第22話 父来たる

 千年財団にも兵が戻ってきた。オウラの報告では三百人で出兵し、帰ったものは二百人程度だった。


 冒険者ギルドに行くと各地の情報が聞こえてくる。

 冒険者たちが険しい顔で噂する。


「聞いたか? 村が騎馬隊によって略奪されている。軍が駆け付けても、騎馬隊は略奪を済ませると、風のように逃げる。だから、どうにもできない」


「騎馬隊は村だけでなく、街道で荷馬車も襲っている。規模が大きいから護衛を付けても護衛ごと殺されるそうだ」


 緑の王はケルス聖王国と組んでいる。さしずめ兵糧攻めのつもりかもしれない。だが、効果のほどは不明だった。


 迷宮都市には摩訶不思議なダンジョンがある。ダンジョンでは少々危険だが、魚も唐黍も取れる。木材、石材が取れ、武具が産出する。ダンジョンから補給ができるのであれば、そう簡単に物資不足になる事態はない。


 ハルトの認識と庶民の感覚はそう変わらない。

 冒険者の店を通して物資は市中に流れていた。


 だが、数日で街の雰囲気が変わった。

 ケルス聖王国軍が現れて、迷宮都市を包囲した。


 屋敷の部屋にオウラが霜村を伴ってやってくる。

 霜村は苦い顔で報告する。


「ケルス聖王国軍が街を囲んだ状況は知っていると思う。奴らは呪われた王冠の引き渡しを混沌王に要求しているぜ」


 無駄な要求をする。とりあえずは要求して、さらなる圧力を掛けるつもりだろう。だが、迷宮都市はそう簡単に落ちない。何せ、元はミルドラダス王の居城だ。


 ミルドラダス王の息子のエドワードも、迷宮都市にミルドラダス王が籠られては倒せないと知っていた。だから、エドワードはミルドラダス王を宴席に呼び出して討った。


 答え合わせをする気分でオウラに訊く。

「混沌王は呪われた王冠を引き渡すと思うか、オウラ」


 オウラは澄ました顔で持論を語る。


「引き渡さないでしょうな。半分は我ら千年財団が持っているので、引き渡せもしないでしょう。ただ、混沌王が千年財団に何か要求して来る可能性があります」


 混沌王が動く可能性はあった。混沌王とて、今の地位を失いたくはない。そうなれば本意ではないが、呪われた王冠の呪いをいったん解く対策が予想された。


 全能なる王冠の力をもってケルス聖王国を退ける。国王なら考える手だった。


「混沌王が動くか? あるだろうな。ならばケルス聖王国はどう動く? 迷宮都市を攻めるか?」


 オウラは、ふふふと笑う。


「よほど馬鹿か、よほど天才でない限り、城攻めはしないでしょう。迷宮都市を落とすとなると、兵力が不足しています」


 オウラもハルトと同じ考えだった。すると、今後の展開が気に懸かる。

「では、ずっと、このままか?」


「ケルス聖王国の財政事情によります。ですが、私めがざっと試算したところ、半年は街を囲んでいられるでしょう」


 ケルス聖王国は野戦で兵を失ったとはいえ、まだ五万か四万の兵はいる。五万人を半年も喰わせるとなると、結構な出費だ。


 緑の王に金を払っても、まだ余るか。侮り難しだな、ケルス聖王国。

「半年もあれば援軍が来そうなものだな。ならば、勝機は混沌王にあるのか」


 霜村が厳しい顔で報告する。

「ハルトの旦那、援軍がすぐ来るかどうかは怪しいぜ。地方の新興領主たちの忠誠心は薄い。ここいらで、大貴族を目指そうってやつがいないと、纏まらない可能性もある」


 良い時だけ王にへつらう弱小貴族など、いくら大勢いても頼りにならないものだ。


 混沌王の王国ながら、憂鬱な気分にさせられた。

「では、じわじわと混沌王国は諸外国に蝕まれ、崩れていくのか」


 霜村が難しい顔で唸る。

「今後が全く読めねえ。貴族たちも将来が読めてない。だから、みんな様子見だ」


 なるほど、さすが知恵者のオウラだ。予測した通り、事態は千年財団に有利に働いている。


 ハルトはオウラと霜村に指示を出した。


「なら、諸勢力が様子見を決め込んで動きが取れないうちに、千年財団が動きましょう。呪われた王冠を完成させて、呪いを解くのです」


 オウラと霜村が下がった。入れ違いに島津が現れた。

 島津が澄ました顔で告げる。


「失礼します。ハルト様の父上を名乗るレオン・クロウなる男が、面会を求めてきております。会いますか」


 父親になんか用はなかった。だが、街が囲まれ、千年財団が動こうとしてのタイミングで現れるとは、ちょっと妙だった。


 これは、あれか? 世を照らす者が放った刺客だろうか?


