第15話 焦燥王と霜村の意地

 数日の休息を摂り、新たな力を体になじませる。


 部屋にオウラを呼んだ。

「どうだ? 調査の進展はあったか?」


 オウラは畏まった顔で頭を下げる。

「進展はしております。ですが、報告には今しばらくお待ちください」


「なら、時間がある間に出掛けたい場所がある。不穏の沼地だ。焦燥王は墳墓の中に、呪われた王冠のヒントがあるとほのめかしていた。焦燥王との決着を付てくる」


「では、私めがお供します」


「オウラでもいいが、霜村の手は空いているか? 焦燥王とは因縁浅からぬ関係だ。霜村には借りを返させてやりたいと思う」


「わかりました。では、あと三日ほどお待ちください。霜村に供をさせましょう」

「急ぐ話でもない。三日なら待つよ」


 三日後、霜村がハルトに部屋にやってきた。

 霜村は忍び装束を着て、戦闘スタイルだった。


「僕は不穏の沼地に行きます。従いてきますか?」


 霜村が決意の籠った顔で語る。


「俺はもう若くはない――と他の者に権利を譲りたいところだ。だが、相手が焦燥王なら、話は別だ。奴の首を上げたい」


「では、行きましょう、不穏の沼地へ」


 外に出ると霜村が頼む。


「ハルトの旦那。ダンジョンに行く前に、寄りたい場所がある。冒険者ギルドだ。いいか?」


「別に、いいですよ。焦燥王は逃げたりはしない」


 冒険者ギルドの入口を潜った。霜村は受付に行く。

 受付の近くにはアイリーンがいた。目を見張った。


 アイリーンがいるだと? しかも、歳を取っていない。

 いや、違うな。若干、若返っている。


 アイリーンの姿を目で追う。アイリーンは受付嬢ではなく、受付嬢のアシスタントだった。


 アイリーンと姿恰好は似ているが違う。まさか、娘か。

 気になったので、冒険者の酒場の給仕に銀貨を握らせて、話を聞く。


「あの、アシスタントの子、名前は何て言うんですか?」


 給仕が勘違いしたのか、にやにやしながら教える。

「コリーンかい? 今年から、うちに見習いとして入ったんだ。なかなかできる子だよ」


「母親は元ここで働いていた、アイリーンですか?」


 給仕が顔をしかめて教えてくれた。


「おっと、コリーンの前で母親の話は、なしだ。何でも込みいった事情があるんだと」


 給仕は仕事が忙しいのか、すぐに場を後にした。


 込みいった事情ねえ。娘が若くして働いているところを見ると、アイリーンは成功できなかったんだな。


 才覚があって、金もあり、運があっても、成功できると限らないのが迷宮都市だった。


「待たせたな、ハルトの旦那。ダンジョンに行こうか」

 迷宮都市の入口から転移門で不穏の沼地に飛ぶ。


「こっちだ、ハルトの旦那。この区域は墳墓の中を除いて隅から隅まで探索済みだ」

「それは助かる。時間はある。とはいえ、無駄な時間は省きたい」


 霜村と一緒に沼地を進む。

 沼地は前回に来た時と変わらず、ガスが発生している。霧も出ていた。


 霜村はオウラと違い、ハルトを特別扱いしなかった。

 オウラならハルトに向かってくる敵も処理した。


 だが、霜村はハルトに向かう敵はハルトに始末させた。

 少々煩わしくもあるが、戦い方は人それぞれ。文句を付ける気はなかった。


 それに今のハルトでは、焦燥王の秘蔵する人間コレクションと、焦燥王自身以外は、敵だと思えなかった。


 二人で敵をばったばったと倒し、墳墓まで真っすぐに到達した。

