第19話 大塚一家という絆

「そもそもはね。これでも15年前に遡るよ。.....そこからあの奥さんと旦那さんが引っ越して来たんだよね」


「.....そこから始まるって事ですね」


「.....」


母親の足跡を。

親父の足跡を.....求めて。

未来は真剣に話を聞く。

その様子を見ながら俺は目の前の神庭凪子(かんばなぎこ)さんを見る。

神庭さんは、そうだね、と言ってくる。


「当時は女の子が産まれたって喜んだ幸せそうなご夫婦だったよ」


「.....」


「だけどね。問題があった。障壁がね。.....それは国広さんの奥さん.....鳴さんの事だね。鳴さんのお父さんとお母さんの職業は知っているかな」


「.....知っています。.....製薬会社の社長さんでした。高貴な方だとお聞きしてます。それで.....その。厳しい社長さんのご令嬢だと.....お母さんは」


「その通りだね。.....だから愛を育むには蚊の入り口しか無い可能性しか無かったんだ。だけどその穴を抜けてね。国広さんが鳴さんを奪い返したのさ」


「.....お爺ちゃんとお婆ちゃんとはメッセージが取れてないです」


だろうねぇ、と言いながら未来を見る神庭さん。

俺はその姿を見つつ俯く。

すると神庭さんはお手製だというおはぎを見ながら。

俺達を見る。


「鳴さんはね。明るかった。.....とにかく貴方の様な存在だったよ」


「.....何がきっかけだったんですか。.....あんなに捻じ曲がったのは」


「子供を守る為の過剰反応かもしれない。.....何かきっかけは無かったかね」


「.....ありました。確かに。.....一度だけ聞いた話ですけどお爺ちゃんが.....お母さんに迫って来たんです。社長になれ的な感じで.....」


「.....多分それだね。.....それで鳴さんは貴方を守ろうとしたんだよ。.....それで片っ端からの厳しい教育を身に付けたんだね。そして暴力は.....自我コントロールが上手くいってないんだ」


「.....何でそんなに詳しいんですか?」


これでも私は精神科の看護師だった、と告白した。

俺達は衝撃を受けながら神庭さんを見る。

神庭さんは、未来さんをそんな可哀想な目に遭わせても仕方が無いよ、という事を鳴さんに助言した事もあるよ、と告白する。

俺は衝撃を受けながら、そうなんですね、と黙る。


「子を持つ親は過剰になる。それは昔から変わらないのさ。.....愛情表現の裏返しかもしれないけどねぇ。.....例えば燕とかそういう野鳥だってそうさ。.....稚児が居て何か天敵が来たら怒るだろ?それと変わらない」


「.....」


「.....お母さんが必死に私を守ろうとしていたんだね。それが過剰になったって事だね」


「.....らしいな」


「.....鳴さんは毒されている。.....だけどね。.....鳴さんも助けが欲しいんだろうと思う。.....だからまぁ他人のせいにしたりしてコントロールが上手くいってないんだよ。感情のね」


「.....お母さん.....」


未来は涙を浮かべた。

そして涙を溢す。

俺はその姿を見ながら、10年前に.....何か言われたんですか、と聞いてみる。

すると、貴方から指図されなくても大丈夫ですので、だったよ、と言葉を発した。


「.....私から言えるのはただ一つだけ。.....鳴さんを悪く思わないでおくれ」


「.....俺達も考えを改める必要があるって事ですね」


「恨むばかりが全てじゃないよ。戦争もそうだけど。ピースピースだよ」


「.....有難う御座います。神庭さん」


「.....それはそうと。未来さん。.....貴方は今どの様な生活をしているんだい」


神庭さんは興味のある様な感じで聞いてくる。

俺はその姿を見ながら未来を見た。

未来はゆっくり顔を上げる。

そして、幸せな生活です、と答えた。

俺を見ながら、だ。


「好きな人が出来て。愛して。そして.....日常が楽しい生活です。.....今お母さんと離れて暮らしていますけどお父さんとも仲を取り保てています」


「.....貴方がそう言うなら幸せだ。私もね。何も言う事は無いよ」


「.....」


「.....」


「最後に.....見て行くかい?貴方の産まれた場所を」


「.....はい。是非お願いします」


それから俺達は移動を開始した。

そして上の階の右奥の201号室に案内される。

そこが未来の親が暮らしていた部屋だった。


何も無い部屋。

6畳しか無い一間だ。

今は誰も暮らしていないという。


「お母さんとお父さんの香りがする気がする」


「.....未来.....」


「うん。頑張れそうだよ。花奏ちゃん」


「.....未来さん」


「.....はい」


「貴方には色々あるかもだけど幸せに暮らしておくれ。それが私の生涯の最後の願いだ」


「.....神庭さん.....」


そんな事言わないで下さい、と未来は涙を浮かべて神庭さんを見る。

神庭さんも涙を浮かべて拭っていた。

その姿にコチラも涙が浮かびそうになる。

可愛いな.....未来は。

そして決意が固いな、と思った。



「花奏ちゃん」


「.....何だ。未来」


「.....有難うね。付いて来てくれて。提案してくれて」


「.....気にする事は無い。良かったじゃないか。色々と」


「そうだね。.....私は幸せ者だよ」


そう言いながら歩いてやって来る。

思い出の地に、だ。

未来の両親の思い出の博物館とやらに。

そしてチケット売り場でチケットを買おうとした.....時だった。


「.....どうした?未来」


遠くの方を見ていた未来。

そしてその方角を見ると.....その肝心の人間が居た。

どうやら仕事で来ている様だが。

鳴さんが、だ。


「.....お母さん.....格好良いなぁ.....やっぱり」


「.....」


未来の母親は.....何か博物館の関係者だろうか。

そういう人達と何か目の前にある化石を見ながら話していた。

暴力も暴言も受けたのに。

まだそんな事を思える未来に感服しかない。

思いながら居ると。


「あ。ゴメンね。花奏ちゃん。中入ろうか」


「.....未来」


「.....何?花奏ちゃん」


「.....いや。何でもない。ゴメンな」


そして俺達はそのままチケットを買う。

それから博物館の中に入った。

50年前からあるらしい博物館で.....でかかった。

改装中みたいだが.....色々な物が置かれている。


「大きいねぇ。花奏ちゃん」


「.....そうだな。ティラノサウルスの化石もあるらしい。復元模型だが」


「そうなんだね」


「まあプテラノドンの方が俺は好きだけどな。.....落ち着いてそうだしな」


「.....花奏ちゃんらしいね」


「俺は肉食系じゃないしな」


そんな会話をしていると。

目の前から人がやって来た。

関係者用通路がいきなり開いて、であるが。


未来の母親だった。

俺を見てかなり不愉快そうに眉を顰める。

何というタイミングだ。

流石にこれには未来も動揺する。


「.....何しているのかしら。貴方達は」


「.....え.....えっと.....お母さん.....」


「.....未来が貴方の足跡を辿っています」


「.....は?.....貴方が何故喋るのですか。代わりに.....」


「鳴さん。俺は貴方の過去の話も聞きました」


ピクッと眉を動かした鳴さん。

それから不愉快そうな.....というか鬼神の形相で俺を見てくる。

真面目に.....不快すぎる、という感じで。

だが俺は怯まなかった。


「.....貴方は未来を必死に守ろうとしたんですね」


「.....何を言っているのかしら。.....訳が分からないわ。親として当然よ。.....未来は将来は医者にでも何にでも.....」


「そういう意味ではありません。.....貴方は未来が愛しく大切だったんですね、という意味です」


「.....貴方は何を言っているのかしら?訳が分からない.....」


「.....愛しい我が子を守る為に俺達にも他人にもこうなった犠牲を掛けたんですね」


少しだけ俺の言葉に微々ながら動揺している様に見える。

俺はその言葉を発してから未来の母親をジッと見る。

すると、時間だわ。仕事に戻ります、と未来の母親は切り返した。

また逃げる気か、と思いながら居ると。

未来が抱きついた。


「.....何をしているの!未来!」


「お母さん。.....私はお母さんの事心から誤解してた。.....お母さんだって人間だよね。.....お母さんは悲しかったんだよね。頼れなかったんだよね。怖かったんだよね!!!!!.....だからお母さんは.....私に暴力を振るっちゃったんだよね」


「.....未来.....」


「.....ねえ。もし良かったらで良いけど.....一緒に博物館を巡って下さい。何があるかを教えてほしい」


「.....そんな遊んでいる暇は無いわ」


そして未来を切り捨てようとする鳴さん。

あと一つが足りない気がする。

あと1つで.....全てが上手くいく。


だが.....。

駄目か、と思いながら博物館のパンフレットを握り締める。

すると背後から、鳴、と声が。


「.....国広。.....何しているの。貴方」


「.....その子達が此処に来るという事でな。.....俺はついでに来てみた」


「.....そうしたらお前達が見えた、とでも?.....馬鹿な事を.....」


「.....鳴。俺はな。.....お前が愛しい」


「.....?」


「.....未来はもう大人だ。しっかりした大人になった。.....お前が束縛する必要はもう無い。未来は頑張っている。.....だがお前はどうだ。.....お前はいつまでお前自身が子供のままでしかも認めないつもりだ。全てを」


は?何を言っているのかしら。貴方は、と言うが。

鳴さんは明らかに困惑している。

先程と打って変わって、だ。

明らかに違う。


「.....未来が産まれた日に約束した事を覚えているか」


「.....『私達の子供には決して私達の全てを背負わせない様にしましょう』でしょ。.....でも今は明らかにその当時と状況が.....」


「鳴。.....もう状況は変わった。確かに。だけどお前の言っている状況じゃない。お前は全てを未来に周りに押し付けているじゃないか」


「.....」


「.....また一緒に住める様になれれば良いと私は思っている。.....鳴。頼む。戻って来てほしい。また3人で暮らしたい」


顔は真顔ながらも必死さが伝わる。

鳴さんは踵を返す。

そして去ろうとするが。

よろけた。

それからその場で崩れ落ちる。


「.....お母さん.....」


「.....鳴」


「.....」


嗚咽を我慢して口元を押さえて号泣していた。

俺はその様子をビックリしながら見つつ居ると。

未来が泣きながら鳴さんに駆け寄ってから抱き締めた。

次に国広さんが俺に声を掛ける。


「.....花奏君」


「.....はい」


「.....私は.....君の力に.....驚きを隠しきれない。.....君は将来.....大物になるだろうな」


「.....買い被りすぎです。何もして無いっすよ」


それから俺は笑みを浮かべながら。

その光景を暫く見ていた。

鳴さんからは悪いエクトプラズムでも抜けた様に。


少しだけだが笑っていた。

これは人生で.....一番。

生きていて意味があったな、と思う瞬間だった。

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