第13話 混沌王の晩餐会

 日が傾き、晩餐会の時刻になる。

 ハルトはタキシードを着て、シャーロッテは青のディナー・ドレスを着て行く。


 城に到着すると、御者が馬車の扉を開ける。

 猫の獣人の執事が、ハルトに挨拶する。


「ようこそ、混沌王陛下の晩餐会においでくださいました。今日の晩餐会は客人の数を絞ってあります。堅苦しいものでないので、お楽しみください」


「あまり、マナーには詳しくないんです。主の機嫌を損ねなければいいですけど」

「混沌王様は寛大なお方、少々のマナー違反ではお怒りになりません。では、こちらに」


 執事に案内され、城の中を進む。城の廊下には絵や彫刻が飾られていた。

また、壺には高価な生花が活けられていた。


 調度品は多い。だが、城が大きいせいか、ごてごてとしていない。

 シャーロッテがひそひそと話す。


「目に見えるところにある絵画や彫刻は、私でも知っている芸術家のものが大半です。美術品一個とっても、売れば庶民が百年は生活できるものばかりです」


「財力だな。そんな高価な美術品が千も万もあるのだろうから、混沌王と迷宮都市には財が集まってくるんだろう」


 城の中には兵士と頻繁に遭う。兵士の装備を見るが、中級冒険者より良い物を身に着けていた。


 将校クラスともすれ違った。将校はいつ戦うのかわからない。だが、戦いを常とする冒険者よりも装備が良かった。


 シャーロッテが微笑みを湛えながら、感想を口にする。


「さすがは混沌王の兵士ですね。良い物が支給されています。すれ違っただけでもわかります。良く訓練されています」


 兵士の腕はハルトにもわかる。ハルトからすれば、さほど大した実力に思えなかった。


 霜村や島津と比べれば格段に劣る。だが、戦争の面では充分に役に立つな。

「魔法の空調も完璧ですね。暑すぎず、寒すぎず、空気は澄んでいます」


「僕には少し清浄すぎる気がするよ」

 シャーロッテが愛想よく相槌を打つ。


「同感です。ダンジョン暮らしが長かった私も、このような場所は少々居心地が悪いです。私は迷宮都市にある牢獄のダンジョンが生み出す、何ともいえない独特の空気が好きです」


「シャーロッテは冒険者だったのか?」


 シャーロッテが冷たく笑う。


「いいえ、私は小さい時にダンジョンに捨てられたのです。ゆえに私に親はおりません。強いて言えば、ダンジョンが私を育ててくれました」


「同情してほしいのかな?」

 シャーロッテの表情は明るい。


「いいえ、過去がなければ私はありません。今は、けっこう楽しくやっております。ですので、お情けは不用です」


 執事が礼節を持って告げる。

「こちらが食堂です」


 食堂に到着した。食堂は赤いカーペットが敷かれた五百㎡の部屋だった。壁はクリーム色、六人がけのテーブルが八つ用意されていた。


 ハルト以外の来客はハルトより早めの時間が知らされていたのか、全員が着席していた。


 会場の中で空いている席は残り四席。ハルトは、ここで奇妙な感覚に襲われる。

 何だろう? 晩餐会の出席者とは初めて会う人ばかりのはず。だが、なぜだか、初めて会った気がしない。


 僕は知っているのか、この参加者たちを?

