第18話 悲しみと再生

 本の巨人が光った。脳内に映像が流れこんでくる。

 映像には老いたミルドラダス王が映っていた。


 ミルドラダス王は王冠を手に高らかに笑っていた。

 だが、その後ろには百万単位の人の死があった。


 ハルトは冷静に前世の自分を見つめる。


 これは全能なる王冠を手にするために流した血を表現しているな。まあ、王冠を手にするのに、これぐらいは死んだな。


 場面が一転する。ミルドラダス王は高さが百m、幹の直径が十五mもある樹の前で王冠を被る。王冠には、きちんと十二個の宝石が嵌まっていた。


 ミルドラダス王は樹に語り掛ける。


「神々を生み出した始まりの樹よ。私の王国の民と国の富を全て捧げよう。だから、私に永遠と繁栄を約束してくれ」


 樹は男女の合わさった声で語り掛ける。


「ミルドラダス王よ。そなたの願いはあまりも大きすぎる。故に追加の対価を求める。お前の来世だ」 


 ミルドラダス王は黙る。けれども、ハルトには、この時のミルドラダス王の心中がわかっていた。


 永遠を手に入れてしまえば、来世などない。つまり、始まりの樹の要求は飲んでも問題ない。


 ハルトの思った通りに、ミルドラダス王は了承する。


「わかった。来世で私はお前の奴隷となろう。始まりの樹の願いを我が願いとして、私は始まりの樹の願いを叶えよう」


 場面が真っ暗になる。明るくなった時、ミルドラダス王は家臣に追い詰められていた。


 家臣たちの顔は影で見えない。だが、先頭に立つ人物はわかる。

 皇太子のエドワードだ。エドワードが糾弾する。


「父上。何と馬鹿な願いをしたのです。父上のせいで、国民の大半は冥府に囚われました。民はこの先、天国にも地獄にも行けず、終わることない苦役を強いられるでしょう」


 ミルドラダス王は叫ぶ。

「エドワードよ。余を討つことは誰にもできん。余は永遠を得た王。ミルドラダスだ」


「闇の神と光の神の力により王冠は二つに砕きました。王冠に嵌っていた宝石も全て外しました。もう、王冠に、かつての力はありません」


 ミルドラダス王はエドワードの言葉に焦った。


「ばかな。そんな粗雑な扱いをすれば、王冠は世を呪うぞ。全能なる王冠は呪われた王冠となり、王国は呪われた王国になる。全ての悲劇が、ここから始まるのだぞ」


 兵士が入ってくる。

「エドワード皇太子殿下、国王陛下の処刑の準備が整いました」


 場面が暗転する。ミルドラダス王の首は、首切り役人の手で刎ねられた。

 ハルトの意識が戻ると、ハルトは巨人と戦っていた白い部屋にいた。


 ダリアは沈んだ顔でハルトに語り掛ける。

「思い出しましたか、ミルドラダス王。全ては貴方の願いから始まったのです」


 ハルトの前世を見せられたわけだが、ハルトに何の感傷もない。

 過去は過去、現在は現在だ。僕の願いは僕の願い。誰のものでもない。


「今の僕は始まりの樹の奴隷。僕の願いは本当の僕の願いではなく、始まりの樹の願いだと諭すのですか?」


 ダリアは悲しみを帯びた顔で語る。


「始まりの樹は呪いを解く未来を願っています。再び全能なる王冠をこの地に戻そうとしています。全能なる王冠がこの地に戻れば、多くの死が世界を覆います」


 多くの死。他人の願い。僕にはどうでもいい。僕は他人のために生きているのではない。僕は僕の時間を生きたいように生きる。


「指摘する通りかもしれませんね。でも、僕の知った話ではありません。全能なる王冠が戻った時、僕はいない。あとは、残った人間で戦争でも会談でもして、世界の行く末を決めればいい」


