2人の秘密。


 今日は朝から食卓を囲み、ドロシーの店にお邪魔しようという話になっていた。

 というのも、昨日あんなに助けてもらってまともに礼もしていない。


「ドロシーさんと言いましたか、あの方、少々気になるところがあります」


 イリスが真剣な口調で話す。どうやらドロシーと関わる事に反対しているらしい。

 言われてみれが昨日も強くあたっていたような。それの一度しか2人は会話をかわしていない。

 何故関わるべきでないか、と聞くと


「魔術師として優秀な方だというのは分かります。ですが昨日彼女が使っていた魔法の中に、私たち天使には使用が禁止されている魔法がありました。人間であればその限りではないとは思うのですが……」


 そう言って言葉を濁すイリス。緊張感が走るが理解していないベティはモシャモシャと朝食を頬張っている。


「単刀直入に言いますが、私たち天使に禁止されている魔法というのはの使う魔法なのです」


 悪魔。悪魔と言うのは昔から天使とは対立関係にある存在で、基本は現世とは違う世界である魔界にいる住人の事を指す。


「つまり、彼女は悪魔だと言いたいわけですか?」

「その可能性が高いと思います」


 朝食を食べ終えたベティが不機嫌そうに机を叩く。


バシッ---

「それで、悪魔だったら何が問題なワケ?」


 話を聞いていなかったのか。と問いただしたくなるが、確かに何が問題なのかと言われれば特に問題は無いように感じる。


「天使は善で、悪魔は悪という考えも今や古いものだ。少なくともドロシーは俺たちを助けて、サラを取り戻す手伝いをしてくれたんだ。何を心配していたのか分からないが、考えすぎだろう」

「その通りです。ですが、一概に善悪ではかるわけじゃないけれど、天使と悪魔の対立は今でも続いています。そして、それは現世にも波及しているのです。アストラの隣国でもあるウィストーピアでは悪魔と手を組んでいると聞きます」


 問題は、アストラとウィストーピアは対立関係にあるという事だ。つまり、スパイの可能性があると。しかし全て憶測にすぎない。それだけでドロシーとの関わりを断つ理由にはならない。

 俺はドロシーに感謝しているし、ベティもそうだろう。だからこそ力強く反論したのだ。


「悪いがイリス、ドロシーが敵国のスパイである可能性はあるかもしれないが、俺たちはそれ以上に恩があるんだ。関係を断つつもりは無い」


 タケルがそう力強く言うとイリスは少し黙ったあと、ため息をつく。


「はあ、分かりました。分かりましたよ。じゃあ私がこの吸魔石から出られた後、私とドロシーが関わった事は誰にも他言しないでくださいね。悪魔と関わったと知れたら天界で私の地位が下がるので」


 ん? 今のはイリスの声、だよな?


 タケルは今までのイリスの言動と今の言動を照らし合わせて、似ても似つかないこの違いに戸惑いを隠せない。


「やっとここから出られるんだから、余計な事して私に迷惑かけないでね」

「イリス……? どうしたの?」


 さすがのベティも困惑しているようだ。

 まさか、今までの振る舞いはすべて演技だったのか? 俺らに媚びを売って吸魔石から脱出するための?

 それからイリスは喋る事は無く、休眠モードに入ったようだ。


「俺たちの心配を返せ! どうすんだよこの空気! 完全にしんみりしちゃってるじゃん!」


 俺はそう文句を垂れながら、皿に残った朝食を勢いよく腹にかきこむ。




 要らぬ心配をしたせいで、時間をとったがドロシーの店へ行く準備を始める。


「サラ姉、そこの白い箱とってくれないか? ドロシーの所に持っていくから」


 箱の中身はアップルパイ。せめてものお礼として、タケルが朝早く起きて作ったのだ。

 

「ん? どうしんだベティ。体調でも悪いのか? 手、震えてるし汗かいてるぞ」

「え? あ、いや、何でもないわよ? さ、行きましょう」


 そう言って目を合わせようとしないベティ。

 まあいい。本人が何でもないと言うのだから大丈夫だろう。それより店が忙しくなるであろう昼前には着きたい。朝話し込んでしまったせいで少し時間が押してるし、早く家を出よう。


 ドロシーの店に着いた俺たちは、店内に入る。周りを見れば武器や防具はもちろん、雑貨や薬などもところせましと並べられている。ドロシーマジックツールズという店名だけあって、魔道具の店なのだろう。


「いらっしゃいませー!」


 その声と同時に奥からドロシーが姿を現す。


「あら、タケル君達。来てくれたのね」

「うん、この前のお礼にと思って」

「タケル達が、お世話になったようで、ありがとうございました」


 軽く頭を下げるタケルとサラ。ドロシーは笑顔で応えた。


「いいのよサラさん。タケル君、サラさんのためにって必至だったんだから」


 本人の前でそんな事言われると少し恥ずかしいが事実だ。まあ、結果ドロシーが助けてくれなければ負けていたのだけれど。


「良かったらこれ、食べてほしい。せめてものお礼にと思って作ったんだけど」

「アップルパイじゃない! 私大好きなのよ。ねえせっかくだから一緒に食べない? って……あれ?」


 何か問題があったかと思い箱の中を覗き込むと、無い。いや厳密には有るのだが、6ピースに切り分けたアップルパイが、5ピースしか無いのだ。

 思えば朝食後から様子がおかしく、全く喋ってない、一言で言えば怪しい人物がいる。


 タケルはベティの方を凝視する。それに耐えかねたベティは白状する。


「ごめんなさい! 私が食べました! だってドロシーの家に持っていくモノだって知らなくて……」

「あのなあ、それくらい分かるだろ。今までうちでお菓子なんて買ってきたり作った事なんて有るか?」


 言っていて悲しくなってくるが事実だ。

 しょうがないだろ。貧乏だったんだから。


「まあまあ、いいじゃない。飲み物を淹れてくるわ。コーヒーと紅茶、どちらがいいかしら」


 そう言って店の奥に案内され、軽く談笑をした。別に意識して隠したつもりは無いのだが、イリスが天使である事は伏せた。

 やはり、ドロシーが悪魔とは思えない。いや、少なくとも多くの物語に登場する悪魔ではないだろう。


 ちなみに、アップルパイを食べた罰としてベティに夕食を作らせたが、二度とそのような罰を課す事はしないとタケルは心に誓った。

 詳しくは語るまいが、大雑把に言うと、食卓が全体的に黒くなった。


 

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