「思い出すなあ。ここで霜村と初めて戦ったんですよねえ」


 霜村が真面目な顔して確認してくる。

「俺は、よく覚えちゃいない。だが、俺は強かったんだろう」


「弱かったら、仲間に誘わなかったですよ」

 霧の中から五つの敵の気配がする。


 霜村が霧の中に駆け込む。敵の気配が瞬時に四つに減る。

 最後に残った敵は上空を飛ぶ。ハルトの背後に回り込んだ。


 敵の行動は充分に予測可能だった。影を伸ばして背後から迫る敵を刺し殺した。

 霜村が霧の中から現れる。霜村はハルトを背後から襲った忍者の髪を切る。


「遺髪なんか、どうするんですか?」


 霜村は軽い調子で教えてくれた。


「こいつは、俺が討ち漏らした。つまり、できる奴だ。上手く行けば、亡くなった加賀や山城の穴を埋められるかもしれない。上忍クラスが今は貴重だ」


「忍者の棟梁ってのも大変ですね。僕も上に立つ者ですが、組織の運営はオウラに任せっきりだから、苦労がわかりません」


 霜村の表情が軽くなる。


「爺さんの苦労もわかってやれ。爺さんは爺さんで、やる仕事は多いんだぞ。俺も部下に任せっきりだがな。だが、まさか、俺が棟梁になれるとは思わなかった」


「棟梁になれた結果に満足していますか?」


 霜村は真剣な顔で表明した。

「いいや、満足はしちゃいない。満足したら人間はそこで終わりだ。俺は国王になる」


 よく働いた霜村には報いてやりたい。だが、僕の願いを叶えた時、僕はいない。

「約束は覚えていますよ。一国でしたよね」


「そうだ。俺は忍者から、城持ち大名になる」

「夢は大きいほうが張り合いがある、か」


 直径百mの丸い墳墓に入口が現れた。今回は焦燥王からのメッセージはなかった。

「では、行きましょう。決着を付けに」


 六十段の石段を下りる。下は天井までの高さが八m、広さ直径八十mの空間だった。


 壁や天井には魔法の白い明かりがぼんやりと灯っている。墳墓の中には、誰もいなかった。


 墳墓の奥は何かの像があった。像は人が座った形をしていた。

「あからさまに怪しい像があるな。罠ですかね?」


 霜村が厳しい顔で言ってのける。

「罠だろうが、近づいて行くしかない」


 霜村とハルトは像に近付いた。像は柔和な笑みを浮かべる女性に見えた。

 像の額が激しく発光した。光っていた時間は三秒に満たない。


 だが、光が止んだ時には、霜村の姿がなかった。

 転移の魔法で、僕か霜村が飛ばされた。でも、魔法の気配は一切なかった。


 ガチャガチャと音がする。見れば、入口が閉じていた。身長三mの鎧武者が入口の あった場所に立っていた。鎧武者が走り込んでくる。


 ハルトは像に背を向け鎧武者に向き直った。

 鎧武者が十mの距離に近付いた時に影を伸ばす。鎧武者がハルトの影を斬った。


 直後に、鎧武者の両脇から忍者が飛び出す。背後からも殺気を感じた。


 前面三方向と後方からの攻撃。ハルトは前方の鎧武者と忍者二人に、視線で呪いを掛ける。


 ハルトに起きた災いが起きる呪いだった。


 鎧武者の斬撃がハルトを袈裟斬りに斬る。忍者二人の攻撃が眉間と喉に決まる。背後からの手刀の一撃は、心臓を貫いた。ハルトは致命傷を負った。


 ハルトの呪いの視線により、鎧武者と忍者二人は死んだ。ハルトは背後から攻撃した敵に麻痺の力を撃ち込もうとした。だが、背後から攻撃した敵は麻痺が決まるより速く、手刀をハルトの心臓から引き抜いた。


 振り返れば、像があるのみ。敵は姿を消していた。ハルトは背後からの一撃に、覚えがあった。霜村の一撃によく似ていた。


 霜村が操られた可能性はあった。だが、霜村とそっくりの分身を作り出す攻撃の可能性も否定できなかった。


 体の損傷に意識を合わせる。どの傷も人間なら致命傷だった。だが、ハルトは肉体の動きを奪う程度のものでしかないと、この時は思った。


 敵を殺せるかな、と思う。だが、体がふらふらした。眉間に受けた一撃で脳内に出血を引き起こしていると感じた。


 あ、これはまずい怪我だ。思ったよりダメージが深刻だぞ。回復するまで、たっぷり三分は欲しいな。だが、敵は三分も待ってくれない。


 まして、相手が霜村なら、次の一撃で首を刎ねに来る。ここに来て首を失うのは痛かった。首がないハルトを、焦燥王がみすみす見逃すわけがない。


 ハルトは冷静だった。


 とまあ、ここで焦れば、焦燥王の思う壺。ダンジョンの土に足を取られて、またもや、あの世行きだ。ここで死ねば、次は十六年で済む保証はない。


 ハルトは影で体を支え、全身を影で覆う。ハルトの影は硬質化した。


 硬質化した影だが、敵の鎧武者なら刀で切れた。なので、忍者の棟梁の域まで技を極めた霜村でも貫通できる気がする。


 ならば、とハルトは影を棘状に何本も伸ばす。延ばした影を体表で独楽のように高速で回転させた。


 触れれば即座に相手を切り裂く死の独楽。


 硬質化した影に高速回転をつければ、全方位を防御できる。上忍程度では打ち破るのがとても困難な攻撃形態だった。


 攻撃できないと、せっかくハルトを傷つけた結果が無駄になる。死の独楽の状態で三分回っていればハルトの傷は回復する。待ちに回っていても、ハルトに不利はない。


 霜村は攻撃に出るしかない。だが、ここで焦って攻撃してくるようでは、霜村は偽者である。


 なぜなら、このエリアでは焦ると、ダンジョンの土が忍者の命である機動力を奪う。


 本物の霜村はそんなミスをしない。操られているなら焦るかもしれないが。


 また、ハルトに回復を許すのも偽者である。霜村はそんな安い忍者ではない。つまり次の攻撃でハルトを殺せるような一撃を放てるようなら、受けてやればいい。


 攻撃を受けて、呪いで霜村の洗脳を解除する。

「ムーラン・霜村。クロウ・ハルトの攻撃を受けてみろ」


 呪いの効果を上げるために、霜村の名を呼び、ハルトも名乗る。

 ハルトは回転しながら、空間に細かい粒子のような影をばら撒く。


 影には霜村を仲間に引き込む呪いを乗せた。洗脳を呪いで強制解除する気だった。


 この粒子で解除ができればいい。だが、まだ足りないかな。霜村に攻撃を当てるか、霜村との影の接触が欲しい。


 霜村が正気で、かつ本気に戻れば、霜村はハルトを倒したあとに焦燥王を討つ。

 今の霜村にはそれだけの実力がある。


 少々、霜村に頼り切った作戦だが借りを返させると決めた人間はハルトだ。

 信じてやらねば、人は応えずだ。


 一分後、浮遊感を感じる。天地が逆になる。霜村が何をしたかはわからない。だが、ハルトを引っくり返したようだった。死の独楽のバランスが崩れて、回転が不規則になる。


 技が破られたと感じた時、ハルトの首は胴を離れた。

 やっぱりだ。霜村もやればできる。


 だが、ここでハルトの伸ばしていた棘が霜村に掠って血を流した。また、霜村が伸ばした手の影とハルトの全身を覆う影は接触していた。


 呪いの効果が最大になる。

 追撃があったら、島津戦の時のように冥府に送られていた。


 だが、霜村からの追撃は、なかった。

 ハルトは穴が空いた影の中でゆっくりと体を再生させる。


 ぱちぱちと何かが燃える匂いがした。

 体の再生は、まだ不十分だった。だが、体を覆っていた影を解除する。


 霜村が像を前に座り込んでいた。

 像の上部の天井は開き、通気口になり、煙が上がっていく。


 焦燥王の声が像から響く。

「まさか、人間如きに我が破れるなぞ、屈辱だ」


 ハルトは焦燥王の言葉に気をよくした。

 霜村にやられた甲斐があったな。これで今日は、気分よく飯が食える。


