第17話 ライク書店

 翌日、部屋で外出の準備をして廊下に出る。廊下でベルコニアが待っていた。


「ハルトの旦那。ライク書店まで行くんだってな。俺も暇だから、書店に行こうと思っていたところだ。付き合うぜ」


 外出に際してベルコニアが同行を申し出た過去は、一度もなかった。


 このタイミングの申し出だ。ベルコニアはどこに王冠の片割れがあるのか知っているのか。王冠を隠し通す気か、それとも、どこかに移送する気か。


 もし、ベルコニアが呪われた王冠の片割れの在り処を知っていたとする。素直に教えてくれるとは思えなかった。渡す気があるなら、もっと早くに報告するはずだ。


 怪しいと疑った。だが、素知らぬ振りを決め込む。

「そうですか。たまに一緒に外出するのもいいですね」


 白々しい言葉だが、ベルコニアの申し出を受けた。

 ベルコニアがその場でくるりと宙返りをする。ベルコニアは人間の小男の姿になった。


「さあ、準備はできた。行こうぜ」

 道すがら、会話をする。


「ベルコニアには財政面で格別に世話になっています。前から気になっていたのですが、どうして僕に協力をする気になったんですか?」


 素直に聞いても答えてくれるかわからない。けれども、雑談にうってつけの内容だった。


 ベルコニアは軽い調子で答える。


「なぜって、そりゃ、金のためさ。大所帯となれば、ダンジョンから産出される品を持ち帰る奴もいる。そいつから品物を買って、他で売り、差額で儲けている」


 財力があれば、冒険者の店の真似事ができた。


 都市内で武具を売買する場合は、許可は要らない。だが、身に着ける以上の武具を迷宮都市より外に持ち出すには、税が掛かる。


 無免許で商売しているので、露見すれば問題になる。されど、悪魔が法を恐れるとは思えない。ただ、儲かっているかどうかは気になった。


「でも、迷宮都市には冒険者の店がありますよ。競争は厳しいのでは?」


「そこはそれ、無免許違法取引ってやつさ。冒険者の店より俺は高く買っている。それで、国外に輸出して利益を出しているのさ」


 やはり、違法取引か。思った通りだ。千年財団は財政面では、危ない橋を渡っている。


 ベルコニアは脱税した分だけ商品を冒険者から高く買えるし、他の都市で安くも売れる。


 戦争が間近とあれば、武具の需要は高い。武具を貯め込んでいれば、今の時勢なら大金持ちになっただろう。


 ベルコニアは千年財団に金を回す以上に大きな利益を上げていた。戦争が来るので、ここを売り抜ければ、投資額の数十倍、上手くやれば数百倍の利益が見込める。


 ベルコニアは、この後に戦争が起きれば、その時点で勝ち組だ。呪われた王冠がハルトの手に入ろうが、入らなかろうが関係ない。


 十六年越しの投資が叶ったわけか。

 ハルトはここで前から気になっていた次の内容を聞く。


「前々から知りたかったのですが、ベルコニアはお金を貯めているでしょう」


 ベルコニアが明るい表情で、ハルトの問いをはぐらかそうとした。

「おいおい、下世話だな。いくら持っているかとか訊くなよ」


「違いますよ。そんなにお金を貯めて、どうするつもりなんですか? 何か、欲しい物があるんですか? お金は使ってこそのお金でしょう?」


 ベルコニアは機嫌もよく語る。

「欲しい物はない。だが、見たいものはある」


「それは、なんですかい、興味深いですね」


「人間の喜悲劇さ。その点、金は便利だぜ。悲劇も喜劇も見せてくれる。栄枯盛衰に金は付き物だ」


 何となく納得した。

「悪魔らしい答えですね」


 ベルコニアは真面目な顔になって語る。


「こう言っちゃ何だが、俺は力の強い悪魔じゃない。知恵も回らない。だから、知恵や力で優劣を付けられると、悪魔の中では格下なんだ。だが、金が俺を大悪魔にしてくれる」


 地獄の沙汰も金次第なのかな。金の魔力は龍より強し、の言葉もある。

「悪魔の世界でも金が物を言うとは初めて知りました」


「金は悪魔の世界でも流通している。だが、人間の世界ほど崇められていない。悪魔の間では、どれだけ悪魔の王様に気に入られたかで格が決まる」


 悪魔にも王様がいる。有名な話だった。だが、王はいるが、名前はいくつもある。どれが本当の名前なのかは悪魔たちしか知らないと噂されている。


「悪魔の王様を喜ばすには、人間の喜悲劇を見せる必要がある。それゆえ、ベルコニアは金を使って、世の中でいろいろな計画を行っているんですね」


 ベルコニアは、すこぶる機嫌よく答える。

「そうさ。俺は偉大な劇作家にして、演出家兼俳優なのさ。会計もやるけどな」


 ベルコニアが嘘を吐いているとは思えなかった。ベルコニアが協力する理由は、壮大な物語を記録するためだ。


 物語はハルトの悲劇の物語でも良い。喜劇でも良い。または、神々を欺き、世の多くの人間を悲嘆に導く、壮大な物語でも良い。


 ベルコニアはどちらに転んでも困らない。特等席でハルトの行動を眺め記録できればいい。


 記録した結果をもって悪魔の王様の元に行く。悪魔の王様に取り入って出世するのが目的だ。無償協力の正体の裏にあるのは、出世欲だった。


 なるほど、これが無償協力の裏側か。千年財団には無償で協力しても、僕が失敗しても成功してもいい。呪われた王冠の物語を演出して喜悲劇に仕立て上げて、出世するつもりか。


