第24話 啓示
街の包囲から一週間が経過する。街の人間は包囲されている状況に慣れ出していた。
ハルトは気分転換に、冒険者の酒場に飯を食いに来ていた。
二人の冒険者たちが険しい顔で噂している。
「ケルス聖王国は降伏すれば受け入れるそうだ。また、光の神に改宗する者には寛容だと聞く。光の信徒には永遠の安らぎを、闇の信徒には永遠の無を与えると息巻いている」
「聞いたよ。でも、なあ、この世の中は光と闇のバランスで成り立っているだろう。迷宮都市だって、両方を併せ持ち、住み分けしたから繁栄したと思わないか」
ケルス聖王国は間者を都市に忍び込ませたな。不安を煽って中から門を開けさせるつもりか。無駄な仕事をする。
迷宮都市の人間にとっては、ケルス聖王国の考え方が異質。住民が手放しで、光の者の教えを受け入れはしない。
飯を食っていると、酒場で人相占いをしないかと勧めるエレノーラが見えた。
報酬はワイン一杯だが、相変わらず断られていた。エレノーラが近くに来た。
「ハルトの旦那。どうだい? また相を占ってあげようか?」
ハルトは給仕を呼ぶ。鳥の串焼きと一杯の白ワインを頼む。
ワインだけでなく抓みも付けてやると、エレノーラは気分を良くした。
エレノーラは水晶玉を掲げて、覗き込む。
「これは珍しい。王者の相が出ている。ハルトの旦那は近いうちに富や権力を握るよ」
ミルドラダス王の知識や力が戻っているから、王者の相は外れではないな。前も、死相が出ていると、半ば当てたしな。エレノーラの占いは、そこそこに当たるのかもしれない。
エレノーラの表情が険しくなる。
「むむむ、どうしたことじゃ。未来が見えなくなった。広大な無が見える。闇ではなく、無じゃ。おまえさん、このままだと、消えてなくなるぞ」
他人が聞けば、縁起でもないと怒っただろう。だが、ハルトにとっては満足だった。
鳥串と白ワインが運ばれてくる。
エレノーラは占いを止めて、ワインと料理にありつく。
ハルトはエレノーラに何となく尋ねる。
「消えてなくなるのを避けるのには、どうしたらいいですかね?」
本当に対策を聞きたいわけじゃなかった。
ハルトの願いを妨害したいやつらがいるとする。なら、どんな手を使って来るかを知りたかった。敵を知れば、対策もおのずとわかる。
エレノーラが酒と料理を楽しみながら語る。
「何が最善かは儂にはわからん。ただ、どうしても無になる状況を避けたいのであれば、方法はある」
「それは気になりますね。ぜひともお尋ねしたい」
「全く勧められないが、ケルス聖王国に協力すればいい」
ハルトはエレノーラの言葉に疑問を持った。
「なぜです? ケルス聖王国の考えでは、闇の信徒に与えられるのは永遠の無です」
「ケルス聖王国のやり方では、無は訪れん。一時的に、闇の者は消えるじゃろう。でも、無から闇が必ず生まれる。闇は封じられても、消せんのじゃ」
無から有が生じるとは、ちょっと考えなかったな。エレノーラの主張が本当なら、ケルス聖王国に先を越されたら僕の願いは叶わない。
僕が無に戻っても、ケルス聖王国が願いを叶えるとする。僕はまた無から生じ、世界に戻ってくる。
光の者は僕が希望しない方法で呪いを解く、か。なるほど、呪いは解けたはいいが、無から有が生じる世界が構築される。僕が望まない結末だ。
最悪、光の者にでも生まれ変われば、永遠が待っているのだから性質が悪い。
ケルス聖王国は言葉の上では、光の者に永遠の安らぎを約束している。だが、いかに全能なる王冠でも、過分な要求は対価を求められる。この場合は、与えられる永遠の安らぎが、終わりなき苦役になるかもしれない。
ハルトは冒険者ギルドを後にして屋敷に帰る。
夜になり布団で寝ている時だった。何かの液体が数滴降ってきた。
唇に冷たい感触を抱いた。
液体が口に入る。起き上がろうとしたが、体が動かなかった。
ハルトの意識は、そこで一度、闇に飲まれる。
気が付いた時には、白い部屋だった。眼前には大きな樹がある。始まりの樹だった。
始まりの樹は語る。
「ミルドラダス王よ。王冠の呪いを解くのです」
頼まれなくても、やる気だった。
「命令されなくても、全力でやっていますよ。王冠の片割れも手に入りました。宝石も順調に集まっています。僕の願いを叶う日も近い」
始まりの樹は、厳しい口調で注意する。
「ミルドラダス王よ、運命神と世を照らす者たちの動向に注意を払うのです。彼らから王冠を護るのです」
言われなくても十も承知だ。始まりの樹の願いなんて、知ったことではない。全ては僕のためだ。
始まりの樹は何もしてくれない。だが、ここで喧嘩するほど馬鹿ではない。作らなくていい敵は、作らないに越したことはない。
「妨害はあるでしょう。でも、乗り切って見せます。全ては僕のために」
「頼りにしていますよ。ミルドラダス王。私の力は神々により封じられている。全能なる王冠の復活だけが、封印を解く鍵なのです」
始まりの樹との話が終わりそうだったので、質問する。
「最後に一ついいですか? なぜ、始まりの樹は全能なる王冠の復活を望むのです? 世に再び影響力を行使するためですか?」