「よし、別室で会おう。天井二名、床下に二名、忍者を潜ませろ。オウラも呼べ。島津も同席してくれ。僕が合図したら即刻、斬れ」


「承知しました」


 準備が整うと、十二畳ほどの板の間に移動する。ハルトの横には、オウラが控える。


 先頭を武士が歩いて一人の男を連れてきた。男は黒髪で色白。体形はやせ型。服装は白い上下の服を着て、眼鏡を掛けていた。


 男はハルトがよく知る父親のレオンに、そっくりだった。


 レオンがあまり歳を取っていないのが、妙だった。だが、レオンの落ち着いた態度を見てハルトは偽者だと思った。


 レオンはもっと神経質で、びくびくとしていた。こんなところに平然と来られる人間じゃない。


 レオンの後ろから刀を差した島津がやってくる。

 ハルトを見ると、レオンは破顔して飛びっきりの笑顔を浮かべる。


「大きくなったな、ハルト。父さんは嬉しいぞ」


 レオンはそのままハルトに近寄ろうとした。

 島津が斬ろうとしたので手を止める。レオンはそのままハルトに抱き着く。


 レオンはハルトを抱きしめる。物凄い力が加わる。

 ばきばきと音がしてハルトの背骨が折れた。


 天井と床下に潜んでいた忍者がレオンを槍で突いた。

 槍は服を貫通する。だが、服の下で止まっていたのか、血は流れない。


 尋常ならざる頑健さと筋力は、超人の力だった。聖なる力の加護と思えた。

 しばらく会わなかったら、レオンはいつのまにか、人間ではなくなっていた。


 レオンが異常な力を得た理由は見当が付く。

 研究を続けていくうちにレオンは子供のハルトを闇の者に捧げた。


 だが、ハルトを捧げただけでは足りなくなったのだろう。

 闇の者と取引している妻は、既に闇の者に捧げられている。だから、レオンは妻を差し出せない。


 レオンはレオン自身を差し出すしかなくなった。聖なる力の応用なので、おおかた世を照らす者にレオン自身を差し出したのだろう。愚かな行いをする。


 ハルトの家庭は壊れていた。壊れた家庭が壊れたままならよかった。

 少し悲しく思った。こんな歪な形で戻してはほしくはなかった。


 ハルトは血を吐いた。

「お父さん痛いよ。服が血で汚れるよ」


 服に槍が刺さっているのに、レオンは気にしなかった。

「これは済まなかった、ハルト。父さん、感激したあまり力が入り過ぎた」


 レオンは服に掛かったハルトの血だけハンカチで拭った。

 ばきばきと音がして、折れたハルトの背骨が修復されていく。傷ついた内臓も、治っていく。


「それで、父さんがここに来た目的は何? こんな戦争中に訪ねて来たんだ。重要な用事なんでしょう? もしかして、お金が必要なの?」


 レオンは半笑いになる。


「研究費にはいつも困っている。でも、今は資金を出してくれる人たちがいるから問題ない」


「じゃあ、何? 言ってよ」


 レオンは笑顔で要求した。

「ハルト、王冠の呪いを解くのを止めてくれないか」


「やれ、島津」

 ハルトはハルト自身が発した冷たい声を冷静に受け止める。


 島津の居合斬りが決まる。レオンの首は落ちて、血飛沫を上げる。

 血溜まりの中でレオンの首は笑う。


「酷いな、ハルト。お父さんに何て仕打ちをするんだ。コピーじゃなきゃ、死んでいたよ」


 ハルトは落ちたレオンの首をしっかりと見据えて、言い放つ。


「偽者だとは思ったよ。本物の父さんは、もっと臆病だ。いきなり僕の前に現れはしないんだ。父さんはもっと僕を、心の底で恐れていた」


「随分と冷たいたんだな。まあ、いいだろう。ハルトは呪いを解く者。私は妨害する者。ならば決着を付けよう。ダンジョンにあるコロシアムで待っている」


 メッセージを伝えると、レオンの首から水蒸気が立ち上り、ミイラのようになる。


 ハルトは少々、機嫌が悪かった。

「オウラ、このゴミを片付けておけ」


 オウラが畏まって答える。

「ゴミの処分はよろしいのですが、まさか、お一人でレオンと戦うつもりですか?」


「いや、オウラを連れて行く」

「でしたら、少々お待ちを。準備してきます」


 三十分ほど待つ。オウラを伴ってダンジョンの転移門に行く。

 転移門は第二城壁の内側にあるので、問題なく行ける。


 ダンジョンの入口は相も変わらず冒険者で賑わっていた。

「いつもより、人が多いね」


「ダンジョンからの持ち帰り品で、物資を補給していますからね」


 転移門を潜る。緩やかな下り坂の向こうには、三階建てのコロシアムが見えてくる。近くには『この先三㎞に闘技場あり』の看板があった。


 真っすぐ進むと大きな門があり、門の横には脇道があった。

 オウラが説明する。


「門の中に進むと、アイアン・ゴーレムが出現します。倒せれば、すぐにコロシアムです。脇道を進んでも、門を迂回してコロシアムに行けます。ですが、弱い敵が多く出現します」