 ダリアの表情は相変わらず沈んでいた。

「誰も残らない、とは考えないのですか?」


 ダリアの指摘はあり得た。死が絶対化した世界での大量の死。この世の終末。全ての終わり。だが、ハルトは恐れない。


 神々さえも残らない大戦になり、天国や地獄がなくなったとていい。突き詰めれば、皆は僕と同じ無の世界に来たかっただけの話だ。


 されど、ハルトは自らに訪れる終末の形が他人に訪れるとは考なかった。

「誰かは残るでしょう。誰が残るかは、わかりませんが」


 楽観主義かもしれないが、ダリアの指摘する悲劇的結末はないと思っていた。


 ダリアは念を押す。

「どうしても、考えを変えないのですね」


 ダリアはずっと悲しんでばかりだな。だが、ダリアの悲しみはダリアのものだ。悲しみから抜けたいのなら、僕を始末すればいいだけなのに。


「僕は僕の行きたい道を行く。邪魔をしますか?」


「いいえ、本の巨人より強い存在はこの空間にいません。つまり、今の私にはハルト様を停める方法がないのです」


 ダリアは何もない空間に両手を翳す。手の中に割れた王冠が現れた。

 ハルトは少々、戸惑った。ダリアは最後まで抵抗するものだと思っていた。


「王冠の片割れを、僕にくれるのですか?」

 ダリアは一滴の涙を流して、割れた王冠を差し出した。


「元はミルドラダス王の物ですから」

 ハルトはすぐには手を伸ばせなかった。何か物分かりが良すぎるな。


 ダリアは悲し気な瞳を向けたまま、王冠の片割れを持っていた。

 どのみち、持って帰らないと、真偽は不明か。


 ハルトが手を伸ばすと、王冠の片割れは、ハルトの体に吸い込まれるように入って来た。


 途端に、胸が苦しくなった。

「ダリア、謀ったな。お前、何をした?」


 ダリアはハルトを気丈に見据えて言い返す。


「私は何もしていません。ハルト様は、胸が苦しいのですか? ハルト様の胸の痛みは、ハルト様の良心から出たものです。王冠の呪いはハルト様の心を蝕んでいたのです」


 ハルトは、あまりの苦しさに倒れ込んだ。脂汗が出て気が遠くなる。

 気が遠くなる中で思い出す。


「そうだ。寵姫ダリアに騙されたのはこれで二度目だ。一度目はエドワードの宴席に出向いた、あの日だ。ダリアよ。愛しいダリアよ。いったい何が気に入らないのだ」


 ハルトの脳裏に憂いを帯びたダリアの顔が浮かぶ。されど、ダリアの姿は段々と暗くなり闇に消えた。


 気が付いた時には、屋敷の自分の部屋だった。部屋の窓から陽の光が入ってきていた。


 傍には看護のために、白い服の女性が付き添っていた。ハルトは起き上がる。

「どれくらい眠っていましたか?」


「ベルコニア様が、ハルト様を運んできました。二時間程度です」

 短い時間で安堵した。胸に手をやるが、痛みはなかった。砕けた手も元に戻っていた。


 女性が穏やかな顔で告げる。

「オウラ様を呼んできますね」


「そうしてくれ、話がしたい」

 ほどなくしてオウラがやってくる。オウラは安堵した顔で語り掛けてくる。


「ハルト様、ご無事でしたか。うなされていたようですが、大丈夫ですか?」

 それほどまでに苦しんでいたとは思えなかった。だが、苦しみは気にしない。


 ハルトは痛みや苦しみに慣れていた。

「痛い目には遭った。だが、収穫もあった。王冠の片割れが手に入ったよ。僕の中だ」


 オウラは喜ぶ。

「犠牲を払った甲斐がありましたな。これで、余ったマン・パワーを、他に回せます」


 計画が進めば、残る案件に力を集中できる。計画の進展が早くなる。いい傾向だ。


「着々と計画は前進しているな。ただ、聖なる力を手に入れるのが菊野に頼りきりなのが不安だ。どうにかならないだろうか」


 オウラは明るい顔で告げる。


「それでしたら、ご安心を、シャーロッテに策がございました。手に入れた聖なる力を使い、ハルト様用の仮初めの肉体を作成します」


 案としては、まずまずだ。だが、不安もある。

「別人の体に魂を移してダンジョンを攻略するのか。僕は弱くならないか」


「ご指摘の通り、弱くなりなります。ですが、聖なる力を手に入れてくれば、仮初めの肉体の強化も可能でしょう」


 活動できる範囲の広がりは嬉しい。もし、使えないほど弱いなら、また困った時に考えよう。


「早急に光の者しか活動できない区域で行動できる体を作るのだ」

 一週間後、ハルトはオウラに屋敷の地下に呼ばれる。


 屋敷の地下には石の台が二つある。右の台の上には白い薄い服を着た少年が横たわっていた。少年はハルトによく似ていた。


 左の台の上は空だった。屋敷の地下には、オウラの他にシャーロッテがいた。

シャーロッテが穏やかな顔で説明する。


「冒険者の灰から作り出した仮初めの体です。いたって健康な少年です」


 少年は強そうに見えなかった。おおかた、魂の適合が優先第一で、強さは二の次になったのだと感じた。


「肉体に魂を移すに当たっての注意があれば、教えてください」


 シャーロッテが知的な顔で説明する。


「肉体は人間の物ですので、ハルト様の体より脆弱ぜいじゃくです。また、呪われた力も使用できません」


 ここまでは問題ない。想定の範囲内だ

「この体で死ぬと、どうなります?」