 ベルコニアが全て本心で語っている保証はどこにもない。されど、話の筋は通っている。


 少なくとも、ベルコニアの告白は半分が本当だと感じた。

 問題ない。見たければ見て行くがいいさ。僕が消えゆく、成功の物語を。


 ライク書店が見えてきた。ライク書店は四千五百㎡の広さを持つ三階建ての書店である。


 二階以上は貴重な本があるので、紹介状か上客の紹介がないと入れない。


 入口と出口の付近には、八人の警備員が立っていた。また、店内は万引き犯を捕まえる私服警備員もいる。


 店内は棚と棚との間が比較的広く設計されていた。二人が立ち読みしていても後ろを通るのは難しくない。


 書店はそれなりに人が入っている。繁盛していそうだった。

「さて、この百万冊の中から一冊を探すのか。どうしたものかな」


 ベルコニアがハルトより先に数歩進んで振り返る。

「おい、何をしているんだ。こっちに来いよ」


 何だ? やはり何か知っているのか。

「探している本がどこにあるのか、わかるんですか?」


 ベルコニアは二コリを笑って語る。

「俺にだって、わからんものはわからんよ。だから、聞くんだよ。わかっていそうなやつに」


「ものがものですからね、わかる人がいればいいのですか」


 ベルコニアはスタスタと歩いて行く。

 二階に続くゲートの前にいる男性店員に、ベルコニアは声を懸ける。


「ダリア・アシュクロフトは、いるかい? 金貸しのベルコニアが会いに来た、って伝えてくれ」


 店員は壁にあった伝声管を使って確認する。

 店員は伝声管越しに二十秒ほど話す。店員がベルコニアに向き直る。


「少々、お待ちください。ダリアさんが来ます」

「書店に知り合いがいるんですか?」


「ああ、ちょっとした昔なじみ、ってやつさ」

 おそらく悪魔なんだろうな、と漠然と思う。


 悪魔でも人間でも、よかった。重要な点は呪われた王冠の片割れを持っているかどうか、だ。


 無害でも役に立たない人間なら意味がない。


 少しすると、茶色の髪をした、四十くらいの女性が二階から下りてきた。ダリアだと思った。


 ダリアは茶のワンピースを着て、落ち着いた空気を出していた。ダリアには気品があり、綺麗だとも正直に思った。


 立ち姿だけ見てもわかった。ダリアは一般人ではなく、強い力を持った存在だ。

 戦っても勝てはする。だが、簡単には行かないな。


 ベルコニアは気さくな感じで声を懸ける。

「よう、ダリア。お客さんを連れて遊びに来たぜ。千年財団総帥のハルトの旦那だ」


「クロウ・ハルトです。今日は探している本があって来ました」


 ダリアはにこりと微笑む。


「だいたい何を探して当書店に来たか、わかります。良い本に巡り合えると思います。さあ、こちらへ」


 ダリアの微笑みの裏に寂しい気配を感じた。また、懐かしさも覚えた。

 何だろうこの感じは、混沌王の晩餐会の時のようだ。


「では、期待させてもらいましょう」

 ダリアは階段を上がって二階に進む。そのまま三階まで進んだ。


 二階はお客さんが少なく、三階に進むと、さらにお客さんは少なかった。

 三階の店員専用の札が掛かるカーテンを開け、数m進む。


 先には直径三mの魔法陣があった。ダリアが手を近づけると、魔法陣が白く光る。

 微笑を湛えてダリアが告げる。


「さあ、勇気があるのなら、先に進んでください。一応、警告しておきますが。帰るのなら、今のうちですよ」


 何の成果も得られずに逃げ帰る選択肢は有り得なかった。


「僕は、勇敢な人間ではないです。ですが、呪われた王冠の片割れがどうしても欲しい。呪われた王冠の片割れがこの先にあるのなら、逃げるわけにはいかない」


 ダリアは穏やかな顔で語る。

「呪われた王冠なんて求めければよいと思います。なくても世界は回っている」


