第20話 開戦前夜

 オウラが厳しい顔をして部屋にやって来た。

「ハルト様。いよいよ、ケルス聖王国と混沌王国の戦いが始まります」


 戦争が始まる。大きな戦だ。


 ケルス聖王国や混沌王国にとっては光対闇の戦いのつもりだろう。僕には違う。これは、ダンジョンの封印を解くための戦いだ。


「そうか。いよいよ始まるのだな。それで、僕たちはどうする?」

「混沌王国に傭兵団として参加するのがよろしいかと思います」


 ケルス聖王国に着く選択肢は今のところなかった。ケルス聖王国にとって歪な者であるハルトやマンティコアのオウラは敵性種族である。当然、まともな扱いは期待できない。


 混沌王がハルトの首を狙ってくれば、陣営替えはあり得る。だが、現時点でケルス聖王国に着く決断は利口な選択肢ではない。


 ケルス聖王国は呪われた王冠の呪いを解こうとする者ではある。されど、ハルトの望まない形で呪いを解くとする混沌王の言葉も気になっていた。


 呪いを解くのは僕だ。他人は当てにしない。

「わかった。僕も出陣しよう」


 戦に出れば討たれる危険性もある。されど、戦わなければ得られぬ物もある。それに、今はまだ混沌王に味方しておいたほうがいい。当事者になったほうが情報は手に入る。


 オウラはおごそかに尋ねる。

「して、幹部は誰を連れて行きますか?」


 連れて行く幹部と残す幹部はあっさりと決断できた。

「霜村、ベル、オウラがいればいいだろう。島津、ベルコニア、シャーロッテは本部を守るために残そう」


 オウラが頭を下げる。


「わかりました。ならば、我が財団の兵力の半分を伴って、ハルト様に出兵していただきます」


 千年財団が率いる兵士は混成部隊で数は三百名。兵糧と物資を持ってデカルト平野に向かった。


 デカルト平野は広さ百㎢の平野である。降水量は少なく、年中、乾いた地形である。


 葡萄の栽培が有名で、混沌王が布陣する五㎞後方にも葡萄畑もある。

 名前のデカルトであるが、平野を支配するデカルト王が混沌王に敗れ、この地に散った経緯から付いた名前だった。


 混沌王の軍勢は八万。混沌王の兵の半分はアンデッドを中心とする闇の勢力に属するモンスターだった。


 対するケルス聖王国は六万。こちらは人間を始め、妖精、亜人、竜人、獣人、蜥蜴人、精霊人、といった人類種を中心とした軍勢だった。


 両軍は五㎞の距離を開けて布陣していた。


 混沌王とケルス聖王国の二大勢力対決になるはずだった。だが、ここに当初は予定されていない勢力が現れた。


 混沌王国ともケルス聖王国とも国境を接する、草原の王国を支配する緑の王だった。


 緑の王は騎馬一万を率いて、戦場から十㎞離れた場所に布陣した。

 緑の王からは敵対するとも味方になるとも連絡が混沌王に来なかった。


 幕舎でハルトは、オウラと今後を話し合う。

「決戦の場に予期しない客が来たな。どう思う?」


 オウラは知的な顔で述べる。


「緑の王の狙いは現時点では略奪でしょう。ケルス聖王国が勝てば、混沌王国内を荒らす。混沌王国が勝てば、ケルス聖王国内を騎馬隊で荒らし回るつもりでしょう」


 負けたほうを襲えば、苦労を少なくして富が手に入る。理解できる行動だった。

 戦争とは本当に人の本性が現れるものだな。


「つまり、緑の王は戦いに出て来ないと判断するのだな」


 オウラは静かに語る。

「出て来るなら、どちらかに味方すると宣言するはずでございます」


「戦っている最中に騎馬隊で後方や側面を突かれる危険性はあるか?」


「相手がある戦争ゆえ、ないとは断言できません。攻撃があれば脅威でしょうな。だが、脅威はケルス聖王国も同じこと。全ての部隊を正面に振り向ける対応ができません」


「厄介だな」

 三軍が睨み合ったまま三日が過ぎたところで、ハルトは混沌王の幕舎に呼ばれた。


 ハルトが行くと、漆黒の戦鎧を身に纏った混沌王がいた。


「ハルト殿。お願いがある。緑の王の動向だ。緑の王にこちらに味方するように掛け合って来てくれ」


 ハルトは混沌王の申し出に疑問を持った。


 調略に動くのか。でも、行くのが何で僕なんだ。もっと信頼できる家臣を派遣すればいいだろう。


「交渉に行くのは構いません。ですが、交渉は上手く行かないでしょう」

