第23話 ダンジョン最下層にて
レオンを始末した二日後、オウラが部屋にやってくる。
「ハルト様、本日、ダンジョン最下層に行き、結界の具合を見てきます」
「ダンジョン最下層には一度、行った経験はある。変わっていないと思うが、僕も行こう」
ダンジョンなので、三日も行ってなければ、がらりと変わる場合もあった。
だが、ダンジョンの最下層には始まりの樹がある。封印もあれば変わりがないと思える。
だが、何事も思い込みは禁物だ。時間があるなら、確認したほうがいい。
オウラを伴って、ダンジョンの入口へと続く転移門に向かう。
転移門を使うと、青く白い光に包まれる。
出た先は生樹でできた壁と床の空間だった。
生樹には光る苔が自生しているので、暗くはない。ここまでは、前に来た時と同じだった。今いる場所はダンジョン最下層ではあるのだが、オウラがいない。
「はぐれたか? それとも、分断されたのか?」
ダンジョン最下層は侵入こそ難しい。だが、一度でも侵入できてさえしまえば、次から楽に行ける。また、さほど危険な場所ではない。
何か所かガーディアンが配備されている場所はある。されど、無理に進まなければ、問題はない。
部屋を見渡すが、転移門がない。なので、立っている場所は正規の入口ではない。
どこかに僕だけ飛ばされたと考えるのが妥当か。それとも、時間が経ち、ダンジョン内部で変化があったのかもしれないな。
部屋の先には十mほどの通路が続いていた。通路の先を人が横切る姿が見えた。
人型のモンスターか? いいや、最下層に人型モンスターはいない。
通路を先に進むと、通路は左右に続いていた。
人影は右から来て左に行っていた。左を見ると、また人影が見えた。
これは誘っているな。なら、招待に応じるとしよう。人影に誘われるように進む。
大きな通路に出た。通路は幅が十m、高さも十mあった。通路には白と黒二色からなる光の壁で塞がれていた。
これが封印だな。背後から気配がした。気配に覚えがあった。キャメロンだ。
「ロード・キャメロンか。ここで僕を始末するつもりか」
振り返ると、黒のドレスを着たキャメロンがいた。
キャメロンの横に灰色のローブを着た女性がいた。女性の身長は百六十㎝、痩せており、髪は白い。
妙だな? 背後から感じた気配は、キャメロンのものだけだった。老婆の気配はしなかった。
キャメロンは笑顔で隣の女性を紹介する。
「ご紹介するわ。魔術師のモルガーヌよ。賢者モルガーヌと紹介したほうがいいかしら」
モルガーヌはダンジョン最下層にある始まりの樹へと続くこの通路を封印した魔術師の名だ。
「初めまして、魔術師モルガーヌ。あなたの結界により、苦労している者です。封印は解かせてもらいます。ですが、できれば、貴女の手で解いてくれませんか」
モルガーヌは感情の籠らない顔で語る。
「ミルドラダス王よ。お前がこのメッセージを聞いているのなら、私の掛けた封印が破れかかっているのだろう」
モルガーヌは幻影の魔法による造り物だな。どうりで気配がないわけだ。
おおかた、封印に力を使い過ぎて亡くなったか。
モルガーヌは語る。
「お前の王国は重臣たちが守っている。封印の守護は光の神と闇の神の協定によるものだ。呪われた王冠の呪いを解いてはいけない」
説教臭い婆さんだなと思った時、昔のミルドラダス王だった時の記憶が蘇る。
賢者モルガーヌはミルドラダス王の教師にして大魔術師だった。歴史の闇に消えた英雄だった。
微笑みを浮かべるキャメロンの顔を見ると、また、失われていた記憶が蘇る。
キャメロン伯爵。宮廷にありて、外交を担っていた女性。
一部を思い出す。すると後から後から、知らない顔と名前が浮かんできた。
そうか、ダンジョン最下層の結界は、始まりの樹へと続く道だけを封印していたのではない。
モルガーヌは呪われた王冠の呪いを解かせないために、ミルドラダス王の記憶も封印していたのか。
封印が解けかかった今、失われたミルドラダス王の知識が復活しようとしている。
「記憶の封印が解けかけたおかげで、思い出しましたよ、キャメロン。お前は僕の家臣だった。それだけではない。晩餐会の会場にいたあいつらも僕のかつての家臣だ」
ハルトは知った。晩餐会の中にエドワードもいた。エドワードは混沌王だった。
混沌尾はミルドラダス王にとって代わった。
エドワードは若返りを繰り返し、数百年に亘り混沌王として君臨していた。
キャメロンはスカートの端を軽く抓んで、臣下の礼を取る。
「陛下の記憶が戻る日を、私たち家臣一同は待っておりました」
