第9話 道場にて

 宿屋に手提げ金庫を持って行った。部屋に置いて呼び掛ける。

「ベルコニア、それでは大事な話をしよう」


 金庫は元のサイズに戻った。ベルコニアが現れた。


「金貨が百万枚、欲しいんだったな。いいぜ、名刀の天地神明か闘神無双を持ってきな。金貨百万枚で買い取ってやるぜ」


 高価な武具の買い取りか。金貨百万枚ともなると、さぞや手に入れ難い武器なんだろうな。


 冒険者の武具には、取引価格が金貨十万枚を超える物が存在した。


 だが、金貨十万枚クラスの武具が市場に出る状況は滅多にない。金貨百万枚ともなれば、冒険者の店に持ち込まれても、たいていは「これは」と思う得意先に声が掛かる。


 オウラが不機嫌な顔で口を出す。

「待て。天地神明も闘神無双も、伝説の刀だ。そんなものが存在するのか?」


 ベルコニアがオウラを小馬鹿にする。


「おいおい、爺さん。ここをどこだと思っている。金も、名誉も、力も転がる迷宮都市だぜ。天地神明や闘神無双といえど、年に一振りくらいは見つかっている」


「期限はある仕事ですか?」

 ベルコニアは明るい顔で告げる。


「一年に一振りといってもこの広い迷宮都市で年に一振りだ。他の冒険者も探している銘品だから、期限は授けないよ。見つけたらでいい。じゃあな、健闘を祈っているぜ」


 ベルコニアは一度、消えて、戻ってきた。


「そうそう、言い忘れた。まだ金が必要なら、もっと回してやってもいい。つまり、刀探しは、簡単なファースト・ミッションだ」


 なるほど、ベルコニアは僕が思っている以上に大きな仕事を考えているんだな。ここで、伝説の刀の一振りや二振り見つけられないと、組む価値がない訳か。


 今度はきちんとベルコニアが消えた。

 今後の方針をオウラに相談する。


「天地神明か闘神無双か。呪われた王冠よりは探しやすいだろう。だけど、どこから手を着けたものか」


 オウラが知的な顔でアドバイスする。

「刀と言えば、武士。武士の道場でも、当たってみますか?」


「武士って、何だ?」

 オウラは持ち前の知識を披露する。


「武士は忍者と同じく、東方の島国で派生した職業です。ちなみに、女性は女武者と呼びます。また、主君に使える者は、特に侍と呼びます」


「なら、迷宮都市にいるのは、ほとんどが武士だな。どんな特性を持つ?」


「武士は簡単に言えば、刀を武器として使う魔法剣士ですな。極めれば、鉄をもって鉄を断つと伝えられています」


 普通の戦士より使えるのかな。だが、忍者で学んだ。世の中、良いこと尽くしはない。


「浪漫のある職業に聞こえるけど、忍者と同様に欠点もあるんだろう」


「武士は動きが命ゆえ、騎士や戦士と違い、重武装を嫌います。なので、盾としての役割が弱い。魔法も補助系しか使えません。また、精神面で他の戦闘職より弱いとの定評です」


