ここは、ダンジョンです。自分の良心以外に咎めるものは、ありません。つまり、自分が正義です。正義を信じられない人間は死ぬんです」


 シャーロッテはモンスターが出てくるたびに適切に魔法で焼いていく。子供型モンスターも的確に判別していた。


 また、少年が盗賊化している場合も、きっちり殺していた。


 戦わなくていいな。楽でいい。でも、新たに覚えた上級僧侶魔法の練習を少しくらいしたかったな。まあ、いいか、帰ってから他の場所で練習しよう。


 敵には容赦ないシャーロッテだが、不思議とダンジョンを彷徨さまよう浮浪児だけは見逃していた。


 生まれ育った場所だから、危険も安全もわかるのか。

 敵を魔法で始末しながら、シャーロッテが尋ねる。


「黙ってダンジョンを進んでいても暇なので、お話してもいいですか?」


 何だろう? 何を訊くんだ?

「敵を始末するのに支障ないなら、いいですよ」


「ハルト様が王冠の呪いを解いた後の話です」


 最近よく出るな、呪いを解いた後の話。いよいよ現実的な話題になって、皆の目の色が変わってきたか。


 いいけどね。誰が王冠を手にしようと、僕には得にも損にもならない。


「シャーロッテも全能なる王冠が欲しいの? 別に、いいよ。ただし「いいよ」は、シャーロッテにだけ許しているわけじゃない。皆に伝えている」


 シャーロッテが苦笑いする。

「競争は激しそうですかね?」


「少なくとも、教団の幹部連中に勝てないと話にならないよ。あと、一応、訊くけど、全能なる王冠を手にして何がしたいの?」


 シャーロッテは、ごく平然と欲望を語った。

「人間たちを支配する亜人の王国を作ります。それで女王になって、贅沢がしたいです」


 わかりやすい欲求だった。案外、こういう正直な人間が全能なる王冠を手にできたりするのではないかと思う。


「いいね。そういうの。自分に正直で、世のため、人のため、何かよりよっぽどわかり易い動機ですね」


 シャーロッテはしみじみと語る。


「私は貧しかった。それは、もう、最底辺にいるくらいに。だから死ぬ時は最高の位置にいたい。そのためには、私は全存在を懸けます」


 シャーロッテの願いはベルと違い、完全に個人的な望みだった。


 だが、強い力を持つ者が大きな責任と義務を負うべきだとは、ハルトは考えない。自覚せねば力に振り回されて自滅するだけ。個人の自由だ。


「叶うといいね、シャーロッテの願い。もっとも、王冠の呪いが解けた時には、僕はいないんだけどな」


 シャーロッテが微笑む。

「ハルト様って変わっていますよね。自分の消滅が願いなんて」


「変わっている点は認める。だが、願いは譲らないよ」


 シャーロッテが躊躇がちに訊いてくる。


「もし、ですよ。ハルト様が考えを変えて、王様になるのなら、その時は私も貴族に封じてくれますか?」


「シャーロッテなら、いいかな。もっとも、願いが変わる未来なんてないけどね」


 ダンジョンの奥へと進むと大きな檻が見えてきた。檻の奥には広大な空間が広がっていた。幅が二十m、高さが十m、奥行きが百mくらいかな。


 シャーロッテが緊張した顔で告げる。

「この先に区域支配者がいます。準備がよろしければ、檻を開けますよ」


「いいよ。さっさと行って倒そう」


 シャーロッテが檻を開ける。二人して檻の中に入る。檻が自動で閉じた。


 どこからから、男の声がする。

「罪深い者よ。贖罪の時だ。汝の罪を償うがいい」


 また、大層な言葉を吐く奴だな。こういうのに限って、大して強くなかったりするんだけどな。


 部屋の奥の壁が開く。百人以上の子供型モンスターと子供が一団となって、武器を手に走り込んでくる。


 シャーロッテが灰化の魔法を掛ける。子供型モンスターも子供も、次々と灰になっていく。


 ハルトは使えるようになったばかりの致死魔法を唱える。


 致死魔法は即死魔法の上位魔法で、複数に効果がある。だが、即死魔法よりさらに効きづらく、練度が低いと強いモンスターには効果を現さない。


 ただ、慣れると、混戦状態でも狙った種類だけを纏めて殺せた。

 ハルトは致死魔法を、子供型モンスターだけを標的にして掛けた。子供型モンスターに混じる子供は助かる。


 シャーロッテが、ハルトの魔法を見る。シャーロッテは無差別に殺す灰化の魔法を止めた。シャーロッテは麻痺の魔法に切り替える。


 室内におびただしい子供型モンスターの死体と、麻痺して動けなくなった子供が転がる。


 モンスターと子供の襲撃が止んだ。

 シャーロッテが微笑んでハルトを評価する。


「ハルト様って、お優しいんですね」

「別に、致死魔法の使い分けの練習をしただけですよ」


 これは本心だった。二つ目の聖なる力を手に入れたので、より上級の僧侶魔法が使えるようには、なっていた。


 致死魔法の訓練が必要だと思っていた。だが、シャーロッテが敵を倒していた。なので試す機会がなかっただけだった。


部屋の奥は、天井が二十五mと、高くなっていた。