 ハルトは魔法陣に乗る。一瞬の眩い光の後、ハルトは白い空間に立っていた。

 白い空間には百万冊を超える本が浮かんでいた。本の一部が急に空を飛ぶ。


 本は集まって直径十mの球体になる。球体の周りに白と黒のリングが現れた。

 リングは球体の周りをX状に展開して球体を保護していた。球体は静かに空間に浮かんでいた。


 何もしなければ襲ってくる気配はなかった。


 目の前の球体が、呪われた王冠の片割れだとは思えない。でも、他に無数に宙に浮く本の中に呪われた王冠の片割れがあるとは思えなかった。


 この中に答えはない。ならば、なぜダリアは、ここに僕を飛ばした。僕を封じ込めるためか。


 いいや、違うな。


 喜劇か悲劇か知らないが、ベルコニアの物語には結末が必要だ。このままでは喜劇にも悲劇にもならない。尻切れトンボになる。


 そんな物語を悪魔王が必要とするだろうか? 必要としない。

 ハルトは本でできた球体を、じっと見つめる。表題が読めた。『ミルドラダス王の物語』だ。


 本を見ると、ミルドラダス王の文字が必ず入っていた。児童書、滑稽本、昔話、研 究書、魔導書の違いはあれど、全て本の表題にミルドラダス王の文字が入っていた。


「ミルドラダス王の生涯に関する著作の集合体に何の意味があるんだ?」

 ミルドラダス王に関する本。僕の前世に関する本の集合体か。


 もっと近づいて見ようとした。


 白と黒のリングが発光する。本でできた球体の表面が、白と黒の縞模様になる。球体が一度バラバラになってから、身長十mの白黒の巨人に変形した。


 巨人が殴り掛かってくる。巨人の攻撃を躱した。影を伸ばして巨人を貫こうとした。


 巨人の体表の色が変わる。影が当たる部分が黒い色に変わった。鋼をも貫くハルトの影が弾かれた。


 硬いんじゃない。あれは呪われた力。黒い部分が呪われた力なら、白い部分は聖なる力か。巨人は二つの力を纏って使い分け、両方の力を防ぐのか。


「ならば、これならどうだ」

 巨人の攻撃を掻い潜り、熱核撃の魔法を詠唱する。


 本なのでよく燃えるだろうとは思わなかった。そんな単純な相手ではない。だが、出方がわからないと、攻略法も見えない。


 熱核撃の詠唱が終わる。視界の隅で、一冊の本が光った。ハルトの魔法は発動しなかった。


 先ほどの光った書には、熱核撃を封じる魔法が書かれてある。この空間に散らばる書は魔法を封じる書だ。


 何種類あるか知らないが、数が多い。魔法の詠唱を数万回は掻き消せる。

 ハルトは武器を携帯していない。武器なしで本の巨人を倒すのは難しそうだった。


 試してみるか。ハルトは内側に呪われた力を凝縮する。臓器、血、肉、骨、皮膚に呪われた力を圧縮する。


 巨人が拳を振り下ろした。

 ハルトは巨人の攻撃を回避する。足に貯めた力を解放する。


 巨人との距離を詰めた。巨人の目が白くなる。巨人の目が光った。

 白い光がハルトを撃った。


 全身が弾けそうになるほど痛かった。だが、耐える。


 ハルトは目に込められた力を解放する。巨人の弱点が胸に見えた。ハルトはジャンプして、手刀を突き出した。


 巨人の胸が呪われた力に対抗するために黒くなった。ハルトは腕の筋肉の込められた呪われた力を解放する。ハルトの手刀が加速した。


 呪われた力に耐性を持つ巨人だった。だが、呪われた力で加速された手刀には、効果がなかった。


 ハルトの指は砕けて折れる。だが、巨人の弱点の上にあった紙の装甲は貫通した。

 砕けた手から高圧の呪われた血を噴出させる。呪われた血が巨人の弱点を貫いた。


 右手は砕けたが、ハルトは勝利した。

 霜村のようにはうまく行かないものだな。

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