 戦いなら、どうとでも上手く立ち回る自信があった。だが、交渉事は得意ではなかった。


 ハルトは遠回しに断ろうとした。だが、混沌王は厳しい表情をして認めなかった。

「そこを何とかするのが、ハルト殿の仕事だ」


 断れない仕事か。表向きは混沌王に雇われた身だから、拒否もできないか。


 ハルトは渋々了承した。

「わかりました。行くだけは、行ってきましょう」


 交渉に行く状況は認めた。でも、いきなり出向きはしない。まずは、オウラに相談する。


 ハルトから混沌王とのやりとりを聞いたオウラが意見する。

「緑の王が色よい返事をするとは、思えませんな」


 オウラもハルトと同意見だった。

 ハルトは正直にオウラに尋ねた。


「混沌王は本当に僕が説得に成功すると考えているだろうか?」


 オウラは素っ気なく判断を下した。

「考えてはいないでしょう」


「では、混沌王の目的は何だ? できもしない交渉をさせて、責任を取らせるつもりか?」


 ハルトの首を狙っているのなら、ケルス聖王国に通じる選択肢を考えざるを得ない。


 普段なら闇の勢力であるハルトたちをケルス聖王国は拒絶する。けれども、今は戦争中である。目的を達成するためには、裏で汚い取引の一つもするだろう。


 オウラが静かに意見を語る。


「責任を取らせて、ハルト様を処分する――は、ないですね。戦争の最中です。ハルト様を葬りたいのなら、そんな回りくどい手は使わないでしょう」


「では、何が目的なんだ? オウラにはわかるか?」


 オウラは難しい顔をして語る。

「おそらくは、呪われた王冠に関する件でしょう」


 緑の王がどういう人物で、どんな思想を持つか、ハルトは知らなかった。

「緑の王は王冠の呪いを解く勢力でも、妨害する勢力でもない」


 オウラは当然の事実を指摘する。


「呪われた王冠の存在に確信を持ったのでしょう。あるとわかると、欲しくなったのではないですか。呪いが解けて、全能なる王冠になったものが」


 領土欲。あわよくば混沌王の代わりに混沌王国を支配する。

 混沌王国には草原の王国にはない武具、美術品、贅沢品がある。欲しくなったとしても不思議ではない。


「考えられるな。とすれば、呪いを解くのを妨害する勢力である混沌王とは組めない。だが、呪いを解きたがっている僕とは組めるか?」


 全能なる王冠を手に入れるのなら、緑の王はケルス聖王国と組む手も考えられる。だが、呪いを解いた後の王冠をケルス聖王国がどうするかは、不明。


 単純に考えてケルス聖王国はハルトとは違う。「呪いを解きました。はい、それまで」で終わるわけがない。


 ケルス聖王国は新たな所有者として願いを叶えるはず。そうなると、緑の王は当然に面白くない。


「混沌王はハルト様と緑の王を一時的に組ませる対策で、ケルス聖王国を牽制したいのでしょう。ひょっとすると、ケルス聖王国の背後を取れるかもしれないですからな」


「オウラの意見なら、理解できる。よし、緑の王に会いに行こう」

 オウラを連れてハルトは馬に乗る。緑の王の陣中に向かった。


 緑の王の陣に近付くと、十騎からなる騎馬隊がやって来る。

「僕はハルト・クロウ。混沌王の使者として来ました。緑の王にお目通り願いたい」


 騎馬隊の隊長は丁重にハルトを迎えた。

「よく来られた、ハルト殿。緑の王がお待ちです」と騎馬隊の隊長が告げる。


 僕が来るのを待っていた、だと? 待っていた人物が混沌王の使者なら問題ない。 だが、千年財団総帥のハルトを待っていたのなら、ちょっと厄介かもしれない。


 ハルトは馬に乗ったまま、直径十五mの大きなテントの前に連れていかれた。

「馬をお預かりしましょう」


 騎馬隊の隊長が指示するので馬を預けた。

 オウラと一緒に中に入ろうとする。


「従魔はここで待たせてください」

 当然か。緑の王にとってマンティコアは魔獣だからな。


 オウラの入室は止められたので、一人でテントに入っていく。


 中は魔法の灯りがあり、明るかった。部屋の奥側には背凭れがついた大きな椅子があり、二十代後半くらいの褐色肌の男性が座っていた。


 緑の王だと思った。緑の王は黒髪で、すらりと背が高い。恰好は動きやすい機能性の高い服を着ていた。


 緑の王の左右には亜人の魔法使いが控えていた。また、警備の人間として二十人の兵士がテント内にいた。