四枚の羽を持つ天使が天井に描かれていた。天井画から天使が浮き出てきた。


 天使が優しい顔で告げる。

「愚かなり人間、罪の深さを知るがいい」


 天使は天井画から次から次へと出てきて九体も出現した。

 天使が魔法で攻撃する。シャーロッテが魔法の防壁を張り、防いだ。だが、シャーロッテは防壁を展開するだけで手一杯だった。


 僕の出番か。ハルトは致死魔法を唱える。

 五体の天使が絶叫して靄と消える。だが、すぐに消えた天使の分だけ、天使が天井画から補充される。


 このままでは、いくら天使を倒しても補充されるか。

 ビームで天井画を攻撃した。だが、天井画は強固な魔法に守られていて、傷つかない。


 天井画はダンジョンの加護で守られているのか、とすると破壊は難しいな。

 ハルトには敵のボスがどこにいるかわかった。敵の本体は襲ってきた百人の中にいる。


 ここはシャーロッテを庇いながら、敵を倒させる。


「シャーロッテ。先の百人の中に、子供でも子供型モンスターでもないのがいる。そいつを探して討て」


「わかりました。ここはお任せます」

 シャーロッテが防壁で防ぐのを止め、駆けだす。


 案の定、天使はハルトではなく、シャーロッテに向けて聖なる一撃の魔法を放つ。

 聖なる一撃は直線的に光の玉を飛ばす僧侶魔法。威力は強く。岩をも砕く。


 ハルトはシャーロッテを庇って、聖なる一撃を体で受け止める。

 次々と、苦痛がハルトを襲うが、耐える。


 思った通りだ。聖なる力でできたこの体は、僧侶魔法と相性がいいだけではない。 僧侶魔法のダメージを軽減する効果もある。これなら、九発を一度に食らっても耐えられる。


 攻撃を受けながら、治癒魔法を唱える。ハルトの受けた傷は、見る見る回復していった。


 勝負はハルトの魔法が尽きるか、シャーロッテが敵のボスを討つかに見えた。

背後で轟炎が上がる音がする。チラリと振り返れば、子供型モンスターがシャーロッテを魔法で攻撃していた。


 よし、ボスを倒せば、天使も消える。ここは勝負の時だ。

 ハルトは駆け出し、敵のボスであろう子供型モンスターに飛びつく。


 殴りつけるようにして即死魔法を叩き込んだ。

 子供型モンスターが痙攣して動きを止める。


 だが、天使たちは消えなかった。ミスったかと歯噛みした。

 するとここで、シャーロッテの熱核撃の魔法が完成して、天使たち九体を襲う。


 天使たちは燃え尽きた。

 天使たちが消え去ると、子供型モンスターが消え、子供も消える。


 天井画から下に光が伸びてきて、宝箱になった。

 何だ? ボスを倒した後に天使まで倒して終わる仕掛けだったのか。ちょっと焦ったよ。


 シャーロッテが緊張した顔で、宝箱に魔法を掛ける。

「鍵と罠を外しました」


 シャーロッテが開けようとしたので注意する。

「待て。万一がある。ぼくが開けよう。シャーロッテは下がっていて」


「わかりました」

 シャーロッテを下がらせて宝箱を開ける。


 ぶしゅ、鋭い刃が飛び出して、両手首の内側を斬った。血が勢いよく噴き出して宝箱に吸われていく。


 まずい。死ぬ。止血のために治癒魔法を唱える。だが、治癒しても、すぐに傷が開く。


 また、治癒魔法を唱える。焦りながらも治癒魔法で止血を繰り返した。すると、やがて血は止まった。


 ふらふらになったが、命は取り止めた。いいだけ血を吸った宝箱が輝く。

 宝箱は琥珀色の宝石になった。


 宝石を掴む。ひんやりとして涼しい風が体を吹き抜ける。聖なる力が宿ったと感じた。


「三つ目の聖なる力の回収成功だ」

 だが、血を失い過ぎたせいか、ハルトは気を失った。


 気が付いた時には屋敷だった。

 オウラが部屋に入ってきたので、尋ねる。


「僕のもう一つの体は、どうなった? シャーロッテと一緒に戻って来たか?」


 オウラが優しい顔で告げる。

「心配は要りませぬ。聖なる力と一緒に回収してきました」


 戦いが無駄にならなくて済んだな。

 ダンジョンにケルス聖王国や世を照らす者が入っている。


 現状では、取りこぼしは痛い。取り返すだけでも一苦労だ。

「そうか。回収できたか。それは何より」


 オウラが。ここで複雑な顔で申告する

「それと、ハルトさま。王冠の行方ですが、少々妙な展開になって来ました」


 ダンジョンに関係する話で、奇妙も奇天烈もないと思う。

「もう、ここまで来たら何があっても驚かないよ」


 オウラがおずおずと尋ねる。

「コリーンなる女性を、ご存知ですか?」


 アイリーンの娘だ。だが、アイリーンもコリーンも、呪われた王冠とは関係はないはず。


「知っているが、どうした?」

「その、コリーンが、エドワードの妻かもしれないのです」


 あり得ないと思った。だが、あり得ない事態が起きるのが迷宮都市だと、思い直す。

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