 シャーロッテがきょとんとした顔で尋ねる。


「どうかなさいましたか、ハルト様?」

「いや、何でもない」


 ハルトの六人用のテーブルには既に二人が席に着いていた。

 一人は見知らぬ男性、もう一人はキャメロンだった。


 キャメロンは血のような真っ赤なドレスを着ていた。

 テーブルに着くと、キャメロンが笑って声を懸けてくる。


「お久しぶり、ハルト様。随分と長いお休みだったこと」

「貴女は、何よりも退屈を嫌うのでしたよね。僕がいない間は退屈でしたか?」


 キャメロンの機嫌は良かった。


「ハルトがいなくなって三年は退屈で死にそうだったわ。でも、世を照らす者が現れてから、事情が変わったわ」


 世を照らす者は僕が死んでからすぐに活動を開始したからなあ。

 ちょっとばかり肩をすくめる。


「なら、僕は不用ですかね?」


「いいえ、ダンスは大勢で踊ったほうが、様になるもの。私もハルト様も、世を照らす者も、皆、仲良く踊ればいいのよ。そう、この世を地獄に変えるダンスをね」


「それは、怖い。ただ、ダンスは踊った経験はないです。ですが、この世を地獄に変えても叶えたい望みはありますよ」


「まあ、怖い。でも、ダンスは習ったほうがいいわよ。どこで何が必要になるか、わからないもの」


 食堂の入口から、ハルトと同じくらい年齢の少年が、少女を連れて入ってくる。


 少年の身長は百七十㎝、髪は赤みがかった黒で、瞳の色はブラウン。体形は痩せ型。少年はタキシードを着ており、少女は黒のディナー・ドレスを着ていた。


 タキシードを着ているから、晩餐会の参加者か? でも随分と若いな。

 少年は最後の空席の前に立ち、皆に詫びた。


「皆を晩餐会に招待しておいて、主催者がぎりぎりまで現れないとは大変に失礼した。どうか、許してほしい」


 こいつが混沌王か? でも、話では混沌王は八十歳を超えるはずだ。それが、どうだ、見た目は、僕と大して変わらない。


 若返りの薬はダンジョンにはあった。

 だが、とても高価なものだった。


 混沌王には金がある。若返りの薬を大量に入手して若さを保つのは簡単か。

 混沌王は席に着くと、給仕長に命令する。


「遅れているお客はいない。始めてくれ」

「畏まりました」と給仕長は下がる。


 キャメロンが優しい顔で混沌王に意見する。

「陛下の御用はお済みになりましたの?」


 混沌王は不機嫌にキャメロンに語った。


「済んだ。慌て者のリットン将軍が火急の用だというから、謁見を許した。中身はさぞ重要かと思えば、大した内容ではなかった。三つの郡で同時に反乱が起きただけだった」


 反乱は珍しいな。混沌王の治世になってからは大きな反乱は起きていない。

 いや、情報が古いのかもしれない。十六年の間に混沌王の支配体制にヒビが入っているのか。


 混沌王の力に陰りが見えるのなら嬉しい。だが、反乱がなぜ起きたかは気になる。


 混沌王は光と闇を分け隔てなく街に取り入れた。ゆえに、混沌王と呼ばれていた。決して圧制や暴政を敷いて世を乱した王ではない。


 キャメロンが給仕からシャンパンを受け取り、涼しい顔で告げる。


「反乱は一昨年も、去年もありましたね。もう、毎年のように起きるのかもしれませんわ。退屈凌ぎには、いいですわ」


「キャメロンはいいだろう。反乱を軍で鎮圧するのも簡単だ。だが、余にはわからぬ。国民はいったい何が不満なのだ? 余は良き国王だ」


 良き国王と自分で公言するか。よほど政治手腕に自信があるんだな。

 キャメロンが微笑みを湛えて告げる。


「隣国と比べて、税も重くなく、畑にもきちんと作物が実る。官吏もそれなりに誠実。裁判はおおむね公平。本来なら国民の反乱は起きないはず」


 キャメロンは、そこでハルトをちらりと見る。

「王冠の力を嫌う光の者が、民衆を扇動しているのでしょうね」


 光の者が王冠の呪いを解きに来たか。それで、混沌王が先頭に立ち、歴史の闇に埋もれた者たちと一緒に立ちはだかっている。だが、上手く行っていない。


 ハルトは、呪われた王冠の呪いを解く者が、ハルト自身でなくてもいいと考えていた。光の者が呪いを解いてくれるのなら、それでもいい。


 だが、他人に任せて休んでいられる性分ではなかった。また、光の者が土壇場で態度を翻す可能性も、考慮していた。


 信じられるのは自分だけ。ハルトには、そんな自覚があった。

 光と闇。呪いを解かんとする者と妨害する者。勢力は四つに分かれて争っていた。


 料理は二皿目の前菜に移行する。

 シャーロッテは目をきらきらさせて料理を食べていた。


「ハルト様、ここの料理はおいしゅうございますね。毎日でも食べたいです」

「おまえ、よくそんなに食えるね」


「毒見ですよ。毒見」


 ハルトは思う。シャーロッテは役に立たない。何でこんなのをオウラが付けて寄越したのか、わからなかった。シャーロッテは食べてばかりだ。


 キャメロンが二杯目のシャンパンを手にして、ハルトに向く。


「私と国王陛下だけが会話していても、つまらないわ。ハルトさんも、話に参加したら? せっかくいらしたわけですし」


「ならば、国王陛下にお尋ねしたい。呪われた王冠はどこにあるんですか?」

 ハルトが呪われた王冠の場所を尋ねると会場中の歓談が止まった。


 シャーロッテは気にせず、料理を食べていた。

 混沌王は厳しい顔をして告げる。


「呪われた王冠は余が持っている。これは事実だ。だが、ハルト殿にどこにあるかを教える訳にはいかない。呪われた王冠の力でこの国はっている。なくなれば国が亡ぶ」