ミルドラダス王だった時の記憶の復活により、怒りが湧く。
「一度は裏切っておいて、今更、何を言うんだ、キャメロン伯爵」
キャメロンは澄ました顔で言葉を続ける。
「あの時、陛下はダリアとエドワードを何よりも信頼しておりました。私たち家臣が何を進言しても、私たちの言葉を聞かなかったでしょう」
キャメロンの言葉は当たっていた。エドワード、ダリア、モルガーヌをミルドラダス王は信用していた。だからこそ、裏切りは成功した。
けれども、ここでキャメロンの言葉を信じるほどハルトは馬鹿ではなかった。
「キャメロンよ。お前は何を考えて、何を望むのです?」
キャメロンが深刻な顔で語る。
「私たち家臣が望むのは、王国の繁栄。老いたエドワードでは、もう国が
嘘臭いな。ミルドラダス王だった時も、キャメロンは心底、信用できなかったからな。
キャメロンは楽しい時に深刻な顔をして、深刻な時でも楽しい顔ができる女性だ。
「具体的にはどうしろって頼むんです?」
キャメロンは切実な顔で頼んだ。
「呪われた王冠の呪いを解き、全能なる王冠を私たちにお渡しください」
「待て、キャメロン。お前はバンパイア・ロードでしょう。王冠から呪いが消える時、お前の存在も消えてなくなる」
キャメロンは泣きそうな顔で懇願した。
「私はもう充分に生きました。ですから、王国を優先してください」
完全に嘘だな。だが、どこからどこまでが嘘なんだ。
キャメロンの言葉には、嘘が含まれている。だが、どれが真実でどれが嘘かを、ハルトは判定できなかった。
王国を救うか。現状では呪われた王冠に願いを叶えさせるのは難しい。最低でも二つに割れた王冠を戻さないといけない。完全を期するなら呪いを解かねばならない。
呪いを解いて僕が消えれば、王冠は新たな所有者の手によって願いは叶えられる。
だが、キャメロンは本当に王国を救うだろうか? 救わないだろうな。
「キャメロンよ。王国を救うって、誰にどんな願いをさせるつもりですか?」
「私たちミルドラダス王の元家臣が選んだ、新たな王に強い国を造らせるつもりです」
全能なる王冠を使えば、強い国はできる。現に、王冠が破損して呪われた状態になっても、混沌王国は数百年に亘って存在しした。本来の力が発揮されるのなら、近隣の五か国を併合するくらい可能だ。
キャメロンにしても一度は消えてなくなる。だが、新王に全能なる王冠を使わせて転生させるくらいは考えているかもしれない。転生後は大きくなった国の大貴族として優雅に暮らすくらいは、あり得る。
キャメロンが言葉を続ける。
「ミルドラダス王よ。何なら、新王に進言してミルドラダス王の願いも一つ叶えさせましょう」
キャメロンの言葉は餌だな。わかりやすい絵に描いた餌だ。食えたものじゃない。
「僕の願いは叶えなくていいよ。僕のただ一つの願いは、呪いが解けた時に叶う」
キャメロンは優しく微笑み語る。
「でも、ミルドラダス王の願いは、始まりの樹に思い込まされているだけではないですか。始まりの樹の呪縛が解けた時、王は真の願いを知るのではないのですか」
キャメロンの言わんとする内容はわかる。けれども、この世の全ては、定められている。
神さえも例外ではなく、始まりの樹が定めた真理からは逃れられない。
「鳥は飛び方を教わらなくて飛べる。作物は命じられなくても自然に種を付ける。季節は誰に従うともなく循環する。全てが始まりの樹に定められているからです。逆らうのは愚かです」
「ミルドラダス王の願いも、季節の循環のような定めだと仰るのですか?」
「世に車輪があるでしょう。木は車輪になりたくて生まれたわけではない。だが、車輪になったからには、役目を終えるまで車輪は車輪です」
ハルトの世界観だった。キャメロンは寂しく微笑む。
「でも、車輪は壊れれば、捨てられますよ」
「車輪は焼かれ、灰に戻る。灰はまた土に混じり樹になる。だが、僕は違う。役目を終えた後には完全な無になれる。これがどれほど大きな幸福か、他人に理解できないだろうね」
消えゆく幸福。ハルトは無に理想を抱いていた。全てからの解放。真理すら届かない永遠の無。考えることも感じることもない世界。
破滅的願望と人は評価するかもしれない。あるいは、始まりの樹がハルトを使い捨てにするために抱かせた妄想かもしれない。
だが、ハルトはどうでもいいと思っていた。
一度しかない人生として、消滅を願う。
生きて死に、消えていく最期に安らぎを見ていた。
キャメロンが悲し気に首を横に振る。
「残念ですが、わかりません。でも、でしたら、呪いを解いたあとの王冠は貰って構わないのですね」