「どうして? 武士が精神面で弱いんだ?」


 オウラが考えを語る。


「力への渇望でしょうね。武士は強い。強いがゆえに、どんなに鍛えても飽き足らない。結果、迷宮の闇に飲まれて人の道を踏み外す、とかでしょうな」


「でも、聞く限りは、味方にすると心強いが、敵になると恐ろしい存在だな」


 冒険者ギルドに顔を出す。

 連絡掲示板に、霜村宛ての連絡を要請するメッセージを残しておく。


 二日後、霜村が宿屋に現れた。霜村の機嫌は良かった。

「俺に用があるんだってね。俺もちょうどハルトの旦那に報告に来たかったところだ」


 これは何か、良い知らせが聞けるな。忍者部隊もやるな。

「まずは霜村の用件から聞こう」


「呪われた王冠だが、実在するかもしれねえ。それで、呪われた王冠を持っている奴だが、迷宮都市の支配者である混沌王が怪しい」


 別段に驚きはしなかった。権力のあるところに力は集まる。逆もまた真なりだ。

「考えてはいた。だが、混沌王はどこに呪われた王冠を隠している?」


「わからねえ。まっとうに考えれば、本命が宝物庫。対抗が迷宮の中で、大穴が街のどこかだ。最悪は呪われた王冠を分割して三つの場所に隠すだ。詳細はまだ時間が必要だな」


 王冠だから分割できないと考えていた。だけど、何でもありの迷宮都市の秘宝なら、分割もありか。有り得ないと、考えから外すのはよそう。


 霜村はここで頼む。

「それと、資金が必要になった。金貨千枚ほど回してくれ」


 オウラは部屋にあった洗面器を尻尾で器用に掴む。

 洗面器を下に置く。


 オウラが口を開くと、乾いた金貨が口から零れ落ち、洗面器を満たす。

 オウラが澄ました顔で指示する。


「ほら、持っていけ」

 霜村は驚いた。


「すげえな、爺さん。腹の中には金貨が詰まっているのか?」

「秘密だ。でないと、儂の腹を裂こうとする馬鹿な考えを持った人間が出てくるからな」


 霜村は金貨を袋に詰めた。

「それで、ハルトの旦那の用件って何だ?」


「名刀の天地神明か闘神無双を探している。何か手懸かりがないか?」

「ハルトの旦那は武士にでも商売替えするつもりかい?」


「理由はいいだろう。知っているかどうか教えて欲しい」


 霜村が軽い調子で教えてくれた。


「知っているなら、俺が盗りに行って、今頃は大金持ちだ、と答えたいところだ。だが、天地神明は知らなくても、闘神無双なら心当たりがある」


「ダンジョンのどこかにあるのか?」


 霜村の表情が険しくなる。


「闘神無双ならダンジョンを彷徨さまよう武士。ヨシムネ・島津が持っている。だが、止めて置け。島津は倒して刀を奪うのは無理だ。千人近い冒険者が挑み、破れている」


「だが、島津はまだ僕と戦っていない。だから、敗北を知らない」


「ハルトの旦那も大きく出たな。断っておくが、島津は俺よりもずっと強いぞ。それでもやりたきゃ、この街の千葉道場を訪ねな。島津についてここが誰よりも知っている」


 霜村と別れた。冒険者ギルドで尋ねると、千葉道場の場所はすぐにわかった。

 道場を訪ねる。道場の敷地は一万㎡。平屋の屋敷と鍛錬場が一緒になっていた。


 屋敷は東国の建築様式を真似ており、迷宮都市では珍しい瓦葺かわらぶきの屋根だった。


 昼の休憩が終わった後なのか、道場からは威勢のよい掛け声がする。

 玄関先にいた老いた下男に銀貨を渡して情報を聞こうとした。


「ヨシムネ・島津の情報を聞きたい。島津が持つ闘神無双に興味がある」

 下男はハルトが差し出した銀貨を受け取らなかった。


「お若いの、止めておきなされ。島津様に手を出しちゃならねえ」

「僕が誰と戦い、誰に勝ち、何を得るかは、僕が決めることです」


 下男は沈んだ面で首を横に振る。


「貴方様より強い者が何人も島津様に挑みました。でも、誰一人として帰ってきませんでした」


「それは違う。僕より弱い奴が島津に挑み、帰らなかっただけです」


 下男はハルトを気遣った顔で忠告する。

「奢ってはなりません。世の中は広いんです」


 下男と話していても埒が明かない。少々不本意だが強引に話を進めるよう。


「わかった、こうしましょう。この道場で一番強い人と、戦わせてください。それで勝ったら、教えてください。嫌だというなら、無理にでも道場に上がって勝負しますよ」


 下男はじっとハルトを見て、ぱっとしない顔で警告する。

「ここは天下の武人が集まる千葉道場。世の広さを知るのもまた勉強でしょう」


 下男が草履を脱いで道場に上がる。しばらくすると、下男が若い武士を連れてきた。


それがしがお相手いたす」

 若い武士が外に出るために草履を履こうと上がりかまちに腰掛ける。


 ハルトはちょうどよい位置に若い武士の側頭部があったので殴打した。

 どさりと、若い武士が倒れる。


 下男が驚き、抗議の声を上げる。

「貴方様は何をなされる! まだ勝負は始まっておりませぬぞ」


「僕の名はハルトです。天下の武人が悠長に、敵の前で弱点を曝すと思いませんでした。てっきり、打てる者なら打ってみろ、と誘っているものだとばかり」


 下男は唖然とした。

 若い武士が倒された事態が知られたのか、道場の奥から五人の武士が出てくる。


「とにかく、こちらでお待ちください」

 ハルトは下男に道場の庭に連れて行かれた。


 しばらくすると、木刀を携えた二十代前半の武士十人が下男と共に出てくる。

 少しは道場側も本気になったな。


「この十人を倒せば合格ですか?」


