第19話 とうきび畑の戦い
転移門からダンジョン内に入る。
目の前には高さ五mにもなる
「こんなに背の高い唐黍なんて、初めて見ましたよ」
左右を見ても、どこまでも唐黍畑が広がっていた。見上げれば、空は青く明るい。まるで、ダンジョンの中とは思えない異質な風景だった。
「唐黍を利用したダンジョンがあるとは、思いませんでした。これ、食べられるんですかね?」
一つの茎には十本から二十本の唐黍がなっていた。
島津が真剣な顔で注意する。
「見てくれは単なる唐黍でござる。食べられもするようです。ですが、食べると牛になる、との報告もあります。なので、手を出さないのが賢明かと思いまする」
「食べると牛になる唐黍か。まったくもって、ダンジョンらしい」
しばらく、畑に沿って歩いて行く。
畑の中に延びる通路があった。通路の幅は八mと、なかなかに広い。
「これは、通路を進んだほうがいいんですかね?」
島津はそっけなく答える。
「他に道はござらん」
島津の腕なら唐黍くらい斬って進めそうだ。だけど、武士としては唐黍ごときを斬りたくないんだろうな。
いや、道を作って進む方法は、止めたほうがいいか。下手すると、再生する唐黍に閉じ込められる可能性もある。
この区域のモンスターは家畜が人の形を採ったモンスターが多かった。牛、羊、山羊、馬、ラマ、豚、ガチョウ、アヒル、七面鳥、鶏が人型になっており、武器を持って襲ってくる。また、大型の昆虫型モンスターも時折ふっと出てくる。
全てのモンスターは、島津が次々と斬り捨てて行く。どのモンスターも島津一人に敵わない。
ハルトの仕事は至って単純。モンスターが出るたびに聖なる閃光を島津の背後から放つだけ。
閃光により数秒の隙を作るだけで、島津が次々と敵を斬っていく。戦いは単純な作業に近かった。
島津は敵にすると恐ろしい男だ。だが、味方にすると、これほど頼もしい味方はいない。
十戦目を終えた辺りで島津から話し掛けてきた。
島津の表情は芳しくない。もっとも、島津はあまり笑わない男なので、いつも渋面ともいえる。
「時にハルト様。ハルト様は強くなって、どうなさるおつもりか?」
唐突な問いだった。
黙って進むのも退屈だから、いいか。島津と親睦を深める選択も、いいだろう。
「どうも、こうも、ないよ。全ては呪われた王冠の呪いを解くためですよ。呪いを解くための力です。もし、呪いを解くのに力が必要ないなら、別に力を求めたりはしなかった」
角から人間大のバッタが二体、飛び出す。島津はこれを一刀の元に斬り捨てる。
島津がモンスターなんて出てこなかったかのような態度で訊く。
「以前にもお聞きしましたが、呪われた王冠の呪いが解ける時、ハルト様は消えるとか。消えてしまうのであれば、
島津は僕の心中を疑っているのかな。
無理もないか。僕の希望なんてオウラ以外には理解できないだろう。だが、他人は理解しなくていい。僕が納得してさえいればいいんだ。
ハルトは正直に伝える。
「自分が正しいと信じる道を行くのなら、自分が消えるくらいは何ともない。そんな答えじゃ、駄目ですか?」
また、敵が出てくる。だが、島津が斬り捨てる。島津の剣は話しながらでも鈍らない。
「呪われた王冠の呪いを解くことで、ハルト様は何を得るのですか?」
「僕は消滅するから、永遠の無だね。何をと訊かれ、得られるのが無と答えるのも、どうかと思う。だが、真実は真実だ。僕に残るのは永遠の無だけだ」
島津が静かにハルトを見据えて尋ねる。
「ハルト様の本当の願い。呪われた王冠の呪いを解き、全能なる王冠を手にしたいのではござらぬか」
当然の誤解だった。無を手に入れようとするより、全てを手に入れようとするほうが、わかりやすい。貧乏より金持ちに、死より長寿を望むほうが、人には理解できる。
だが、理解できる内容が、いつも普遍的に正しいわけではない。