「なら、アイアン・ゴーレムを倒して先に進もう。近道のほうがいい」


 オウラが畏まって申し出る。

「さしでがましいようですが、ハルト様は、レオンにより平常心を乱されているご様子。ここは脇道に進んで、時間を掛けましょう。時間が経てば、怒りは静まるはず」


 怒りなぞ感じていないと思った。だが、オウラはハルトを長い間、見てきた。

 オウラが指摘するのなら、平常心ではないのだろう。


「心乱れているか、なら進言の通りに脇道を通ろう」

 脇道は幅が六mある舗装された通路だった。脇道を進むと、剣闘士が向こうから走り込んでくる。


 だが、オウラの魔法が的確に剣闘士を処理していく。出て来る敵はオウラに任せて問題なさそうだった。


 敵が出て来ない合間に、オウラが問う。オウラは静かに申し出た。


「レオンは世を照らす者の手先となったと見て、間違いないでしょう。実の父親をハルト様は殺せますか? お辛いようなら、私めが始末しますが」


 レオンを殺すか。もう殺すしか道はないのだろうな。世を照らす者を恨むよ。父は研究だけしていればよかったんだ。


 レオン殺害は気分の良いものではなかった。だが、和解する選択肢は、ないと思った。


「父は生まれた日を選べなかった。だが、死ぬ日は選べた。死ぬ日を今日に設定したのは残念でもある。もっと先にできただろうに」


 オウラが魔法で敵を倒しながら、淡々と尋ねる。


「ハルト様のご家族の内情を私はよく知りません。いえ、立ち入らないようにしてきました。よろしければ、故人となるレオンの話を、少ししてもらえませんか」


 オウラが気を使っている。いや、単純に知りたいのかな。

 闇の知識の守護者であるオウラは、何でも知っていると思っていた。だが、知りたいのなら、聞かせてやろう。


「父上は、いつも研究ばかりしていた。遊んでもらった記憶は、ほとんどない。それでも誕生日などは覚えていて、プレゼントは貰ったな。欲しくもないものばかりだったけどな」


「どこかに一緒に遊びに連れて行ってもらった記憶はないのですか」


 ぼんやりと記憶にあった。

「祭りには、連れて行ってもらったな」


「愛情がない父親のように聞いておりました。ですが、祭りの話など聞くと、愛情表現が下手なだけの普通の父親だった気もしまず」


 愛情、形のない無償にして崇高なもの。ハルトが手に入れられなかったもの。

 だが、必要な時期に必要な愛情を得られなかったハルトには、不用なもの。それどころか、目的を達成するのに不純なものにすら思えた。


「今のレオンに尋ねたなら、愛情はあったと、万言を尽くして語るだろうね。なぜなら、語る態度が一般的だからと思い込んでいるからだ。主流に乗りたがる態度は、研究でもそうだった」


 オウラが上目使いにハルトを見る。

「何やら棘のある言いかたですね」


「プレゼントをくれたり、祭りに連れて行ってくれたりするのと同じさ。世間一般がそうだから、自分もそうする。父は群れから逸れる怖さを何よりも知る羊。全ての動機は愛情じゃないんだ」


 オウラはレオンに同情した顔をする。

「随分と手厳しいのですな。それでは、親でもやり切れないでしょう」


 いつものオウラは、ハルトを批判しない。ハルトはオウラの指摘に興味を持った。

「僕が悪いと主張したいのかい?」


 オウラは知的な顔で語る。

「親には親の務めがあれば、子には子の務めがあると思いますが」


 オウラの指摘は正論だ。

 正論だからこそ、現状では役に立たない。オウラの言葉に少々と幻滅する。


 つまらない言葉を吐くんだな、オウラ。


「子の務めはあるだろうね。光の教えによれば、親が子を殺すのは罪だが、子による親殺しは大罪。でもね、オウラ。僕の前世は、息子のエドワードに裏切られて死んだミルドラダス王だよ」