 下男が説明する。

「いえ、この者たちは見学者です。ハルト殿の太刀筋を見たいと」


 嘘だな。不意打ちの仕返しだ。ここで隙あれば十人で襲ってくる気だぞ。


「わかりました。見たいというなら見せましょう。ただ、刀を持って来ていません。貸してください」


 下男が木刀を渡してきた。ハルトは武士に背を向けた。

 案の定、武士たちは殺気を放った。


 ハルトは気にせず、庭にある打ち込み用の太さ八十㎝の丸太に向かい合う。

 ハルトは木刀を右手で握る。握り方が変だったのか、武士たちがひそひそと語る。


 刀に呪いの力を込めて斬る。丸太は横に真一文字に斬れた。

 ハルトは余裕の態度で語る。


「武士の達人は鉄をもって鉄を斬るそうですね。少し違いますが。木刀をもって丸太を断ちました。これも似たようなものでしょう」


 ハルトはそこで幹の太さが一mある桜の樹を見る。

「まだ、見たいと仰るなら。この桜を斬って見せましょう」


 下男が慌てて止める。

「それは大事な桜の樹。斬らないでください」


「太刀筋に問題ありというのなら、僕と同じ芸当をして見せてください」


 武士たちは黙ったまま語らない。

「合格で、よろしいですかな」


「少々お待ちください」

 下男は慌てて道場に戻る。


 オウラが誇らしげな視線を向けてくる。

「さすがはハルト様、見事な太刀筋ですな。今日、初めて刀を握ったとは思えませんな」


「あまり褒めるな。今日まで鍛錬してきた武士たちが、やる気をなくす」


 まず、二十代と思われる女武者が出てきた。女武者の身長は百七十㎝、体重は五十㎏くらい。細面で髪を後ろ手に縛っている。木刀を持ち、白い道着を着ていた。


 次に五十代の背のやや小さい武士が道場から出てきた。こちらは身長が百六十五㎝、体重は六十㎏くらいで髪は白髪が交じっている。


 二人に続いて二十人以上の武士も出て来る。

 若い女武者は大したことはない。だが、五十代の武士はできると思った。


 下男が五十代の武士を紹介する。

「当道場の師範。シンサク・千葉先生です」


 千葉は斬られた丸太を確認する。


「見事な切れ味だ。だが、これは刀の斬り口ではない。殺すためだけの技だ。私の剣の理想と相反する理念。だが、強い。道を踏み外した武士並みに」


 見る人間が見ればわかるか。天下の武人とは千葉を指しての言葉かな。

 千葉の言葉に武士たちがざわつく。


「別に入門にしに来たわけでも、説教を聞きに来たわけでもないですよ。島津の情報を教えてほしい。島津が持つ闘神無双の刀が欲しい」


 千葉は目を閉じて息を吐く。目を静かに開き、じっとハルトを見て発言する。

「ハルト殿なら万に一つ、いや十回に一度なら勝てるやもしれませぬな」


 女武者が声を上げる。


「待ってください。ハルト殿が父に挑戦するなら私にも挑戦を認めてください。私にだって、鉄で鉄を斬るくらいはできる」


 何だ、女武者は島津の娘か。こういう家族のごたごたは苦手だ。

 千葉はぴしゃりと言い放つ。


「駄目だ。菊野には才能がある。だが、鉄で鉄を斬るくらいの腕では、闘神無双を手にした島津を止めるのは不可能だ。島津の剣はこの世の全てを斬る」


 菊野は諦めきれないのか、食い入るように頼む。

「では、私がハルト殿に勝てたら行ってもいいですね」


 勝手に家族の事情とやらに巻き込んでほしくはないな。だが、ここはお願いする身なので強くは出られないか。


「いいですよ。付き合って試合をしてあげましょう」


 菊野は千葉の答えを聞かずに木刀を構えた。菊野は即座に斬り懸かってきた。

 温い太刀筋だな、と思った。


 ハルトは左手で菊野の木刀を受け止める。右手の剣で菊野の胴を素早く打った。

「一本。それまで」と千葉が怒った顔で叫んだ。


 菊野が抗議する。


「待ってください。先生。刀を素手で止めて一撃を入れるなんて卑怯です。実戦では素手で刀を掴む戦い方はありません」


 千葉は怖い顔で門弟に指示を出す。

「誰か、儂の同田どうたぬきを持ってきてくれ」


 門弟の一人が道場に駆けて行き、刀を持ってくる。

 千葉が刀を手にすると、ハルトに真面目な顔をして頼む。


「真に勝手を申してすまない。某の一撃を受けてはくれまいか?」

 攻撃してくるのか。でも、いいか、きちんと宣言してからの攻撃だからな。


 ハルトはどこを打たれてもいいように全身に呪われた力を巡らせる。

「いいですよ。ここまで来たら大サービスです」


 ハルトが答えるやいなや、千葉は瞬時に構えて、居合い斬りを放つ。

 千葉の太刀筋は菊野の太刀筋とは比べものにならないほど速く強かった。


 あまりの速度に反応できなかった。脳天に唐竹割が決まる。

 千葉ほどの達人の剣なら、頭を割られて即死だった。ハルトは頭に強い痛みを感じた。


 打たれた箇所を触るが血は出ていなかった。瘤にはなっているようだった。

 千葉が刀身を菊野に見せる。


「ハルト殿は斬れないのだ。刀の腰が伸びているだろう」


 菊野が千葉の刀を見って、はっとした顔をする。

「先生の同田貫が曲がっている」


 千葉は怖い顔で諭した。

「わかったか。ハルト殿には可能なのだ。刀を素手で受け止めて、相手を斬る技が。実戦なら、死んでいたのは菊野、お前のほうだ」


 菊野はがっくりと膝を突いて項垂れた。

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