「僕は誰にでも教えている。僕は呪いを解いたあとの未来については関知しない。欲しい奴は、勝手に全能なる王冠を取りに行ったらいい」
「わかりました。今の言葉は忘れないでくださいね」
キャメロンの姿が薄くなり消えて行った。
キャメロンの気配が消えると、オウラが走ってやってきた。
「探しましたぞ、ハルト様」
「心配を掛けたね。早速、封印を調べてくれ。もうだいぶガタが来ているとは思うけど」
オウラが魔法で結界を調べる。
「やはり封印は弱くなっていました。これであれば、シャーロッテと私が力を合わせればすぐに解けます」
当初の目的は達した。キャメロンの動きが気になるところではあるが、今日は、これでよしとするか。
「そうか、それは良かった。それと、オウラに尋ねたい」
「我が知識でわかる内容であれば、何なりとお答えします」
ハルトは心情を素直に語る。
「消えてなくなりたい、って、そんなにおかしい願いかな?」
オウラは澄ました顔で語る。
「願いは人それぞれです。ハルト様が正しいと思うのなら、ハルト様が正しいと思う行動を採ればいいだけ。正しいから正解、ではないのです。望むから、人は正しいと思い込むだけです」
「まず、先に願いがあった、か。全能なる王冠の物語のようだな」
封印の確認が終わったので、転移門に向かった。
転移門の前には、甲冑に身を包んだ二人の戦士が待っていた。
戦士はハルトを見ると剣を抜く。少しはできるようだった。
オウラが前に出ようとしたので命じる。
「不要だ。僕が始末する」
二人の戦士が走り込んでくる。影を伸ばして貫こうとする。
突如、二人の戦士の甲冑が光った。
ハルトの影の伸びが遅くなった。戦士二人がハルトの影を
戦士二人の剣がハルトに迫る。ハルトは両腕に呪われた力を込める。
二本の剣を腕でガードした。攻撃は止まった。だが、体格差から、ハルトは後方にのけ反る。
影を背中から伸ばして体を支える。
戦士の剣が光った。ハルトは呪いの視線を戦士二人に浴びせた。戦士の剣がハルトをXの字に斬った。
ハルトの体から、血が噴き出す。呪いの視線は決まっていた。
一人の戦士は倒れ、もう一人は立っているのがやっとだった。
ハルトは影を伸ばして、残っている戦士の腹部を突いた。
陰は甲冑を貫通して、傷が内臓まで達したのがわかった。
勝負があったのでオウラがハルトの横にやってきて、治癒魔法を掛ける。
「世を照らす者か、ケルス聖王国の者かは知らない。だけど、ダンジョン内に入って来ているところからすると、封印の確認かな」
「そうでしょうな。どれ、訊いてみましょう。まだ、息があるなら、私めの力で情報も聞き出せましょう」
オウラがハルトの傷を治すと、倒れている戦士に近付いた。オウラの目が怪しく光る。
オウラが戦士のマスクに耳を近づける。戦士はオウラに何かを語っていた。
嫌な予感がした。ハルトは影をこっそり伸ばす。いつでもオウラを影の中に取り込める状態にした。
戦士が急にオウラに抱き着いた。ハルトは影の中にオウラをだけを取り込む。
次の瞬間、戦士が爆発した。ハルトは爆発に巻き込まれた。耳、目、鼻孔が傷んだ。
壁にも叩きつけられ、痛かった。
もう一人の男も自爆されたら困るので、蹴とばしてみる。
だが、こちらは一切の反応がなかった。
安全だと思ったので、オウラを影の外に出す。
オウラはペコリと頭を下げる。
「お気遣い、ありがとうございました」
「今のはちょっと危なかったぞ。それでなにか有用な情報でも聞けたか」
オウラは魔法で、残りの戦士の遺体を灰に変えた。
「戦士はケルス聖王国の兵士でした」
「死を覚悟していたから名乗ったのか。名前には興味がないけどな」
オウラは澄ました顔で告げる。
「ケルス聖王国は王冠の呪いを解いた後に、全能なる王冠を使って願いを叶えるようです」
光の者は呪いを解いた後に何を望むのだろう?
「どんな願いだ? 万民の救済でも謳うか? だが、あまりに過分な願いをすると、相応の対価が要求されるぞ」
経験者の言葉だった。
オウラは戦士の甲冑を見て、淡々と語る。
「神々の戦争の終結だそうです。光の者だけによる世界の再構築と、ほざいていましたな。全くもって、人間は進歩しませんな」
わかり易い願いでもある。だが、叶わない願いだとも思った。
「そうだな。ケルス聖王国が勝っても、人は幸せにならないだろう。他人の幸せなどどうでもいいけどね」
ハルトとオウラは転移門も使って、迷宮都市に帰った。
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