「覇王にもなれる全能なる王冠かい? 要らないよ。全能なる王冠の力で豪奢な暮らしをしたいとも思わない。一ヵ月に金貨の三枚もあれば、充分に人は暮らせるって言うだろう」
「人は暮らすのに、年に二石もあれば充分ともいいますな」
また、敵が出て来た。閃光で目を眩まし、島津が斬る。
「何なら、僕がいなくなった後に、島津が全能なる王冠を求めたらいい。島津なら手に入れられるかもしれないよ。手に入れたら、島津が王様だ」
ハルトが呪いを解いたあと、全能なる王冠を誰が手にしてもよかった。オウラでも島津でも混沌王でもよかった。どうせ、呪いが解けたあとの世界を、ハルトは見ることはない。
島津の珍しく微笑む。
「
「闘神無双と一緒にどこまで行けるか、試す気かい?」
「前は、ハルト殿の言う通りに、敵を斬りまくって、剣の道を進んで行けば良いと思っていました。今は、剣で人を活かす道はないかと考えております」
剣は殺す道具である。剣で人を活かすとは、ハルトに理解できなかった。
「島津も面白いことを考えるね」
島津には言わない。だが心の中で語る。
千葉も同じような言葉を口にして人を活かす剣を目指していたよ。
千葉は島津に負けて死んだ。だが、千葉の理念が島津の中で生きたのなら、皮肉だな。いや、違うか、千葉は遺志を継ぐ人間が現れて本望だったのかもな。
島津は優しい顔で告げる。
「最近、思いますよ。この世の中で永久不変のものなぞ、ござらん。人もまた然り。ハルト様の願いも、変わって当然かと思います」
僕が意見を変える展開を望むのか。残念だが、意見を変える展開はないよ。頑固と指摘されれば頑固だけど。強い願いを持つのが僕なのさ。
「僕の願いが変わる未来はない。僕の未来は消滅だ。それでいい」
唐黍畑に終わりが見えた。唐黍畑の執着地点は柵で覆われた牧場だった。
「畑に牧場とは、これまた、牧歌的なダンジョンですね」
島津が真剣な顔になって注意する。
「気を付けてください。ここには家畜の匂いに混じって、死の匂いがします」
牧草地帯の中を進むと、男の声が風に乗って聞こえてくる。
「罪深い人間よ。反省なさい。ここで、その罪を洗い流し、清めるのです」
空から全長五mになる大きな牛が降ってきた。牛は白と黒の模様があるホルスタインだった。
ホルスタインは地面に降り立つ。ホルスタインの手、足、体が変化して、牛の頭を持つ巨人になった。
島津は刀を鞘に納めたまま警告を発する。
「ハルト様、敵の首領は、あの牛巨人ではござらぬ。支配者は隠れておりまする」
島津の指摘は当たっていると思った。
隠れているのなら、支配者自体の戦闘能力は低いのかもしれない。だが、見つけるまで相当に苦労する可能性があった。
「わかった。あの牛巨人は引き受ける。島津は支配者を見つけて斬ってくれ」
「承知つかまつりました」
ハルトは牛巨人の注意を惹きつけるために、牛巨人の顔にビームを撃つ。
ビームは牛巨人に当たる。牛巨人は顔への攻撃を嫌がっていた。
牛巨人はハルトに向かって進んでくる。
ハルトは逃げ回りながら、牛巨人への顔への攻撃を続ける。
牛巨人は顔を庇いながらハルトを蹴り上げようとした。
敵は強大なので一撃で死亡する危険性があった。
気を付けないとな。一発でも喰らったら終わりって状況は、今までに、ないな。
顔への攻撃を続けている限りは、牛巨人も狙いを定められない。このまま行けると思った。
どん、どん、と音がする。牛がもう二頭、降ってきた。牛は、ゆっくりと巨人に変わり始める。
まずいぞ、牛巨人が三頭になれば、ビーム攻撃で顔を狙ってよけ続ける作戦は不可能になる。
牛巨人を倒すしかないと思った。
僧侶系魔法の中には、癒しの魔法とは逆の効果を持つ、傷つける魔法が存在する。
蘇生魔法が使える僧侶なら逆に相手を殺す即死魔法を使えた。