「呪われた王冠が国を守るために必要なのですか?」

 混沌王は毅然と言い放つ。


「そうだ。国王が国民を守らなくて、どうする」


「先ほど反乱は対話ではなく、武力で鎮圧すると仰いました。反旗を翻しているのは国民ではないのですか」


「余の治世に背くものは国民に非ずだ。誰を活かして誰を殺すかを決めるのが国王だ」


 給仕が黙って皿を交換する。

 ちなみに、シャーロッテの皿は空だ。パンも二回お替わりしている。


 魚料理が運ばれてくる。魚の大きさは掌サイズほどの切り身。色からして鯛のポワレだった。迷宮都市には、河はあっても海はない。


 ダンジョン内は何でもありなので、ダンジョンで獲れた鯛の可能性は、あった。

 キャメロンがつまらなさそうに顔で告げる。


「呪われた王冠の話題なんて、面白くないわ。もっと、他の話題で盛り上がりましょう」


 混沌王は表情を柔らかくする。


「そうだな。キャメロンの言う通りだ。喧嘩をするために、ハルト殿を呼んだわけではない。それに、料理長より今日の鯛はいいものが入ったと聞いている」


 鯛を食べると美味しかった。シャーロッテは給仕にお替わりがないのかと聞いていた。


 何か、シャーロッテといると、恥ずかしくなるな。

 キャメロンが中心になって冒険者の話などをする。面白くも可笑しくもない。


 だが、場を繋ぐだけの効果は、あった。肉料理一品目は猪だった。

 キャメロンの話が一区切りついた。混沌王がいたって普通に切り出した。


「コースも肉料理まで進んだ。ここいらで本題に入ろう。どうだ、ハルト殿、余と手を組む気はないか? 光の勢力は大きくなり過ぎた。ここら辺で、本格的に潰す必要がある」


 反乱なんか大した規模ではないと吹聴していた。だが、本心では気にしているのか。それとも、次々と湧いてくるので、面倒にでもなったか。


 手を組むと本心を偽って答えられた。だが、混沌王がどんな人物かがわからないうちは、信用もしなければ、騙しもする気はなかった。


 ここは混沌王の人柄と性格を推し量るべきだな。


「僕は王冠の呪いを解かんとする者。なら、同じく呪いを解かんとする光の者と組んだほうが得な気がしますね」


 混沌王が真摯な態度で警告した。


「親切心から忠告しておく。もし、ハルト殿が本当に王冠の呪いを解く気なら、止めて置け。光の者は王冠の呪いを解くかもしれない。だが、ハルト殿の理想と違った解き方をする」


 呪いを解くのに、望まない形なぞあるのだろうか? いささか不思議だった。

「興味深いですな。光の者はどう呪いを解くのですか?」


 混沌王があっさりした態度で評価する。


「協力体勢にない者に情報を与えるほど、余は愚かではない。だが、余は信じている。ハルト殿は丁寧に説得すれば、呪いを解くのをきっと諦めてくれる。光の者とは違う」


 何か信用されているようだけど、この言葉の裏にあるのは何だ? 単なる自信ではないようだが、何で説得できると思うんだ?


 馬鹿馬鹿しい、が本音だが、ここは態度を偽る。

「僕を説得するのに、よほどの自信があるようですね」


「余は混沌王だ。光も闇も併せ飲む」

 肉料理の二品目が出る。二品目は雉だった。


 雉か迷宮都市では珍しい食材だな。

 混沌王が穏やかな顔で告げる。


「知っているかな、ハルト殿。ミルドラダス王の話だ。ミルドラダス王は、従属を求める貴族には飛べない鳥を、同盟を求める貴族には飛べる鳥の料理を振舞ったそうだ」


 そんな話は、聞いた覚えがあった。

 混沌王からメッセージか。同盟の申し込みね。悪い気はしないが、無理だな。


「そうですか。お気遣い、ありがとうございます」

 良いとも、悪いとも、答えずに、適当に返事をしておいた。


 デザートにケーキが出る。ケーキは三種類の中から好きなのを選べた。

「三つで」とシャーロッテは臆面もなく、全てを要求した。


 最後には、迷宮都市では珍しいコーヒーが出た。

 混沌王は優しく微笑み告げる。


「余と組んでくれ。世界の人間の目を潰す世を照らす者を倒せ。世を乱す光の者とも、決別するんだ。それが余と国民を守る。いや、世界を守る」


 ハルトは、まだ混沌王と組む気はなかった。だが、気になったので尋ねる。

「仮に光の二勢力を倒したら、何とします? 残党は弾圧ですか?」


 混沌は威厳のある顔で持論を語る。


「抵抗するなら、これを圧殺する。だが、従うなら許す。余は混沌王だ。光も闇も受け入れる」


 晩餐会はお開きになった。シャーロッテと一緒に馬車に乗って帰る。

 シャーロッテは満足気に語る。


「お腹一杯に美味しいものが食べられました」

 ハルトはどうでもよかった。なので、適当に相槌を打つ。


「そうか。それは良かったですね」

 シャーロッテは微笑む。


「収穫もあります。城に入れたことで、呪われた王冠の場所がわかるやもしれませぬ」


 信じ難かった。シャーロッテは食べてばかりいた風に見えた。


「本当ですか? 適当な内容を口にして、また晩餐会に連れて行かせようとしているのでしょう」


 シャーロッテは会心の笑みを浮かべる。


「これは心外。私はきちんと仕事をしました。今日は晩餐会の合間を縫って、城に間者を忍ばせる作戦に成功しました」


 オウラの策かな。だとしたら信用できる。

「間者を潜ませた素振りなど、全くなかったぞ」


「気付かなくて当然です。ですが私は仕事をやり遂げました。見ていてください。近日中に結果を、ご報告できると思います」

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