第8話 金庫の中身
死にかけたオウラだったが、ハルトの治癒魔法で命は取り止めた。
憤怒王がいなくなった部屋で、オウラがよろよろと体を起こす。
「お情けを懸けて頂き、ありがたき幸せ」
「無理はするな、オウラ。まだ全身が痛いだろう」
「ハルト様の治癒魔法は、闇の者である私にはよく効きます。それに魔獣とは元来、生命力が強い者。ここまで治れば数日も寝ていれば完治します」
憤怒王の体だった灰を見つめる。灰は冒険者の遺灰を集めたものと思われた。
これは、いったい何人分あるのやら。ここからスワンの灰だけを探すのは、不可能だぞ。
ハルトがげんなりしていると、オウラが畏まって申し出る。
「スワンの灰なら問題ありません。私が爪で引っ掻いた時に回収しておきました」
オウラは憤怒王の体に一撃を入れている。
憤怒王の体から人間の灰がキノコのように生えていた。
灰が個人単位の塊なら、オウラが回収できた可能性が高かった。
「なかなかやるな」
オウラは頭を下げる。
「今回はお役に立てませんでした。これくらいできないと、立つ瀬がありません」
迷宮の壁から闇が集まってきて闇の球体になる。
闇は徐々に薄くなると後には、宝箱が残されていた。
オウラが魔法で宝箱を調べる。
「罠はありません」
怪しい。魔法とて絶対ではない。良い物が入っていそうな時は、たいてい罠がある。
「待て、オウラ。用心のためだ。僕が開ける。お前は部屋の隅で控えていろ」
「わかりました。全てはハルト様の仰せのままに」
オウラはハルトの指示に従った。
部屋の隅にオウラが移動したので宝箱を開ける。
途端にマイナス二百℃クラスの冷気が箱から噴き出る。
体表から一気に熱が奪われる。血が凍り、心臓が止まりそうになる。
オウラを視界で探す。オウラは部屋の隅で、結界を張って冷気を防いでいた。
数秒後、あまりの冷たさにハルトの心臓は停止した。
ハルトの体は凍りつき動かなくなった。普通の人間ならこれで終わりだった。
冷気の噴出が止むと、オウラが結界から用心して出てきた。
オウラは魔法のトラップを警戒して、凍った床を踏まない。
空中に浮かんだオウラはハルトの傍に来る。オウラは魔法で火を
オウラはハルトを火で炙った。ハルトの体は徐々に温かくなる。
体がぎこちないが動くようになる。
「サーモンを凍らせてから、火で
オウラが軽い調子で尋ねる。
「自然解凍したほうがよかったですか?」
「いや、いい。用が済んだら、ダンジョン内に長居は無用だ」
ハルトの衣服は、びちゃびちゃに濡れていた。
汗ではない。氷結した細胞が解凍時に破損して水を出すドリップだった。
「これは、早くに帰って着替えないと、風邪を引くかな」
オウラが肩を竦める。
「普通は風邪を引く前に死んでいますけどね」
「オウラの言葉は僕にとっての普通ではない」
宝箱の中身を確認すると、赤い宝石が入っていた。
ハンカチ越しに触ってみる。だが、肌に張り付かない。
「あれだけの冷気を放った箱に入っていた。なのに、冷たくならない宝石か。レアものだな」
ハンカチをどけて手で触る。
宝石はどろりと手の中で溶けて、ハルトの体にしみ込んだ。
黒い宝石の時に感じた時と同様に、ぽかぽかとした感覚を抱いた。
「呪われた力か。憤怒王にしては、いいものを持っていたな。さあ、首も繋がって、鼓膜も再生してきたことだし、帰って休むか」
迷宮都市に帰る。スワンの蘇生はオウラの体調が万全になるまで待った。
オウラを伴って寺院に行く。蘇生を頼んだ。
スワンの蘇生には成功した。
回復室でスワンと会う。スワンは白い肌の金髪の二十代の優男だった。
スワンはハルトに会うと感謝した。
「どこのどなたが知らないが、助けてくれてありがとう。助かったよ」
「そうか。なら、礼をしてもらいましょうか」
スワンは笑顔で応じた。
「ああ、いいとも。俺にできることなら、何でもするよ」
「全財産」
「えっ」とスワンが驚いた顔をするので、告げる。
「全財産を貰いましょうか」
スワンが明るい顔で拒絶する。
「おいおい、待ってくれよ。俺は身一つでダンジョンから帰ったんだぜ。無一文同然だ」
オウラの目が怪しく光る。
「言え。金はどこに隠した。正直に吐け」
スワンの目がとろんとなる。
「金庫の中だ。金庫は知り合いの女に預けている。冒険者ギルドで受付嬢をやっているアイリーンの家に金庫はある。中には金貨が二万枚、入っている」
アイリーンの隠し事がわかった。ハルトは感心した。
「なるほど。金庫を預かっていた。だから隠し金が盗まれていないとアイリーンは知っていたのか。食えない女性だな。それくらいの嘘なら許せるか」
オウラが控えめな態度で意見する。