即死魔法は効果を上げれば、龍や巨人でも大きさに関係なく一撃で葬れる。
だが、即死魔法は三つの欠点がある。
即死魔法は単体にしか効果がない。使い慣れていないと効果を現わしにくい。
相手に近接武器で触れるくらい近くに行く必要がある。
だが、現状で空から降ってくる牛を始末するには即死魔法に頼るしかなかった。
迫り来る牛にハルトから近づく。牛が蹴り上げた脚を
錫杖で牛の踝に錫杖を叩き込み、即死魔法を放った。体が熱くなり血が
何だ、これは? 僕の中に眠る聖なる力が即死魔法を強めている。
ずーんと音を立てて、牛巨人が倒れた。
迫りくる二頭の牛巨人に、聖なる閃光を放つ。二頭の牛巨人の動きが停まった。
すかさず、近づいて牛巨人に即死魔法を叩き込む。
牛巨人は後方に倒れ込み、動かなくなった。
よし、もう一体、と思ったところで、牛巨人の蹴り上げが来た。躱せると思った。だが、足を草に取られた。強力な一撃を腹に受けた。血が混じった胃液が飛び出す。
内臓が損傷して骨も何本か折れた。このままでは死ぬ。
最短で唱えられる、詠唱が短い小治癒の魔法を唱える。
小治癒では傷は大して治らない。だが、詠唱が長い大治癒なら、唱えている間に踏み潰されて死ぬと考えた。
体の血が再び滾る。急に楽になった。ハルトは理解していなかった聖なる力の恩恵をここで悟った。聖なる力は僧侶系魔法と相性がいい。僧侶系魔法の底上げ効果がある。
ハルトの傷は小治癒でほぼ治っていた。だが、牛巨人を油断させるために這い蹲っていた。
牛巨人が近くに来てハルトを踏みつけようとした。
ハルトはさっと立ち上がる。牛巨人の足の甲に即死魔法を撃ち込んだ。
牛巨人が倒れる。ハルトの息が切れた。汗も噴き出してきた。魔力切れの症状だった。
この体は弱い。即死魔法を三回と、小治癒一回で、もう限界だ。
どん、どん、どん、どん、と音がして巨大ホルスタインが四頭も空から降ってきた。
あれが、巨人化して襲ってきたら、まずいな。逃げ切れるとは思えなかった。
さて、どうしたものかと困っただが、牛は一向に巨人化しなかった。
「ハルト様。終わってござる」
見れば、澄ました顔の島津が刀から懐紙で血を拭いて仕舞うところだった。
ハルトが牛巨人の注意を惹いている間に、島津が支配者を退治してくれていた。
やはり、島津と来て正解だったな。島津は十六年で確実に強くなった。
牧場の中央で何かがきらきらと光っていた。行ってみると、光る宝箱だった。
少しの休息を摂ってから、罠解除の魔法を唱える。宝箱から罠が消えた気配がした。
「罠は外せたと思いますが、危険なので、島津は下がっていてください」
「仰せのままに」
島津が下がったので、宝箱を開ける。
強烈な光が溢れ出す。辺り一面が灰色になる。
ハルトは石になった。石化したままハルトは動けなくなり、困った。
ちん、と音がする。体の表面から砂が落ちるように石化が解けた。
振り返ると、島津が刀を仕舞うところだった。
「今、何をしたの、島津?」
武士は石化を解除する魔法は使えない。魔法薬やスクロールを使った素振りもない。
島津は平然と言ってのける。
「石化の呪いの、呪いだけを斬ってござる」
「そんな真似、可能なのか?」
普通の武士にはできない。
島津は自慢するわけでもなく、自然体で答える。
「他の武士に可能かどうかは、知りません。ですが、刀を三十年以上も振り続けた某には、できるようになってござる」
島津って、もう普通の武士の域を超えているな。
箱の底を覗き込むと、橙色の宝石があった。
手を近づけると、宝石はハルトの体に染み込んだ。すーっとする感覚がして、体内の聖なる力が強くなったと感じた。
「よし、これで二個目の聖なる力を回収したぞ」
現れた転移門に使って街に帰還した。
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