 オウラは表情を和らげて意見を述べる。


「前世で子に裏切られたハルト様が、現世で実の父を討つとは、真に皮肉ですな。でも、進む道が正しいと思うのなら、進みなされ。他人の意見など、気になさるな」


 オウラは別に正論を吐きたいのではないと気付いた。オウラはハルトに自覚を持ってレオンを殺させたいのだ。また、罪の意識なんて感じて欲しくはない。まっすぐに、行きたい道を見て進めと励ましている。


 父性とは、こういうものかも知れないな。

 ハルトはオウラからの愛情を微かに感じた。


 脇道を抜け、迂回して、コロシアムの正面に来た。

 コロシアムは三建てで、高さが三十mはある。見た感じ、直径も百mはありそうだった。


「行こう、オウラ。決着の時だ」

 正面ゲートを潜り、内部へと進む。


 内部はがらんとして、モンスター人の気配もしない。

 闘技場に中に入ると、背後で隔離扉が閉まる。


 ハルトとオウラは閉じ込められた。闘技場内にレオンの声が響く。


「よく来た、愛しい我が息子よ。今なら、まだ間に合う。王冠の呪いを解くのを止めてくれ」


 断ると分かっている答えを一々聞く。これも、父親なら尋ねるものだ、との思い込みだろう。


「答えは、NOだよ。父さん」

「そうか、ならば冥府へ帰れ、化生の者よ」


 ハルトが入ってきたゲートの反対から白い光が立ち上る。

 現れたのは四輪の車だった。車の形は四角。


 全長は五m、幅二m、高さが三m。車の前面に大きな棘の着いたローラーがあった。


 車がハルトを轢き殺そう突進してくる。

 ハルトが右に、オウラは左に避ける。


 車は迷わずハルトに突進してきた。車を斬ろうと影を伸ばす。

 だが、ハルトの影は車体をわずかに切り裂いただけだった。


 硬いな。かなりの強度だ。

 突進を回避する。車の窓が少しだけ開いて六本の筒が飛び出す。


 筒から弾丸が断続的に降り注いだ。

 弾丸はハルトに体に当たると、ハルトの左腕と肩を傷つけた。


 場内にレオンの声が響き渡る。

「どうだ、呪いの力を封じる装甲の威力は? 斬れないだろう。どうだ、聖なる弾丸の威力は? 歪な者でも、これは効くだろう」


 ハルトは傷に意識をやる。

 普通の傷と違い回復には時間を要しそうだった。


 ハルトは影を伸ばし、装甲より弱いタイヤを狙う。タイヤは斬れるがすぐに再生する。


 レオンの勝ち誇った声が闘技場内に響く。

「無駄だ。無駄。この車に欠点はない。さあ、聖なるローラーに轢かれて冥府に落ちろ」


 ハルトは黙って立ち尽くす。正面から車が突進してくる。ハルトは姿を影に変えた。


 ローラーがハルトの上を通り過ぎる。ローラーについたスパイクがハルトの体に無数の引っ掻き傷を作った。


 ローラーが通り過ぎたところで、ハルトは無理に体を実体化させた。

 地面から車体の下に体が出現する方法で、車体を持ち上げようとする。


 ぶちぶちと筋肉繊維が斬れる音がする。それでも、ハルトは力の限り、車体を上に押した。


 ぼきっと首の骨が折れる音がした。

 体の表面は穴だらけ、筋肉は断裂し、首の骨は折れた。


 だが、車はごろんと天地が逆になった。

 引っ繰り返った車は起き上がれない。虚しくタイヤだけが回る。


 車のヘッドライト部分が割れて筒が飛び出す。ハルトは筒と筒との間に移動する。

 筒は内側に曲がらず、虚しく弾丸は吐き出すだけだった。


「どうしました。父さん。自慢の車が引っ繰り返って、動けなくなりましたよ」


 レオンからの返事はない。代わりに霜村の声が闘技場内に響く。

「ハルトの旦那。レオンを捕まえたぜ。どうする?」


 オウラが時間の掛かる道をわざわざ進めたのは霜村を先行させるためか。レオンは戦いの場に出てこない、だから、探して首を取る必要があったわけか。


「やれ、霜村」とハルトは、はっきりした声で指示を出す。

 ハルトが命令すると、車のタイヤの回転が動きを停めた。


 車はしゅうしゅうと白い煙を上げると、錆びたガラクタになる。

 ガラクタの上にはオレンジ色の宝石があった。ハルトは手を近づける。


 オレンジ色の宝石がハルトを拒絶するように静電気を放つ。聖なる力だった。

「レオンの奴、最期の最後で、僕が欲しがるプレゼントをくれたな」


 オウラが宝石を回収し、ハルトはコロシアムを後にした。

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