「いいのですか? スワンを先に渡していたら、分け前を誤魔化したかもしれませんぞ」
アイリーンを糾弾する気は、さらさらなかった。
「いいさ。こっちだって、分け前を誤魔化そうっていうんだ」
オウラの目が大きくなる。
金庫は二年もアイリーンの家にあった。数多の冒険者を見てきたアイリーンだ。開錠が得意な魔術師も、鍵開けが得意な盗賊も、たくさん知っている。もっと乱暴な方法だって試したはずだ。それでも開かない以上、金庫はかなりの値打ちものだ。
オウラもハルトの考えを読んだのか、にやりと笑う。オウラがスワンに問う。
「金庫の価値はどうなんだ? 中の金貨より高いんだろう?」
「価値はない。あれは悪魔憑きの呪われた金庫だ」
悪魔付きの金庫は聞いた覚えがあった。
金庫に住む悪魔は預けた金貨を全力で守る。
だが、金貨を預けてある間は管理料を取る。利子は払わない。
そのくせ悪魔は預けてある人間の金を運用して人間相手に高利貸しをする。
つまり、金庫付きの悪魔はかなり羽振りがいい。
オウラも金庫に興味を持った。尋問を続ける。
「ほう、面白いですな。悪魔と取引できれば、金貨一万枚以上の値打ちがあります」
「金庫の開け方はどうだ?」
「合言葉が必要だ、合言葉はシ・ト・ラ・パ・パ・ス・ミ・レ・だ」
オウラが冷たく命じる
「ごくろうだったな。眠っていいぞ」
スワンは眠った。回復室を出て、冒険者ギルドに行く。
アイリーンがいたので、声を掛ける。
「スワンの蘇生に成功しました」
アイリーンは顔を輝かせて尋ねた。
「それで、スワンはどこ? どこにいるの」
「夢の国ですよ。金庫の情報も素直に話してくれましたよ。開け方と一緒にね」
アイリーンの顔が引き攣る。
「そう、そう、なんだ。別に、隠すつもりはなかったのよ。敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ」
ハルトは皮肉る。
「その場合の敵は僕ですか」
アイリーンは笑顔で誤魔化す。
「嫌よ。敵なわけないでしょう。とりあえず、夕方まで待って。夕方には仕事が終わるから」
アイリーンと別れて、冒険者ギルドの外に出る。
オウラが真面目な顔して訊く。
「アイリーンの言葉を信じたのですか?」
「まさか、裏口で待つよ」
裏口で待っていると、アイリーンがこそこそと姿を現した。
「おや、アイリーンさん、仕事が終わる夕方には、まだ、だいぶ早いですよ」
アイリーンは待ち伏せに驚いた。目が泳ぐ。
「ええ、っとね、仕事を代わってくれる同僚が見つかったのよ」
「それはよかった。早く、金庫のある場所に行きましょう」
「はい」とアイリーンは項垂れて答える。
アイリーンの家は街中にある小さな二階建ての一軒屋だった。
場所は中流住宅街だった。
家は小さいが、交通の便利が良い場所にあった。
「良い家だね。結構したでしょう」
「それは、まあ、それなりにね。家は立地で買わないと、値が上がらないから」
転売して利益を出すために買ったのか。冒険者ギルドの受付嬢の給与にしては、過分だな。きっと、今回の一件のように副収入があるな。
家に入る。台所に行くと、下に降りる階段があった。
地下室に下りて、アイリーンが魔法の明かりを点ける。
元は食品の貯蔵庫だったスペースに、金庫があった。
金庫は黒光りする金属製で、一辺が百二十㎝の立方体だった。
アイリーンが期待顔をしていたので提案する。
「金庫を開けるにあたって、提案があります」
アイリーンの表情が途端に曇る。
「何よ? 取り分を七対三にしろとか、言い出すの?」
「違いますよ。僕の取り分ですが、金庫の中身は要らないので、金庫をください」
アイリーンの顔色がさっと変わる。
「ちょっと待って。この金庫にそれだけの価値があるの?」
ハルトは悪魔憑きである事実を隠した。
「さあ。でも、この金庫はアイリーンさんが二年間掛けても開けられなかったんでしょう? そんな頑丈な金庫なら、金になると思いましてね」
アイリーンは真剣な顔で教えてくれた。
「これは親切心で教えるわね。鑑定家に見せたところ、金庫の価値は金貨二千枚よ。でもスワンが騙し取ったお金は、金貨にして三万枚はあるわよ」
「なら、問題ない。アイリーンさんが得をするだけです」
アイリーンは眉間に皺を寄せて考える。
「そうなんだけど、何か引っ掛かるわね。ハルトは何か隠しているでしょう」
適当にはぐらかす。
「もちろん隠し事はありますよ。アイリーンさんが金庫の存在を隠していたようにね」
「うーん」とアイリーンは悩んだが、決断した。
「いいわ、金庫はあげるわ。金庫は売ったら足が着きそうだし」
「では、契約成立ってことで、開けますよ」
オウラが金庫に向かって、合言葉を告げる。
ぎーいっと金庫が開いて、中から金貨が零れ出した。
ざっと見るが、スワンが申告した二万枚には届かなかった。
二年分の管理費で、二十%ぐらい持って行かれたな。
アイリーンは目の色を変えて金貨を掻き集める。
「うはああ、金貨よ。金貨。こんなにたくさん。待っていて、今、入れる鞄を持ってくるわ。一枚たりとも、持ち出したら駄目だからね」
アイリーンは上機嫌で上の階に行った。
「さて、金庫の悪魔と交渉しますか」
ハルトは金庫に向かい合って声を掛ける。
「金庫の悪魔さん、いるんでしょう? 話がしたい。姿を見せてください」
金庫の横に煙が立ち上る。赤い肌をして二本の角を生やした悪魔が現れる。
悪魔の身長は百五十㎝、体重四十㎏ぐらいと、小柄だった。
服装は紺のベストを着て紺のズボンを穿いている。ズボンの後ろからは尻尾が見えた。
悪魔はむすっとした顔で問う。
「俺の名はベルコニア。金貸しの悪魔だ。用件は何だ。金を借りたい? 出資したい? それとも、金を預かって欲しいのか?」
ハルトは平然と告げる。
「僕の名はハルト。金になる仕事がほしい。金貨百万くらいになる、大きな仕事です」
呪われた王冠が金で買えるとは思わない。だが、金貨が百万枚あれば資金不足を気にしなくていい。纏まった金をここで手に入れるほうが、近道だとハルトは考えていた。
ベルコニアは笑って、否定的な意見を述べる。
「おいおい、兄さん。これまた大きく出たね。俺の手元には、金貨百万枚くらいは余裕である。でも、こいつを巻き上げようってのは、どうかしているぜ」
悪魔との会話にはこつがある。悪魔を気分よくさせることだ。
また、弱気な態度は厳禁。弱みを見せればすぐに付け込まれる。
ハルトは堂々と構えて、少し挑発的に尋ねる。
「いい具合にいかれていて、欲深い人間は嫌いですか?」
ベルコニアは機嫌もよく話に乗ってきた。
「いいや、欲深い人間は大好きさ。さらに、いかれているなら最高さ」
ベルコニアは言葉を切って、鋭い視線をハルトに向けて言い放つ。
「でも、人間ならの、話だ。お宅、人間じゃないな」
「僕が何者かは関係ない。僕には金が必要なんです」
ベルコニアは顎に手をやって、考えながら話す。
「いいぜ。それなら、仕事の話をしよう。大きな儲け話だ。でも、それには、あのアイリーンって女が邪魔だな。話を聞かれるとまずい」
「場所を替えればいい」
ベルコニアは邪悪な笑みを浮かべて
「おいおい、ここには一万と六千七百四十二枚の金貨があるんだぜ。あの女を殺せば、楽に金が手に入る。何なら、俺がサービスで死体を消してもいい」
見え透いた挑発だった。ベルコニアは推しはかろうとしていた。
僕がどれだけお金に困っているか。また、約束をどれだけ守る存在なのかを知りたがっている態度が、見え見えだよ。
ハルトは素っ気なく拒否した。
「悪いが契約は守るほうなんだ。アイリーンの金貨に手は出さない。これは僕の流儀だ」
ベルコニアは額に手を当てる。ベルコニアは芝居がかった口調で罵った。
「かーー金貨のために人を一人たりとも殺せないなんて、情けない男だね。スワンのほうがよっぽどマシだ。あいつは金貨のために仲間を売ったぜ」
ハルトは鼻で笑って言い返す。
「だからスワンは金貨二万枚止まりだったんだよ。そこがスワンの底だ」
ベルコニアは気分をよくした。
「お宅も言うね。なら場所を替えよう。俺は金庫と共にある。金庫を持って行って、呼び掛けな。どこにでも現れるぜ」
オウラが金庫をまじまじと見る。
「この金庫はかなり重そうですな。運搬には人の手が必要かと思います」
ベルコニアが軽くオウラを馬鹿にした。
「爺さんには重いだろうな。どれ、手提げサイズにしてやるよ」
金庫は縮んで手提げ金庫サイズになった。ハルトが金庫を持つ
便利な機能だな。さすが悪魔憑きの金庫だ。
階の上から足音がする。ベルコニアは、さっと姿を消した。
アイリーンが直方体の旅行鞄を持って戻ってきた。アイリーンは驚く。
「あれ、金庫は? まさか、ハルトが持っているのが、そうなの」
「魔法の金庫なので小さくできました。それでは、これで失礼します」
アイリーンが険しい顔で要求する。
「待って、金庫の中を見せて」
アイリーンは手提げ金庫を開ける。引っくり返して、中が空なのを確認する。
満足した顔でアイリーンは許可する。
「よし、行ってよろしい」
アイリーンは満面の笑みで床に落ちている金貨を拾う。
鼻歌交じりにアイリーンは旅行鞄の中に金貨を詰めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます