第14話 誰がための愛
晩餐会の翌日、オウラが一人の妖精を連れてきた。
妖精は身長が六十㎝。髪は白く肩まであった。肌は褐色。顔は愛嬌のある丸い顔立ち。妖精の羽は黒色。体形は少しぽっちゃりだった。服装は緑のワンピースを着ている。
オウラが紹介する。
「幹部のベル・カリファ・アーデルです。ベルとお呼びください。職業は召喚士です」
妖精族の幹部か。小さいながらも優秀なのだろう。
「まずは、僕のために死んでくれた経緯に感謝する。これからもよろしく頼むぞ、ベル」
ベルは笑顔で答える。
「私のような者にはもったいないお言葉です」
オウラが真摯な顔で報告する。
「ダンジョン内より呪われた力の反応を確認しました。これより回収に向かいます」
呪われた力か。力はいくらあっても困らない。戦いの先はまだ長い。僕自身の戦力アップも必要だろう。
「呪われた力の回収なら僕が行こう。そうだな、新幹部の実力が知りたい。ベルかシャーロッテを付けてくれ」
「わかりました。シャーロッテは手が離せませんゆえ、ベルをお連れください」
ベルは丁寧にお辞儀をする。
「よろしく、おねがいします。ハルト様」
屋敷を出て迷宮都市を歩く。十六年も経ったが、都市は変わっていなかった。
相も変わらず冒険者が通りを行き交い、街は活気に満ちていた。
町はずれの転移門に行くと、十六年前と同じく客引きをする冒険者たちがいた。
「ここは以前と変わらないね。昔のままだ」
「人の入れ替わりはあります。ですが、ダンジョンがもたらす恩恵は変わりません」
永遠不変のものなぞない。呪われた王冠の呪いが解ける時に世界は変わる。この繁栄も、呪いが解ける時までだな。
転移門からダンジョン内に飛んだ。
移動した先は薄暗く靄が掛かっていた。視界は十五mほどと良くない。
波の音と潮の匂いがした。
「海か。ダンジョン内に海があるんだな。差し詰め小さな内海だな」
「報告では海には通路として桟橋があります。移動は桟橋の上を進むか、海上か海中を進むか、空に浮くか、です」
「空ねえ。高さから言えば制限なさそうだが、ここはダンジョン内。見えるだけでそれほど高くは飛べないんでしょう」
ベルが真面目な顔で説明する。
「ハルト様が仰る通りです。見えない天井があるので、あまり高くは飛べません。また、見えない壁も、あるそうです」
「空と海中は後回しでいいや。まずは、桟橋を歩いて奥へと進もう。歩いて進めなかったら、考えよう」
少し歩くと幅八mの木製の桟橋があった。
ベルが魔法を唱える。地面に魔法陣が描かれる。
赤と黄色で彩られたピエロの服を着て、鎌を持った魔物が現れた。ピエロの顔には白い仮面がしてある。ピエロの細身で身長が百七十㎝と、体格はよくない。だが、言い知れない不気味な気配を漂わせていた。
ベルが自慢気に解説する。
「彼の名はジョーカーです。ここのエリアの魔物なら私のジョーカーの敵ではありません」
一般的な魔物よりは強そうではある。きっとダンジョンの危険なエリアの魔物だな。
ベルは自信あり気だな。自慢の魔物なのか。
「そうか。ならジョーカーを先頭に進もう」
ジョーカーを先頭に橋の上を歩いていく。
半魚人が橋の上に飛び出してくる。
ジョーカーは大鎌を巧みに操り、始末していく。
なるほど、ベルの自慢だけはあるな。
海中から人魚や、象ほどもある海藻の魔物が姿を現す展開もあった。
こちらは魔法でベルが始末する。ベルの魔法の腕は上級魔術師にも負けていなかった。
ベルの働きぶりを見て感心する。
なかなかよく働く。昔のオウラを見ているようだ。シャーロッテもベルと同格くらいにできるのなら、ダンジョンに連れてこられるな。
ジョーカーが役に立ちすぎるので暇だった。ベルに話し掛ける。
「ベルはいつぐらいに千年財団に加入したんですか?」
愛想よくベルが答える。
「五年前です。私は冒険者でした。ですが、ダンジョンの闇に囚われて、正気をなくしました。そこをオウラ様に殺され、お情けで蘇生していただいたのです」
オウラが情けで蘇生をするわけがない。きっと、ベルはオウラの手を焼かせるほどに強かったと見ていい。
とするなら、ベルにはジョーカー以上の魔物を召喚する技がある。
「そうですか。ベルはどこの生まれですか?」
「生まれはホーエンケンの街です。でも、色々あって家族は離散しました。風の噂では父も母も健在です。今はケルス聖王国にいるそうです」
ケルス聖王国は混沌王が治める混沌王国の隣国だった。
ケルス聖王国か。光の神を信奉し、闇の神と闇の眷属を嫌う国だな。
混沌王国とは目立った敵対行動は採っていない。だが、混沌王国で起きる反乱の陰にはケルス聖王国の陰謀があるやもしれない。
「ベルよ。ケルス聖王国の後ろに光の者がいて、父母と敵対する事態になったらどうします?」
毅然とベルは宣言した。
「私の目的は呪われた王冠の呪いを解くこと。目的が第一です」
父母と敵対するとは答えられないか。それでもいいか、呪われた王冠の呪いを解く目的が第一なら。
ハルトは部下に絶対の忠誠も完璧な働きも、求める気にはなかった。
使える間、使えればいい。全ては呪われた王冠から呪いを解くためだ。
途中、通路が切れている場所があった。
先には渡し船があって、老人が渡し守をしていた。
「通行料は銅貨六枚だよ」
ハルトは二人分の船賃として銀貨一枚を渡そうとする。ベルが止める。
「渡し船の通行料は銅貨でなければ駄目なんです。千年財団所属の忍者より事前に情報があったので、今回は私が持ってきました」
数は力だな。千年財団の人員が下調べしてくれるとはやりやすい。これは探索がスムースに進んでよい。
ベルが二人分で銅貨十二枚を渡す。
老人はにやりと笑って不吉な言葉を口にする。
「片道しか乗せないよ。生きて帰ってこられるといいね」
「生きてようと死んでようと帰ってきますよ」
渡し船で五分ほど掛けて進む。対岸に着いて船を降りると、渡し船は戻っていった。
敵を倒しながら桟橋を進むと、また老人に遭う。
先ほどの老人と顔を瓜二つ。セリフも同じだった。
気になったので、ベルに尋ねる。
「戻って来たって状況にはないだろうね?」
ベルは知的な顔で教えてくれた。
「いいえ。報告によれば、奥に行くには三回、渡し船に乗らなければなりません」
「そうか。進んでいるのなら、いいよ」
敵を倒し進む。もう一回、渡し船に乗って進む。行き止まりなっていた。ただ、靄が薄くなっており、二百m先には島が見えた。島には船が停まっていた。
「あの島が目的地かい。でも、渡し船はいないな」
ベルが曇った表情で語る。
「ここを渡るには海賊船を拿捕するか、泳いで渡るのか、の二択です。魔法は打ち消されるので、海中を進むと空を飛ぶの選択肢は使えません。例外的に妖精の羽なら飛べるのですが」
泳ぐはないな。水は冷たそうだ。船が向こうに見えるけど、あれが海賊船か?
「海賊船を拿捕したいけど、向こう岸に止まっているね」
「他の冒険者が拿捕したんでしょう。それで、向こう岸で冒険者は亡くなりました。海賊がまた再生するまで、海賊船はあのままです」
「待つのも時間の無駄だ。海面を歩いて渡ろう」
ハルトは影の幅と長さを広げて向こう岸まで伸ばす。ハルトの前に黒い道ができた。
「さあ、これでいい、行こう」
ハルトの影は硬くしっかりとハルトとジョーカーの体を支えた。
島に渡った。島は直径五十mの丸い人工島だった。北端には石の祭壇があった。
ベルが緊張した面持ちで警告する。
「気を付けてください。この人工島には区域支配者の溺愛の女王がいます。」
ハルトの中にある呪われた力が、反応していた。
「ベルの情報は正しい。ここには何かいる」
祭壇に近付いた。祭壇の背後の海面が盛り上がり、全長五mの女性を象(かたど)った。
溺愛の女王の髪は長く、顔には穏やかな微笑みを湛えている。溺愛の女王は語る。
「よく、ここまで来ました、私の子供たち。さあ、私と一緒に海底で、いつまでも安らかに暮らしましょう」
ジョーカーがベルの前に立ちガードする。ベルが魔法の詠唱を開始した。
ベルの熱核撃の魔法が完成する。巨大な火柱が溺愛の女王を襲った。
溺愛の女王は瞬時に蒸発した。だが、溺愛の女王は辺りの海水を使って、すぐに体を再生させる。
溺愛の女王は微笑む。急に大粒の雨が降り出した。溺愛の女王が語り掛けてくる。
「私の海の如き大いなる愛の前に。魔法など無力です。さあ、私と共に水底に来るのです」
ジョーカーが急にベルに振り向いた。
ハルトは危ないと思ったので、影をベルの前面に伸ばす。
ジョーカーがベルに斬り懸かった。だが、ハルトの影がベルを庇う。
召喚術を破り、支配権を奪ったか。もう、ジョーカーは使えんな。
ハルトは影を刃として伸ばす。
ジョーカーが大鎌で受ける。
ジョーカーはそのまま大鎌ごと真っ二つになり、靄と消えた。
ベルを見ると、衣服を脱ぎながら海の中に進もうとしていた。
溺愛の女王が優しい顔で語る。
「さあ、ハルトも武器を捨てて、私の中に来るのです」
雨粒が一斉にハルトに襲い掛かる。
影でガードしようとした。雨粒はハルトの影を通り抜けて、ハルトを包み込んだ。
追い打ちを懸けるように海水が巻き上がり、ハルトに殺到した。
ハルトは水の中に閉じ込められた。ハルトの心に、言い知れない感情が浮かび上がる。
優しく、穏やかで、それでいて温かい。
ハルトの心に愛が入り込もうとしていた。ハルトが今まで与えられなかったもの、母の愛。ハルトは母の愛に似た感情には、最初は戸惑った。
次に心地よくなり、喜び、三歩、海側に進む。だが、三歩も歩く間に飽きた。
こんなものか。愛とはつまらないものだな。人は、なぜこんなものを欲しがる。
拒絶ではない。愛情に対して飽きを抱いた。
溺愛の女王の攻撃は意味をなさなくなった。ハルトは溺愛の女王に興味を失い、無関心になった。
溺愛の女王の愛が真の親の愛なら、結果は違ったかもしれない。だが、身勝手な愛は、ハルトには受け入れられなかった。
ハルトの本心は愛を欲したのかもしれない。だが、真相は不明。ただ、多感なハルトの心は、敏感に偽物を見抜いた。
ハルトは体の内にあった呪われた力を圧縮する。力を血に乗せ、一気に噴き出させる。
呪われた力は、血に混じる。血は全身を駆け巡り、皮膚を突き破り、噴き出した。
血が、見る見る海水に混じる。溺愛の女王は絶叫した。
溺愛の女王は剣にも魔法にも強かった。だが、憎しみが籠った拒絶する感情には弱かった。
溺愛の女王は愛して欲しいがゆえに、他人を愛する。
他人に拒絶される心が、何よりも恐ろしかった。
溺愛の女王が高さ三十mの津波になり、島に迫り来る。
ハルトは流されないように、影でベルを掴む。
次に、体から影を伸ばして、地面に深く突き刺した。
溺愛の女王の最後にして最大の攻撃が、ハルトに襲い掛かる。
ハルトは耐えた。体が千切れそうに引っ張られる。
体から何本もの楔を伸ばして、島に打ち込んだ。
津波が終わった。靄は全て消え、あとには祭壇がある島だけが残された。
ベルを島に置いて祭壇に近付く。祭壇から闇が立ち上った。
闇が消えた後には青い宝石が残っていた。
青い宝石を握る。手の中で青い宝石が溶ける感覚がする。
体がぽかぽかと温かくなり、呪われた力がまた一段階、強くなるのを感じた。
ベルを起こす。ベルは下着姿になっており、恥ずかしそうだった。
「服に入るか」と訊く。
ベルは恥ずかしそうに答える。
「失態を二重に曝すようで、申し訳ありません」
ベルはハルトの服に潜り込み、襟前からちょこんと首を出す。
転移門が現れた。転移門を潜ってハルトとベルは屋敷に帰還した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます