人情と、AIと、おでん
キリン🐘
人情おでん
煌びやかな夜の繁華街。
荘厳な様子で立ち並ぶ高層ビルの間に、おおよそ街の雰囲気には不似合いな屋台がある。
木で作られた簡素な屋台の骨は、このあたりの鉄筋ジャングルの中にあっては、ずいぶん簡素に見えた。
店の名前は「相々亭」
主な売り物は、酒とおでんだった。
そこに、冴えないサラリーマン風の男が一人。
男が暖簾をくぐる。
「大将、やってるかい」
「おう、ハジメさん、いらっしゃい。どうぞ」
男は、この店の常連だった。
「とりあえず、ビールと枝豆。後は、大根とこんにゃくと……、おすすめで!」
「はいよ!」
「聞いてくれよ、大将。まぁた社内での仕事が一つ減っちまってさ。なんでも、売り上げ予測なんかは俺らがやるよりもAIに任せた方がいいんだとよ」
けっ、と自虐っぽく笑いながら、大声で愚痴をこぼした。
「あぁー、ほんと、世の中AIだの、ロボットだの、なんでも機械に頼りすぎじゃないのかね。なぁ、大将!」
「確かにねぇ。ここいらじゃあ、うちみたいな屋台も随分と減っちまったよ。へいよ、ビールと枝豆、お待ち!」
「ありがとさん!」
しかしよお、と男は話を続ける。
「居酒屋もタブレット注文してたり、レーンに乗せて注文届けたり。もうみんな、ロボットなしじゃ生きられない、って感じだよなぁ」
そこまで言い終えると、男は、よく冷えたぐいぐいっとグラスを傾け、一気に飲み干した
「かぁー、うまい! 大将、ビールもう一つ!」
「ハジメさん、今日も飲むのはやいねぇ」
カッカッカッ、と店主は笑った。
「そんな時代にこそ、ここみたいな昔ながらの屋台で食べるおでんが、最高にうまいんだよなぁ~」
男はもう汗だくになっていて、手のひらをうちわのようにして顔をあおいでいた。
「へへ、うれしいこと言ってくれるじゃないの。
お待ちどうさま。大根とこんにゃく、こっちはおすすめで玉子とはんぺん!」
「お、いいチョイスするね~」
男は、ひゅう、と口を尖らせて喜んだ。
「そんでこっちは、ハジメさんはいつも来てくれてるから、入ったばっかのイイダコ、サービスしとくよ!」
「本当かい大将! ありがたくいただくよ!」
客は、机に乗り出さんばかりに前のめりになって店主に感謝した。
「くー、たまんねぇ! 何が機械だ、AIだ! 世の中には、こういうあたたかい人情ってもんが必要なんだよ。それが、若い奴らには分からないのかねぇ」
ぷちぷちと口の中ではじける食感を楽しみながら、男はイイダコをビールで流し込んだ。
男の愚痴に同調し、大将はニカッっと笑った。
「はっはっは、ちげぇねぇや! タブレットじゃ、サービスもできねぇもんな!」
ガハハ、と二人の笑い声が暗い路地に響いた。
男たちの豪快な笑い声は、その後小一時間ほど、続いた。
「おっともうこんな時間か。大将、お勘定!」
男は腕時計をみると、床に置いていたカバンの中から、財布を取り出した。
「へいへい、2200円ですね」
店主から差し出されたのは、昔ながらの手書きの伝票だった。
「ほい、じゃあ三千円。また来るよ、大将!」
「あ、ハジメさん、お釣りお釣り!」
店主が呼び止めた頃には、もう男は歩き始めていた。
ハジメは、手をひらひらと振り、笑った。
「あぁいいよいいよ、とっといておくれ! これも、電子マネーじゃぁできない、人情ってやつだ。ハハッ、また来るよ!」
・
・
・
店主は、客と自分そっくりのロボットのやりとりを、自宅からモニターで見ていた。そして、しめしめとほくそ笑んだ。
「おぉ、ほんとだ、うまくいってるぜ」
店主は、ははぁ、と舌を巻きながら、モニターの先のロボットを見た。
「これで、接客すべてAIだってんだから、驚きだよなぁ」
AIから最適な応答を導き出すロボット店主は、利益率が高く、客の満足度も高いこともあって、都会を中心に大流行していた。
人情と、AIと、おでん キリン🐘 @okurase-kopa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます