第6話 サルベージ屋は黄金の夢を見るか
ハルトはその後ダンジョンに赴き、六人の忍者の灰を持ち帰った。
運よく、山城、加賀、岩波、愛渕の四人の蘇生を成功させた。
愛渕だけが女性で、山城、加賀、岩波は男性だった。
山城、加賀、岩波、愛渕も蘇生代金分の働きをすると誓った。
四人と霜村を料理屋の一室に集める。
霜村を一目見ると、四人の忍者は霜村の実力を認めた。
五人とオウラを前に話しておく。
「山城、加賀、岩波、愛渕には霜村の仕事を手伝ってほしい。追加で費用が発生する場合は、霜村に相談してください。霜村は必要あればオウラに話を持ってきてください」
愛渕が厳しい顔で確認する。
「つまり、私たち四人が下忍で、霜村が上忍と考えていいのかしら?」
「五人の間に、身分の上下は置かない。だが、僕が五人の中で一番に信用しているのが、霜村です」
「承知」と愛渕が答えると、山城、加賀、岩波も頷き納得した。
山城、加賀、岩波、愛渕が部屋から退出する。
ハルトは率直に霜村に四人の評価を尋ねる。
「四人はどうです? 使えそうですか?」
霜村は難しい顔で応える。
「見たところ四人の技量は同じ。四人とも中忍以上、上忍未満の腕だ。即席の協力者としては、申し分ない。だが、信用できるかどうかは未知数だな」
忍者の気持ちは忍者が知っていると思い尋ねる。
「呪われた王冠を探していると知ったら、やる気をなくすか?」
「やる気をなくす――は、ないな。あのクラスの連中なら途方もない馬鹿な依頼をされた経験は一度や二度ではない。それで、やる気をなくしていたら、忍者は務まらない」
オウラがふーんの顔で意見する。
「忍者も大変ですな。もっと、夢のある職業かと思っていました」
霜村が自嘲して席を立つ。
「よしてくれよ、爺さん。忍者なんて金で雇われて、泥の中を這いずり回るのが仕事だ」
「世の中は金、か」
オウラがハルトと二人っきりになった部屋で尋ねる。
「はてさて、役に立つでしょうかね、忍者部隊は?」
「役に立ってもらわなければ困るよ。僕たちの財布も無限じゃない」
ハルトは料理屋を出ると、冒険者ギルドに行く。
たむろしている冒険者がハルトを見て、ひそひそと噂話をする。
オウラがハルトにだけ聞こえる特殊な話し方で、話し掛けてくる。
「ハルト様、何か注目されていますな。あまり良い気分ではありませんが」
「はあい、ハルト。こんにちは」
声のした方向を見ると、アイリーンが微笑んでいた。
ハルトは思う。僕はあの嘘くさい笑顔が、どうも気に入らない。
人は誰でも嘘を吐く。人に嘘を吐くなと説教する気はない。嘘は社会の潤滑油だ
ハルトとて理解している。アイリーンが職業柄、多くの冒険者に好かれたほうが仕事がしやすい。そのために、嘘の笑顔が有効的だと。
アイリーンの笑顔こそ人間関係の橋渡しであり、潤滑油的な嘘だ。
理論的に考えれば、アイリーンの笑顔には嫌悪感を抱かないはず。
だが、どうもハルトは、アイリーンの笑顔には好きになれなかった。
かといって、ここで膨れっ面を見せるほど、ハルトは子供でもない。
「こんにちは、アイリーンさん。何か御用ですか?」
膨れっ面ではないが、冷たい言葉が口から出る。
アイリーンの笑顔は崩れない。
「もう、ハルトさんったら、堅いんだから」
ハルトさん? ああ、これは何か頼み事だな、とハルトは直感した。
「これは僕の標準ですよ。それで、何か御用ですか?」
アイリーンが愛らしさを滲ませて語り掛けくる。
「ハルトさんって、ここ最近、尋ね人の掲示板をいつも見ているわよね。誰かを探しているのかなあ、と思って。いるなら、協力するわよ。もちろん、タダじゃないけど」
ハルトは素っ気ない態度で認めた。
「別に、誰かを探しているわけではないですよ。蘇生させた人間から報酬をせしめているだけですよ」
嘘ではなかった。報酬が金銭とは限らない。労働や情報もまた報酬だ。
アイリーンは明るい顔で尋ねる。
「ハルトさんは、サルベージ屋で一旗揚げるつもりなの?」
サルベージ屋とは、迷宮で死んで回収が難しい遺骨や遺灰を回収してくる冒険者を指す。
対象となる冒険者は深い場所で亡くなっている。つまり、仕事はきつい。
死んだ遺体は人が死ぬ理由の場所にある。そのために、危険。
犠牲者が必ず見つかると限らない。故に、儲からない。
きつく、危険で、儲からない――がサルベージ屋だった。
さらにはこれに報酬の不払いが発生するので、専門サルベージ屋は皆無だった。
「僕が何を望み、何を成すか。僕だけが知っていればいい話です」
アイリーンは拗ねた態度で意見する。
「もう、意地悪ねえ。冒険者ギルドの受付とは親しくなっていたほうが、後々いいことがあるのよ」
良いこと? どうせ、呪われた王冠の話をすれば、笑うくせに。
別に笑われてもよかった。いつものことだし、信用するほうが、どうにかしている。
ハルトは漫然と思う。
僕はなぜ苛立つ? アイリーンには少しばかり、きつすぎだな。
「それは失礼しました。それで、アイリーンさんの話は、私的な用事ですか? それとも仕事の話ですか?」
「仕事の話よ」
アイリーンはうすら寒い笑いを浮かべた。
なんだ、できるくせに正直な感情表現が。
ハルトは少し気分をよくした。
アイリーンがいつもの猫かぶりな笑顔に戻る。
「実はダンジョン内で行方不明になったパーティがいるの。報酬が出るから、回収してきてちょうだい。お願い」
アイリーンは依頼票を見せる。依頼票には六名の名前が書いてあった。
オウラが依頼票を覗き込む。
「場所は憤怒の石室ですね。愛渕が死んでいたエリアですな。どこで死んでいるかによりますが、奥で死んでいたら回収に少々骨が折れますな」
基本報酬額を確認するが、安かった。蘇生に失敗する。ないしは、支払いを拒まれた場合は、蘇生費用で赤字が確実だった。依頼票の日付が二年前と古いのも、難点だった。
依頼から日数が経ち過ぎていると、依頼人が取り下げを忘れているケースがある。
依頼人がいなければ、当然、基本報酬も貰えない。
「これは、誰もやりたがらないでしょう」
アイリーンは柔和な笑みを湛えて勧める。
「うん、そうなのよ。でも、これで成功したら名は売れるわよ」
もう、すでに名は売れ始めている。だから、冒険者の一部は注目し出した。アイリーンも声懸けに走った。名は今後も僕が活動していけば売れ続ける。今ここで売る必要はない。
断ってもよかった。されど、アイリーンの動機が気になった。
「断りたいところですが、何か特別な事情があったら、引き受けてもいいですよ」
ハルトの答えにオウラが意外そうな顔をした。口出しはしない。
アイリーンは沈痛な顔で語りだす。
「あのね、冒険者ギルドの受付としては、全ての冒険者さんと対等に接しなければいけないんだけど。私は恋をしたの」
嘘くさい上に茶番だと思った。
時間を無駄にした愚かさに腹が立った。カウンターから引き返そうとした。
「待って。わかった。本当の話をするわ」とアイリーンはハルトの腕を掴んで引き止めた。
胡散臭いことこの上ないと思った。目を細めてアイリーンを見る。
アイリーンは演技の匂いをさせつつ、渋々と語る。
「実はね、私、スワンって男にかなりの額を貢いだの。だから、諦めきれなくて。もちろん、お金のほうよ。だから、スワンを生き返らせて回収したいの」
話の半分は合っているが、まだ、半分は嘘だと思った。
「まだ、嘘を吐いていますよね。それなら、引き受けません」
ハルトが腕を振り払おうとするが、アイリーンはしっかり繋ぎ留めた。
「待って、本当に本当の話を教えるから」
アイリーンがひそひそと話し出す。
「あのね、スワンは悪い奴なのよ。スワンは皆から嘘の投資話でお金を集めたの。それで集めたお金を隠したまま、死んだのよ。スワンを生き返らせれば金になるのよ」
「アイリーンも被害者なんですか?」
アイリーンが苦笑いする。
「実は、そう。面目ない」
オウラが当然の事実を指摘する。
「ですが、スワンが亡くなったのは二年も前。なら、誰かがスワンの隠し金を見つけて、すでに持ち去ったとは考えられませんか?」
アイリーンが真剣な顔で語る。
「スワンの隠し金が見つかったのなら、冒険者の酒場に噂の一つも流れてくるわ。でも、噂はまだ流れていないのよ」
オウラの態度はどこまでも懐疑的だった。
「噂が流れないのは、盗人が上手くやりおおせたからでしょうな」
アイリーンは断固と否定した。
「だから、盗人が持って行った――は、ないのよ」
オウラはハルトを見る。
ハルトとしてはアイリーンが苦笑いになってからだいたい真実を語っていると思った。
だが、アイリーンはまだ何かを隠している。
全ての真実を人が語ることはないか。
「わかった。ならスワンの隠し金を山分けって条件で依頼票の仕事を受けましょう」
アイリーンは納得した。
「山分けかー、いいわ。それで」
ユウトとオウラは憤怒の石室に向かった。
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