自由のために。

 朝、俺は台所に立ち朝食の準備をしていた。今日の献立は目玉焼きとベーコン、オニオンスープとパン。普段なら食費を気にするところだが、あいにく今の俺の手元には金になりそうな物がある。一日の食費なんて安いもんだ。この家のリフォームだって出来そうだ。


「何かヒドい事考えていませんか? 私を他所に売り飛ばしてぜにを稼ごうとか」


 後ろのテーブルから不貞腐れたような声で話しかけられる。


「え、いや、お、思ってねえよ」


 ふと我にかえる。そうだこの吸魔石にはイリスが居るのだ。何故なぜこの石にイリスが居るのか。何故石から会話する事が出来るのか。自らを天使と言うくらいだから、何か壮大な理由があるのだろう。イリスが俺たちを信頼してくれた時、いつか話してくれるかもしれない。そう思って聞くのは止めた。


「どうして私がこの吸魔石の中に居るかと言いますと」


鬱陶うっとうしいくらいに人の心を読む奴だな)


「天界から、フラ~っと遊びに来たらこの石に吸い込まれてしまって、今に至ります」

「は? 吸い込まれた? てかなんか400年俺の事待ってたとかなんとかって言ってなかったか?」


 えらく端的たんてきな説明だ。もっと壮大な理由を期待していたのだが。


「どうやら正式な手続きを踏んで現世に来ないと体がマナだけのスケスケ状態になるらしくて、それを知らずにフラフラしてたらこの石に吸収されてしまったのです。私が話した知識はこの吸魔石をあの洞窟に隠した人達が言ってた事です。すぐに出られると思っていたんですが、400年かかってしまいました」


 あまりのポンコツさに声を失った。


「というか、400年待ったって……」

「ほとんど休眠していたのであっという間でしたよ」


 そう話しているうちに朝食が完成した。それと同時に水色のパジャマに身を包んだサラが起きてくる。


「タケル、おはよう」

「サラ姉、おはよう」

「おはようございます」

「あ、イリスもおはよう」


 タケルは朝食をテーブルへ並べた。

 朝食を食べ終え予定通りサラのひいお爺ちゃんの助手が住んでるかもしれない場所に向かうべく支度を始めた。




~アストルの住宅街~


 タケル達は住宅街に佇む一軒家に到着した。扉をノックするが、返事は無い。しかし中からギュイーンと工場のような音がする。音の合間にタケルは大きい声で言った。


「ごめんくださーい!」


 しばらく音がやみ、扉がひらいた。低身長で白髪の爺さんが出てきた。70歳くらいだろうか。若干不機嫌そうに佇んでいる。


「すみません。ここはマーティン・エヴァンの助手さんのお宅でしょうか?」


 サラが話しかける。爺さんは眉をピクリと動かし、少し強めの口調で言い放った。


「元、助手じゃ。またその名前を聞くことになるなんてな」

「私、サラ・エヴァンと申します。マーティン・エヴァンは私のひいお爺様にあたる方です。少しお話をお聞かせ願えませんか?」


 爺さんは一瞬嫌そうな顔をしながらも、サラの足から顔までを舐め回すように見て、軽くため息をついた。


「あの絡みの面倒ごとは嫌じゃが……ふむふむ、いいだろう入りなさい」


(なんだろう、この爺さん。今サラ姉をいやらしい目で見ていたような。)


 そのタケルの予感は的中した。


「おいおい、姉ちゃんは入っていいがボウズ、お前さんはダメじゃ。なんでわざわざ男なんかを家に入れにゃいかんのじゃ。」


 (このジジイ……)そうタケルが頭にきていると、サラが助け舟を出す。


「彼が居ないと話が始まらないのです。お家にあげていただけないでしょうか?」

「お姉ちゃんが言うなら仕方ないのう」


 爺さんは明らかに鼻の下を伸ばしながらサラの方を見ている。タケルは少し不機嫌になりながら小声で自己紹介した。


「タケル・クジョウです。よろしくお願いします」


 爺さんはフンッと声を出し渋々タケルを迎え入れた。




~助手の家~


 家の中は住居というより研究室や工場、といった方がしっくりくるような内装になっていた。様々な形のロボットや機械などが所狭ところせましと並べられていた。爺さんは無造作に置かれた椅子に座った。


「ワシの名前はファダル・コーネル。お前さん達が言ったようにマーティンの助手として吸魔石の研究をしていた。だが、奴が死んでからはこれっぽっちも研究はしていない。今はロボットを作るのに忙しいんじゃ」