 霜村が焦燥王を見下して発言する。

それがしの意地は通させてもらった。闇に帰れ。化生のものよ」


 像が激しく光り、灰になる。灰は風に吹き上がり、天に舞った。

「借りは返せましたか」


 霜村が凛々しい顔で告げる

「ハルトの旦那には世話になったな。この恩は働きで返す」


 像の灰が消えると後には宝箱が現れた。霜村が宝箱に向かい合う。


「待ってな。調べる。鍵と罠があるな。どれ、俺が開けてやろう。今なら、何でもできる気がする」


 不安だが任せるか。失敗しても霜村が死ぬだけだ。

「そこまで言うなら信用しましょう」


 霜村は言葉通りに鍵を開けて、罠を解除した。

 中を開けると、緑色の宝石が入っていた。ハルトは宝石の力を取り込んだ。


 また一段と力が強くなった。奢らぬことだな。奢れば、焦燥王のようになりかねない。


 宝箱が消えると、一辺が二m四方の壁画が出現した。

 壁画にダンジョンと王冠の絵が描いてあった。だが、意味はわからなかった。


「これは何だ? ダンジョン内にある呪われた王冠の在り処を記しているのか?」


 霜村が自慢気に語る。

「俺が覚えておいてやるよ。職業柄、図面とか書類の中身を覚えるのが、得意なんだ」


 そんなものか。忍者って便利だな。

 ハルトは死んだ鎧武者の前に行き、刀を拾った。


「これは良い刀だから、これだけは貰っていきましょう」


 霜村の態度は素っ気ない。

「そうか。好きにしてくれ。俺はハルトの旦那が倒した忍者の遺髪が大事だ」


 霜村と一緒に屋敷に帰還する。

 島津に刀を見てもらった。


「これは名刀でござる」


 島津が真剣な顔をして闘神無双を抜く。刃を近づけると共鳴した。

 何だ? 意味ありげな行動だな。


「闘神無双と天地神命は互いに惹かれ合う刀。ハルト様が持ち帰った刀は天地神命でしょう」


 闘神無双と同等か。これは焦燥王を倒しに行った価値があったな。

「どうりで、よく斬れると思った。これも一万石の刀ですか?」


 島津は澄ました顔で告げる。

日島守ひじまのかみなら一万石を出すでしょうな」


「なら、ベルコニアに預けておくか」

 ハルトは天地神明をベルコニアに預けた。


 翌日、オウラがハルトの部屋にやって来る。


 オウラが難しい顔で告げる。

「ハルト様、霜村が持ち帰った忍者の遺髪より、忍者の蘇生に成功しました」


 興味がないので、素っ気なく返す。

「そう、それはよかったね」


「蘇生させた忍者は、呪われた王冠の在り処に関する情報を持っていました」

 思わぬところから幸運が舞い降りたと感じた。


「何だって? 本当か? どんな情報だ」


「まず、良い知らせです。ハルト様が集めている呪われた力。あれは王冠に本来に嵌まっていた宝石です。なので、これを全て集める必要があります」


 問題はなかった。呪われた力は順調に集まっている。この調子で集めればいい。

「王冠を本来の形に戻して呪いを解く必要があるな。中途半端に呪いが解けても困る」


 オウラが困った顔で告げる。

「次に、悪い情報です。宝石の内、六つは闇の者が立ち入ることができない領域にあります」


「僕が入れないと、回収は難しいな」


「侵入を拒む力はダンジョンの加護です。ハルト様の力をもってしても、破るのが困難でしょう」


 他人任せにはしたくない。だが、闇の者の集団である千年財団単独では、王冠の呪いを解くのが困難に思えた。


「光の者に取らせて、奪う。ないしは、冒険者に取らせるしかないのか?」


 オウラは渋い顔で告げる。


「光の力を持つ者を千年教団に取り込む手も考えられます。ですが、光の者は頑固な者が多いです。心からは千年財団に協力しないでしょう。裏切りも充分に考えられます」


 光の者と共闘する手も、考えられる。だが、光の者との共闘は、混沌王との敵対を意味する。


 混沌王はハルトが仲間になる何らかの事情を掴んでいる。

 安易に妥協して共闘に走る道が最善とは、思えなかった。

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