 片膝を突いて礼を取ろうとした。だが、緑の王は手で制す。


「いや、立ったままで結構。挨拶は抜きでいい。用件を聞こう。混沌王はどんな用件を持ってきた?」


 何か、せっかちな人だな。それとも、今日の僕の訪問をずっと待っていたのかな。


「陛下に協力を頼みたい、との仰せです。戦争の折は騎馬隊でケルス聖王国の側面ないしは背後なりを突いていただきたい」


 緑の王はにこにこしながら語る。


「ケルス聖王国と同じ内容を頼むんだな。だが、生憎、我は身一つゆえ、両方の願いを聞く行動はできない」


 予想はしていた。ケルス聖王国の使者が来ていたか。

 いったい、いくらで仲間になれと吹き込んだんだ? 興味があるな。


「両方から使者が来たのなら、混沌王国に味方するのがよいでしょう。混沌王国のほうが金持ちです」


 財力で混沌王国がケルス聖王国を上回るのは、事実だった。

 緑の王は気さくな態度で訊いてくる。


「味方してやってもよい。だが、ケルス聖王国は、戦争に協力すれば年に金貨千万枚を三年に亘って払うと約束している。混沌王国は何をくれる?」


 金貨三千万枚か。ケルス聖王国の財政事情は、わからない。けど、ケルス聖王国以上に混沌王国は払えるはず。


「では、年に金貨千二百万枚を三年に亘って払う条件なら、味方になっていただけますか?」


 ハルトは思い付きで提案した。

 ここで緑の王が了承したなら、混沌王には緑の王が出した条件として伝える。


 緑の王の表情が曇る。

「それでは、ちと少ないな」


 欲の皮が突っ張った王様だな。だが、正直な感想も口にできないので、控えめに訊く。

「では、いくらなら、ご納得していただけるのですか?」


 緑の王は笑顔で要求した。


「全能なる王冠が欲しい。そんな物は存在しないと惚ける態度はなしだ。あるのであろう? 迷宮都市には何でも願いを叶えてくれる全能なる王冠が」


 オウラが指摘していた通りだな。緑の王は呪われた王冠の存在に確信を抱いている。それでも一応は一般的な対応をする。


「呪われた王冠は御伽噺と思いますが」


 緑の王は自信もたっぷりに告げる。


「知っているのだよ。ハルト殿が呪われた王冠の呪いを解こうとしていると。まだ、惚けるとほざくのなら、教えよう。情報の出所は世を照らす者だ」


 世を照らす者の動きがないと思ったら、草原の国で暗躍していたのか。


 でも、なぜだ? 世を照らす者は王冠の呪いを解かせたくないはず。全能なる王冠にするには、呪いを解かねばならない。


 無駄だと思うが、親切心から忠告した。

「緑の王に申し上げる。世を照らす者は邪な者。手を組んではいけません」


 緑の王は傲岸に言ってのける。

「手を組む気はない。我が利用させてもらっているのだ。我が覇道を行くためにな」


 ハルトは直感的に緑の王は真実が見えていないのだと思った。緑の王は欲に目が眩んでいる。利用しているつもりが、利用されている。


 なるほど、世の人間の目が光で潰れるとは、この状態か。真実が見えなくなる。

 ハルトとしては全能なる王冠の虜になった緑の王は説得できないと思った。


「そうですか。では、混沌王と組む話は無理ですね」


 緑の王はうんうんと頷き語る。

「そうだ。混沌王とは組めない。だが、ハルト殿となら組める」


 当てにならない味方だな。でも、話だけは聞くか。聞くだけはタダだ。

「どう組むおつもりですか?」


 緑の王は、得意げに作戦を披露した。


「まず、邪魔な混沌王を、野戦で負けさせる。次いで、混沌王の居城がある迷宮都市を囲む。最後に、迷宮都市を落として混沌王の首を取る」


 普通の王様ならできそうだ。だが、緑の王にはできないと思った。

 秘密の話はこんな大勢のいる場所で話すものではない。ここでは、二十人以上が聞いているんだぞ。


 ハルトは本心を偽る。

「落城から首を取るところまでは、上手く行くかもしれませんね」


 緑の王は身を乗り出して提案した。

「都市が落ちたら、ケルス聖王国、草原の王国、千年財団で、呪いを解く。呪いが解けて全能の王冠となったところで、それぞれが一つずつ願いを叶えようではないか」


 ないな、と思った。緑の王は、きっと土壇場で裏切る。緑の王は他人を裏切る気なのに、他人には裏切られないと思っている。


 緑の王の計画を世を照らす者が許すわけがない。最後は世を照らす者に裏切られて終わりだ。封印は解けない。


 ならば精々、利用させてもらおう。


「わかりました。なら、混沌王には、緑の王が年に金貨千五百万枚を三年間に亘って納める内容で味方になったと、嘘の報告をします」


「なるほど。味方と思わせるわけだな。それで、どうする?」

「緑の王は混沌王に味方する振りをして、混沌王の軍勢を奇襲してください」


 ハルトは緑の王を利用して混沌王を負けさせようと画策した。

 少々幼稚な策だが、失敗しても緑の王の兵が死ぬだけだ。千年財団の懐は痛まない。


 機嫌も良く、緑の王はハルトの案に乗った。

「いいだろう。ハルト殿の作戦で行こう」


「では、僕のマンティコアをここへ。オウラなら、混沌王の軍勢の配置も弱点もわかっております」


「いいぞ。マンティコアを呼べ」


 オウラが入ってきたので命じる。

「オウラよ。混沌王の軍勢の陣容と弱点を教えるのだ」


 すらすらと混沌王の陣営に関する情報をオウラは語った。

 オウラからの情報提供は一時間ほどで終了した。


 帰る途中、誰もいない平原でオウラに尋ねる。

「これで、混沌王は負けてくれるだろうか?」


 オウラが知的な顔で語る。

「五分五分でしょうな。緑の王は私の言葉もハルト様の言葉も、信じてはおりません」


 何と、僕はあの浅はかな王に騙されたのか。だとすると、意外に緑の王はやるかもしれない。


 馬鹿な振りも、やり通せれば芸のうちだ。

「そうなのか? てっきり、僕の嘘に引っ掛かったと思ったんだけどな」


「霜村の報告です。緑の王は信頼する人間には、自分の手で羊料理を切り分けます」

 時刻は十七時。食事時ではない。だが、予定を聞かれて食事に誘われてもいい時間の気もする。


「パンに挟んだ羊肉の一片を提供するどころか、食事にも呼ばなかったな」


 オウラは平然と語る。


「ちなみに、ケルス聖王国の使者には羊の腹の肉が提供されました。草原の国では隠し事はしない、の意味があるそうです」


 忍者部隊が緑の王の陣中に潜伏しているのか。霜村、やるな。

 忍者がオウラの目となり耳となっている状況に安堵した。


「なら、オウラは嘘の情報を緑の王に流したのかい」

 オウラは、しれっとした態度で告げる。


「いいえ、信じないと思ったので、正直に話しました。ただ、緑の王の家臣に有能な者がいれば、私の話した真実に気付くでしょう」


 有能な家臣は有能な王様の元に集う。どうも、緑の王では心許ない。とはいっても、先代からの有能な家臣がいるかもしれない。


「無能なものばかりだったら、どうする?」


 オウラの見解は違った。

「無能者ばかりは、有り得ません。緑の王の陣中には、世を照らす者が必ず入っています。この後の軍議は、緑の王の家臣と世を照らす者との間で、紛糾ふんきゅうするでしょうね」


緑の王が、賢いのか、馬鹿なのか。信用できるのか、信用できないのか。わからなくなってきた。ここに戦の勝敗まで絡むとなると、ややこしい。


「つまり、どうなの?」


 オウラが簡潔に纏める。


「混沌王が勝てばケルス聖王国と緑の王の部隊が必要な血を流してくれるでしょう。混沌王が負ければ、迷宮都市での籠城戦に突入します」


 オウラがきちんと先を見てくれているので、安心した。

「混沌王、ケルス聖王国、世を照らす者が城壁の外と内で睨み合っているうちに、呪いを解くのか」


「さようです。野戦は混沌王の負け戦になってくれたほうが、ハルト様に後々に有利です」


 結論が出たが、不安でもある。

「とすると、五分五分は、ちょっと危険かな」


 オウラは少しばかり沈んだ顔で詫びた。


「残念ですが、私めが全軍の指揮を執っているわけではないので、こればかりは何とも予測が付きません」


 ハルトは陣中に帰ると、混沌王にあって伝える。

「緑の王は、味方する気はありません。味方する振りをして、襲い掛かって来るでしょう」


 混沌王は難しい面をしてねぎらう。

「残念だが仕方ない。緑の王も敵として討つ」


 さて、これで大戦が始まる。僕の希望通りに混沌王が負けてくれればいいんだが、どうなることやら。

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