「ロボットって、どんなロボットを作られているのですか?」

「美少女ロボットじゃよ。ムフフフフ」

「やっぱこのジジイ筋金入りの変態じゃねーか!」


「とりあえず、吸魔石を見ていただきたいのですが」


 サラが場を整える。ファダルは少し驚いた様子だ。


「なんじゃお前さん達、吸魔石を持っておるのか」


 はい、そう返事をしてタケルはバッグから吸魔石を取り出した。ファダルは椅子から転げ落ちてひっくり返っていた。


「ファダルさん大丈夫ですか?」


 サラが駆け寄る。


「な、なんじゃその大きさは! それは本当に吸魔石なのか?」

「ごきげんよう、ファダル様。私はイリスと申します」

「しゃ、喋った……石が喋った……」


 吸魔石の研究をしていたこの爺さんが腰抜かすほぼ驚くって事は、やっぱり中に人……というか天使が入り込んでいる、なんてのは普通じゃないらしい。いや、それよりも大きさに驚いていたような---


「普通吸魔石と言ったら大きくても直径3センチ程度、どう見てもその吸魔石は直径10センチはあるじゃろうて。その大きさなら1つで戦艦をも動かせる動力を込める事ができるじゃろう。こんな大きい吸魔石を見たのは初めてじゃ!」


 ファダルは明らかに興奮した口調で、なおかつ早口で語った。その目はどこか少年のような好奇心に満ち溢れていた。


「それで爺さん一つ聞きたい事があるんだけど。この吸魔石からマナを取り出すにはどうしたら良いんだ?」


 ファダルは少々黙り込んで、口を開く。


「マナを取り出す方法、それこそがワシ等の研究内容じゃった。マナを取り出すにはある装置を使わなければならぬ。しかし、今のワシにはそれを作る事は出来ん。」

「今の……ってことは以前は作れた、という事でしょうか?」

「そうじゃ。あんたのひい爺ちゃん、マーティンの死に際に、作り方を封印したんじゃ。さっきも言った様に吸魔石は兵器を動かせる。もしも、悪用しようとするやからの手に渡れば大変な事じゃ。ワシももうこの歳、一人で守り切れる自信も無い」


「して少年、なぜマナを取り出す方法を知りたいのじゃ。まさかお主等ぬしらも兵器を作ろうとしているのではあるまいな」

「違いますよ。この吸魔石にはイリスが封印されてる。出してやりたいんです。イリスは400年封印されてきた。まあ、自業自得というか、コイツがポンコツなせいですけど、自由に世界を歩けるようにしてやりたいんです」


「タケルさん……ありがとうございます。そんな事考えてくれていたなんて……でも大丈夫ですよ、私には休眠という特技がありますから!」


 イリスの声が聞こえる。元気を振り絞っているのだろう。タケルにはそれが分かった。しかし表情も、動作も無い。タケルにはそれがあわれに感じた。出してやりたいと、より一層思うようになった。

 ファダルが口を開く。


「作り方をほうむらずに封印したのは、もしかしたらこの技術が必要になる時が来るやもしれんと考えたからじゃ。どうやら今、この技術が必要とされているようじゃのう」


 そう言ってファダルは立ち上がり、書斎しょさいの方へ消え、戻ってきた。


「封印したのは南の森の奥地、地図は残っておる。ワシはもうこのザマ、2人……いや3人で封印した研究資料を持ち帰ってきてくれれば、作ってやろう」


 ファダルはタケルに地図を渡す。それとファダルのもう一つの手には短剣があった。


「資料のある部屋にはガーディアンが設置してある。見たところ少年は魔法も使えないじゃろう。こいつを使え。そしてこの短剣はカギでもある。こいつを持っていなければ封印を解く事は出来ん」

「ありがとうございます」

「その短剣は魔道具じゃ。マナを送ると電気が出る。魔法を使えないお主でもな」


 魔法が使えないだとか言うのは余計なお世話だ、と思いつつもファダルに感謝するタケル。実際武器を持っていないのだから。



「それじゃ、さっさと出発しましょ」

「ああ、行こう」


 そう言って吸魔石をバッグに仕舞おうとする。そのきわ


「ファダル様、ありがとうございます」


 そのイリスの言葉にファダルは今日初めて笑った。




~封印場所~


 部屋、とか言うから建物かなんかだと思ったが、思いっきりダンジョンだ。入口から少し進んだ所にも封印が施してあるようで、短剣をかざす事で扉が開かれた。


「よし、サラ姉、行くぞ」


 そう言った瞬間、タケルの頭に銃口が突き付けられる。


「大当たり~! やっぱり私には才能があるって事よね!」


 そこには紅く長い髪、肌を露出しすぎな恰好、そして銃にはドクロマーク。間違いない。海賊だ。


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