 魂が冥府に飛ばされては困る。運命神の邪魔が入る。

 シャーロッテは表情を曇らせる。


「あまり、死んでほしくはないです。死ねば元の体に魂は戻ってきます。ただ、肉体は蘇生しないので、新しく体を作り直しになります」


 死ねば、しばらくは光の者しか入れない区域に進入できないか。

「新しい体を作るには、どれほど掛かる?」


「一週間から十日ほど見てください」

 痛くはないが、避けたいタイム・ロスだな。


「他に注意事項は、ありますか?」

「特にないです。死にさえしなければ、問題ないです」


「よし、さっそく試してみよう」

「では、空いている台の上に寝てください」


 ハルトがもう一つの台の上に寝転がる。

 オウラとシャーロッテが呪文を唱える。ハルトは段々と眠くなる。


 眠りの縁に、ゆっくりと意識が落ちて行く。

 次に気が付いた時には、ハルトは横たわる元ハルトの体を横目に見ていた。


 シャーロッテが喜ぶ。

「実験は成功です。ハルト様の魂が新しい体が宿りました」


 試しに影を伸ばす呪われた力を使おうとした。影は伸びなかった。

 だが、体に別種の力が宿っている状況は理解した。


 オウラが不安な顔で、おずおずと訊く。

「いかがですかな? 新しい体は、不具合はありませんか?」


 手を伸ばして軽く力を込める。指の先から光のビームが出て石壁を撃った。

 石壁はわずかに欠けた。


 ビームの攻撃は影を伸ばすより速く敵に到達する。だが、威力は弱いな。

「新しい力は、ある。だが、聖なる力が一つでは弱いな」


 オウラは難しい顔で意見する。

「体の強化は早急な課題ですな」


「とりあえずはこれでいい、今の僕には仲間と千年財団がある」


 ハルトは五日ほど鍛錬をする。シャーロッテが脆弱と評価したように、体は弱かった。走れば息が切れ、高くも跳躍できない。使えた魔術師系の魔法は使えなくなった。


 ただ、上級僧侶系の魔法は無理でも、中級上位クラスの僧侶魔法は使えた。中級上位の僧侶系の魔法は範囲攻撃をする魔法が少なく、複数の体の敵に対して攻撃力が劣る。


 多数の敵を相手にするには不利だな。

 聖なる力で使用できた力は二つ。聖なる閃光を出す力と光のビームだった。


 聖なる閃光はアンデッドにはダメージを与えられる。だが、アンデッド以外には視力を数秒奪うのがやっと。


 光のビームは、ほとんどの敵に有効。だが、魔術師系の魔法より威力が弱かった。


 大幅な弱体化だと幻滅した。ただ鍛錬だけをしていても、せっかく得た体が、もったいない。体の限界を見極めがてら、ダンジョンに行く計画を立てた。


 オウラを呼ぶ。

「体の基本性能は理解した。後は実戦で訓練する。明日、ダンジョンに出向く」


 オウラは畏まって申し出た。

「わかりました。ならば、私めがお供しましょう」


「いや、オウラは忙しいだろう。この度は島津を連れて行く。島津であれば、単身で区域の支配者にも勝てる。僕が役立たずでも、力を持ち帰れる」


「わかりました。では、島津を連れて行ってください」

 翌日、ハルトは鎖鎧の上から白の僧衣を着る。頭には白の革帽子を被り、錫杖を持った。


 ハルトは体の持ち主が僧侶だったので、合わせて、僧侶の恰好をした。

 島津は軽めの赤い具足を着て、腰からは闘神無双を差していた。


 屋敷を出ると、島津が頼む。

「ハルト様。それがし、冒険者ギルドに、ちと用がござる。寄っていっても、よろしいか」


「いいですよ。急ぐ冒険ではないですし、ちょっと寄っていきましょう」

 冒険者ギルドに行く。島津は酒場のほうに行き、何やら給仕と話していた。


 ハルトは暇なので、掲示板を眺めていた。

「ハルト? ハルトでしょう? どうしたの? 無事だったの?」


 声のした方向を見ると、コリーンがいた。

 コリーンは僕とは初対面のはずだけどな。


「無事でしたけど、それがどうしましたか?」

 コリーンは目を潤ませて、ハルトに抱き着いた。


「え、あ、ちょっと、何しているんですか」

 数々の強豪と戦い打ち勝ってきたハルトだが、この時は少し慌てた。


 コリーンは泣きそうな声で言葉を続ける。

「もう、本当に、本当に心配したんだから」


 ハルトは、そこで気が付いた。

 コリーンは別のハルトと僕を勘違いしている。


 いや、待てよ。シャーロッテは冒険者の灰からこの体を作ったと教えてくれたな。灰となった体の持ち主がハルトか。ハルトって、よくある名だからな。


 ハルトは優しくコリーンを引き離す。

「すいません、ハルト違いです。僕は貴女が待っているハルトではありません」


 コリーンは驚いた顔をする。

「嘘よ。ハルトは何で、そんな嘘を吐くの。私がハルトを間違えるわけないわ」


「なら、初めて間違えたんですよ。他人の空似です」


「でも――」と、コリーンがまだ何か聞こうとしたところで、島津が戻ってきた。

「ハルト殿お待たせしました。では、出立しましょう」


「行こう、島津」

 まだ何かいいたそうなコリーンに背を向けると、ハルトは冒険者ギルドを後にした。

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