始まりの樹は当然のように語る。
「全てはこの世界のためです。強き王なき世界は安定しました。ですが、繁栄も止まりました。この世界には、もっと争いと偽りが必要なのです」
始まりの樹は世の中に混乱を呼ぼうとしている。一般的な視点で言えば、迷惑なだけな気がする。
始まりの樹の思想が争いを呼ぶ。だから、産み出した神々にも反感を買った。結果、神々の支持を得たエドワードがミルドラダス王を討った、ともいえる。
始まりの樹が争いを呼ぶ樹じゃなかったら、僕の前世は違ったものだったのかな。
少々呆れたので本音を口にする。
「要らないでしょう、争いとか、偽りとかのネガティブな感情」
始まりの樹は堂々と語る。
「争いは停滞を、偽りは退行を呼びます。ですが、そのあとに強い力があれば、革新が起き、爆発的に世の中は進歩します。進歩、停滞、退行、進歩と世界は繰り返すのです」
これ、完全に、自分の意見は正しいと思っている口調だな。僕も人に理解されない願いを持つ者だから、始まりの樹を悪く言えないけど。
「全ては人のためなのですか?」
「そうです。私は、もっと劇的に変化する世界が見たいのです」
最後は本音だと直感した。突き詰めれば、始まりの樹は退屈しているのかもしれない。
退屈を紛らわすために混乱がほしい。世の人間は、自分たちの生活基盤がこんな気まぐれな存在の上にあると知れば、どう思うだろう。やってられないの感覚を抱くのではないだろうか。
人類や神々が始まりの樹にできる、唯一の反逆。反逆が全能なる王冠を砕く行為なら、世は正しい道に進んだ。だが、人間と神々の願いは今に破られる。そう、全ては僕の手によって。
目が覚めると、オウラが傍にいた。陽の明るさから、昼くらいのように感じた。
「おはよう、オウラ、どうかした?」
「昨晩、当屋敷に刺客が忍び込みました。ハルト様を毒殺しようとしたのです」
歪な者であるハルトに普通の毒は効かない。だが、世を照らす者は、ハルトを殺す強力な毒を、どこからか入手してきたのかもしれない。
「そうか。しばらく意識が戻らなかったのか。これは、始まりの樹が助けてくれたのかもしれないな」
オウラが驚いた。
「始まりの樹から何か啓示があったのですか?」
「あったよ。王冠の呪いを解き、世を救え、ってね。ダンジョン最下層の封印が解けてきた。王冠も戻る兆しがある。であれば、始まりの樹も、少しは力を振るえるようになったとて、不思議ではない」
「そうですか。では我らの悲願は近いですな。それでは、屋敷の警備を強化します」
「わかった。警備は任せる」
毒を盛られたが、体調は悪くなかった。それでも、用心のために三日は安静にした。
三日後、シャーロッテがやって来て、穏やかな顔で告げる。
「三つ目の聖なる力の在り処が判明しました。ハルト様自ら出陣しますか?」
力の回収は僕が直接、出向いたほうがいいか。新しい体にも慣れておきたい。
「よし、行こう。島津を呼んでください。戦いの時間です」
シャーロッテが決意の籠った顔で申し出る。
「お待ちください。この度のお供ですが、是非とも私をお連れください」
意外な申し出だった。何だ、シャーロッテのやつ、手柄が欲しいのか?
いいか、シャーロッテでも。シャーロッテも千年財団の幹部。使えないやつではないだろう。
「いいでしょう。だが、死んでも知りませんよ」
シャーロッテは、はっきりと宣言した。
「たとえ、死すとも、聖なる力の回収のためにお役に立ちます」
「なら、一緒にダンジョンに行きましょう」
屋敷の地下で、もう一つの体に魂を移す。
二回目からは、オウラやシャーロッテの助力を借りなくても、一人でできた。
僧侶の恰好で街に出る。
シャーロッテは変わった銀の腕輪をしていた。気になったので尋ねる。
「素敵な腕輪をしているね」
シャーロッテが自慢気に語る。
「闇の者になった私が、光の者だけが入れる区域に進入するための腕輪です」
「そんな便利なものがあるのなら、この体を作る必要なかったよね」
「いいえ、ハルト様の持つ闇の力は強すぎるので、この腕輪では隠し切れません」
「そうなんだ。まあ、いいか。聖なる力を吸収するのに、体はどのみち必要だった」
街は依然として、ケルス聖王国の包囲が続いていた。だが、攻撃はないので、混乱もない。
「街は落ち着いているね」
シャーロッテが澄ました顔で解説する。
「街は平静を保っています。でも、物資の値上がりは進んでおります。あと二カ月もすれば、庶民の生活が苦しくなるでしょう」
「千年財団は、どうなの? 困っていない?」
「今回の戦争は予期していました。ですから、地下蔵や土蔵に物資の貯えがあります。半年は困らないと、ベルコニア様が太鼓判を押しておりました」
「ベルコニアが保証するのなら、問題ないだろうな」
転移門が見えてきた。転移門を使って、ダンジョン内に進入する。
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